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茶畑に茶摘み娘の歌が響く。娘たちは茶摘みの歌を、茶を摘みながら歌うのだ。


『八十八夜の茶摘み娘

たおやかな乙女の手で摘まれた

一芯いっしん二葉にようの若葉の葉


八十八夜の茶摘み娘

茶工ちゃごうと目が合い手を取り合えば

香りの高い新茶になる


八十八夜の別れ霜

豊かな大地に種付けすれば

たわわな実がなる時が来る』



八十八夜とは、立春から数えて八十八日目にあたる日のこと。暦の上ではこの日から夏となり、農作業を始める目安だ。八十八夜を過ぎると霜が降りなくなるので、農作物の作付けをする農家にとって大切な時期である。


八十八夜の茶は若い娘が手摘みをするのが決まりだ。

歌にある通り、たおやかな乙女が優しく、丁寧に摘むと美味しいお茶になるらしい。


茶摘み娘の仕事ができるのは18歳まで。

だいたいの娘たちは18歳で結婚する。

18歳を過ぎればお古扱い。

ローザの村では結婚はもっと早い。

同い年の子でもう子供がいる子も多くいる。


だからこそ。


ローザはぐっと手を握り締めた。


茶摘み娘の仕事は、村で働くよりよっぽど稼げる。稼げる内に稼いでおかないと。

幼い妹と弟はこれからもっとお金がかかる。お父ちゃんとお母ちゃんは農民だけど、痩せた土地は不作が続いているし、いつまで働けるかはわからない。


ローザは歌いながらせっせと茶を摘んでいった。



ピーーーー!!


終了の合図が鳴った。

日暮れまでには茶畑を降りなくてはいけない。松明で茶畑を照らすのはお金がかかりすぎるし、万が一火事にでもなったら茶園は大損害だからだ。


今日もノルマが終わらなかった。


ローザは唇を噛み締めた。

茶っぱは毎日すくすくと成長する。若い新芽を積まないと、新茶のフレッシュな味は出ない…らしい。飲んだことがないから分からないけど。

だからこそ、早く摘んでしまいたいのに。


どうしよう。班員にもう一回きちんと話をして、ちゃんとに仕事をしてもらわないと。


とぼとぼと斜面を下っていくと、班員たちが備品を地面に放り投げておしゃべりをしていた。


「やっと来たの、そばかす。遅いじゃない。」

「すみません…」

区画の様子を見てから降りてきたローザは最後だった。

「これ、片付けておいてね。あと、明日は午前中休むから。」

「そんな!今でも遅れているんです。困ります。」

「困るのはこっちよ。こんな重いカゴ背負って一日外に出っぱなしなのよ?肩が凝るわ。」

「でも!」


「今夜はゆっくりしましょう。お父様に送っていただいたキャンドルを焚こうかしら?お湯も出ないなんて田舎は本当に嫌なところね。」

「そうしましょう!私キャンディーを持ってきましたの。あとで食べましょう。」

「私はクッキーがありますわ。ここの貧相なご飯は食べれたものじゃないですね。」

「今夜はパジャマパーティーね。」


話しているローザを無視すると、班員たちは楽しそうに笑っていなくなってしまった。

ローザはぎゅっと目を閉じて拳を握りしめると、黙々と片付けを始めた。目から水が溢れてくるけど、これは泣いてるんじゃないもん。



去年も一昨年も、班の子たちはローザと同じような環境で育ってきた女の子たちだった。

村で生まれ育ち、初めて外に出てきたのがこの茶畑。村よりずっと大きくて、建物もいっぱいあって、なんて都会なんだろうと思った。


初めてお父さんお母さんの元を離れたから、夜に泣き出す子も多かった。ローザも泣きたい気持ちはいっぱいあったけど、弟と妹の世話に慣れているから、慰め役になっていた。

仕事は大変だったけど、他の地域から来た子たちと話すのは楽しいし、将来の夢とか、好きな子の話とか、夜もおしゃべりしながら一緒に眠ったのだ。


でも今年は…


王子様が来るからだと思うんだけど、今年はお嬢様みたいな子が多い。みんな大人っぽくて、綺麗な格好をしていて、同い年にはとても見えない子ばかりだ。柔らかいブラシで髪を梳かして、顔にもなにか塗っている。しっかりした生地のパジャマを着てるし、下着も可愛い。


そんなにジロジロ見ているわけじゃないけど、どうしても目に入ってしまう。そうすると、自分のみすぼらしい格好が恥ずかしくなってくるのだ。


『毎日お風呂に入れないなんて信じられない』と言う。

ローザは村で週に一回、共同の炊き場でお湯をもらってきて体を拭くのが当たり前だった。


『食後のデザートがないなんてありえない』と言う。

ローザにとって甘いものとは、村の男の人たちが時々遠くに行った時に採ってくるハチミツだけだ。それだって一年に一回食べられるか食べられないかの貴重品だ。


『茶畑にいるのにお茶が飲めないなんて訳がわからない』と言う。

ローザは今まで一度もお茶を飲んだことがない。茶葉は摘むものであって、自分の口に入るものだとは思ったことがないのだ。


どんどん自分がちっぽけに見えてくる。


明るくてハツラツした少女だったローザは、すっかり落ち込んでしまった。

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