一章 3話 気になる人
ーーー王が死んだ
この国≪アデルガンシア≫の国王が亡くなり、国葬に参列する事になったウィル。同じクラスのジルと共に城に向かう道中、やってきた獣人とジルがぶつかってしまう。ジルは獣人を倒したが、そこに駆け寄ってくる足音があるのに気づき、面倒な事になる前に俺たちは移動することにした。
俺たちは足早にその場を離れた。
先の突き当りは丁字路になっていて、そこを曲がれば俺たちは死角に入る事ができる。
「右」
ジルの短い指示に「了解」と心の中で返事をする。丁字路が近づくと、やはり俺はどんな奴が来たのか興味が湧いてきた。角を曲がる短い時間の間に来た道をちらりと見やると同時に、脇道からやって来てたであろう人物が目に入った。直後俺たちは右通路へ滑り込む。
そのままスピードを落とさず進みながら、さっき見えたものを忘れないように何度も思い返した。一瞬しか見えなかったが、女だった。肩までの赤みの強い茶色い髪で、それに制服を着ていた。
(あれは、俺たちと同じ学校の・・・?)
てっきり獣人の管理人とかで、ガタイの良いおっさんとかだと勝手に想像していただけに、華奢そうな若い女が出てきた事に俺は少なからず驚いた。しかも見慣れた制服で。
疑問が浮かんでは消えを繰り返し、俺たちは開けた場所に出るまでそのまま黙々と速足で進み続けた。ここを抜ければ人通りの多い場所に出る。追いかけてくる気配はない、見られた様子もない、ただ念の為だ。その後も何度か角を曲がり、この狭い通路を出ると視界が一気に開け、眩しさに目を細めた。
「ふぅ、もういいやろ」
「あぁ、そうだな」
ここは綺麗に整備された飲食店の多い通りだ。予想通り喪服姿の町の人達がたくさん行きかっている。
沢山の人の気配に少しの緊張が解けたのか気持ちが落ち着いてくると、心臓がドクドクと脈打っている事に気づいた。自分がこんな事ぐらいでビビる小心者だったとは思われたくなくて、これは早歩きをしたせいだ。と心に言い聞かせていると、横でジルが「はは」っと笑って、
「オレ、ちょっと緊張したや。出てきたのが複数人とかだったら、絶対見つかってたぜ」
それを聞いて思わず「俺も」と返してしまった。どうせ見つからいようにっていう"遊び"だったのだ。
「俺さ、曲がるとき、ちらっと見たんだけど・・・」
「そう!それ!オレも見た。あいつ同じクラスに居たよな?!」
人が話し終える前に被せてくるなと、思ったが、思わぬ一言に面食らった。
「同じクラス・・・?」
全く思い出せなかった。同じクラスに?居た?思い出そうとしたが、一瞬だった、遠かった、わからない。じゃあクラスの女子共に似た人は・・・と教室の中を思い出してみる。髪が肩くらいで・・・3人くらいか?でも赤みの強い髪は居なかったはず。考えてみてもどいつも当てはまる気がしなかった。
「いや、わからなかった。よく見えなかったしな・・・同じ制服だな、としか」
「そうか?多分間違いないと思うんやけどな」
そう言われても、獣人と出会った所は多少広かったが、先の通路はそこまで広くなく、狭さもあって影も強く入って薄暗かった。どうやっても視界が良好な場所じゃない事は確かだ。逆にその状況でこいつはよく見てるし覚えてんな。マジかよ。と感心した。
「テストはさっぱりなくせに」
ぼやいた俺をジルはじっと見てきて言った。
「ん?なんだよ」
「お前さ?・・・もしかしてクラス1デカい胸と有名なサシャしか眼中にないやろ?」
「?!」
「やから、他のやつなんか見えてないし覚えてない。やからよくわからなかったんやろ?」
図星だった。確かにサシャを気にして見てる。こっそりと。女友達も彼女も俺には今まで居た事がなかったから、"好き"という気持ちをからかわれたら嫌だなと、まだ誰にも言う気は無かった。それがなぜかバレた。
いや、まだ確信は無いはずだ。しかし、このまま黙っていれば肯定と受け取られるかもしれないと思い言葉を絞り出した。
「、、か、カンチガイじゃ、ネ?」
平静を装って出た言葉は思った以上にカタコトで、ジルもそんな俺を見て目を瞬いて、ぷっと吹き出すと身体をくの字に曲げて肩を揺らして大笑いし始めた。
「あはははは!お前、ほんとわっかりやす!あははは!!」
「ジル!お前デケェ声で笑うなって!今世間はそんな空気じゃないんだよ!」
周りは「何事だ?」「こんな時に・・・」と言わんばかりに非難の顔をこちらに向けてくる。俺は周りの人に申し訳なさそうに「すいませんっ」と頭を下げながら、ジルの肩を掴んで揺さぶる。ジルもまずいと気づいたのか声はひそめたが、それでも笑いが止まらないようだった。掴んだ肩が小刻みに震え続けていた。
「お前なぁ・・・」
俺はジロリとジルを睨むがジルは未だそれどころではないようだ。
多分、いや、確実にサシャは俺の事は興味ない。それどころかサシャは俺の事を覚えているかすら怪しい。同じクラスだから名前ぐらいは知ってくれているだろうが・・・。
そうだ俺の片思いだ。せめて告白して付き合う事になってから報告したかった。それが何故かバレた上に、馬鹿みたいに笑われて、内心傷ついた。
「はぁ」
サシャの顔が思い浮かぶ。緩やかにカーブを巻いた栗毛のボブヘアー、優しい声色。穏やかな性格。成績も良く頭もいい。美人だしそしてなにより確かに胸がデカい・・・。手のひらからこぼれ落ちるぐらいはあるだろうか。どうしても目がいくだろ。頭の中がおっぱいでいっぱいになる。
「はぁ・・・」
だがこいつにバレたなら、サシャに俺の想いが伝わるのも時間の問題か・・・?まて、そう言えばジルはサシャと話してるのを何度か見かけた事がある。もしかして2人は実は付き合ってるんじゃ・・・?
