ロゼ
成績の為、魔法技術を磨くことにした俺たちは国境近くの空き地でさっそく練習を始めた。
その途中でジルから「将来何したいのか」と聞かれた俺は、将来の自分が何をしたいのかいまいちピンとこなかった。
とりあえずジルと同じ兵士と答えたけれど、それでも目標が出来たことに、少し目の前が拓けた気がしたのだが・・・
朝、いつも通りの支度を終えて、学校へ向かった。
見慣れた景色、通いなれた道、制服のボタンはしっかり止めて気分はやる気に満ちていた。
学校は住宅地とメイン通りから離れて、家から歩いて3、40分ほどで着く所にある。歩いて行くのにそこまで苦ではなく、むしろいろいろ考えるのに丁度良いと感じるぐらいだ。学生寮もあるが、俺は家が近いので寮に入る選択肢は無かった。
エリミア王立魔法専門学校。森に囲まれており外観は無機質で飾り気のない三階建ての質素な建物が二棟ある。一つは教室、一つは専門的な授業の為だ。グラウンドも広い。
俺の教室は2ーC。二階一番奥にある。
席は特に場所は決まってないのでその日ごとに皆好きな場所に座れる。と言っても、大体みんな決まった所に座ってる事が多いのだが。
俺はいつも適当に空いている所に座るので今日はどのあたりに座れるかと考えながら中に入り教室を見渡した。するとジルが真ん中あたりで「おーい」と手を振っているのが見えた。俺も手を上げて、返事をする。そして気付いた。ジルの前にはサシャが居たのだ。
「マジかよ・・・」
ジルが気を利かせて近くの席を確保してくれていたのだ。サシャはクラスでも人気なので、みんな周りに座りたがる。俺が近くを確保できるのは稀なのに。
流石、コミュ力の化け物はそういうことをサラッとやる。我ながら良い友達を持ったものだ。
しかしサシャは・・・相変わらず例のボディーガード2人に挟まれていて女子の空間の中に居た。
(ま、近い席だし、それだけでも良しとするか・・・)
ここと案内されてジルの隣に座ると、丁度サシャの真後ろだった。横でジルがニヤニヤしている。
「おはウィー」
「略すな」
「おはウィ〜ーーール」
「伸ばすな」
おちょくられて、イライラが溜まってきた時に、前の席から声がした。
「おはようございます。ウィルさん」
この優しく、穏やかな物言い・・・。
まさか、と顔を向けると、サシャが俺に挨拶をしたのだ。
にっこりと微笑んだ顔が眩しい。
「あ、おはようゴザいます」
硬い返事を返して俺はそのまま暫く硬直していた。
いつもは遠くから見るだけだった。それが挨拶一つで距離が近づいたような、そんな錯覚を感じ余韻に浸っていた。
「オイ」
不意に隣から呼びかけられ現実に戻って来た。
「私達も居るんですけどー?」
サシャの両脇のボディーガード、ポチ美とガリング、ジルからの視線が俺に集中していた。気恥ずかしくて「はいはい、おはよ」と短く返し、机にバッグを置いて小さな壁をサシャとの間に作った。「ふふっ」という小さな笑い声が聞こえたかと思うと前の女子達はもう自分達の空間でおしゃべりを始めたようだった。わずかな風に舞って微かに花の様な良い香りがする。俺がサシャの後頭部をチラチラ見ながら香りを嗅いでいると、ジルがコソコソと耳打ちをしてきた。
「礼は今日の昼に飲み物でも買ったくれたらいいぞ」
ほんと、ちゃっかりしてる。安いお礼に俺は快く「良いぞ」と返した。
「あとよ・・・」とジルが前の方の席を指さした。
「ほら、あの窓際にいる奴。あれが裏道で会った奴」
ジルに言われてそっちを見やる。
(あいつがあの時の・・・?)
赤色の強い明るい茶色のミディアムぐらいの長さの髪で、後ろから見る感じはあの時見た奴と確かに一致していた。
教室の窓から見える空を見ているようだったが、ピクリとも動かないので人形かと錯覚しそうになる。ジルの言ってた通り、なんだか妙に近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
この前の葬儀で多少仲良く?なったポチ美が丁度こっちを見てきたので、あの女の事を聞いてみる事にした。
「なぁ、あの窓際のやつの事知ってるか?」
ポチ美は俺の視線の先を見て、「あぁ」と呟くと、話し始めた。
「ロゼでしょ?去年両親を一気に亡くして、そのせいかしら?一年ぐらい休学してたのよ。二年に上がってから来るようになったけど、まだ休みがちなのよね」
「今日は来たみたいだけど・・・」
ガリングもサシャも珍しい物を見るように見ている。やはりロゼは普段から休みがちであまりクラスに来ることが無かったみたいで俺が知らなかったのは、仕方がない。
「あいつ、親が死んだのか?」
横からジルが割って入って来た。
「そうなの。・・・あぁ、女子の中では話が回ってきたけど、広がる前に先生から口止めされたから男子は知らないのね」
今更だが理由を知って腑に落ちた。ジルの言うように近寄りがたい雰囲気になったってのも親が居なくなってきっと家庭環境も良くないからだろうか。なんだか可哀そうな奴かもしれない。
「正直パッとしない子よね。影が薄いし、この前もテストも受けてないから頭が良いか分からないし、魔力の扱いが長けてるとも聞いたことない。それに失礼だけど・・・あの子、この学校に通えるお金はあるように見えないのだけど・・・」
「そうそう、それにね?」
今度はガリングまで入ってきて情報の追加を話し始める。
「裏で怪しい事やってるんじゃないかって」
「ここの学費も払ってるか怪しいし、出席日数も足りてないはずなのに二年に上がってる。一人で国境近くをうろついてたって目撃情報もあるし・・・」
(怪しい事・・・)
葬儀の日、あいつは獣人を追いかけて来た。
獣人と関係があるのは、あまり良い印象では無い。どんな関係か知らないが、問題児の獣人と何かあった事は確かだ。
「裏でコソコソ?・・・獣人と関わりがある、特に能力に秀でてなく二年に進級?一人で国境近くに?」
「何なに?あの子獣人と関わりがあるの?」
「お友達居なさそうだもんね」
俺の呟きに反応したガリングとポチ美がチラチラとあいつを見やる。
「あいつ卒業して、何するんやろなぁ?」
ジルがふと言ったその言葉に俺も考えさせられた。一旦はジルと共に兵士になる事にしたが、
もしも二人ともなれなかったら?
