第85話 学園のトップカーストはコスプレ喫茶をしている
とりあえず、本日はお役御免となったので、俺は調理室を片付けると教室を出た。
時刻は昼を過ぎたくらいなので、文化祭は中々の盛況具合となっている。
「さて、どうしようか?」
元々の予定では丸一日調理室にいるはずだったので、急に予定が空いてしまい時間を持て余している。
包丁の手入れをしている間に、クラスメイトはいなくなってしまったし、相沢もおそらく他の友人と文化祭を回っているのだろう。
先程までクラスメイトにチヤホヤされていたのが嘘だったかのように周りから人がいなくなっている。
そんな状況を寂しいと感じている自分の変化に若干驚いた。
「お、相川じゃん」
振り返ると、メイド服をきた石川さんが立っていた。
「こんにちは、石川さん」
「相川は調理担当じゃなかったっけ?」
「うん、材料が切れたからもう終わったよ」
そんな会話をすると互いに無言になる。俺も石川さんも自分で会話の主導権を握るタイプではないので、非常に気まずい。
普段は沢口さんや相沢が勝手に話題を振ってくれていただけに、
「ところで、そっちのクラスは何をやってるんだっけ?」
「結局コスプレ喫茶になったよ。皆好きな衣装に着替えて接客するんだよ」
「……なるほど」
「相川、美沙の衣装が気になったでしょ?」
一瞬、間が空いたことで読まれてしまったようだ。
沢口さんの場合はからかい口調なので返事を返せるのだが、石川さんの場合表情が変わっていないのでどう返して良いかわからない。
軽い口調で返事をしたら怒られそうなイメージがあるのだ。
「えーと……」
結局、何もいえず口籠もっていると……。
「まあいいや、それじゃ行こうか?」
「はい?」
「私たちの教室に行こうって言ってるの。客引きノルマがあったんだけど、相川なら丁度いいかなって?」
「そんなのあるんだ? でもそれって風俗営業法違反なのでは?」
「文化祭だしこのくらいいいでしょ?」
まあ、知り合いだし別に問題はないのか?
「それに、相川を連れて行けば美沙が喜ぶし」
クスリと笑う石川さんに、俺はついて行くことにした。
「いらっしゃいませーーって、相川っちか!」
「あからさまにがっかりした顔しないで欲しいんだけど?」
沢口さんの態度に安心してツッコミを入れる。
「廊下を歩いてたから捕獲してきた」
「ナイス、里穂!」
ハイタッチを交わす二人。
「あれ? 相川っちのクラスの出し物は?」
「めでたく売り切れになったから解放されたよ」
「えええええっ! もうすぐ上がりだから食べに行こうと思ってたのに!?」
「またのご来店をお待ちしております」
ショックを受ける沢口さんに俺はお辞儀をした。
「それにしても、なんでナース服なの?」
「似合うでしょ?」
似合うか似合わないかで言うと、とてもいかがわしい。
彼女が着ているのは医療現場で働く看護師さんが着る服ではなく、コスプレ衣装だからだ。
生地の色も桃色だし、スカートも短い。
「コメントは差し控えさせてもらうよ」
石川さんも沢口さんもコスプレが似合っているとは思うが、褒め言葉になっているのかわからないので迂闊な発言をするつもりはない。
「まあいっか、取り敢えずいつまでも立ってないで席に座りなよ」
教室内を見渡すと、いくつか席があった。
机を二つ向かい合わせにした二人用席が窓際に三つ、机四つを向かい合わせにした四人席が中央に四つ、廊下側にも二人席が三つ。
それぞれが横並びではなく斜めに配置されている。
「オシャレなレイアウトにしてるんだね」
「そりゃあ、私が監修しているからね」
沢口さんはファッションセンスの塊のような人なので、こういうのも得意なのだろう。
空いているのは二人掛けの席が一つだけなので、俺はそこに案内されるとメニューを開いた。
メニューは普通の喫茶店とそう変わらないオーソドックスなものだったので、俺は普通にブレンドコーヒーを注文する。
しばらくして、運ばれてきた珈琲を飲むと、幾分眉根を寄せてしまった。
「ごめん、相川っち。相席いいかな?」
沢口さんが現れると頼み込んできた。
「このお客さんがどうしてもすぐ入れろって言うからさ……」
