不快な広告
どんな話だったか、忘れたな。別に思い出すべきじゃないからね。ただ、ネットサーフィンしているときに、いつも出てくる広告にイラついちゃったんだ。それで思い出した。
ああ、こいつは歯科医師だったな、と。話は数日前に遡る。ずっとね。数日でも、変に遠いように思えるのは不思議だ。それよりも昔の嬉しいことがあった思い出はいつもそばで色褪せながらも新鮮なのに。
あの日、当然僕は虫歯で治療した。それまでのたうち回っていたよ。母も父もまったく気にはしなかったけど、あれは間違いなく頭がおかしい人間だったな。しょうがないけど、今では精神病院に投げ込まれなくて感謝している。放任主義な両親に。で、僕は歯医者に行った。何年振りだったか、あんまり考えるものでもないけどとにかく数年ぶりは確かだ。最後に来たとき、医者から歯のクリーニングをしましょうと言われたんだっけ。ちなみに僕はこの歯科医院の他に行けなかったからね。まあ言う必要はないよね。そりゃもう気まずかったよ。それだけ。だから結果的に言えば虫歯は治療できたんだ。よかったあって思う。もちろん治療中、ぶつぶつ汚れを指摘されなさがらね。だからいつも思うんだな、もう世話にはならないぞ! って。毎日歯を磨いても、できたらそれは運命なのかは、神のみぞ知る話さ。
待合室では老人がいたね。どこの病院もそうだろうね。美容院は女ばっかで、母に連れてかれる時はたいていそんな場所だった。今では男も行くかもね。ゲイじゃないといいけどさ。友達がゲイなんだよ。初めて知ったのは保健室登校のそいつを遊びに誘い出そうとした時に聞こえてしまったね。
「女の人を好きになれないんです…」
だから、関わりたくないねっていつもそんな発言を友達にしてるんだけど、多分僕は差別主義者なんだ。で、神は僕を罰した。バカ、僕は無神論者だ。けど僕の家は、というかこの国は宗教なんて曖昧な状態でもあるから、結局のところよくわからないって話にもある。ああそれと、ゲイはいい奴だよ。わがままな女と比べたらって場合に限るけどね。写真を撮る時いつも頬をつけてするからずっと違和感があったなあ、なんて今思えば。
看護師でいいんだっけ? 歯医者と病院の違いはよくわからないし、口内は多分外科だから内科ではないんだろうよ。名前を呼ばれて、僕はゾクっとした。ずっと扉の奥で冷たい音がしていたからね。叫び声は幸いなかったよ。やっぱり、腕は上手いからさ。
扉を開けるよ。ああもう閉めたくなっちゃった。でも無理だね、開けた瞬間に医師が僕を見つけるんだ。ああ、神よ僕を助けて! そんな気持ちなのかな、虫歯すら治療できない神に向けて願うものは…椅子に座ったら消えちゃう儚いもんさ。
「口を開けて…頭をしっかりつけて」
口を濯ぎ終わったら、看護師が言うさね。まあ、看護婦でもいいんだけど。あー、畜生。さっさと終わってくれよ、他人の口の中を見やがって、恥ずかしくてたまらないさ、自業自得だけど…それでも君もこの身になってみればわかるだろう。恥ずかしくて閉じたくなるんだよ。でも病院だし、さあ見せてやるから見やがれ!なんて気迫で望む患者もいるんじゃないか。精神疾患を抱えた患者が病院の外でも叫び声を上げるようにね。つまり、いや、気にしなくていいよ。疲れてるんだ、そういうわけでさ、話を戻そうとするよ。僕の取り柄は脱線した話を元に戻してしまうことかな。脱線した電車は元に戻しても点検が必要なんだけどさ。
それでね、医師は言ったんだよ。
「ああ、この歯ね」
そして嫌がらせに突っつくんだな。たまらないよ、もう。痛くない虫歯もあったりするから、そういう確認だろうけど不幸にも今まで滅多になかった無痛の虫歯じゃなくて、きっちりとした虫歯だった為にまあ響いた。でも、確実に終わりが近いぞ!という気持ちにもなれるから、便利な世の中だと思うよ。バスが来たらさ、さあスーパーに行けるわよ!だなんて、生活保護受給者の心の声が聞こえてきそうだもん。
