1-00 初任務
公開予定の五作品の内の第四作目です。
コンセプトとしては『近未来』×『SP』の近未来SFとなります。
西暦22年初頭――――世界の科学技術が一昔前の映画に追いついた時代。
世界はサイバーテクノロジーの進化によりあらゆるネットワークが専用の
仮想空間を有し、様々な情報が量子空間で管理されるようになっていた。
特に先進国と呼ばれる国々の技術革新は凄まじく、AI技術の向上により今まで
安全性に欠けていた複雑な判断をする機械制御が可能となり、自動運転や
ドローンによる完全自立稼働などが次々に成功。日本もまた元来の技術水準の
高さから他国に後れを取ることなく、安定した製品やサービスを世界に輸出し
経済を安定させていた。
だが急激な技術革新は世界各地で更なる格差を生み出し、その影響もあってか
世界全体の治安は悪化の一途を辿っていた。そこで各国はその事態を重く
受け止め、それぞれの政府は対応策を編み出した。日本の場合、それは
新たな組織の設立であった。
その組織の名は――――特別警備保安局。通称、特警局。
日本有数の大企業協力の基、国家主導で組織された要人警護の秘匿組織である。
意思決定機関はセイ軍関係者を主体に構成され、以下それぞれの構成員の
陣容はそれぞれの能力値に応じて様々な分野へと振り分けられ統括されて
いる。その中でも特に重要なのが現場で直接要人を警護する人材『警護官』
であり、彼らの多くはその殆どがSPや特殊部隊の出身者といった特殊な人材で
成り立っている。故にその任務達成率は非常に高く、彼らはこれまで数多くの
国家的危機を救っている実績を持っている。
これはそんな組織に所属する一人の男の物語である――――
◇
都内某所のとある地下施設にて。
地下に設置された広々とした空間に独特な金属音と破裂音が響き渡っていた。
それは銃の発砲音であった。
バァンバァンバァン――――!
リズムよく放たれる銃弾は、数十メートル離れた人型の目標、その中心付近を
的確に捉えて貫通させる。俺は自身の放ったその弾道を目で追いながら
弾切れの弾倉を抜き取り場がれる様にして次の弾倉を装填し、コッキングを
済ませると再び訓練用の目標に向かってハンドガンの引き金を引いた。
そんな時間がしばらく続いた後。
訓練を終えた俺は飲み物を片手にバックヤードにあるベンチで休んでいると、
そこへ一人の女性が近寄ってくることに気が付いた。
「何度見てもすごいですね。諏訪さん」
その女性は俺の座るベンチの近くで立ち止まるとそのスタイルの良さを
強調するかのように腰に手を添えながら壁面に設置されたスコアモニターを見て
呟く。
「そりゃ毎日欠かさず訓練してるからね」
「さすが努力家ですね」
「ただやることがないだけだよ」
「またまたーご謙遜を」
白いスーツに身を包んだ女性はタブレットを片手にこちらに笑顔を傾ける。
彼女の名は西園寺まゆみ。
役職は統括官補佐。平たく言えば俺の上司の秘書である。
「それで何の用だ?」
「麻帆さんからの呼び出しです」
「だろうな。君が俺の所に来る理由はそれしか思いつかないよ」
と俺は少し溜息混じりで答える。
すると彼女は上半身を前に屈め、俺の顔を覗き込むようにしてこちらに
視線を向ける。
「もしかして、デートのお誘いなら良かったですか?」
「――――まさか。同僚にそういう感情はないよ」
「あら、それは残念です」
西園寺は少し大袈裟に肩を上下に揺らし残念な気持ちを演出する。
彼女とは俺にとって上司との連絡係ということもありそれなりに長い時間を
共にしている。なのでこうして会って直接軽口を叩け合える程には関係は
良好といえる。
「それで時間は?」
「十二時です」
「なに?」
時刻を聞き俺は壁に掛かった時計を確認する。
現在、時計の針は十一時三十九分を示していた。
「後二十分しかないんだけど?」
「時間厳守だそうです」
「はぁー……全くあの人は」
その言葉に自然と漏れる息が深くなる。
彼女が「真帆さん」と呼ぶ人物は、俺の直属の上司であるところの
「高藤麻帆」のことであり、彼女の呼び出しはいつも突然で且つ、
時間ギリギリなことばかり。
俺が訓練後にシャワーを浴びるってことを知っておきながらそれを考慮して
いないのか。そう思うほどに彼女の呼び出しは唐突で、正直困りものである。
「なぁ、あんたからも何とか言ってくれないか。