仲良さそうに話していた二人を思い出して、疑念は増した。
突如として浮かび上がった可能性に今度は一気に気分が落ち込み、身体が重くなる。
「はぁあ・・・」
「赤くなったり、青くなったり忙しそうやな」
ジルは俺の顔を見て、声を抑えてまた笑い出した。俺が横目でギロリと睨むと、今度は気づいたみたいでジルは両手を上げて降参ポーズをとった。「ごめんて」といちを謝ってきたのでそれ以上は諦めた。
「さてと、向かいますかね」
俺たちはやっと本来の目的に戻って周りを見渡した。当たり前だが、どの店も閉まっていた。それでも店は椅子や机を出して休憩スペースを設けてくれていて、その周りには人々が多く集まって話をしていた。見上げると鐘の塔がもうそこまで来ていた。家からでも聞こえていたあの鐘の音は中央広場にある物からだ。
「中央広場に行って、手向ける用の花を貰うんだったよな?」
「しらね。聞いてなかったわ。オレ担任嫌いやし」
ジルが知ってるだろうと思ってた俺が馬鹿だった。
「・・・とりあえず、中央広場に行くのは間違いないから、そこに向かうぞ」
ここから通りを右に十分も歩けば中央広場に着くだろう。この中央広場は読んで字のごとく、この街の、いや、この国のほぼ中心にあり、そこから東西南北に道が伸びている。ここが首都になっているのはその分かりやすい道のおかげだ。西に抜けて行けばここと同じぐらい発展している国ガーリアンがあり、東に抜けると砂漠地帯だ。南は森。北は王様の土地であり、庶民はあまり関係ない場所でもある。
(そう言えば、今日の葬儀で初めて北道に行くんだな・・・)
人の流れに乗って進んでいると、前が詰まって強制的に足を止めさせられた。
「何かあったのか?」
「ん~???人が多くて見えんな」
店の前で皆何かを見ているようだった。ジルはお構いなしに人の壁間を無理やり突っ込んでいく。
「お、おい、マジかよ・・・」
置いて行かれないようにジルの背中について俺も一緒に割り入った。人だかりの中心には40代ぐらいの男が倒れていて、その男の仲間と思しき二人が介抱しているようだった。倒れた男は意識がないのか二人の声掛けにも無反応だ。更に男の身体は黒く変色していて「ああ、もうこれは」「ダメかもしれないな」「近づかない方がいい」と集まったやじ馬からボソボソと聞こえてくる。
「何かあったんですか?」
俺は隣に居たおばあさんに聞いてみる。
「あぁ、なんかね、あの人、獣人の子?を追いかけてたみたいなのよ。それが急にパターンと倒れてしまったみたいで・・・」
“獣人の子”という言葉を聞いて、少し緊張した。
(という事は、本来ならこのムキムキのおっさん達があの横道から出てくるはず、だったのか)
ジルもこの話が聞こえたのか、こっちを向いたりはしなかったが、少し強張った横顔をしていた。
「近くにいた人が声をかけたみたいなんだけれど、その時はもう、体がああなってしまってて。・・・可哀そうにねぇ。まだ若いのに。きっと獣人の子を抑えるのにきっと強い魔力を使ったんだわね。それに魔王様がお怒りになったのよ」
おばあさんは少し悲しそうに倒れた男をみていた
「そう、かもですね」
俺はおばあさんの言葉にとりあえず肯定した。
”魔王”・・・この世界には居るとされている存在。この国の殆どの人は魔王の存在を信じているのだ。へたに否定するとあまりいいは顔されない。正直俺は魔王の存在には懐疑的だった。
(どんなに称えても、怯えても何かしてくれるわけでもないのにな)
倒れた男はそのうち仲間に背負われて裏に消えていき、見るものが無くなった民衆は何事もなかったように散らばって行った。
この世界には魔力があるので、信仰の対象は魔王