…それで、麻酔を撃たれた。暴れる鳥の気持ちがわかったような気持ちにはならないよ。麻酔銃で撃たれる動物の気持ちは、この一部の麻痺なんだろうと思えば同情は、それでもできそうにないもんだね。まともに同情しようと思うと心臓の血管まで渡るそれを経験しなきゃならないからね。で、来世であんたは麻酔で死んだんだよって言われるのがオチさ。それでようやく「ああ麻酔銃に撃たれる動物たち!」…多分、動物の団体はこうした経験からなったんだよ。感受性の次第では一部の一時的な麻痺部分から忙しげに頭後ろで動く看護婦の合間を縫うようにアフリカの密猟を思い出して泣いているんだよ、きっと。
「口を濯いでね」
ここで医師はどっか行くんだよ。他の患者も見なきゃならないんでね。この間が、つまり麻酔が効くまでが退屈で厄介なんだよ。それで隣にいる患者と話している声を聞いたりするんだけど、どうもその内容は僕よりも酷いのがいるんだなあと思うばかりだったりする。だからって決して傲慢にはなれないね。つまり、お前は僕よりも酷いんだって、同じ席にいる人間が言えると思えないものだ。
で、医師が戻るといよいよ始まりっていうわけ。麻酔してるからもう安心だよ。ぼーっとしながら、終わりの時に聞かされる「歯が汚いよ。クリーニングしよう」という言葉を予想する気の重さは、君にはわからないだろうね。何より気まずいし、はっきりいうとめんどくさい。そりゃ人に向けて笑顔なんてできないし、なんなら膿んでくさい息が出ちゃうんだ。読んでる君は、きっと僕に嫌悪をするだろうね。まあしてくれよ。…大丈夫安心して文字に匂いは移らないから。僕はまあ、気楽だったよ。人生もそんな具合に気楽なんだ。不潔だけど、僕自身はプロゴルファー…に打たれて爽快にぶっ飛ぶボールなんだよ。ヘドロボールって酷い呼び方はやめてよ。ああ、また話が。それで、しばらくの間看護婦の唾液取りホースが僕の口の中の唾液を吸い取ってるのを感じてたな。たまに歯の破片が舌の上に転がるけど、あれが喉に通ってしまう嫌な予感はきっと共感してくれるはずだ。
歯の治療はすぐ終わったよ。あー、終わったんだ。と思うと同時にそろそろ来るぞ。とも感じた。で、思った通りこう言われた。
「歯がすごい汚れてるよ…」
当たり前だ。無視してるんだからね。いや、一時期行こうかなんて思ったりしたけど、別に不便でもないからさ。たぶん僕は物事が起きてから始めて動き出すタイプの人間なんだよ。それで昔、頭のいい友達から縁を切られちゃった。つまるところ損切りさ。別にいいけど、悲しかったな。
そして医師は、僕の汚れに引き目で見るんだ。で、またなんか言おうとする際、僕は医師の茶色い歯を見ちゃったんだ。歯科医師は歯が綺麗だっていう印象を抱いていた。多分誰もがそうじゃないかな。まあ操作のできない予想するだけの天気予報士と比べたら多少は整備できるはず。整備って、まるで錆をとるみたいだが、実際それほど茶色かった。
あんたも汚いじゃないか。僕はそう言いそうになった。でも案外、僕は怒れないんだ。鏡を見て、小さな唇。臆病者というか、早く終わってくれって気持ちが強かった。けど、この口には見覚えがあったんだ。それがまさに広告のわざとらしく汚れた歯と口内なんだよ。で、僕は聞いちゃったんだ。
「広告に出てました?」
すると医師はハッと口を閉じた。やがてゆっくりと言う。
「出てませんよ。どんな広告?」
「口内ケアの広告ですよ」
「知らないな。とにかく、歯のクリーニングをしようよ」
どの立場で言ってるかはわからないが、これは彼なりのプライドだったかもしれない。ギターを弾く人の聞き手は爪が長かったりすることが多いように。それはお金になる道具であって見せ物ではないんだと、医師はそう考え込んでいたに違いない。ただ僕は、なぜかイライラしちゃったんだ。それで、拳をそいつの口に放ってやった。そしたら、僕は出禁になって途方に暮れたよ。いやあ。びっくりした。なんでイライラしたんだろう。殴る僕は、社会不適合者なんだな。でもずっと、ネットサーフィンしている間はああした糞不快な広告をどうしようもなく半ば強制的に見せられていたから、たまらなくなっちゃったんだ。悪いことをしたと思ってる。日本人なら、そんなことはしない。家に帰ってメソメソ強気で発信するんだ、それが常識ってもんだろう?
