役立たず
練習の成果を見せようと、ウィルは気合を入れて的の前に立った。ところがどんなに念じても魔法弾が形成されない。突然魔法が使えなくなってしまったウィルはただ呆然としてしまう。
「明日には元通り・・・」になるんだろうか。
いつの間にか眠っていたらしい。外はすでに明るくなってカーテンの隙間からわずかに光が射していた。憂鬱な気持ちは朝になっても晴れなかった。
時計を見ると既に学校は始まっている時間だったので完全に遅刻だ。今からでも学校に行くかと起きようとしたが、体がずっしりと何かが乗っているかのように重たい。全身のだるさにもう動きたくなかった。それでもトイレには行きたくて、のそのそと起き上がると、下のリビングに降りた。シンと静まりかえった空間は父も母もまだ帰って来てない事を知らせていた。
(いつ帰るんだろうか・・・)
予定ではもう帰って来てていいはずなのに。トイレを済ませ、部屋に戻ろうとすると玄関の扉に紙が挟まっているのが目に入った。
『ウィル大丈夫か?先に学校で待ってる』
差出人の名前が無いが、きっとジルだ。登校ついでに寄ってくれたのだろう。心配をかけているのは分かっている。行って「大丈夫だ」と言いたいところだが、その元気が出ない。じっと手を見る。魔法が使えるのか怖くて、確認する事ができなかった。しばらくして部屋に戻るか、と顔を上げるとリビングにある簡易の祭壇が目に入った。
(魔力無しは魔王様に見捨てられた者・・・)
父も母も毎朝仕事に行く前にお祈りを捧げている。小さい頃、母のマネして一緒にお祈りしただけで、今は祈りを捧げる母を後ろから見るばかりになっていた事を思い出した。ふらふらと祭壇へ向かうと、俺は初めて自分の意思で魔王にお祈りを捧げた。
(・・・魔力が戻ってきますように)
"お祈り"と言うより、"お願い"だったが作法なんて知らないので、形だけのマネだ。
「・・・魔王は本当にいるのか?俺が信じないから怒ったのか?」
上目で見た祭壇からは何の気配もない。何だか馬鹿馬鹿しくなって「あほらしい」と小さく呟くと部屋に戻った。制服が目に入って、今から行くかと考えたが昨日のテストの時を思い出すと気分が乗らなかった。あの時は魔法が使えない事で頭がいっぱいだったが、周りがひそひそと俺を馬鹿にしている声は聞こえていた。一番堪えたのは「可哀想」と憐れむ言葉が耳に入った事だ。
「何が"可哀想"だよ・・・」
惨めな気持ちが湧いてきてベットに座ると横のカーテンを開け外を眺めた。今日は雲が広がって少し薄暗く太陽は隠されている。外は今日も喪服の人達が行きかっている。その暗い雰囲気は、まるで俺の心を映しているかのようだった。
ここから見えるのは近所の家々だけで特に見て面白い物は見えない。今は何も考えたくなかった。
少し冷たい風が頬を撫で、髪を揺らす。いっそこの時間がずっと続かないかと願った。
「はぁ・・・」
ため息とともに家の前を走る道を見ると三軒ほど先の家の前に、見覚えのある後ろ姿があった。濃い赤のスカートに肩までの赤みの強い茶髪の髪。
(・・・ロゼ?)
制服ではなかったけれど、髪型や、髪色などの雰囲気からそうだと判断した。俺は慌てて椅子に掛けてあった制服の上着を掴むと、走った。
(会って、どうするんだ?何て言うんだ?)
