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いとも容易い我らが

「うがっ!」

「っ、残念だったね、もうすぐ警察来るよ」


 声の主は宇佐神さんだった。スローモーションが解けて、俺の代わりに瑠生に刺されたのも宇佐神さんだと認識した。ドタンと誰かが倒れる音がしたから負傷しながらも宇佐神さんが瑠生を取り押さえたということも分かった。


「うあああああ、離せぇえええ!」


 つんざくような叫び声を上げながら、ずっと抵抗していたけど、しばらくすると、宇佐神さんが言った通り警察が来て、瑠生は連行されていった。


 俺は宇佐神さんと一緒に救急車に乗り、宇佐神さんが治療を受けている間に警察の人とも話をした。


 宇佐神さんの処置が終わり、俺が病室に行くと彼は真っ白なベッドの上で「うわぁ、懐かしいなぁ」なんて暢気なことを言っていた。彼以外誰も居ない。個別の部屋。


「宇佐神さん……、すみませんでした……」


 扉の前から動けずに俺は彼に向かって頭を下げた。


 自分から巻き込まれに来たとはいえ、宇佐神さんがいなければ俺が刺されていたわけで……、俺の所為で彼は利き腕である右腕を負傷したわけで……。


「泣いてるの? 怖かったね」


 気付くと、そろりとベッドから抜け出した宇佐神さんが俺の前に立っていた。


 正直すごくすごく怖かったし、申し訳なさも相まって、涙が出ないはずがない。

 落ち着いたら、ぼろぼろ涙が溢れてきた。


「君が無事で良かった」


 宇佐神さんの大きな手が俺の涙を優しく拭う。


「どうしてですか……? 宇佐神さんは何も関係ないじゃないですか……」


 どうして知り合ったばかりの俺のことなんかを心配してくれるのか。


 いいや、本当は理由なんて分かってて、暇潰しのためにわざと面倒臭いことに首を突っ込んでいるに決まってる。


「言ってなかったっけ? 君のことが好きだから。君に一つでも傷が付いていたら、あいつを誰にも気付かれずに抹消していたところだよ」


 その発言に困惑して顔を上げるとニコニコと笑う瞳と視線が合致した。


「やめてくださいよ……」


 ――発言がサイコパスです。どうせ暇潰しなくせに……暇潰しの愛が重たいです。


 俺が呟くと宇佐神さんは偽物の笑みを顔面に貼り付けて、ゆらりと俺に迫った。思わず、自然と扉まで下がる俺の足。トンっと後ろに軽くぶつかる音と同時に逃げ場を無くしてキスされるかと思ったら……


「というのは冗談で、響くん、一つお願いがあるんだけど」

「へ?」


 宇佐神さんが楽しそうに笑っていました。



 ◆ ◆ ◆


 次の日、腕の怪我以外で身体に異常が見られなかったので宇佐神さんは退院した。


 そして、今、クッキーの缶を持った宇佐神さんとスコップを持った俺は子供たちが楽しく遊んでいる公園に来ている。


「ここら辺で良いと思うんだ」

「掘るんですか? 俺が?」

「だって、ほら、僕、利き腕怪我してるし、君は僕と契約したじゃないか、なんでも言うこと聞くって」

「くっ……」


 ――ほーら、交渉なんかじゃなくて契約って自分で言っちゃってるじゃんか。悪魔と契約した気分ですよ、こちとら。ああ、でも、三重野のイケメンな顔が脳裏にチラつく。くそう……。


 適当に選んだ公園の木の下を宇佐神さんに指差されて、仕方なく俺はスコップで穴を掘った。そして、彼とのタイムカプセルを埋めた。


 なんだか知らないが、唐突にタイムカプセルを埋めたいと彼が言い出したからだ。


 中には宇佐神さんの手紙と俺の高校時代の手紙のコピー、そして、新たに俺が書いた手紙が入っている。


 宇佐神さんに「願いごとでも書いておきなよ」と七夕みたいなことを言われて、『三重野と幸せになれますように』と書こうと思ったけれど、高校時代の過ちを繰り返すわけにはいかない。学習した俺は違うことを書いた。


「合同プロジェクトが終わったら掘り起こしに来よう」


 満足気な様子で宇佐神さんが言う。


 俺は「今すぐ掘り起こしたいんすけど……!」と思った。でも、宇佐神さんに内緒で掘り起こして、バレたときが怖い。だから、そっとしておこうと心に誓った。


「さ、帰ろう」


 宇佐神さんの声に従って歩き出す。


「俺んち、今、どうなってますかね……」


 殺人未遂の事件現場となってしまった自宅前を思い出して、とぼとぼと歩みを進めているときだった。


「あ! クッキーだ!」


 後ろから声がした。


 振り返ってみると、さっそく見知らぬ子供たちが俺たちのタイムカプセルを手で掘り起こしていた。


 ――いとも容易い! 我らがタイムカプセル!


 自分でも良く分からないことを心の中で叫びながら、俺は子供たちの元へ必死にダッシュした。まるで大人げない人間のように子供たちとクッキーの缶を取り合っていると宇佐神さんが笑っているのが見えた。


「宇佐神さんも笑ってないで取り返してくださいよぅ!」

「僕は怪我人だから」


 俺が泣き言のように言うと、フッと笑った宇佐神さんが怪我した手を元気そうに振っていた。


 ――嘘吐きぃぃ! 


 サイコパスは傷の治りも早いのか、と思った。いや、痛くても変態だから堪えられるのか、と思った。そして、子供たちからやっと缶を取り返した。


「はぁはぁ……、あの、もっと見つかり難いところに埋めませんか?」

「響くん、うち来たら?」


 息を切らしながら俺が近付いていくと、宇佐神さんが唐突に提案してきた。いや、提案に提案を被せてこないでほしい。

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