言葉にできない
テーマ:両片想い
とにかく彼氏が欲しい、そう友達に頼み込んで、紹介された相手が自分の好みど真ん中だったら、どうするか。
「せっかくだから、付き合ってみる?」
そして、その相手から彼氏になろうかと言われたら、どうするか。
「瑞希と付き合う前から出してた、海外留学の希望が通った。アメリカに留学することになる」
そしてそして、幸せの絶頂で、そんなことを言われたら、どうするか。
大和を紹介されたのは、もう2年も前だ。春の終わり、4年も付き合った彼氏にフラれて、誰とでもいいから付き合いたくて、でも本当に誰でもいいわけじゃなくて、友達に紹介してもらった。
こぢんまりした創作料理のお店を指定され「行ったらいるから、背高くてぼーっとしたヤツ」なんて雑な席の設け方を、それでもって初っ端から2人きりなんていう無茶ぶりをかまされて、挙句の果てにその日は真夏日で、夜になる頃にはすっかり元気がなくなる通り越して憂鬱な気分になっていた。
その気分が、本人を見た途端に吹っ飛んだ。
「あ、どうも、初めまして。東条さんですよね?」
友達を通じてお互いに知っていたのは、私の名前が東条瑞希で、彼の名前が高遠大和だということ、ただそれだけだった。
座っていても、すらりと足が長いことが分かった。快活な挨拶には、大企業に勤めているのも納得の自信が溢れていた。鼻は高く、それでいて嫌味なく、女性が見ても羨ましがるだろうと思った。明るく笑った目尻には子供っぽいしわが寄っていて可愛かった。
正直、一目惚れだったのでは、と言われても反論できない。そのくらい好みだった。
でも、言い訳をすると、食事中の会話だってちゃんと盛り上がった。大和の話も聞いたけど、私の話も聞いてもらった。自分の話をしないわけではないけれど、自分の話をし過ぎない、大和の話し方はそんな感じで、積極的なのに押しつけがましくない、そんな印象を抱いた。
端的に、私は初対面のときから大和を気に入ってしまった。
……で? という話である。初めて会うときは大和がお店を探して予約してくれた。だったら次に私が誘うのも変ではあるまい、というか私から紹介を頼んだのに私から誘わないなんて、大和のことを気に入らなかったと言っているようなものだ。そう自分に言い訳して大和を食事に誘った。やっぱり話は盛り上がったし、私はすっかり浮かれていた。そのときには、なんと変わり身の早いことか、4年付き合った彼氏にフラれたことなんてどうでもよくなっていた。元カレにフラれて3ヶ月しか経っていなかった。
「東条さん、彼氏欲しくて、宮内に紹介頼んだんだって?」
それは良いことだったはずなのだけれど、3回目、大和と食事に誘われたときにそれを指摘されてしまった。
宮内ッ……! 頭の中には、陽気な笑顔と一緒になんでも赤裸々に話してしまう男友達の顔が浮かび、ついお箸を握る手を震わせてしまった。別れてすぐに男を紹介してほしいと頼むなんて、尻軽な女だと思われたらどうしてくれる。
でも大和は気にした素振りなどなく「そんなもんじゃん、友達に紹介頼むときなんてさ」と軽快に笑った。私達はもう敬語を遣う間柄ではなくなっていた。
「いつ別れたの、その彼氏」
「えーっと……今はもう3ヶ月以上前かな。高遠くんを紹介されたのが、別れて2ヶ月くらいだったから」
とはいえ、誤魔化したところで宮内を通じてバレる可能性がある。正直に口にしながら苦笑いした。
「本当に、漫画にありがちに、25歳なんかでフラれちゃったら、もう出会いがないまま30歳になるしかないと思ったっていうか。結構焦って、宮内に縋りついた」
「あー、分かる。俺も口癖みたいに『誰かいたら紹介して』ってアイツに話してた」
「男は焦らなくていいでしょ」
「焦るっていうか、まあ、焦りなのかな、同い年で付き合いたいと思ったら、早いに越したことはないし」
「なんで同い年がいいの?」
「あんまり話が合わなさそうじゃない? 年が離れた相手と付き合ったことないから、イメージなんだけどさ」
じゃ、私は一応、高遠くんの考える条件には見合っているわけだ――そんな些細な優越感みたいなものに喜んでしまった。いかんせん、それまでの大和との会話には色気のひとつもなく、つまり端々《はしばし》に微塵も私への好意など滲まないことを憂いていたから。
「宮内から聞いたんだけど、彼氏にフラれた日、宮内のこと呼び出してやけ酒に付き合わせたんだって?」
「……本当に宮内は余計な話しかしないよね」
「そんなことないじゃん、4年付き合ってフラれたらそのくらいになるでしょ」
大和はそう言ったけれど、私の内心は冷や汗をかいていた。宮内は、一体どこまで話したのか。