分からない。分からないが今は追いかける事にした。バタバタと階段を駆け下りこけそうになりながら、靴に足を無理やり突っ込むと、それらしき人物を見つけた場所まで走った。だがすでにその場からは居なかった。ロゼが向かっていたであろう方向にとりあえず向かってみる。そんなに遠くへは行ってないはずだ。裏道が分かれ道になるたび覗いて見た。草が生い茂っている所は違うと判断し、なるべく広い道を奥へ。メイン通りからはどんどん離れていく。
「はぁ、はぁ・・・・っ」
(・・・居ない)
広い場所に出たのでこの場所を拠点に近くを探し回ってみたが、それらしい人物は既にいなかった。
「見間違いだったんだろうか・・・?」
上がった心拍が落ち着くまで隣にあった壁にもたれて地面に座り込んだ。
(大体、会ってどうする。「よお!今日も学校さぼり?」とか聞くのか?俺もさぼってるのに。そもそも向こうは俺の事分かるのか?いや、分からないだろ。話したことも無いし。じゃあ俺がただの変な奴になるだけじゃないか)
教室で見た、ロゼの疲れ切った横顔が思い浮かんだ。それに俺が蹴ってしまったあの獣人があの後どうなったのか、一度気になってしまうと振り払えなかった。あの後、ロゼは獣人と何かあったのでは?と、勘ぐってしまう。今思えば獣人とは言えまだ子供だったのに、少し強く蹴りすぎてしまったかもしれないのではないかとか、もしかしたら問題児にロゼも手に負えなくて、困ってるのかもしれない。なら、手伝ってやってもいいかな?なんてごちゃごちゃ考えたが、結局自分でもどうしたいのか分からなかった。
「はぁ、もうどうでもいいだろ・・・」
自分に言い聞かせるように、つぶやいた。
しばらくすると心拍が落ち着いてきて、改めて周りを見渡すと、ここはもう全く知らない場所だった。この広場には水の流れていない噴水と、古びたベンチがある事から公園なんだろう。隅のベンチにはあちこち破れた汚いボロの格好をした年寄りが希望の無いうつろな表情で座っている。
(治安があんまりよくないとかで、親から止められてたし、この辺はまともに来たことないんだよな・・・)
後ろを見ると背もたれにしていた壁は崩れかけたような家の壁で、窓は割れ、代わりに板が打ち付けられていた。そのボロ家の正面の方から数人の男の話声がする。「今日は初めてだから」とか「安けりゃなんでも・・・」とかボソボソと途切れ途切れに聞こえてくる。
壁からは伸びており家の終わりからは1,5メートルほどの高さの壁となって家の正面にある庭を囲っているのか、この家への入り口は見えない。声は家の正面だろうと予想する壁の向こうに居る人の物らしかった。家と壁の境目には亀裂が入り隙間が開いていたので覗いてみると玄関前のようだ。家の前で三十代から五十代くらいの男たちが三人居るのが見える。
(家の買い取りだろうか?)
この辺は安そうだし、買って内装を綺麗にすればまだ使えそうではあるが、俺には関係ない事だ。ここまで来たがロゼは見つからず無駄足になっただけだった。
「帰るか・・・」
そう立ち上がった時、俺の前を二人組の男が通り過ぎた。視界に、腕の太い男がもう一人の腕をつかんでいたのが目に入り気になってちらっと見ると、おっさんの腕に引かれていたのは、シルバープレートのネックレスを付けた俺と同じくらいの年の男だった。死んだような顔をしたそいつはそのまま抵抗することなく引かれて俺の後ろのボロ家の方へ曲がって行った。しばらくすると、背後の三人から話声がする。
「おー来たか」「こいつか?」「いくらだ?」
と言った断片的な言葉が聞こえた。そしてそのままボロ家の中に入って行ったようだった。
俺はしばらく呆然としていた。なぜならそのシルバープレートを付けた奴は面影があった。あの、基礎学校の時転校していった・・・
「フェル・・・?」
記憶を引っ張り出して、当時の顔を思い出す。もう、何年も前だから、うすらぼんやりとしか思い出せなかった。それでも、あの死んだような目は、あの時最後に俺が見たものと重なった。
俺が記憶を思い出そうと必死になっていると、背後の建物から、何か柔らかい物を殴りつけるような鈍い音がしてきて、板が打ち付けられた空いた隙間から聞こえる声に意識が集中する。
微かにうめき声と、男たちの「準備は済ませてあるのか」「それより早く金を出せ」と言った声がしたしばらくした後に、布が引き裂かれる音がした。続いて強く肌を叩く音がする。
(これ、まずいんじゃないか・・・?)
壁の向こうで何かよからぬ事が行われているのは分かった。しばらくすると声を押し殺したくぐもった声と、時折上がる短い悲鳴と男の粗い息遣いが聞こえてきて、俺はその場に立ち尽くしていた。
(た、助ける・・・べきなのか・・・?)
助ける・・・?俺一人で?相手は大人の男、少なくとも四人は居る状況でたった一人俺が助けに入った所で、つまみ出されて終わりか、最悪殺されるかもしれない。金の話をしていたし、もしフェルが対価を貰っているなら、これはあいつの仕事であって助けるのは違うんじゃないか?
