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監禁とヒモ、どっちがいい?

 そう思った瞬間、宇佐神さんが俺の手をそっと握って隣に座り直すように軽く引っ張った。すとんと隣に俺の腰が落ち着くと


「ごめんね、怖がらせて」


 と自由な方の宇佐神さんの手が静かに俺の髪を耳にかけた。その行動に嫌な感じはしなくて、寧ろ、ちょっとドキドキしてしまった。


 ――いや、この人、すさまじくイケメンだけどタイプじゃないし、俺には三重野という王子様が……。


「いえ、いや、あの、ありがとうございました……」


 これはちょっと自分を誤魔化すための言葉かもしれない。お礼を言っておけば、このドキドキがどこかに行くかも、と……。


「あの子、ヒモ?」


 唐突に宇佐神さんがストレートに尋ねてきた。


「認めたくはないんですけどね……」


 自分で瑠生を拒否することが出来なかった不甲斐なさで俯き、ボソリと答えてしまう。そのときだった。


「ねぇ、監禁とヒモ、どっちが良い?」

「へ?」


 なにか耳に違和感のある言葉が聞こえて、宇佐神さんの顔を見ると、嘘っぽい笑みと視線が合致した。そして、彼がもう一度繰り返す。


「響くんは、監禁とヒモ、どっちが良い?」と。


 ――あ、サイコパスだ。やっぱサイコパスだ、この人。否定しようがない。


 優しいし、格好良いけど、サイコパスに変わりはない。あと、だから俺が好きなのは三重野であって、決してこの人ではない。


「勝手に決めようとしないでください。どっちも嫌ですよ。もう帰ってください」


 冷静になった俺は真顔で宇佐神さんに言った。


 そんな俺に対して「冗談だよ。でも、僕、ここに住んでも良いかな? 君の手紙も持っているわけだし」と宇佐神さんはどこから取り出したのか俺の手紙をチラチラと見せつけてきた。


 ――ちょ、なかなか帰ってくれない怒ったときのこっくりさんですか?


「ダメです。お帰りください。もう勝手に三重野に見せたら良いじゃないですか。たぶん、二度と会わないんすから」


 どうせあなたは一人で暇潰しを楽しんで俺と三重野を会わせてくれないんでしょうから、と心の中でブツクサ言いながら、俺は着替えのジャージを持った宇佐神さんを半裸のまま部屋から追い出した。


 もう一回くらいは勝手にロックを開けて入ってきたけれど、俺がキッと睨むと彼はバスタオルを置いてニコッと笑い、去っていった。


 ◆ ◆ ◆


 次の日の夜、宇佐神さんのこととか会社の愚痴を聞いてもらおうと大学からの知人である一彦かずひこを居酒屋に呼び出した。なのに、俺は残業で少し遅れてしまって……


「一彦、遅れてごめん」


 急いで一彦の居るテーブルに近付くと、誰かが俺の前を遮って、一彦の居る席に着いた。


「で、何の話だっけ?」


 とトイレから戻ってきて我が物顔で一彦の斜め前の席に座っている人物って……


「う、宇佐神さん……!?」


 ――なんで宇佐神さんが一彦と一緒に!? 


「あれ? 二人、知り合いですか? 宇佐神さん、相変わらず顔広いですねー」


 俺がテーブルの後ろで突っ立っていると一彦がご機嫌な様子で言ってきた。


「うん、この前高校のタイムカプセルを掘り起こしたときに会ったんだ」


 ――あなたの母校じゃないですけどねぇ! 多分!


 さらっと言う宇佐神さんに後ろからジトッとした視線を送る俺。


「中川、あのな、宇佐神さん、前に合コンキャンプ行ったときに知り合ったんだけど、偶然ここで飲んでたみたいでさ、お前来ないし」


 ハッキリとは言わないけれど、一彦は「退屈だったから知り合いと飲めて助かった」という雰囲気を纏っている。


 ――偶然……? そんなの有り得ない。だってこの人、サイコパスだもんよ。あと、合コンキャンプってなにさ?


「へ、へぇ、なんか、すみません」


 それしか言えなかった。


 宇佐神さんの愚痴を言おうと思ったのに、本人同席だし、まさか、隣に座らされるとは思ってなくて、愚痴も何も言えたもんじゃなかった。一彦は宇佐神さんが聞くのが上手だからか、好きなように自分の上司の愚痴とかを話していたけれど。


 結局、何もないまま一彦と別れた。


 一彦、変に空気読まないで、あっさり帰らないで、俺と宇佐神さん別にそういうんじゃないんだよ、たしかに俺は男が好きなんだけど、と思った。


 そして、俺は今、宇佐神さんに付き纏われている。


「あの、付き纏わないでいただけますか?」


 早歩きで宇佐神さんから逃れるように前を行く。これ以上、この人と何話せってんだよ?


「ただ夜道が危ないから送ろうと思ってるだけだよ」


 確かにここの道は横に真っ暗な公園があるから多少怖いけれど、いつも通っている道だし、早歩きで過ぎればその先に交番もある。あと


「俺も男ですから大丈夫です、付き纏わないでください!」


 お忘れでしょうか? 身長が低くて女顔ではありますが、俺もれっきとした男なのです。


 仕方ない。早歩きでは逃れられる気がしなくて、全速力で走ることにした。気配的に宇佐神さんが走ってくる感じはない。このまま走って交番も過ぎて、角を曲がって、もう一個曲がって大きな通りに出れば、宇佐神さんは俺を見失うはず……、と思っていたのに


「響くん、足速いね」


 俺が息を切らして止まった大通りの角で、タクシーに乗った宇佐神さんが待っていた。


 ――お金の無駄遣いぃぃ!


 声には出ないが、歯がぎりぎり鳴りそうだった。


「はぁ……、もう三重野には言ったんでしょう? だったら、あなたの持っている手紙に効力はないはずです」


 息を整えてから、宇佐神さんに冷たく言って、また歩き出す。


 後ろで宇佐神さんがタクシーから降りてくる気配がした。そして、彼は意地の悪い口調で「ねぇ、響くん、知ってる?」と意味深な言葉を切り出してきた。


 思わず、ピタリと足が止まる、その俺の背中に放たれた宇佐神さんの言葉は


「僕らの会社と君の会社、今度合同プロジェクトを発足するんだってさ」だった。

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