大学生のときに片想いしていた先輩で、卒業前に告白されて付き合って、それなりに上手くやっていたけれど、去年彼が仙台に転勤して、遠距離でなかなか会えなくなって、そのうちお互い仕事を優先するようになってしまって、最終的に彼から「相当長い間仙台にいることになると思う」「このまま離れて暮らしてても未来がない」とフラれてしまった――そんなことを話したのだろうか。もしかして、初めての彼氏だったとかそういう話までしたんじゃあるまいか。
そう思うと気が気じゃなかった。元カレをいつまでも引き摺っている女だなんて思われたらどうしてくれる。弁解したところで、それもそれで薄情な女だと思われたらどうしてくれる。グラスを傾けながらそんなことばかり考えてしまって、後半は上の空だった。
「せっかくだし、付き合ってみない?」
だから、そう言われたときは「へ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。正直、その申し出に至る文脈を全く把握していないくらいには話を聞いていなかった。
大和は、デザートを前に「そんな驚く?」と苦笑いしていた。その手にあるコーヒーカップからは湯気が立ち上っていた。
「……えっと、せっかくだし、って……」
大和と付き合いたくないわけがなかった。ただ、話を聞いていなかったせいで狼狽してしまった。
それでもって、付き合ってみないかってことは、少なからず大和も私に好意を抱いているのでは。そんなことを思って頬が紅潮してしまって、誤魔化すためにティラミスにフォークをつけた。
「友達に紹介されて、それで結構気が合うなんてなかなかないじゃん。だから、好きですとかそういうのはなくても、せっかくだから付き合ってみるのはありじゃないかなって」
そう話す大和の表情に照れはなかった。さっきのセリフくに加えてそんな表情まで見て、自分の顔からスッと熱が引いたことを覚えている。
そっか、別に好きじゃないけど、嫌いじゃないし、付き合ってみようっていう、その程度か。
そっか、私だけが、この人を好きになっていたんだ。それは堪らなく恥ずかしかったけれど、好きな人と付き合うチャンスを逃す気にはなれなかった。
「……そうだね、確かに、せっかくだから付き合ってみようか」
だから、私は大和を好きだとは言えなかった。
それでも、大和との付き合いは順調だった。付き合ってすぐに名前で呼ぶようになったし、平日はお互いに仕事が忙しくて会えなかったけれど、週末のどちらかは必ずといっていいほどどちらかの部屋にいた。
体の関係を持ったのは、早すぎず、遅すぎずだと思う。いかんせん元カレは1人しかいたことがないし、学生と社会人で違うかもしれないから分からない。ただ、大和の場合は、付き合って1ヶ月と少し経った土曜日、私の部屋にやってきて、元カレの荷物を見つけた日だった。
その前の週、冬の衣替えをしたとき、チェストに入っている元カレの服を見つけた。特に催促はないけど、捨てるのも悪い、段ボールに入れて送ろう、そう考えて段ボールに入れるまで済ませて、そこで終わっていた。そこに大和が「休日出勤で近くまで来たから」と部屋を訪ねてきた。
リビングの隅に置かれた開いたままの段ボール。その口に視線をやれば、否が応でも男物の服が目につく。ちら、と何気なく段ボールを一瞥した大和が「なに、元カレの荷物?」と笑うのを見て戦慄した。
「……そう、この間、整理してたら出てきたから。明日送るつもり」
まさか浮気を疑われることはないだろうけど、せっかく付き合えたのに、妙な勘繰りでもされたら堪らない。内心では焦りながら、表では平静を装った。
「元カレの荷物なんて、捨てる女も多いのに。優しいな」
「パンツとかならいいんだけど、さすがに服はね。悪いかなって」
ただ、ネクタイをほどく大和がそれを気にする素振りはなかった。お陰でほっと胸を撫で下ろし――同時に、少しは嫉妬してくれてもいいのに、なんて気持ちが湧いた。でも、仕方がない。大和は「せっかくだから付き合う」ことにしただけで、私のことを「好きですとかそういうのは」ないのだから、そう言い聞かせた。
学生の頃の恋愛と違って、大人の恋愛ってそんなものか――。少し寂しく感じながらも「夕飯、食べたの? 何か作ろうか?」とちょっといい彼女アピールをしようとして「大丈夫、食べてきた」あえなく失敗して意気消沈した。
キスされて、なし崩し的に抱かれたのはその後だった。コーヒーくらい淹れようか、とコーヒーメーカーの電源を入れて、コーヒーが入るまでのほんの数分間、ソファで隣り合って座りながら他愛ない話をしていたとき、不意に唇を塞がれた。