突然人を呼び出すのはやめろって」
「えー無理無理、無理ですよー。そんなこと言ったら怒られるのは私ですよー。
そういうことはご自身で仰ってください」
「西園寺はあの人が俺の話を聞いてくれると本気で思ってるのか?」
「うーん、微レ存?」
「それ死語だぞ。というか微粒子レベルでもありえないだろうな」
「あはは、ですよね」
俺はもう一度時間を確認する。
上司の悪口を言う時間は楽しいが、かといって遅刻するわけにはいかない。
訓練を受けている人間として指定された時刻に遅れるなどあってはならない。
「仕方ない、急いで準備するよ」
「よろしくお願いします」
そうして俺は急ぎシャワーを浴び、指定の正装に着替え時間ギリギリで
上司の部屋へと赴くのだった。
◇
コンコンコンッ――――
俺は目的の部屋に到着すると扉をノックする。
すると扉のセキュリティシステムが起動し俺の身体情報やID情報の
スキャンを始める。
映画のように青白い光が出てきたりすることはないが、最新鋭のシステム
ということもあり、スキャンはほぼ一瞬で終わりガチャリという音と共に
扉のロックが自動で解除される。
「失礼します」
最低限の礼節を弁え部屋に入るとそこにはいつも通り高級そうなデスクに
腰をかける女性が俺を待ち侘びていた。俺は入室するとそのまま部屋の中央に
姿勢を正して立ち、そして右手を上げ敬礼の姿勢をとる。
「諏訪透次、参りました」
「やあ、待ってたよ。今日も時間ピッタリね」
彼女、特警局の警備部門第三課主席統括官という仰々しい肩書きを持つ、
高藤麻帆は俺の入室と共に手に持った書類をデスクに置く。
そんな彼女に対し俺は手を下げ、傍聴の姿勢をとるもそれを見た彼女は
すぐにデスクの上で手を小さく横へと振るう。
「そう固くならなくていいよ。いつも言っているが君と私の仲だ。
楽にしてくれて構わないよ」
「――――了解しました。では遠慮なく」
彼女の言葉を聞き俺はようやく姿勢を崩す。
するとそれを見た彼女は満足そうな表情を浮かべてから話に入る。
「では早速だが本題に入ろうか。今日呼び出したのは他でもない。
次の任務の話よ」
「ようやくですか」
「ええ。以前から君の扱いに関しては上も煩くてね。
先日やっと新しい仕事を受けられたの」
「――――それで、新しい任務内容は?」
「なんてことはない。要人の護衛よ」
その言葉に俺はホッと胸を撫で下ろす。
何故なら俺はつい先日の任務である失敗を犯してしまっていたからだった。
本来であればこの仕事を続けていく上で任務の失敗は例えどんな事情が
あろうとも絶対に許されない。だが今回ばかりは高藤さんの恩情により
首の皮一つ繋がっている状態を保てているという訳なのだ。
「とはいえ私も今回君を庇ったことでかなり上から目を付けられてしまってね。
故にこの任務にはある条件が付けられることになったの」
「条件、ですか」
「そう条件。君にはこれより護衛任務にあたってもらう訳だけれど
今回君に仲間はいない」
「単独任務ということでしょうか?」
「そういうこと。通常、我々にとって最も重要な存在であるはずの要人に対し
長期間における単独任務はまずあり得ない。そう上層部に抗議をしたけど
取り合ってもらえなかったわ」
「つまりそれが今回の任務復帰の条件だったと?」
「ええ。ただ条件がどうであれこれは上層部からの直接通達、私も君も拒否権は
ないのだけれどね」
「――――大丈夫です、問題ありません」
「ふふっ、君ならそう言ってくれると信じていたよ。
ではこれより詳しい任務内容を説明するわ――――」
そうしてしばらく。
高藤さんはデスクの上にあるパネルを操作しホログラフィックを起動し、
俺の目の前に半透明な画面を表示し任務内容の説明を始める。
「まず最初に要人対象者だけれども、名前は久世ミサ。年齢十七歳。
都内のセントリアス学院に通う女子高校生よ」
「久世? ――――というとまさか」
「お察しの通り。あの久世グループ会長久世勘司の一人娘よ」
俺はそれを聞きすぐさま今回の任務の重さを理解した。
久世グループ。それは現在日本を代表する大手IT企業であると同時に
この組織のスポンサーでもある一大財閥である。そうなればこの任務が
上層部からの直接の通達であるというのも納得だ。
しかし疑問点もある。
「妙ですね。そんな重要な任務を上層部はどうして俺に任せようとするのですか?
