第84話 クラスメイトはアジの刺身を食べたい
「えーと……」
クラスメイトの半数が調理室に集まっており、俺というかまな板に注目している。
まな板の上では特大のアジがビチビチと跳ねており、俺に命を奪われるのを今か今かと待っていた。
なぜこんなことになっているのかというと、相沢が「余った一匹俺たちで食っていいよな?」と教室にいる女子に通話で確認したからだ。
女子たちも「はぁっ! 男子だけずるいでしょっ!」と言って、店を施錠して全員駆けつけたのがことの経緯というわけだ。
「この人数でアジ一匹は無理があると思うんだけど……」
捌いてアジフライにしても六切れなのでジャンケンして六人が食べられれば良いほうだ。
「私は食べられなくてもいいから、相川君の包丁技を見てみたい」
「えっ? 食べなくてもいいの?」
「うん、私も家で料理するんだけど魚は怖くて手を出せなかったから。勉強させてください」
高校生ともなると家で料理をする人間というのは多くないかもしれないけどそれなりに存在するらしい。
そんな彼女が魚料理に目覚めてくれるというのなら、こんなに嬉しいことはないだろう。
それでもその場にいる生徒は全部で二十人。大半は食べられないというのだから、申し訳なさが残る。
(これならきっちりカウントして余らせない方が良かったか?)
ことの発端の相沢は後方で腕を組み自慢げな笑みを浮かべている。
お前は一体俺の何なのだ? と思わずにはいられない。
「そうか……」
アジフライにこだわっていたから問題だが、俺にはまだ手が残されている。
「一応聞いておくけど、残酷なのが駄目って人いる?」
魚を捌く際に血が出たりするのもそうだが、命を断つという行為に忌避感を持つ人間も存在している。
ここに見学に来ている人間はそんなこと気にしないか空気を読むのだろうが、俺が今からやろうとしていることはその想定を超えているからだ。
「問題ないよっ!」
「気分が悪くなったら見るのやめるからっ!」
全員の肯定の言葉を聞いた俺は、早速アジを捌き始めた。
数分後……。
「相川、これはなんだ?」
皿の上ではアジが口をパクパクさせており、尻尾がピクピクしている。
アジの腹の上には大葉を敷いており切り刻まれた身と細ネギが散らしてある。
「アジの活け造りだよ」
アジを活かしたまま捌き、刺身をタタキにして皿に盛り付ける。
捌く難易度が上がるのだが、家で何度も練習していたので問題なく成功した。
「凄っ……。さっきまで生きていたアジをその場で捌くだけでも凄いのに。こんな捌き方までできるなんて……」
「もうプロになっちまった方が良くないか?」
「ははは、大袈裟だな。このくらいは包丁を持つようになって半年もあればできるよ」
あまりに見え透いたおべんちゃらは勘弁して欲しい。嬉しくなって勘違いして寿司屋に弟子入りしてしまったらどうするんだ。
「でもよ、相川。店で出すのは火を通した料理だけだろ?」
ところがクラスメイトの一人がそんな疑問を向けてくる。
「うん、これはお金を取らないからね。問題ないかと思って」
新鮮なアジのフライも当然美味しいのだが、一日中アジフライばかり揚げていると違う料理もしたくなる。
クラスで買った食材を皆で試食するということならギリギリオーケーという判定のはず。
「これなら皆で食べられるし、無理そうな人は手を出さないでいいからさ」
皿の上では今も生きているアジが口をぱくぱくさせているので、女子なんかは抵抗感が勝って食えないかもしれない。
「俺は食うぞ!」
「私だってっ!」
ところが、女子もあっさりと食べると宣言してしまった。
どういう配分で分けるのか話し合いを始める。
こうなったら俺の領分ではないので、次の準備をして始めることにしよう。
俺は事前に塩を振っておいたアジの骨から水分を拭き取り油で揚げ始めた。
「これ美味え!」
「新鮮なアジのタタキってここまで美味しいものなのかよっ!」
「プリプリしてるし、薬味との相性もバッチリだし。こんなの初めて食べる!」
どのような方法で決めたのかわからないが、味のタタキを食べた人間が称賛している。
「くそっ! あの時パーを出していれば!」
「こんな美味そうな物を我慢しろってのかよっ!」
食べ損なったクラスメイトが悔しそうに叫ぶのだが、徐々に視線がこちらに向くのを感じる。
最初は言い争いで気付かなかったクラスメイトたちも、調理室を漂う揚げ物の匂いに気付いたようだ。
「相川、それはなんだ?」
「今日捌いたアジの骨を揚げてるんだよ」
薄いので次々に火が通る。俺は箸で上がった骨をパッドに移すと良いきつね色がついていることを確認する。
「もしかして……これも……?」
「うん、美味しいよ」
おすすめは少量の塩をぱらりと振りかけて食べる方法だ。
クラスメイトは次々に手を伸ばすと骨せんべいを食べ始めた。
「美味い! 最高かよっ!」
「アジの骨なんて普段家で食べないもんね!」
こちらも好評で、揚げたそばから手が伸びて取られてしまう。誰が何個食べたのかこちらで把握できない。
「あっ! テメェっ! 何個食うつもりだよっ!」
「うるせぇ! そっちは刺身くっただろうがっ!」
「ジャンケンにしようよっ!」
「早い者勝ちだっ!」
「ええっ!?」
良かれと思って骨せんべいを用意したというのに争いが勃発している。
準備期間中はチームとしてまとまっていたはずなのだが、もしかしてこのクラス、男女の仲が悪い?
