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「見た!?王子様よ!」
「私の方を見てたわ!」
「私の方よ!」
「茶葉を摘みに行きましょう!」
「そうね!」
カゴを抱えて今にでも山へ登って行ってしまいそうな班員を見て、ローザは我に返った。
「待って!待ってください!この茶葉を先に計量に持っていかないと!」
「…しょうがないわね。この姿も見てくださっているかもしれないし。」
はしゃぎながら茶葉の選別を始めた班員を見て、ローザは胸を撫で下ろした。
☆
「…今日はありがとう。王子様になんか言ってくれた?」
ローザとジェイは今日も文字を書く練習をしている。仕事が終わって夕食までのわずかな休憩時間。日が落ちるまでの間だ。
「…別になんにも言ってねーよ。」
ジェイがぶっきらぼうに返した。
「でも、あのあと班員がちゃんとに仕事をしてくれるようになって。助かったの。王子様にお礼を言っておいてくれる?」
「あんなやつ、放っておけばいい。」
「!そんなこと言っていいの?」
「いい。てかあいつの話はどうでもいい。それよりこの字だ。なんでここに横線が入ってる。」
「あ、そっか。ありがとう。」
ローザは書き直した。どうしても、他の字とごっちゃになってしまう。
「…なあ、村に帰ったらどうするんだ?」
「そろそろ結婚かな。父ちゃん…お父さんからそんな話を聞いてたから。一緒に育った兄弟みたいな子だけど。」
「好きなのかよ?」
「好き?」
「そいつと結婚するんだろう?」
ローザは思わず笑い出してしまった。
「はははっ。好きとかないない。そういうのはおとぎ話の中だけだよ。女は結婚して子供を産むの。それが女の幸せなんだよ。」
「なんだそれ。」
「って母ちゃ…お母さんが言ってた。」
母ちゃんだけじゃない。お隣のおねいちゃんも、従姉妹も、村長の奥さんも言ってた。
「いいのかよ、そんなんで。」
「?うん。」
いいとか悪いとかなんて考えたことはない。そういうものだと思っているだけだ。
不機嫌になったジェイを見たローザは、うーんと唸って続けた。
「王都とかは働いている女の人もいるのかもしれないけど。ね、王都はどんな?」
「…なんで俺が王都出だと思う?」
「え、だって王子様と一緒にいたし。それにジェイの手なんて今まで水に浸けたことないんじゃないかってほどすべすべだし、髪の毛も肌もツヤツヤ。そんな人、田舎にはいないよ。」
ああ、でも日には焼けたのかもしれない。透き通るように透明な肌だけど、鼻の上だけ赤くなってる。
ローザは目を細めてジェイを見た。弟も無事に大きくなれればいいな。村では幼い子供は死んじゃうことも多いから。
「…訓練はしてるんだけどな。」
ジェイがぼそっとつぶやいた。
「え?」
「なんでもない。」
「王都に来たいか?」
「うーん、行ってみたいとは思うけど…住みたいとは思わない。怖いところだって聞いてるし、人も多そう。」
「まあこの田舎に比べたらな。」
「ははっ。うちの村はもっと田舎だよ。初めて来た時ここは都会だってびっくりしたもん。」
「そうか…そろそろ行くぞ。」
「うん…」
ローザは名残惜しそうに地面を一撫ですると、立ち上がった。
☆
『八十八夜の茶摘み娘
たおやかな乙女の手で摘まれた
一芯二葉の若葉の葉
八十八夜の茶摘み娘
茶工と目が合い手を取り合えば
香りの高い新茶になる
八十八夜の別れ霜
豊かな大地に種付けすれば
たわわな実がなる時が来る』
今日も茶摘み娘の歌が茶畑に響く。
歌いながら、くすくすと笑い声があちらこちらから聞こえる。
この歌は、茶の歌であると同時に恋の歌でもあるのだ。
茶畑で出会った若い男女。見つめ合い、手を取り合い、二人は結ばれる。
「種付けってねぇ。」
「うふふ。」
「きゃはは。」
13歳の頃はローザは歌の意味がよく分からなかった。
班長に聞いたら、『八十八夜の別れ霜というのはね、その頃になると暖かくなって霜が降りなくなるのよ。だからお百姓さんが種まきをするの。』と教えてくれた。『なんでみんなくすくす笑ってるの?』と聞いたら、『そのうちローザにも分かるわ。』と苦笑いされた。
14歳の頃はなんだか歌うのが恥ずかしかった。
15歳の今年は、おぼろげながら意味が分かる。
茶畑で結ばれる男女は多い。が、所詮男も女も出稼ぎの身、お互いが村に帰ってしまうと、捨てられることもまた多い。
行き場がなくなった女は、そのままここで働き続けることもある。渋茶ババアと陰口を叩かれている老婆も、その一人だと噂されている。