普通、国家的重要案件は一課の担当のはずでは?」
「まぁ察するに、おそらくは私への嫌がらせだろうね」
「嫌がらせ、ですか――――」
「まあ君は気にしなくてもいいわよ」
高藤さんはそういうが、俺はその言葉がとても引っかかった。
高藤さんは女性でありながらもかなり優秀な人間であるが故に組織の中でも
敵は多いと聞く。それに加え一度任務を失敗した俺を疎ましく思っている
連中も少なからずいるはずで。
もしそうだと仮定するならば、敢えて俺に難易度の高い重要な任務を振り分け、
再度失敗を誘発し彼女共々責任を擦り付けようとしていると推測できる。
本来なら上層部を疑うことはしたくはないが…………。
ともあれ今はそれよりも俺はもうこれ以上高藤さんに迷惑はかけることは
したくない。
「高藤さん、一つご相談があります」
「何かな?」
「以前の俺の装備、その中から専用銃とバイザーの使用許可をください」
「なるほど」
俺の提案を聞き、彼女は何かを察したのか自然と降格を吊り上げる。
「――――いいでしょう。私としても君にはこの任務を成功して
もらわないといけない。それくらいはなんとかしてみよう」
「ありがとうございます」
「とはいえ懸念点はまだあるわ。
今回の件、任務の名目は久世ミサの護衛は現グループの社長である久世勘司を
狙ったテロ行為に対する二次的被害を防ぐというもの。つまり任務自体に
明確な期間が定められていないの」
「再度確認しますが単独任務なんですよね?」
「ええ。だから君には四六時中、要人である久世ミサに張り付いていないと
いけないことになるわね」
「それは――――その娘も承認しているのでしょうか?」
「一応護衛内容については連絡が言っている筈だけれど、正直に言って
事前情報を見る限り性格に難ありといったところね」
「うまくやれるでしょうか」
「そうよ、そこなのよね、私が心配しているのは。どうやら彼女、
かなりの護衛嫌いらしくてね。今までも多くのSPを首にしているそうなの」
「それはまた――――随分なじゃじゃ馬っぷりですね」
「全くよ。とはいえ今回に限ってはそんなワガママは通らないから、
君も十分気を付けることね」
「肝に銘じておきます」
◇
そうして俺は高藤さんとのブリーフィングを終えると、任務に向けて軽く
事務的な作業をこなし簡単な食事を済ませるとそのまま装備の点検をしに
ロッカールームへと向う。
警護官の任務に必要な装備一式は基本的に専用のロッカールームに収納されて
おり、俺はその一つに用意されていた任務用の制服に袖を通していく。
警護官の装備は主に七つ。
警護官用の制服一体型の特殊アーマー、銃とホルスター、予備弾薬、
通信装置、ナイフ、拘束器である。
そしてそれらはどの階級の警護官でも共通であり、各員それぞれ自分に合った
調整を施してはいるが基本的には同じものを使っている。銃や弾薬についても
基本は同じで、銃火器についてはこの先にある備品管理室にある窓口に
申請書を提出して受け取る仕組みとなっている。
だが今回俺は任務の難易度を考え事前に申請した専用の銃を受け取る為、
着替えを終えるとそこへは立ち寄らずに別の場所へと移動する。
そして約束の部屋へと到着すると、見知った顔が俺を出迎えてくれた。
西園寺まゆみである。
「あ、お疲れ様です諏訪さん、お待ちしておりました」
