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第1章〜一体いつから───幼なじみが正統派ヒロインと錯覚していた?〜第4話

 これまでほとんど話したことがなかったクラスメートの女子生徒が、ヨネダ珈琲の名物ホワイトノワールを完食したのを確認し、オレは、彼女に声を掛ける。


「気持ちが落ち着いたなら、そろそろ帰るか?」


「うん……そうだね……」


「ホワイトノワールも含めて、ドリンクの代金も、オレが出しておくわ。この店のコーヒー・チケットを持ってるから、心配すんな」


 そう言って、2つのテーブル席の伝票を持って、レジへと向かったのだが……。


「アイスコーヒーと、クリームオーレ、ストロベリーシェイク、ホワイトノワール……コーヒーチケットのご利用で、合計2050円になります」


 先ほど、机に突っ伏して号泣する上坂部葉月(かみさかべはづき)を落ち着かせないと、「店を出禁にする」と脅してきた女性店員が笑顔でレジの値段を読み上げる。


「えっ? チケットは三枚出したんですけど……」


「申し訳ございません。クリームオーレとストロベリーシェイクは、チケットご利用の対象外となっております」


(…………何…………だと…………)


 オレンジの髪色の死神代行の肩書を持つ高校生のように絶望的な表情を浮かべると、さすがに、オレの顔色を察したのか、隣にいたクラスメートがたずねてくる。


「どうしたの? やっぱり、私が払った方が良い?」


「いや、全然大丈夫だから……」


 そう言って、オレは北里柴三郎と野口英世の肖像が描かれた紙幣一枚づつと五十円玉を取り出す。

 今月は、ガ◯ガ文庫に続いて、さらに二冊の新刊ライトノベルの購入を見送らければならない。

 

(さらば、電◯文庫と富◯見ファ◯タジア文庫の新刊)


 伝染病の対策に取り組んだ師弟コンビ(これも、最近のお気に入りのラノベ『新渡戸稲造(にとべいなぞう)ファンタジー』から得た知識だ)が、財布から消えていく悲しみを笑顔で取り繕いながら、ヨネダ珈琲をあとにする。

 時刻は、午後六時を過ぎようとしていたが、5月の大型連休も終わり、日に日に陽射しの強さが増していく季節の空は、まだ明るい。


 上坂部葉月(かみさかべはづき)の自宅は、ひとつ隣の柄口(つかぐち)駅に近いということで、彼女を武甲之荘駅の改札口で見送ったオレは、自宅に戻る。


(まったく……二人とも地元のワクドで話しを済ましてくれてりゃ、オレがラノベの新刊を三冊も諦めることは無かったのに……)


 心の中でため息をつきながら、母親への帰宅のあいさつもそこそに、夕飯まで二階の自室に引きこもることを決めたオレは、ゲーム機のPFBETA(ベータ)を起動させるかどうか思案する。


 今日は、ヨネダ珈琲の店内で、待望の綾辻さんルートのエンディングを見届ける予定でいたのだが……。


 ゲームは終盤まで近づいているものの、ラストのヒロインとのエンディングエピソードをじっくり読み込むと、どのイベントも、たっぷり40分程度の時間を要する。

 大事なベストエンドを夕食の呼び出しで中断されるのは、どうしても避けたい。


(仕方ない……夕飯まで他のことで時間を潰すか……)


 そう考えながら、スマホを手にして、ゲームアプリを起動させる。

 ログインボーナスとデイリーの周回を行ったあとは、夕飯まで適当に旧トゥイッターのタイムラインを眺めることに決めた。


 せっかくなので、ここで、小学校の入学前を除いて、女子と親しく話す経験を持たずに高校生になった自分が、なぜ、15年も前に発売されたゲームを熱心にプレイしているか、説明しておこう。

 

 オレが、ゲームやアニメ、マンガやラノベなどの作品に親しむようになったのは、母親の妹にあたる叔母の若葉さん(以後、ワカ(ねえ)と呼ぶ)の影響が大きい。

 小学校のころ、『アオハルライド』という少女マンガ原作のアニメを見ている、と伝えたら、


「ふ〜ん、宗重(むねしげ)……アンタも少女マンガの面白さに目覚めたか……なら、この作品で、もっと恋愛の切なさを勉強しな」


と言い放った彼女は、『ハチミツとシロツメクサ』という作品の単行本全巻を押し付けるように持ってきた。

 この作品は、いまなお、多くのコミックファンが青春マンガのバイブルにあげる美術大学に通う学生たちの恋愛模様(そのほとんどが片想いだ)を描いた群像劇で、その中に玉田(たまだ)まゆみという美大生が出てくる。


 彼女も作品内のお約束に漏れず、同学年の佐山(さやま)という男子学生に片想いをしているのだが、実は、玉田(たまだ)は物語が始まる時点で、すでに佐山(さやま)にフラれているのだ。


 それでも、佐山のことを諦め切れない玉田(たまだ)。好きな相手にフラれても、一途に想い続けるその姿はあまりにも純粋で儚く切ない……。

 

 たとえば、文化祭前の準備期間―――。


 彼女はモノローグで語る。


(ほんの少しでも姿が見たくて 声が聞けたらと思って―――)

(わざと用を作っては会えそうな場所を何度も通った)


 たとえば、花火大会でのできごと―――。


 夏祭りに行くことになり、女子たちは浴衣を着て参加する。お約束ごととして、彼女は佐山から「ユカタ、可愛いな」と言われるのだが……。玉田(たまだ)の表情は、徐々に曇りがちになる。

 彼女は、気付くのだ。浴衣姿を褒められたけれど、彼の心までは揺らしていないことに! それは…あくまでお世辞なことに……聞きたかった言葉ではあったけど、欲しかった言葉ではないことに!


 このあとの彼女のモノローグは、涙なしでは読めなかった。


(どうして私は夢を見てしまったんだろう)

(くり返し くり返し あきもせず バカのひとつ覚えみたいに)


 片想い中の情緒と立ち振る舞いを、このモノローグは見事に表している。「登場人物全員片想い」な『ハチシロ』の中でも、彼女の片想い度は群を抜いているのだ。


 いま考えると、オレが、恋に敗れる不憫なダメヒロインに肩入れする理由は、この作品が、きっかけになっているように思う。

 

 ただ、物語の終盤で、彼女は別の年上男性と結ばれることになるのだが、思春期を迎える直前の自分には、そのストーリー展開に納得いかず、この作品の推薦者であるワカ(ねえ)に、その旨を伝えたところ、


「オトコは、みんな片想いしていた玉田(たまだ)が好きだって言うんだよね〜。少女マンガに不満があるなら、少年向けのラブコメを読んでみればイイじゃん?」


と、別の作品を薦められた。作品のタイトルは、『りんご100%』だった。

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