一章 1話 見慣れない街
王都に住むウィルとその友達ジル
この世界に住むごく普通の学生
遠くで鐘の音が聞こえる。
太陽は既に街を照らし、とっくに朝を告げていた。
王国アデルガンシア。その中心、首都オロル。街の中心にはメインの通りがあり、そこから少し脇に入った住宅地がある。
そのうちの何の変哲もない家の一室が俺の部屋だ。
揺れるカーテンの隙間から漏れた光が瞼に乗っかり眩しさに強制的に覚醒させられ「うぅ・・・ん」と唸り、目を擦りながら、もぞもぞと布団から起き上がる。そして真っ先にカーテンを開き外の様子を確認した。
「予想はしていたが実際見てみると凄いな・・・」
窓からの世界は俺の知る街とは一夜にして一変していた。いや、正確には昨日の夕方からじわじわ変わってはいた。
街は至るところに黒い布がかけられ、街の人達は静かだった。人々が行きかうメイン通りに近いここは、本来ならば朝から商人たちの活気のある声や人々が行き交う音が絶えず賑わっているのが聞こえる場所なのに。
この状況は昨日学校で報告があっていた。
・・・この国の王が死んだ、らしい。
そう、国が喪中なのだ。今日から一ヵ月はこの辛気臭い街でいなければならない。その間に王の葬儀が行われる。首都に住む人は今日、明日の二日間の間にお別れを言いに城へ向かわなければならなかった。行ける人はみんな行く。面倒くさい事に学生は強制だった。
王様なんぞに興味なんてない。俺を含め国の殆どの人間は一生関わる事はないのだから。
不謹慎な事は分かっているが、なかなか経験できない一大イベントに少しワクワクもしていた。
「ふぁああ」とあくびと背伸びをして、さっそく出かける準備を始める。
昨日、学校から帰った時に脱ぎ捨てる様に雑に椅子に引っ掛けていた学生服を手に取り袖を通していると、ふと怒り顔の担任の顔が思い浮かんだ。
「・・・いちを王様の葬儀だし、今日ぐらいはちゃんと着ていくか」
いつもなら何か所かしか止めていないボタンを今日はすべて留めた。鏡を見ると、今度はあちこちに跳ねた髪を櫛で撫でつけていく。俺の髪は全体的には暗い茶色だが光に透けると少し青みがかっていて、それは自分でも気に入っていた。
(うん、バッチリだ)
準備を済ませ一階のリビングに降りると両親の姿は既になく、早々に家を出たようだった。机の上には母からのメモが置かれてあった。
"仕事の為、帰りは明後日。行ってきます"
「明後日か・・・じゃあ夜1人じゃん」
両親は二人とも城勤めの為、王様が死んだ事で職場はさぞバタバタしてるんだろうか。
(父さんはしばらく帰れないだろうな)
父さんの肩書はいちを騎士だ。葬儀が終わり目処が付くまでは帰ってはこれないだろう。帰れない事は今までも何回もあった。珍しい事じゃない。
それならば1人っきりの夜に何をするかと考えていると玄関の方から声がした。
「おーーい、ウィル!居るかー?一緒に行こうやー!」
世間が重い空気の中、遠慮も配慮もない大声で俺の名前を呼ぶ奴は1人しか居ない。同じクラスのジルだ。
「おう、すぐ行く!ちょっと待っててくれ」
取り合えず返事を返し、洗濯しておいたハンカチをポケットに突っ込むと玄関に向かった。
「お待たせ!ちょうど俺もお前を誘って行こうと思ってたんだ」
玄関につくとショートカットの茶髪の男が手をひらひらと振りながら笑顔で出迎えてくれていた。
「おう!そうやったんか。正直お前もう先に行ったんじゃないかと思ってたんよ」
「はは、家も近いんだから流石に誘っていくよ」
最近知ったがジルの家はわりと近所だった。昨日買ったばかりの新しい靴を履き、意気揚々と家を出たところで改めて見た見慣れない光景に、思わず声が出た。
「う、わぁ・・・部屋から一度見たけど、やっぱ異様だな」
「な!オレも思ったわ」
この町の建物は暖色系の温かみのある色合いが多く、中央のメイン通りに沿って並ぶ市場のカラフルな屋根は街の個性だった。その屋根や建物には今は至るところにかけられた黒い布で、覆い隠されている。
いつもの賑やかさを失った街にまた鐘の音が響く。暗い雰囲気も相まってか朝から断続的にゆっくりと鳴っている鐘の音はどこか物悲しさがあった。