(いや、無理やりやらされてるのかもしれない)
俺が動けないでいると、中からは再び肌を打たれるような鈍い音がし、短い悲鳴と共に暴言が聞こえて来た。
「金払ってるんだから、もう少し自分で動け」
「魔力無し、役立たずのゴミが。金もらえるだけ良かったと思え」
「良い働き先じゃないか。運動して気持ちよくなって金がもらえるんだから」
「ギャハハハ」と汚い笑い声が響いてきて、俺は嫌悪感で凍り付いた。俺の住んでいた町はすぐ近くにこんなに暴力的な所があって、知り合いかもしれない奴が暴力を受けているなんて。それに俺は魔力が無い人達がどういう扱いを受けて、どう生活をしているか今まで気にも留めた事が無かった。親からは関わるな、とだけ。そうだここは、この世界は魔力が無ければ、たいした仕事に就けない。
それは魔法が使えなくなった自分に今後起こりえるかもしれない未来に違いなかった。
(俺は、嫌だ。こんな世界、嫌だ)
恐怖を感じて、震えが止まらなかった。
じっと手を見た。集中して、魔力を・・・集中して・・・
(頼む・・・)
「・・・・頼むよ」
「・・・・・・お願いします。魔王様」
どんなに願おうとも俺の手は、昨日と変わらず何の魔力の流れもつくれず、ただの手のままだった。
悔しさと情けなさと、どうしていいか分からない不安と不満が爆発するように頭に一気に押し寄せてきて、その勢いのまま叫んだ。
「・・・っなんでなんだよ!!」
同時に思いっきりボロ屋の壁を蹴りつけた。以外にも大きな音が鳴って自分でも驚いた。
静かだった場所に大きな音が響いて、後ろからも人のざわつきが聞こえてくる。俺が蹴りつけた建物の中に居た男が悲鳴を上げていたのは心がスカッとしたが、すぐに「何事だ」と中にいた連中がこちらに向かって来ようとする音と声が聞こえて、俺は慌ててその場から全力で逃げ出した。
「はぁ、はぁ・・・。くっそ・・・」
何もできなかった。魔法弾を撃って助ける事も出来ず、ただ勢いで壁を蹴ってそれだけで逃げてきた自分が情けなかった。
「はぁ、はぁ・・・」
しばらく走り続けて、奴らが追って来ていない事に気づいたが、足を止める事ができなかった。追手が居ない事で捕まる心配が無くなったら、今度は魔法が発動しなかった現実を見つめる事になった、その事が俺をどんどん追い詰める。
朝、目が覚めたら、いつもどうりの日常が来ると信じたかった。その希望は今崩れた。魔法は今日だって発動しなかった。じゃあ、明日は?分からない。原因が分からないのだから、明日になったら使えるなんて保証はどこにもなかった。このまま一生使えないままで生活しなければならないかもしれない。
(俺もあいつのように奴隷みたいに・・・)
誰かの犬になって誰かの小遣い稼ぎに使われて一生こき使われるのか?
「は・・・はは・・・・父さんと、母さんに、なんて言ったらいいんだ・・・」
魔法が使えなくなりましたって?ふたりはどんな顔するんだろうか。悲しむだろうか?怒るだろうか?
家を追い出されるだろうか?それならいっそ自分から出ていった方が良いのか?
でも、誰かの犬になる以外、どうやって金を稼ぐんだ?魔力無しでは何の役にも立たない。出来て畑仕事の雑用や、ゴミの回収、トイレの汲み取りとかの汚い仕事か?安い賃金で奴隷のように働くか?
「お先真っ暗の役立たずっ・・・」
それは昔、フェルに吐いた自分の言葉だった。
子供の頃クラスの奴らに乗っかって一緒にふざけてた。あの時はみんな言ってたんだ。俺が始めたわけじゃない。あの場のノリってのがあるだろ?そうしないと場の空気が悪くなるじゃないか。それに最初あいつだって笑ってたじゃないか。あいつが笑うからその状況がオカシイと疑問に思えるわけないだろ。嫌だったなら、笑うなよ。当時はまだ子供だったんだ。魔力の無いやつの気持ちなんて、考えれるわけなかっただろ!
それにどこの親たちだってみんな"魔力無しと付き合うな"って言ってたじゃないか!!
「はぁ、はぁ、、、はぁ・・・最悪だ。俺」
周りがどう言おうがそう選択したのは俺自身だ。自分には関係ないと無視したんだ。
来た道を走り続け、体力に限界が来ていた。それでも足を止めれなかった。「役立たず」「役立たず」「役立たず」自分が過去放った言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡って逃げ出さずにいれなかった。
それとも俺は何かまずい事をしたのか?魔法が使えなくなるような事をしたのか?魔王様とやらを信じず馬鹿にしたからか?お祈りを毎日捧げなかったからか?
気づけばいつもの裏道に戻ってきていた。流石に走れなくなって近くの壁に手を付いた。引きつれる様に荒れる呼吸を落ち着かせる為に数回深呼吸をした。
「あれ、あなたどうしたの?」
突然横から声をかけられて、落ち着きかけた心臓が跳ね上がった。