彼女は俺に気が付くと部屋のソファからこちらを一瞥する。
それに対し俺は軽く返事を返し同じく並行に並べられたソファに腰を落とす。
室内は応接室の様になっており彼女と俺はデスクを挟み向かい合う形になって
おり、俺が座ると同時に彼女は待ってましたと言わんばかりにテーブルの上に
置かれた二つのケースを指し示す。
「こちら言われた通り準備しておきましたよ」
「ありがとう、助かったよ」
「はい」
俺は彼女に短くお礼を述べると早速ケースのうちの一つ、銀色の
アタッシュケースに手を伸ばす。ケースには生体認証システムが
組み込まれており指定の場所に指を置くことで自動的にロックを解除
することができる。
ケースの内部は上部が一層、下部が二層の構造となっておりそれらの立体的
部分もまたケースのロックの解除と共に自然と解放され、その中に収納されて
いたモノを浮き上がらせる。
「それが噂のイグザム39ですか?」
「ああ、俺の愛銃だ」
「確か以前にうちの技術チームと一緒に諏訪さんが開発した銃なんですよね?」
「よく知ってるな」
「麻帆さんから聞きました。
正式採用はされなかったけど性能だけはピカイチだとか」
「使い手がいいんだよ」
なんていいつつも俺は手慣れた様子でケースから愛銃を取り出し、通常のもの
とは異なった専用の予備弾薬などと一緒に今の装備に加えていく。
そして今度はもう一方のケースへと手を伸ばす。
そちらは金具を外すだけで簡単に開けることができ、中には小さなデバイス
本体と付属のイヤホンが入っており、俺はそのデバイスを腰に取り付け
イヤホンを耳にはめ込んだ。
「バイザーシステム起動」
『起動を承認しました。バイザーシステム起動します』
そして音声認識によりシステムを起動させると、起動音声と共に耳に付けた
イヤホンが透明化したことを確認しケースをしまう。
「これで準備完了ですね」
「ああ」
「緊張しますか?」
「然程」
「本当に? 三課に移動になって初めての任務ですよ?」
「任務の重要性に部署は関係ないよ」
「言いますね。流石はプロ」
「とはいえ不安もあるにはある。なんせ今回の要人対象者は女子高校生だからな」
「あーこの歳の女の子は難しい年頃ですからね」
と、西園寺は持っていた俺との会話を続けながらタブレットを片手に画面を
スライドさせる。
「うわこの子、セントリアスの学生じゃないですか」
「知ってるのか?」
「超金持ち高校ですよ」
「へー、流石はスポンサーの娘」
「ですね。ただ諏訪さん、気をつけてくださいよ」
「何をだ?」
「スポンサーの久世グループ、かなりあくどい商売にも手を出してたみたい
なんで敵も相当多いはずですから」
「そうかそれは大変だ。高藤さんとどちらが多いだろうな」
「うふふ、そりゃ勿論真帆さんですよ」
「ハハッ違いないな」
再び上司の陰口を叩きつつ、俺は任務開始時刻が刻一刻と迫っていることを
確認。ケースを閉じその場から立ち上がる。
「さてではそろそろ俺は行くよ」
「はい、お気をつけて。ご武運をお祈りしております」
そして俺は西園寺と別れ任務へと向かうのだった――――。
ご閲読ありがとうございました。
これからも不定期ではありますがローファンタジーを中心に小説を投稿して
いきますので、応援よろしくお願いいたします。