第64話 学園のイケメンは表情を崩さない
「きたか、相川」
店に入ると相沢と目が合った。
ここは駅から裏手に入った古びた喫茶店で客付きも悪く、俺と相沢以外には老夫婦が一組いるだけだ。
その老夫婦は互いに楽しそうに会話をしているので、こちらに意識を向けるものは店のオーナーくらいだった。
「急に悪いな」
「別にいいさ。お前たっての頼みなら何だって聞いてやるさ」
そう言ってコーヒーカップを口元に持っていく相沢。
軽い見た目をしているのに、こういう渋い店でも仕草が似合うのは整った顔立ちのお蔭だろうか?
俺は注文を取りに来たオーナーに相沢と同じセットを注文する。
しばらく他愛のない話をしていると、珈琲と焼き菓子が乗った皿が運ばれてきた。
「それで『どうしても話しておきたいことがある』ってかしこまってきたってことはいよいよ話してくれる気になったんだろ?」
どうやら相沢は俺が話す内容を察しているらしい。俺は頷くと覚悟を決める。
「これまでお前に黙っていたことがある」
心臓がドキドキと脈打つのを感じる。罪悪感からか相沢の顔を見る事ができない。
「実は、俺。花火大会の日から渡辺さんと付き合い始めたんだ」
俺はこれまで相沢に黙っていた秘密を打ち明けた。
「相沢から『あの中に好きな人がいる』と聞いていたのにこれまで告げる事ができなくて申し訳ない思っている」
相沢の意中の相手が石川さんでない以上、二分の一の確率で想い人が被ることになる。
いまこの瞬間、相沢が立ち上がって俺を殴ってきてもおかしくはない。
そんな覚悟を決めながら顔を上げ彼を見ると。
「なるほどな。何か隠しているとは思ってたが、まさかそんな特大の爆弾を持っているとはな……」
ところが、相沢は普段通りの様子で俺の話を聞いていた。
「怒らないのか?」
「怒る? どうして?」
「いや……だって、お前の気持ちを知りながら黙っていたんだぞ?」
親友と言いながら重大な秘密を黙っていたのだ。軽蔑されてもおかしくはない。
「いや、普通言い辛いだろ?」
ところが、あっさりと彼は俺の言葉を否定する。
「花火大火の直後にそんな話されてたら『空気読め』って微妙な感じになるだろうし、夏休み明け直前で告げてたら、多分夏休み以降は溝ができてただろうな」
俺と渡辺さんが感じていた微妙に張り詰めた空気感は正しかったと相沢は告げる。
「このタイミングで告げてきたのは、今度の釣りがあるからか?」
「ああ、そろそろ黙っているのは限界だと思って……」
遅かれ伝えることになるのなら、じっくり話し合える今しかないと考えた。
「確かに、俺の想い人が渡辺さんだった場合、その後が気まずくなるからな」
相沢は気軽な態度でそういうと珈琲を飲む。余裕が伺える態度に自然と俺は相沢の表情を観察してしまう。
「それで、お前が好きな相手って渡辺さんなのか?」
相沢は取り繕うのが上手いので、見ていてもどちらが好きなのか断定できない。
俺は覚悟を決めて答えを求めるのだが……。
「ん、ああ。それは答えるつもりないぞ?」
「お前……それはないだろ?」
ガックリとして頭が下がる。こちらがどれだけ緊張してこの場に臨んでいるのか目の前の男は知っているのだろうか?
「相川が渡辺さんと付き合ってるのはわかった。だが、それを打ち明けたからって俺の好きな相手を教える理由になるか?」
「いや、だって……お前が渡辺さんを好きだったら……」
色々気まずいことになるのではないか?
そう考えてしまうわけだが……。
「俺の感情は俺だけのものだからな。誰と誰が付き合おうと何が変わるわけじゃない」
真剣な顔でそう答える相沢。これ以上は踏み込んで欲しくなさそうだ。
いつにない相沢の態度に気押され、俺が喉をゴクリと鳴らすと……。
「それに、その方がお前も罪悪感を忘れないし、緊張するだろ?」
表情をころりと変えて俺をからかってきた。
「お前なぁ……」
そんな相沢に俺は非難の眼差しを向けるのだが……。
「はぁ、気張ってたのが馬鹿らしくなってきたぞ」
「相川は妙に真面目だからな」
「それ……お前に言われると腹立つな」
してやったりと笑う相沢を見ながら、彼との仲が険悪にならずに済んだ事に俺はホッとするのだった。




