表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

8

その日は空き地には行かなかった。その次の日も、次の日も、ローザは空き地に行けないでいる。


…明日が最後なのに。


ローザはつっかえる喉に無理やり食べ物を詰め込んだ。3食食べられるのもこれでおしまいだ。村では一日二食だから。


「おい。」

ローザのテーブルの前にジェイが立った。

「なんで来ない?」

「え…だって、ジェイは…」

「違う。何もない。明日は来い。」

「え…でも…」

ローザは首を振った。

「来い。」


—— やだー、痴話喧嘩?

—— あの子、おとなしそうな顔してちゃっかりやることやってるのね。

—— あんなガリガリのどこがいいんだか。まあチビにはお似合いだな。


周りの声が聞こえてきて、ローザは真っ赤になって俯いた。


頭上からチッという舌打ちが聞こえて、ローザはびくっと肩を震わせた。


「ローザ、明日は来てくれ。明日が、最後だ。」

ジェイの懇うような声を聞いたローザは、顔を上げないままコクと頷いた。


          ☆


ローザは朝からそわそわしていた。


今日でジェイに会えるのは最後。文字を教えてくれたお礼を言って、それから…


ジェイにずっとお礼がしたいと思っていたローザは、カゴの材料の竹でお守りを作った。

自分の持ち物なんて何もない。他の茶摘み娘たちみたいに、綺麗なハンカチも、髪飾りも、羽のついたペンもない。ジェイにあげられるものなんて何もない。


仕事を終えて駆け足で空き地に向かったローザは、空き地をうろうろと歩き回っていた。


パキッと木の枝が折れた音がして、ローザはその方向を向いた。

「オババ様…」

そこには老婆が杖をつきながら立っていた。

「なんだい、愛しの君じゃなくて悪かったね。」

「そんなことは!あの、ごめんなさい…」

ローザは老婆の顔が見れず、自分の足元を見た。


「なんで謝るんだい。」

「こんなことろに一人で来て。」

「別にあたしはお前さんの行動なんて指図しないよ。」

「そう…なんですけど…今日は!どうしてもジェイにお礼を言いたくて!今日が最後だから!もうにっ、二度と、会えなくなっちゃうから…」

聞かれてもいないのに、ローザは言い訳を口にした。

言いながら、胸がズキズキと痛む。


もう会えないんだ。

話すのは今日が最後。

明日の朝は旅立つ姿を見れるかな…


「ジェイが字を教えてくれたから。わっわたし、すごく感謝してて。」


楽しかった。今年は辛かったけど、ジェイのおかげで乗り越えられた。


「ジェイは!王都の人だから!私なんかと話しても楽しくなかったと思うのに。」


ローザがいくら字を間違えても、何度でも教えてくれた。


「もう、会えないから…」


胸がどんどん痛くなる。目からポロリと涙がこぼれた。


「わたしっ、ジェイのことが…」


好き。


心に浮かんだ言葉に、ローザはびっくりした。


好き?

好きってなに?

好き。

好き。


「私、ジェイのことが好きなんだ…」


ローザは呆然とつぶやいた。

言葉にしてみると、じわりと体に染み込んでくる。


「いや!でも、ジェイは帰っちゃうし。私も帰るし。こんなこと、言わない。知らない。私なんか…」


他の女の子みたいに、きれいでも華やかでもない。

髪の毛はボサボサだし、手はいっつも荒れてるし、日にあたるからそばかすだらけだ。


自分が情けなくて、悲しくて、涙が溢れてくる。


「うっ、ううう、ひっく、ううう」


ポロポロと涙が止まらない。胸がズキズキする。好きがこんなに苦しいなんて、知らなかった。


「泣くんじゃないよ。あたしが泣かしたみたいじゃないか。」

「ごめんなさっ、うっひっく、さい。ごっごめんなさい。」

ローザは何度も自分の目を擦った。


チッと老婆が舌打ちをして、ローザの方に近づいてくる。

「そんなに目を擦るんじゃない。目に傷がついたらどうするんだい。」

老婆はローザの顔を持ち上げると、手で涙を拭った。

シワシワでガサガサの手は痛かったけど、手つきは優しかった。


「ったく。困った子だね。」

老婆がほんの少しだけ口角を上げた。


オババ様の笑った顔、初めて見た。


「…ありがとうございます、オババ様。」

胸はまだ苦しいけど、オババ様の笑顔を見たら息がしやすくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