「いつもの裏道から行くか?」
「そうだな」
俺は当たり前のように答える。
目的の葬儀会場はメイン通りを通れば一本道だが、俺たちにとってはごちゃごちゃした裏道の方がもはや見慣れた景色だった。
「上の奴らは見えるとこばかり綺麗にしてるんだよなぁ」
「町のやつより、国の見栄の方が大事なんやろ」
「次の王様、どうするんだろな?また見栄っ張りだったりしてな」
ジルは「おえっ」と顔をしかめて手で払うジェスチャーをする。王様には弟が居たはずだ。多分そいつが次の王になるんだろう。おそらく誰に聞いても同じ答えが返ってくるのは予想がつく。ジルも分かってい言っているようだった。
俺たちは悪態をつきながら慣れた道を右へ、左へと進む。人一人しか通れない道や、やたら開けた場所、ごみ置き場の悪臭漂う場所を抜けていく。
殆どの人はメイン通りを使っているみたいで、裏道がメイン通りに近づくたびに人々が行きかう雑踏が聞こえてきた。こちらで出会うのは座り込んで生きる希望を無くしたような顔した浮浪者や体力の無い年寄りばかりだ。ちらほらと死んだ王様のうわさをしている声が聞こえてくる。
「あの森の方へ行ったんだろう?向かった軍も帰ってきてないそうじゃないか」
「きっとあの森に居るカニバルにやられたんだ」
聞き流し、進み続けていると座り込んだ浮浪者の中に足が黒ずんでいる男が居て、俺は思わず顔をしかめた。
(あれはきっと呪いだ)
うつるかもしれないので、なるべく離れて前を通る。しばらく無言で進み続けていたが、ゴミを飛び越えた俺の足元を見てジルが言った。
「お前、新しい靴買ったんだな」
ジルの問いに足元に目線を落とした。
「あぁ、父さんが買ってくれたんだ」
「ふーん。・・・良い親父さんだな」
言われて少し照れ臭く「そうかな?」とそっけなく返したが、内心は少し誇らしかった。靴を見ていたら買ってくれた時の父さんの笑顔が思い浮かんだ。自分の父親が良い父親か悪い父親かなんて考えたことが無かった。仕事も安定してて夫婦仲も良い方だと思うし、俺とも関係は良好だ。不満はない。なら"良い親父"だと改めて思った。
「あれ?お二人さん、今から行くのかい?」
声の方を向くと、俺の家に近いメイン通りの商店で肉屋をやっているおっちゃんだった。何度か顔を合わせたことがある。それにこの世界では珍しい黒髪で印象が強かった。
「なんすか?」
ジルがそっけなく答える。俺は答える気が無かったので会話はジルに任せて様子を見守ることにした。
「あ、いや、裏道は汚いし、狭いし表通りで行かないのかな?って」
「どこから行こうが貴方に関係ないですよね?」
おっちゃんは少し下を向いたが、すぐに顔を上げて何かを言おうとしていた。その前に俺たちは「行こうぜ」と目配せして、その場を後にした。
少し小声で「いってらっしゃい」と聞こえたが、俺たちは無視して進んだ。
「おっちゃん、意外にしぶといよな?」
「あぁ、黒髪のやつは長生きなんか?。まぁ新しい肉屋も出来たし、そのうち居なくなるやろ」
「そうだな」と相槌を打つと、何か思い出したのか「そういえば」とジルが少し低めの声で聞いてきた。
「なぁ、王様がなんで死んだか知ってるか?」
「いや、知らねぇ。親もそれまで何も言ってなかったし、朝起きたら二人共もう居なかったし」
ジルに話を振られ改めて考えてみたが両親は特に何も言ってなかった。さっきの道端での話が蘇る。
「カニバル・・・妖精の仕業?」
「いや、王様は自室で亡くなったらしい。妖精ってあの森から出ないだろ?」
あぁ、そうか。と除外したら他に思いつくことは無かった。そもそも興味が無くてその事は考えてもいなかった。でもいざ考えてみると、国王はまだ50代だったはず・・・多分。
確かに死ぬにはちょっと早すぎるか?
ジルは、顎を手で支えながらうんうん唸っていた。
「馬鹿が頭捻って考えるだけ無駄だぞ?」
らしくない姿に思わず真顔で馬鹿にしてしまった。だけどジルは俺の発言に怒りもせず、深刻そうな顔をして呟いた。
「殺されたかもって」
「え?」
予想外の答えに一瞬呆気に取られた。