まあ、出された僕は、静かに心が泣いちゃった。その時、ゲイ友達が来た。うわ、と思ったけど、今は話せる人のそばにいたいと思っちゃったから、僕はそいつと静かに道を歩きながら話をしたよ。どんな話だったかは、触られないよう気を配っていたせいで思い出せない。殴っちゃったことは言ったよ。
「馬鹿だねえ、俺だったら殴らないよ」
ゲイだけど一人称が俺なのは、性別が男で好きな相手が男っていうわけだろうね。ゲイでも女っぽい奴がいるだろ。あの違いはなんて名前かは知らないけどこれ以上、虹に風評被害を与えるのは勘弁してほしいって、僕じゃないけど寝言はそうだ。
「でも、イライラしたんだよ」
「だからって、殴ることが正解かい?」
「今まで、ずっと見せられてきたんだよ。その広告に映った当事者を見つけて殴らないのは、ほんとの臆病者だけなんだ。きっと君は僕を野蛮人なんて言うけどね。僕はいつだって無力感が大嫌いなんだよ」
そういうと、ゲイは感心したように笑った。まあ涼しい笑い声と表情だよ。ゲイじゃなきゃ女にモテてたんだろうって思う。でゲイは、出禁にされるまでの過程を聞いてきた。教えてやっている間、くすくす堪えながら笑っていた。ゲイのくせに。と苛立ちも湧いた。まあ、そんな怒る気もならなかった。むしろ怒りは、笑いになっていくようだった。こうしてみると、芸能人を目指すのも悪くないな、なんて思う。それに、その笑いを堪えた顔は小学生の頃のゲイの面影があった。
ゲイと別れてリビングにいた僕は、相変わらず口臭を指摘されながら、麻痺している頬を労っていた。出禁のことは言わなかった。放任主義者だからね。僕の両親はとんでもないよ! ほんと。気遣いもないんだからさ。好きにやれ、その代わり身の世話は自分でやれって話。もしまた虫歯になったら、僕はどうするんだろうかって漠然と思う。虫歯にならないよう毎日お祈りでもしようかなって。でも三日坊主で終わるのがいつもだよ。この不安は、どうしたらいいんだろうって、僕はそして今度、ゲイを誘って遠出しようって思った。別に僕はゲイじゃないけど、笑ってくれる人は好きだからね。それに、遠くの不安より近くの不安の方が気持ちが楽になったりするもんだからね。もう言いたいことはなくなった。だから終わりだよ、この話はね。
これはおととい描いた作品。昨日の内に投稿しようと思ったが内容が差別的であったり、私自身の体調不良もあって気分が進まなかった。深夜に投稿すると人目にはつかないと思う。別につくほどのものでもないから気にしていない。まあ、運良くこの作品を見つけれた人間は幸運だというなら、その幸運を私に分けてほしいものだね。
作品について言うと、短時間で書いたものだから思い入れはない。でも好きだ。悪くない内容と質だと思う。主人公の差別的な態度は多少困惑するかもしれないが、人間味あるものとして受け取ってくれたら嬉しい。かといって差別を助長しようとする企はないということは伝えておきたい。またこれはボーイズラブではない。主人公は全くの保守主義者であり、完全な異性愛者である。
それでは良い読書生活を(私には知った話ではないが)