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カサッ


ローザは音がした方にバッと顔を上げた。そこには茶畑の制服を着た男の子が立っていた。

ローザは身をすくめて辺りを必死に見た。


どこから逃げれば。逃げないと。


「すまん、驚かすつもりじゃないくて。」

男の子が気まずそうに頭をかいた。

ローザはびくっと肩を震わせた。

「悪い、出ていくから。」

男の子のすまなそうな顔を見たローザは、自分の反応に恥ずかしくなって顔を赤らめた。

「すみません!大丈夫です!」

いきなり大きな声を出したので声が裏返ってしまった。


「や、ほんとごめん。何にもしないから。」

「大丈夫です!私、そろそろ帰ろうと思ってて。どうぞ。」


ローザはなぜか立ち上がって自分の座っていた岩を勧めてしまった。

「…どうも?でもほんと、俺帰るから。」

「いえ、私が帰ります。」


どうぞ、どうぞと二人で席を譲り合っているうちに、可笑しくなってぷっと笑ってしまった。


「「はははっ」」


ひとしきり笑って落ち着いた男の子は

「俺ジェイって言うんだ。茶工ちゃごうだ。」

と言ってニカっと笑った。

「私は…ローザ。茶摘み娘。」

ローザはぎこちなく笑い返した。

ジェイという男の子は、うんと頷いた。


「…笑わないの?ローザって名前。」

「なんでだ?」

「ローザだよ。先代の王妃様と同じ名前。」

「おかしくないだろ。俺の家族にもローザっているぞ。」


ローザの村にはローザという名前の女の子がたくさんいる。気にしたことはなかったが、今年は班員に『先代の王妃様と同じ名前なんて図々しい』『田舎者はこれだから』と散々馬鹿にされたのだ。


二人はなんとなく岩に座った。男の子はローザに触れないように岩の端ギリギリに腰掛けている。


「………」

「………」


「ええと!」

「あの!」


どうぞ、どうぞとまた譲り合った二人は、また笑った。


「ジェイさんは今年初めてですか?」

「ジェイでいいよ。敬語もいらない。同い年くらいだろ。うん、今年が初めて。」

「そっか。私は三年目なの。今まで見たことなかったなと思って。」

「三年か。すごいな。ベテランじゃん。」

「そんなことないよ。今年は経験値が増えそうな気がするけど…」

ローザは遠い目になった。


「…今年はなー、大変みたいだな。」

「ほんと。困る。」

「困るのか?王子サマだぞ、玉の輿に乗れるかもしれないぞ。」

「たまのこし?」

「あー…王子サマの嫁ってことだよ。」

「そんなのどうでもいい。みんな仕事しないから困る。」


「あー…そうだろうなー。」

「私、班長なの。ほんっとに困る。」

ジェイはかわいそうな子を見る目でローザを見た。

ローザもジェイを見た。


ジェイは茶目に茶髪。この国の庶民のほとんどはこの色だ。

ローザはジェイより少し色の薄い茶髪だが、目の色は薄い水色だ。村には先祖に遊牧民との混血が多いので、時たまローザみたいな目の色の子供が生まれる。


目線が同じくらいなことにローザはほっとした。同じ背丈くらいだな。よかった。大きい男の人は怖い。


「そっちも大変?」

「あー…俺はあの団体のお付きだから。」

「そうなんだ。」

「…聞かないのかよ?」

「何が?」

「本当に王子サマなのかどうか。」


ローザはジェイをまじまじと見た。


「…目の前にお肉があるとするじゃない。」

「肉?」

「そう、肉。それが牛肉か羊肉か鶏肉かって気になる?」

「?気になるか?」

「私は気にならない。だってどうせ食べられないし。王子様かどうかなんてどうでもいい。そんな夢みたいなことより給金のが大事。村で家族が待ってる。」

「…そうだな。」


なんとなく沈黙が降りる。


「…なあ、なに書いてるんだ?」

ジェイが地面を指して聞いた。

「物語だよ。ここの字が分かんない。」

ローザは木の枝で『強盗』を指して言った。

「こうだろ。」

ジェイはローザから木の枝を取ると、すらすらと書いた。

「あなた文字書けるの!?」

「…ああ。」


「すごい!じゃあこれは?これは?」


字を教えてもらっている間に、あっという間に時間は過ぎていった。


「——じゃあこれは?」

「もう遅いからまた今度な。」


遅い?


ローザがハッとして周りを見ると、もう日が落ちかけていた。


どうりで手元がよく見えないはずだ。


ローザは名残惜しそうに木の枝を置いた。


「また教えてやる。」

「本当!?ありがとう!」

ローザは嬉しくなってジェイに笑いかけた。

「っ!一人ではここに来るんじゃねーぞ。こんな人気のないところに女一人でいたらあぶねーだろう。」

ジェイはバッと立ち上がると、ローザの方を見て告げた。

「…うん。気をつける。」


二人は一緒に林を抜けて帰った。ローザの足どりは来た時より軽かった。

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