「いや、お前のせいだろ?」
「何だよ、元凶の相沢」
俺の心を読み取ったのか、相沢が耳元でボソリと呟く。
「お前の料理は理性を奪うからな。出しどころと量に注意をしないとカップルが破局するレベルだぞ?」
「何それ怖いんだが……?」
俺が店を開いたら「カップルが必ず別れる料理屋」として別れたいカップルに利用されるのだろうか?
そんなギスギス空間に向き合わなければならないのなら店など持たぬ!
「ああっ! 教室に誰もいないと思ったらこんなところに……」
「骨せんべいがあると聞いて駆けつけたぞっ!」
委員長こと橘さんと、残りのクラスメイトが調理室にやってきてもの凄い人口密度になってしまった。
「相川がアジの活け造りを作ってくれてな、タタキが美味かった」
「骨せんべいももうないぜ?」
「はっ? 俺らの分がないとかマジか?」
「勝手に食べて許されると思ってるの?」
険悪になるクラスメイトたち。今にも殴り合いをしそうだ。
「大袈裟だと思うか?」
相沢はそんなクラスメイトを指差すと質問してきた。
「まあいいや、相川君にはちょうどその相談をしようと思ってたところだし」
委員長こと橘さんが近付いてきて俺に相談を持ちかける。
「山川さんに頼んで明日の発注量を増やして欲しいの。今日の感じだと全然足りないからさ」
「そんなに売れたんだ……」
やはり新鮮な魚は正義だと証明されてしまった。皆が価値を認めてくれたことを嬉しく思う。
「多分大丈夫だと思うけど、何匹くらいにしようか?10匹単位で増やせるから70くらい?」
今日の注文は50だったので増やしすぎだろうか?
「えっと……そうね……」
橘さんはどうするか頭を悩ませていると……。
「ねえねえ、相川君」
「ん、何かな? 椎名さん?」
クラスメイトの女子が話しかけてきたので返事をする。
彼女の名前は椎名さん。小柄な少女でよく女子の間でマスコットのように可愛がられている。
「個別で相川君が今作ったアジのタタキ作ってくれることできるかな?」
彼女は上目遣いをするとリスのような円な瞳で俺に頼み込んできた。
「女子たちでお金出し合うからさ!」
彼女の言葉に後ろにいる女子がウンウンと頷いている。よく椎名さんと行動を共にしている女子たちだ。
「あくまで自己責任だから推奨はできないんだけど……」
食中毒を出すということはほぼないのだが、学園祭の出し物の最中ということもあってか慎重にならざるを得ない。
「こんな美味しそうなのを披露しておいて、そんなのってある?」
ところが、クラスで影響力が高い女子が俺を睨んできた。
「なら、俺も頼みたい!」
「俺も田中と山崎と三人で一匹なっ!」
「私は岡崎さんと天川さんと秦野さんの四人で一匹!」
俺が気圧されそうになっていると、沈黙を肯定と取ったのかクラスメイトが殺到してきた。
「ちょっと、まーーった!」
クラスメイトの勢いを橘さんが止めてくれてホッとする。
「流石にそれは委員長として見過ごせません!」
橘さんは腰に手を当てるとクラスメイトに視線を向ける。
「文化祭で問題が起きたらどうするつもりなの?」
委員長の言葉に全員が黙り込む。やはり彼女に任せておけば問題ない。
「ごめん。だけど、あまりにも美味そうだから……」
「それはわかる!」
「ん?」
「だから、文化祭が終わったら相川君にお願いしようよね?」
「はぁっ!?」
結局、俺は文化祭の後に料理をする約束をさせられることになるのだった。
※『宣伝』
本日もコミカライズの更新が行われております。
「コロナEX」「ピッコマ」「ニコニコ漫画」にて更新されておりますので、ぜひ読んでみてください。