ジルだけ受かって俺が落ちたら?
逆に俺だけ受かったら?
昨日ジルに言われて"一緒に兵士に"・・・とは言ったものの不安がある。
それでもあの時、目標が出来て何かが拓けた感じがしたんだ。しかし改めて考えると、やはり分からなくなった。
いまいちピンとこないのだ。兵士になって何がしたい訳でもない。かと言って魔道具の整備士や研究職もどれも自分には向いてないような気がして。ならいっそ全く関係ない農業とか、家畜の世話とか・・・
(俺になりたいものなんて無い)
昨日まで真面目に考えた事がなかった。なんとなく、そのうちなりたいものが見つかるだろうと思っていたら、何もなくただ月日は過ぎてしまい気づけば来年、就職が迫っていた。そしていまだに真面目に打ち込めたものや、得意な物や、好きな教科とかもあるわけでもなかった。
将来の事はただ何となく、就職して、結婚して・・・そういう漠然とした物しか持ってなかった。
昨日、ジルが将来なりたい物の話をしていて、俺も乗っかった時、人生の道が出来たような、開けた感じがしたんだ。
それで気づいた事がある。叶えられるかは置いといて、なりたい物があるのと無いのでは人生の迷いが無いのだと。ハッキリと方向性が決まっているジルを見ていると、自分が迷子になっているように感じるのだ。
(俺は適当に兵士で良いのか?そこに就職してそれで満足なのか・・・?)
3年制の学校だから、あと一年。卒業のその時に俺は方向を決められるんだろうか。無事に卒業して、就職できるんだろうか。
「おい。何、ボーッとしてるんや?」
気がつけば本日二度目のみんなの視線が俺に集中していた。
「あ、いや、別に」
「あぁ〜??もしかして、ロゼの事が気に入ったか?」
「ちっっがーーーーう!!!」
思い切り叫んで、ハッと我に帰り前を見ると、いつの間にやら教壇には担任のハゲ教師が立っていて俺の方を思い切り睨んでいた。
「何が違うんだ?」
「い、いえ、何でもないです・・・」
一通りクラスで笑われた後、担任が葬式での出席をどうやってだか取っていた。
「ロゼ、私のクラスでは君だけ葬儀に参加していないぞ?体調が悪かったのか?」
クラス中の視線が彼女に注がれる。
「はい、すみません」
ちらりと見えた横顔は疲れがにじんでいて、表情も暗く声にも張りが無かった。
「そうか。報告を上げないといけないから後で職員室に来なさい」
「・・・はい」
一連のやり取りを後ろから見ながらジルが耳打ちしてきた。
「あいつ、結局葬儀には行かんで、獣人と何してたんやろな」
襲ってきた獣人を蹴った後、どうなったか分からない。気絶していたようだったけれど、あの後、目を覚まして、その時獣人は俺に蹴られたとロゼに喋っただろうか?
(いや、あいつは俺たちがそこに居た事は知らないだろうし、獣人が喋ったとしても分からないだろう。そんなに強く蹴ったつもりは・・・無い)
せっかくサシャとこんなに近い距離に居たのに、獣人の件でロゼの事が気になり、授業が手に付かずチラチラとロゼを見ていると小鳥が数羽、窓の窓枠に設置されている転落防止柵にとまった。
そのうちの1羽が、じっとロゼを見つめている様な気がした。
(何だ?)
しばらく様子を見ていると、ロゼは徐ろに手を挙げた。
「すみません。今日も体調が悪いので帰ります」
再びクラス中の視線がロゼに集まる。
教師は少し眉をひそめ何かを言おうとしたが、すぐに「分かった」と了承すると、ロゼが教室を出ていくのを見守った。
「体調不良なぁ・・・」
ジルが多少不満そうに呟く。
追いかけてみたい好奇心はあったが、成績の為にここで授業を抜け出すにはリスクが大きく、それにせっかくサシャの後ろの席を取れたのにもったいと言う気持ちとで葛藤し、結局いろいろな事が気になり過ぎて言うまでもなく授業の内容は全く頭に入って来なかった。




