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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

狂愛

作者: 星野さかな

僅かな月明かりさえもない閉ざされた漆黒の闇。

聞こえてくるのは、水滴がこぼれ落ちる微かな音。

その先を辿ると、倒れている愛しい貴方。

これであなたは、私だけのものになった。


だけど、何故か手が震えて止まらない。


いつもなら、貴方がすぐさま駆け寄り、そんな私を抱きしめてくれるはずなのに。

駆け寄ってきてもくれない。

抱きしめてもくれない。


貴方の一生を手に入れたはずなのに、とても虚しい。


幼いころから隣にいた、陽だまりの様なあなた。

あなたが私に優しくしてくれていた理由は、お父様の力だって事解っている。

十歳になる少し前、お父様に『誕生日プレゼントは、何がいいか?』と聞かれた。

私は迷うことなく、貴方の事を所望した。

お父様は少し考えた後に『わかった』と言ってくれた。

貴方が私のものになる。

そう考えただけで、嬉しかった。


そんな貴方の未来を刈り取ってしまったと気付いたのは、随分後になってのことだった。

その頃には、周りの人達が、貴方の事を陰で私のペットとだと揶揄していたのも知った。


可哀想な貴方。

着る服から進路、そして結婚相手さえも自由に決められない。

時折見せる、悲しげな顔。

それを見ていても尚、手放せなかった。


隣を歩いている貴方の視線が、いつも誰かを追っていたことなんて、とっくの昔に気づいていた。

でも、気づかないふりをする。

随分昔に、貴方の感情を手に入れる事を諦めたから。

私が望むことは、ただ貴方が私の傍にいることだけ。

それだけ・・・。


そんな貴方が、意を決して私に別れの挨拶をしてきた。

その時の言葉は覚えていない、ただ私の中の『何か』が壊れた。


心が赴くままに、貴方をお茶を誘う。

私に引き止められると思っていた貴方は、私のあっさりとした解放に拍子抜けしているのが見て取れた。


それを待っていた。


こんな日が来た時のために準備しておいた、液体の封を切る。

無味無臭。

見えないように、ゆっくりとポットに別れの挨拶を垂らした。

貴方は何処にも行かせない・・・。


そして私もカップに口をつけた。

ーーーーーーーーー

カーテンを開けられたのだろう、眩しい光が瞼越しに届く。

「ユナ様、もう朝ですよ」

まだ寝てたい気持ちを振り払って、起きる。


部屋に飾られたスイートピーの甘ったるい香りが部屋の中に、充満していた。

笑顔で話してくるのは、昨日手に入れたはずのヒロ。


「どうして?貴方が」

「どうかされましたか?いつも起こすのは私の役目じゃないですか」

「えっ、でも・・・」

「なに寝ぼけていらっしゃるんですか、学校行きますよ」

「えっ?今日は何年何月何日?」

「今日ですか?2030年4月1日ですよ。早く支度をしてください」

そうヒロが言うと、周りにいたメイド達がユナの準備をし始めた。


(昨日は2030年3月31日だったはず。どうしてヒロも私も生きてるの?)


あれは確かに劇物だった。

でも、目の前で繰り広げられるのはいつもの光景。

ここはあの世にしては、親近感がありすぎた。

かわったところは一つもない。

わけがわからないまま、車に乗り込み学校へ向かう。

その隣には、見慣れぬ白い手袋を嵌めたヒロがいた。

「その手袋どうしたの?」

「貴女が望まれたことですよ」

「どういうこと?」


ごまかすように、ふんわりと微笑む。


何か違和感を感じるが、どうも思考がまとまらない。

そんなぐちゃぐちゃな感情のまま、学校に当着した。


慣れた手つきで、ヒロは片手で二人分のカバンを持つ。もう片方の手を差し出し、ユナをエスコートする。

その一方で、視線はせわしなく動いている。

ユナが会話を振れば、目を細めてこちらの会話に乗ってはくれるが、心あらずなのは見て取れた。


(相変わらず、隠すのが下手な人・・・)


そうしているうちに、艶やかな漆黒の髪に、大きなつぶらな瞳の麻里が登校してきた。

可愛らしい容姿に、飾らない性格、男女ともに人気で彼女が来ると周りがざわついた。


(私とは正反対・・・)


ヒロをチラリとみると、視線は既に麻里に向けられていた。

麻里もいつの間にかヒロを見ていた。

二人の視線が絡まり、雄弁に互いの思いを告げていた。


それが嫌で、ヒロの手をくいっと引っ張る。

「こっち行きましょう」

「そうですね」


ヒロは私の引張るまま、付いてきてくれる。

顔はこちらを向いているけれど、その声音はどこか遠い。


ヒロはユナを教室まで送り届けると、自身の教室へと戻っていった。

その足取りが軽いのは、クラスメートに麻里がいるから・・・。

ヒロが麻里にアプローチをかけることはできない。

そんなことをすれば、たちまちユナの家からの実家へ援助が途絶えてしまう。

また、麻里もユナに何かを言ってくることはない。

ユナ家に逆らうと、碌な事がないと有名だった。

周囲の学友たちも、薄々彼らの両想いに気がついていた。

けれど、二人を応援するものは居なかった。

誰しもユナ家の財力に慄き、沈黙せざるを得なかった。

裏でユナは『愛をお金で買う女』そう呼ばれていた。自身もその通りだと、親に告げ口する事も無かった。


ユナは退屈な授業を右から左へ聞き流し、先ほどのヒロの様子を思い出す。

無意識にギリッと唇をかみしめると、広げたノートに血が垂れて滲む。

まるで出なくなった涙の代わりに、一滴また一滴と静かに落ちていった。


授業が終わり、昼休みがやってきた。

だが、何時もお迎えにやってくるヒロが教室にやってこない。

(どうしたのかしら・・)