脈絡はなかった。じゃあキスの脈絡ってなんだよと言われるとそれは分からないのだけれど、本当に「空を泳ぐペンギンが可愛くて」とテレビを指さして喋りながら大和を見たとき、不意に唇を塞がれてしまった。4年付き合った元カレにキュンもなにもなかったから、久しぶりに緊張したキスだった。
大和は何も言わなかった。ただ、キスをしていたからお互いに目を閉じていたし、口を開いて舌を絡め始めれば、もう言葉を発するだけ無粋だった。大和が口を開いたのは、私を下着姿に剥き、大和もスーツのパンツ以外脱いだ後「ベッドでしよ」と囁いた、そのときだけだ。
大和の抱き方は丁寧で、それでいて慣れていることもよく分かった。ただ、私は元カレとさえ暫くしていなかったし、急に抱かれたこともあって緊張してしまっていて、そのときのことはあまり覚えていない。なんなら、抱かれた後は大和より先に寝落ちしてしまっていて、目を覚ますと大和と一緒に裸でベッドに寝ていた、そんな有様だった。
だから、なんであの日に急に抱かれたのか、よく分かっていない。元カレの荷物に嫉妬したのだろうか、そう期待もしたけれど、そのわりに、荷物を見たときの顔は本当に平気そうだったし、次の日の朝も「出すなら運ぶの手伝おうか?」なんて大和のほうから口に出した。
まあ、社会人になって付き合ってたら、体の相性くらい確かめるものか……。そう納得したし、実際それで正しかったのだと思う。その日をきっかけに週末はどちらかの部屋に泊まることが多くなって、自然と体を合わせることも多くなった。お互いに「好き」は一言もなかったけれど、デートはしていたし、互いの誕生日も祝ったし、旅行もしたし、お互いに相手以外の異性の存在は影も形もなかった。
……それで、結局この関係は、何なのか? 「付き合って」から始まって、間違いなく恋人なんだけど、私は大和を好きだけど、大和からは一度も「好き」を言われたことがない。それでも、私達は恋人なのだろうか?
そんな疑問もありつつ、でも順調に付き合っているし、社会人の恋愛なんてこんなもので、そう気にすることはないのだろう、そう自分に言い聞かせて、それで終わっていた。
大和が私への好意を口にしたことはなかった。しいていうなら、一度、元カレの話をされたことがあった。
「元カレ、なんで別れたんだっけ?」
な、“なんで”? 付き合ってはや半年、私の部屋でお昼を食べているときに、不意に尋ねられたことだった。しいていうなら、ちょうど1年前の今日あたりが元カレにフラれた日だった。大和は、相変わらずただの世間話のような顔つきだった。
「……元カレが仙台に転勤になって、そのままずっと仙台に勤務する可能性が高いから、付き合ってても仕方ないというか、そんな感じ」
「仙台について行くって選択肢は……」
「……あんまり、なかったかな」
大和の質問の意図よりも内容を考えてしまった。
元カレは仙台出身だから地縁があるけれど、私にはない。それでもって、私にも東京の会社でのキャリアがある。働き始めて3年、やっと仕事ぶりを評価されて、私自身も仕事を面白く感じてきた。そんなタイミングで仙台へ行くことはできなかった。
「……大学生のときからずっと東京にいて、会社も東京にあるのに、急に仙台に行っても……」
あれ、そういえばなんで別れることになったのだろう。パスタをフォークに巻き付けたまま止まってしまった。
元カレが私をフッた理由は、このままだと「未来がない」――つまり結婚できいないから。別れたくなければ、私が仙台に転職すればよかった、そうすることはいくらでもできた。
「……結局、元カレとの将来より自分のキャリアのほうが大事だったって話なのかな……」
「でも4年付き合ってたんでしょ?」
「……長かったし、初めての彼氏だったし、夢中だったけど、学生の頃と違って、社会人には現実があるから」
せっかく苦労して入った会社なのに、彼と結婚するために辞めるのか? そこまでして私は彼と結婚したいのか? 結婚なんてものを具体的に考えたことはなかった、ただずっと彼と付き合うんだろうなと思ってて、その先に結婚があるんだと思っていた。でもその先に結婚を見据えるためには会社を辞めなければならなかった。
仕事と俺、どっちが大事なの、なんて言われたことなかったけれど、私がした選択は、そういうことだ。
東京と仙台なら新幹線で行き来できる、このご時世なんだから週末婚でもいいんじゃないかな、そんな話をしたこともあったけれど、元カレは「同じ家に住まない結婚なんて意味がない」と耳を貸さなかった。
「……最近友達から聞いたんだけど、元カレは転勤先の事務の子と結婚するって決めたみたいだし。私じゃなかったんだろうな」
苦笑いして、冷えたパスタを口に運んだ。結局、彼が思い描く結婚に、私は見合わなかったというだけの話だ。