小声で俺に事情を話す。
「別に構わないよ」
下手なクラスメイトよりは大人の方が接する機会が多いので安心する。
「それでは、こちらの席にどうぞ」
改めて目の前に座った男性は、パリッとしたスーツに身を包んでいた。街でもあまり見かけるタイプではなく、高級感があるスーツだ。腕時計もおそらくは高級ブランド品に違いなく、一体この人はどういう人物なのかと想像を働かせる。
「ブレンドコーヒーを一ついただけるかな?」
しばらくして、ブレンドコーヒーが運ばれてきて、彼はそれを飲むと溜息を吐いた。
「あの……、どうかされましたか?」
男性の態度に、沢口さんは戸惑いながらも自分の接客に落ち度があったのではないかと考え質問をした。
「いや、珈琲が口に合わなかったのでね。会計を頼む」
「なっ!?」
ショックを受ける沢口さん。
「たかが文化祭だというのに期待してしまった私が愚かなだけだったのだ。ちゃんとお金は払うから勘弁してくれ」
店をプロデュースしただけあってか、沢口さんはこのコスプレ喫茶にプライドを持っているのだろう。
クレームを入れられて傷つかないわけがない。
「すみません、一つよろしいですか?」
「何かね?」
彼は俺を見るのだが、冷淡な表情を続けている。
「俺に珈琲を淹れ直させてください」
俺はそういうと、教室の裏方に向かった。
仕切りを一枚挟んで皆が作業をしている。
クッキーを皿に開けたり、IHでお湯を温めたりといった具合だ。
「どうするのさ、相川っち?」
慌てた様子の沢口さんが続く。てっきりそのまま帰るかと思ったのだが、スーツ姿の男性は俺の提案を受け入れてくれたのだ。
「どうするもこうするも、珈琲を淹れるんだよ」
「確かに、相川っちの淹れてくれる珈琲は絶品だけど、できるの?」
重ねてクレームをもらうことを懸念してか沢口さんは不安そうな表情を浮かべる。
「珈琲を美味しく淹れるには豆の選定と技術だよ」
豆については奮発しているのがわかっている。
俺も同様の不満を抱いたように淹れる技術が拙すぎたから彼が怒っていると言うことも……。
俺はカップを湯煎で温めると、コーヒーフィルターを用意して一人分の珈琲の準備を始める。
ミルで豆を引き、お湯を注いで表面を蒸らしてから少しずつ抽出していく。
ものの数分で淹れ終わり、彼の下に運ぶと、スーツの男性はタブレットを開き作業をしながら待っていた。
「お待たせしました」
俺がカップを差し出すと、彼は口をつけた。
「なるほど、君も私が憤った点に気付いていたと言うことか?」
「ええ、まあ」
適当に淹れたせいで香りも吹っ飛んでしまっていたし、カップが冷たかった分、淹れた瞬間から珈琲が温くなってしまっていた。
「確かに先程飲んだ珈琲と比べてこれは美味しいが、まだまだ店で出せるような代物ではない」
「まあ、そうでしょうね」
この設備の中でやれることは最大限にやった。
「ですが、それが文化祭らしいでしょう? そこに不満を抱くのはいささか大人気ないのではないですかね?」
俺がそう反論すると、彼は目をピクリと動かした。
そもそも、本物の珈琲が飲みたいというのなら、最初から喫茶店に行けば良い。文化祭は出し物をする側と受ける側が協力して盛り上げるものなのだから。
「まあ、今回は君の言い分が正しいな」
彼はそう言うと財布を取り出し、二杯分の珈琲代を支払って立ち去って行った。
「何だったんだろね?」
「俺に聞かれても……。なんであの人この店に来たの?」
コスプレに興味がなさそうだったし、そもそも文化祭を楽しみにきた様子が微塵も感じられない。
「どうかしたのですか?」
「あっ……」
一瞬にして、俺の頭は考えることを放棄していた。
先程のスーツ姿の男性の思惑なんてどうでもよい。それよりも衝撃的な光景が目の前に広がっている。
「美沙、休憩から戻ったんだ?」
「はい、お疲れ様です」
なぜなら、彼女は……。
「相川君?」
チャイナ服を着て、お団子頭を作って首を傾げていたからだ。
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