少々不安に思いながらも、それでもしばらく待っていると急に声を掛けられた。

「ユナさん、お昼一緒しない?」

そこにいたのは、見覚えのないクラスメイト。

「あなたは?」

「私、同じクラスのリコよ」

「・・・(こんな子いたかしら?)」

「もうユナちゃん酷いな!昼終わっちゃうから行こう!今日のメインお肉なんだって」


リコは強引にユナの手をとると、ぐいぐいと引っ張る。

「・・・強引ね」

ユナはちょっと眉を顰める。

「えぇ~だってユナさんと仲良くなりたいと思って!」

「私にそんな事言うなんて、変わった人ね」

ユナはそう言うと頬を少し緩めた。

鉄仮面の表情、冷たい口調のユナに話しかけるクラスメイト等いない。

生きてきた中で、友達と呼べる人すら居なかった。

このリコの強引さと気安さに、戸惑いを覚えつつ、くすぐったい気持ちになる。


(これが、友達?・・・)


リコの一方的なおしゃべりに付き合い歩いていくと、食堂に到着した。

お昼時ということもあり、既に込んでいる。

いつもはヒロが席とりから、配膳までやってくれていたが、今彼は居ない。

自ら配膳しないと知り、戸惑いつつの周りのマネをする。

こんなことすら、ユナにとっては新鮮そのものだった。


お盆を持って、リコの後に続き席に着く。

今日のメニューはビーフシチュー。

お肉がゴロゴロ乗っていておいしそうだった。

リアは「いただきます」と言うとおいしそうに食べ始めた。

それにつられ、ユナも食べようとするが何かが引っかかる。

なんとなく、お皿の中をかき混ぜてみると、白色の手袋が突然現れた。

その手袋は純白のドレスの様に真っ白で、汚れ一つなかった。


「なにこれ・・?」


シチューをよそった時は絶対なかった。


すると、隣にいたリコの声音が変わった。

「アイツ余計なことを!」

先ほどの可愛らしい声とはうって変わり、舌打ちし始めた。

驚きに目を見張るユナを、笑いを堪えた顔でリコは見てきた。

「ユナちゃんが望んだんでしょ、アイツが欲しいって。アタシが親切にその望みかなえてあげようとしたのに邪魔されちゃった」

「えっ?なに?」

「ほら、これアイツの破片」

そう見せられたのは、スプーンで持ち上げられた肉の塊・・・。


途端にユナに吐き気が襲ってくる。


「フフフ、ユナちゃんが望んだ事でしょ?」

「私はそんな事望んでない」

「何言っているの?アイツを殺しておいて」

「!!」

「えぇ、ユナちゃん本当にアイツが生き返ったと思っていたの。もうこの世にいないよ~」

「えっ、じゃぁここは」

「さぁ~ヒ・ミ・ツ!う~ん、でもいい事と教えてあげる。アイツは消滅しちゃったよ。ユナちゃんを助けるために、白手袋を投げ捨てちゃったからね。手袋は輪廻転生できる者だけ与えられる物で、それを脱ぎ捨てたらこの世界への干渉にあたるんだ~干渉の代償は魂だから文字通りいなくなっちゃった」

「なっ!」

「あ~あ、あのままユナちゃんが肉を食べてくれていれば、永遠にアイツに囚われ続けられたのにな。まぁ、肉って言ってもアイツの魂の破片みたいなもんだよ。一口食べたら文字通り元に戻れないってやつな」

「えっ?」

「あと少しだったのにな。くそっ、久々に面白いおもちゃを見つけたと思ったのに。仕方ないから、元に世界に戻してあげるよ。ユナちゃんまだ仮死状態だからね」


目を覚ますと、そこは見慣れたベットの上だった。

傍らには両親の姿。

ヒロの姿を探すが・・・いない。


「心配したぞ!!あと一歩遅かったらどうなっていたことか・・・」

「ヒロは?」

「アイツは亡くなった。うちの娘と心中を図るとは、あの家はつぶしてやる」

「・・・違うの。私が・・・私が・・・」

「何を言っている、アイツがすべて悪いんだ。後は私に任せなさい」

「ですが・・・」

「任せろと言っているだろう」

「お父様、申し訳ございません。それでも私自首いたします」

「たかだか一人の若造のために、こお家に泥を塗る気か!」

「でも・・・!」

「・・・暫く頭を冷やせ、お前はこの家の後継者だぞ。こんな事で傷をつけるな!おい、誰かユナを閉じ込めておけ」


父の命を受け、使用人達はユナを部屋に閉じ込めた。

窓には格子がつけられ、部屋から見えるのは一本の木だけ。

それは何年もに及んだ。

その間情勢はめまぐるしくかわり、父の事業に陰りが見え始めた。

心労がたたり、母が亡くなり、その一年後父が亡くなった。

その時、ユナはようやく部屋の外に出された。

正しくは、屋敷から追い出された。

久しぶりにでる外の空気は・・・酷かった。

時代遅れの服に、ボロボロの靴。

今のユナはただのホームレス。

向けられる視線は、蔑視に満ちたものだった。

侮蔑に耐えられず、全てを終わらせようと橋の袂へと向う。


川へ足をいれると、ひんやりとした冷たさが襲ってきた。

これは現実なのだと思い知らされる。

そのまま2歩目を踏み出したとき、ふいに誰がに止められる。


「ユナ様、危ないですよ」


振り向くと、誰もいない。

そして、不意に空から白い手袋が落ちてきた。

咄嗟に掴む。

掴んだ端から、じわじわと赤に染まっていく。


まるで、あの日を思い出させるように・・・。


貴方のみせる優しさは、復讐だったと・・・ようやく気付いた逢魔の時。

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