後日談 ある貴族令息の誤算
ざまあが足りないと言われたような気がしたので後日談的な回顧録です。
あの日からクージャ・セルペンスの人生は大きく変わった。
事の発端は父であるセルペンス子爵がお膳立てしたセフィーナ・アルゴーとの見合いだった。
セルペンス家は医者の家系として有名で、国内のみならず国外からの患者もこぞって押し寄せるほど。領地は小さいながらも莫大な富を得ていた。
そんな家の嫡男として生を受けたにも関わらず、クージャは医者にはならなかった。おまけに夜遊びばかりで放蕩息子として名を馳せている始末。
家の行く末を案じたセルペンス子爵がしっかりした者を息子の嫁にと望むのも無理はない。
そこで白羽の矢が立ったのが宮廷薬剤師として堅実に勤めているというセフィーナだった。
多少美化されているであろう絵姿ですら華やかさに欠ける女。
それがクージャのセフィーナに対する第一印象だった。
高等学校で優秀な成績を収めたと言われたところで、可愛げのない女に興味はない。
(あんな地味な女との見合い、流れた上に金まで手に入ってラッキーだと思っていたのに)
父は見合いが横取りされたことを大層嘆いていた。
――『星の船の力』を持つかもしれない女を手放すなんて。
馴染みのない言葉の意味を問うも、父は何も答えてくれなかった。
ただ、ため息とともに失望の眼差しを向けられたことは脳裏に焼き付いている。
夜会で初めて見たセフィーナは絵姿とは似ても似つかぬ姿だった。
露出の少ないドレスは華やかさに欠けるかと思いきや、むしろセフィーナの聡明さを際立たせているようで、そこらの令嬢よりも視線を集めていた。隣にいる一目でお揃いと分かるいで立ちの美丈夫は噂に聞くリデッド・シグニス侯爵令息だろう。
「なんて素敵な方……」
パートナーとして連れてきていた夜の蝶のつぶやきをクージャは聞き逃さなかった。
――逃した魚は思いのほか大きく、父から失望された上にこの仕打ちとは。
こうしてプライドをいたく傷つけられたクージャは名誉挽回するために奮起することになる。
明くる日出かけた別の夜会で、セフィーナの妹であるナターシャを見かけた。
隙がなく清廉さを感じさせるセフィーナと違い、ナターシャは目を引く美人だ。ゆるやかに波打つ金髪は輝きを放ち、新緑の瞳をきらきらさせ首を傾げる様は庇護欲をそそられる。高位の伯爵令息に色目を使っている様子を目撃したこともあり、遊ぶのであればこういう分かりやすい女がいいと記憶に残っていた。
声をかけ、さりげなく様子を探れば簡単に姉の恵まれた境遇への不満を漏らしてくれた。
(――こいつは使える)
予想通り、玉の輿願望を持つナターシャはセフィーナと成り代わりたいと思っている。
(利用できるものは利用するまでだ)
ナターシャによれば姉はお人好しで、なんでも言うことを聞いてくれるのだという。
そんな人物いるわけがないと一笑に付したが、侯爵令息夫人となっても宮廷で働いているという話を聞いて考えを改めた。
上司である夫に公私ともに仕える従順な者であるなら、使い道はある。家のことはセフィーナに押し付けて自身は今まで通り遊んで暮らすというのであれば結婚するのも悪くはない。
結婚した暁には宮廷薬剤師を辞めてもらうことになるが、公私共に束縛してくるような侯爵令息から離れられてセフィーナにとっても良い話だろう。
そもそも先に横槍を入れてきたのはあちらの方なのだ。
本来あるべき形に戻るだけだという大義名分を掲げたクージャは、気付けば坂道を転がり落ちていた。
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シグニス侯爵令息夫人の誘拐及び監禁事件。
その首謀者として囚えられ、宮廷の牢で一晩を明かしたクージャは翌日解放されたものの、ずっと屋敷から出ることを許されないでいる。
「もう夜遊びは卒業しろ。屋敷に人を呼ぶことも禁止する」
父のセルペンス子爵は大層お怒りだった。
「こうして屋敷に戻れたのもセフィーナ嬢の温情なんだぞ」
なんでも妹が関わっていることもあり、大事にしたくないとかけあってくれたらしい。
シグニス侯爵家を敵に回したくない父は見合いを潰した際に受け取った金銭に色を付けて謝罪として渡そうとしたが、にべもなく断られたという。
――二度目はないと思え。
自分の子どもほどの年齢のリデッドにそう告げられた父の気分たるや、考えただけで寒気がする。
(どうしてこんなことになったんだ)
惨めだった。
順風満帆だと思っていた人生がこんなにあっけなく崩れてしまうだなんて。
「お前がここまで愚かだったなんて……沙汰は追って言い渡す。反省するまで謹慎しているように」
吐き捨てるように去っていく父の後ろ姿は記憶にあるよりもずっと小さく見えた。
噂を聞きつけたのか、あれほどあった夜の蝶からのお誘いはぱたりと消えた。
使用人の態度もよそよそしくなり、居心地の悪い日々が続く。
社交界に戻れる日が来るのかは分からないが、仮に戻ったとしても肩身の狭い思いをするであろうことだけは確かだった。
ここで書くことか迷ったのですが少しだけ補足です。
本編でセルペンス家との見合いは「妹に向けて来たもので自分は身代わりじゃないか」とセフィーナは思っています。
実際はセフィーナ指名で間違いはなく、身代わりでもなんでもない。
セフィーナが見合いを組むことになった経緯を聞けば父は答えてくれたとは思うんですが、聞かなかったために誤解したまま本編が進んでいます。
まぁ誤解が解けたところで展開に差異はないので誤解を解く話を本編には入れませんでした。
完結してからというもの、私的にとても多くの方に読んでもらえています。
あまりにも嬉しくてこうして予定になかった後日談を書くまでに至りました。
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