第72話 学園のマドンナは交際宣言をする
「おめでとう、二人とも」
俺と渡辺さんが付き合っていると告げると、石川さんがまずお祝いの言葉を言ってくれた。
「ありがとうございます。里穂さん」
「まさか相川があの学園のマドンナを落とすとは、おそれいったぜ」
続いて相沢がからかうような声で話し掛けてくる。
「まさかは余計だが、まあ、俺もそう思うよ」
「そんなことないです! 私が相川君を落とすのに苦労したんですからっ!」
そんなことを話していると、渡辺さんが大きな声を出し俺を睨んできた。
「誰にも靡かなかった美沙を落としたのが相川とはね。やっぱり決めては料理なの?」
「いいえ、そんなことはありません。相川君はすべてにおいて素敵な男性です!」
「渡辺さん、ちょっとその辺で勘弁して……」
彼女の飾らない言葉は嬉しいのだが、今は相沢たちもいる。友人が見ている前で褒められるのは恥ずかしすぎる。
「沢口さん?」
先程から黙っている沢口さんと目が合った。
「あっ、うん。平気」
彼女にしては歯切れが悪い。もっと大騒ぎするのだとばかり思っていたのだが……。
「いきなりだから驚いただけ。まさかの相川っちが美沙を落とすなんて夢にも思わなくてさ!!」
「相沢と沢口さんが失礼すぎる!?」
この二人なりの気遣いなのだろうが、本人も気にしているのであまり虐めないで欲しい。
「それにしても、相川っちもやることはきちんとやってるんだぁ?」
次の瞬間、沢口さんは満面の笑みを浮かべると俺に話し掛けてきた。
「それで、どっちから告白したの? きっかけは?」
次々と根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる。
「そうだぜ! こうなったら全部吐かせてやる!」
相沢もノリノリだ。
「それで、皆さんにお願いがあるのですが……」
そんな二人に渡辺さんが話し掛けた。
「実はこのことはここだけの話にしておいて欲しいんだ」
俺は彼女の言葉を引き取り三人にお願いをする。
「なるほど、美沙と付き合ってるとバレるとこの前みたいなことがあるかもしれないもんね?」
沢口さんは即座に理由を思いつくと俺に確認してきた。
「まあ、確かに厄介だよな実際。俺だって、お前らと一緒にいることで他の男子や先輩に嫌味を言われることもある」
「そうなの?」
これには石川さんが驚いた顔をした。
「幸い、サッカー部に所属していてそれなりの先輩とかにも可愛がられてるからな、直接手を出すような連中はいないが、相川の場合はそれも厳しいというのは理解できる」
何せ部活に所属していないからな。この前の家庭科の実習のように絡んでくる男子もいるかもしれない。
「そういうことなら任せてよ! この秘密は墓場まで持っていくからさ!」
「いや、そこまで大袈裟な話じゃなくて、バレたらバレたで仕方ないくらいの認識で頼める?」
沢口さんの覚悟が重すぎるのでドン引きしていると……。
「私は相川と美沙はお似合いだと思うんだけどね」
石川さんがそんなことを言ってくれた。
「相川も見た目は整っている方だし、言動も大人びているし、気遣いができるもの同士相性がいいんじゃない?」
「ありがとうございます、里穂さん」
渡辺さんは頬に手を当てると嬉しそうに返事をした。
俺と渡辺さんの交際宣言も無事終わり、皆の質問に答えられる限り答える。
中には渡辺さんのことをどう思っているのかなど恥ずかしい質問もあったのだが、彼女に対する気持ちは本物なので正直に答えておいた。
そんな楽しい時間もあっという間で、さすがにこれ以上は夜が遅くなると考え解散することになった。
「今日はありがとう。お蔭で凄く楽しかったぜ!」
相沢が率先してこの集まりの礼を言う。
「釣りなんて初めてだったけど、美沙が教えてくれて実際に魚を釣り上げることができて楽しかった!」
石川さんも満足してくれたようだ。
「私も、皆さんと一緒に釣りができてとても楽しかったです。上手く教えられずに申し訳ありませんでしたが、また一緒に釣りがしたいですね」
渡辺さんは今回教える側にまわったということもあってか、自信に満ち溢れていた。
釣りは自分で釣れるようになり、教えられるようになって一人前になる。彼女も立派なアングラーに成長しつつあるのかもしれない。
最後に沢口さんだ。
「今日は迷惑かけちゃってごめんね?」
彼女は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「相川っちのお蔭で、今回の件が苦い思い出にならず楽しい気分で帰ることができるの。感謝してる」
「そんなことは……」
体調を崩した彼女のそばにいただけで何もしてやれていない。
「相川っちはいつもそうだよ。自分が楽しむのを後回しにして、今日だって楽しみにしていたのに私のために時間割いてくれてさ……」
彼女は一旦俯くと黙り込む。どのような表情をしているのかわからず、話し掛けてよいのかもわからずにいると、沢口さんは顔を上げた。
「相川っち!」
「う、うん!」
「美沙のこと大事にしなきゃ許さないから!」
真剣な表情で俺を見てきた。
「誓うよ、絶対に渡辺さんを悲しませないって」
「美沙もだよ! 相川っちを大事にして!」
「ええ、勿論そのつもりです」
渡辺さんも返事をした。
「うん、ならよし!」
先程までの態度は何だったのだろうか?
沢口さんはいつも通りの様子で笑うと、そう告げるのだった。
★
「それじゃあ、また学校でね」
電車を降り家に帰る道を歩く。
思い出すのは、今日あった楽しい出来事ばかり。
視界が揺れて気持ち悪くなっていた時には相川っちがそばにいてくれて、体調が戻った後も相川っちが釣りを教えてくれて、その後もずっと私のことを気にかけてくれていて……。
地面にポタポタと滴が落ちる。
視界が見通せなくなり、思い浮かぶのは今日一日一緒にいた相川っちの姿ばかり。
「あはっ……そういうこと?」
ここにきて、自分がどうしてこうなったのかを理解する。
「私、相川っちのこととっくに好きになってたんだ」
だから、美沙と交際していると宣言を聞いた時、頭の中が真っ白になった。
だから、ずっと彼のことを目で追いかけていたんだ。
私は目元を拭うと意識を強く持つ。
「このくらい、今まで里穂や他の皆が感じたことを考えたら大したことないし!」
むしろ、これでようやく里穂と対等になれた。彼女に対する罪悪感を少しでも償うことができる。そう考えると気が楽になったきがする。
「大丈夫だよ、私は。うん。大丈夫!」
これまで相川っちに対してアピールした記憶はない。だとすれば美沙にも相川っちにも気付かれていないはず。
「この気持ちは封印する。そうでなきゃ……」
せっかく元に戻った関係がまた壊れちゃう。
「私は強くなるんだ!」
気合をみなぎらせ夜空に向かって叫ぶと、私は自覚したばかりの相川っちへの想いに蓋をするのだった。




