表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

5

          ☆


「——で、この字はこうだな。」

「うーん、難しい。こう?」

「線が一本足りない。こう。」

「できた!合ってる?」

「おう、よくできたな。」


地面にはいろいろな字が書かれている。二人が書いたものだ。


「すごい!ジェイはどんな字でも知ってるんだね。」

「まあな。でもローザ、『強盗』『誘拐』『殺害』ってどんな話だよ。」

「冒険記だよ。マサラっていう主人公がね、旅をしながらいろんな事件に巻き込まれるの。」

「ああ、カクタスの冒険か。」

「そう!ジェイも好き!?」

ローザは嬉しくなってジェイの方を見た。

「っ!もう好きじゃねーよ。昔な。」

「そっかー。あの話の続き知ってる?うちには二巻しかなくて。想像して楽しんでるんだ。」

「…あんまり覚えてない。」


残念、とローザは下を向いた。文字のおさらいだ。


村で文字の読み書きができる人は少ない。ローザは幼い頃にふらっとやってきた旅人が本を読んでいるのを見て、かっこいい!と思ったのだ。あまりにローザが熱心だったからか、旅人がカクタスの冒険を譲ってくれた。ローザは周りの人たちに聞きながら、なんとか読める文字をつなぎ合わせて物語を想像しているのだ。


「もうそろそろ帰るぞ。」

「…うん、うん。あと少し…」

「遅くなったら飯食いっぱぐれるぞ。」

「そうなんだけど…」


ローザは寮に帰るのが嫌だった。ローザの少ない荷物はいつもぐちゃぐちゃにされてるか。どこかに放り投げられていて、もう下着を一着なくしている。


寮は雑魚寝だけど、『ベッドじゃないなんて信じられない!』『こんな貧乏人と一緒に寝たくない!』と騒いだ班員たちが部屋のほとんどを占領してしまったので、ローザは部屋の端の隙間風が吹くところに縮こまって寝ているのだ。


「…大丈夫か?」

ジェイが心配そうにローザの顔を覗き込んだ。

「っ!大丈夫!元気だよ!」

泣きそうになっているところを男の子に見られるのは恥ずかしい。ローザは勢いよく立ち上がった。

「また明日、来てくれる?」


お願い、来て。


「ああ。来るよ。」

明日の約束ができたローザは、ホッとしてへにゃりと笑った。


「…ごめん。」

小さく呟いたジェイの声には気づかなかった。


          ☆


ローザは班員が摘んできた茶葉を広げて検品していた。地面にゴザを敷き、そこに膝をついて茶葉を広げる。

一つ一つ手にとって、摘み方が甘いものは弾いていく。この前注意されてしまったので、このまま計量に持っていくわけにはいかないのだ。

班員たちは近くでおしゃべりをしている。一応彼女たちの前にも茶葉を置いたが、手に取る様子すらない。


一心不乱に茶葉を選別していたローザの手元が、ふと暗くなった。


雨が降るのかな?


上を見上げると、すらっと背の高い男の子が立っていた。銀髪に碧眼。庶民ではありえない髪と目の色だ。この茶畑では、ただ一人だけ。


思わずローザはびくっと震えた。


逃げないと。どこかに。


「やあ、こんにちは。君が班長さんなんだってね?」

さわやかに告げたのは、みんなが王子様と言っている王都から来た人だった。

「あ!はい!」

急いで立ち上がろうとしたローザを手で制すると、王子様はしゃがんだ。

「これが一芯二葉の葉だね。とてもきれいに摘んである。この班は茶葉の質が高いと僕たち茶工の間でも有名だよ。」

「え…はあ。」


…そんなことないと思うんだけど。だってこの前ダメ出しされたし。


そんなことも言えないローザは、曖昧に頷いた。


「班のみんなが頑張っている姿は、僕たちのいる蒸し所からもよく見えるんだ。外で休憩しているとね、茶摘み娘たちがせっせと葉を摘んでいる姿が目に入ってね。健気な子は可愛いね。」

「はあ…」


見えるかな?結構遠いと思うけど。


茶摘み娘の仕事は茶葉を摘むこと。

そこから茶葉を蒸す、揉む、乾かすの作業をするのは茶工(ちゃごう)と呼ばれる男衆だ。この王子様も、山の下の母屋である茶屋のどこかでどれかの作業をしているはず。


「君もそう思うよね?」

王子様は隣に立っていた男の子に声をかけた。

「…ハイ。そう思います。」

ローザがそっちを見ると、ジェイが不貞腐れた顔をしてそっぽを向いていた。

「ジェイ…」

思わずローザが声をかけると、ジェイが気まずそうな顔をしてローザの方を見た。


「さあ!これからも頑張ってくれよ。僕たちが質の高い新茶を作れるかどうかは、君たち茶摘み娘たちにかかっているんだ。」


この王子様は声を張り上げて喋る人らしい。近くにいるローザに声の振動まで伝わってくる。


というか、周りが静か?


ローザが周りを見渡すと、班員たちは王子様に目が釘付けになっていた。


「私、頑張ります!」

「毎日いっぱい茶葉を取ります!」

「私!みんなが帰ってからも茶葉を取ってて!」


班員たちが一斉に話し出す。


「質の高いものを頼むよ。一芯二葉でね。」

王子様は腰を上げながら、ローザにウィンクした。

「おい!」

ジェイが王子様の肘を引っ張った。

「ははは、ではそろそろ退散しようか。邪魔したね、班長さん。」

「いえ…」

ローザがほけっとしている間に、王子様一行は颯爽と立ち去って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