「……そう」
「大和は元カノと喧嘩別れだって言ったっけ」
「喧嘩ってほどじゃないよ。ただ依存されたり、嫉妬されたりするのが苦手だったってだけで」
大和には元カノが3人いて、2人は知らないけれど、1人は結婚したらしい。結婚した1人が直近の元カノで、話を聞く限り、ややメンタルに難アリだった。宮内いわく「いかにも女っぽい」人で、予定を把握したがる、女友達の存在に嫉妬する、毎週末に会いたがる、と難アリな彼女を具現化したような存在だった、と。だから真逆の私を紹介したんだ、とも話していた。
「だから自立した女性って条件つけてたんだっけ、宮内に紹介頼むとき」
「そりゃね、このご時世ですから。シンデレラ系女性はお呼びじゃないです」
おどけてみせた大和は、でもだからって、自立している私を好きだとは言わなかった。
そんな大和だったから、“転勤”の話をされたとき、一瞬言葉を失った。
「……ちょっと話があるんだけど」
クリスマスイブの夜、初めて出会った創作料理のお店で、妙に重々しく切り出された。ただの勘だったけれど、プロポーズではないという確信はあった。
「瑞希と付き合う前から出してた、海外留学の希望が通った。アメリカに留学することになる」
だから、それを聞いても落胆はしなかった。大和の会社には海外留学もあるということくらい最初から分かっていたし、大和がそれを希望していることも知っていた。
「……いつから?」
「……来年の3月」
「……そっか。おめでとう」
ああ、また同じだ――。リゾットを口に運びながら、1年と半年ちょっと前のことを思い出す。元カレも、遠距離恋愛を理由に私と別れることを決めた。仙台と東京ならそんなに無茶な距離じゃないと言ったのに、元カレは「嫌だ」と言った。
じゃあ、アメリカと東京は? 具体的な州を言ってくれないと時差は計算できないな――そんな現実逃避をしてしまう自分がいた。そんなことをしなくたって、十数時間以上の時差があることは明白なのに。
私は27歳になった。結婚するのに遅すぎる年じゃないけれど、結婚しない相手とだらだら付き合う時間があるわけではない。
大和は、私に「ついてきてほしい」とは言わなかった。それは、結婚――責任を取る――ということを確約できない程度の感情しかないから、だろうか。
付き合っていたこの1年と少し、大和の口から「好き」は一言もなかった。付き合っていたし、半同棲していたし、旅行もしたし、体の関係だってあったけれど、「好き」の言葉だけはなかった。
「何年くらい行くの?」
「2年くらいかな」
ああ、そんなところまで同じだ、と笑ってしまった。1年なら待てたかもしれない、2年でも待てるかもしれない。でも、1年以上隣にいて、私は大和に好きになってもらえなかったのだ。2年間、アメリカと東京に離れて、それができるはずがない。
自分を好きではない男のために、27歳からの2年間を1人で過ごすことができるか? つい逡巡してしまった。
「……ちょっと、長いね」
だから、私も「ついていく」とは言わなかった。
その日の夜も、私達は恋人ではあった。互いにプレゼントを渡し、同じ家に帰り、同じベッドで眠った。年末年始はお互いに帰省していたけれど、年が明ければ会ったし、バレンタインデーも一緒に過ごした。
ああ、惰性で付き合うってこういうことか。大和を好きなりにそう思ってしまったのは、ホワイトデーだった。
大和が「明日は休日出勤だから」と家に帰るつもりだというから、家で別れ話をするのも気まずいと思っていたしちょうどいいかもしれない、そう考えてやっと私から別れを切り出した。駅の改札を通った後、雑踏の中での別れ話に、大和は驚いた素振りなく、ただ「ごめんね」と悲しそうな顔をした。
「出立、再来週だよね。成田まで見送りに行くよ」
「来てくれるの?」
「当たり前じゃん」
だって私は大和を好きなのだから。大和からもらったホワイトデーのクッキーの袋を片手に持ったまま、できるだけ明るく振る舞った。
「1年以上付き合って、2年間海外に行く元カレを見送らないほど、薄情じゃないよ」
それどころか「好き」なのだから、そのくらいさせてくれたっていいだろう。大和は「ありがとう」と寂しそうに笑ってくれた。
出立の日、大和を見送る人は、私以外にいなかった。「もしかして友達いないの?」と茶化すと「薄情なヤツらだよな」と口を尖らせていた。
「じゃあね、大和」
別れてたった2週間。私は、まだ大和を名前で呼んでいた。
出国ゲートの手前で別れを告げた私に向かって、大和が間抜けに両腕を開いた。
「……最後くらいハグしてもいいかなって」
その胸に飛び込みたい気持ちを必死に堪えて「甘えるな」と笑い飛ばしてから、抱き着いた。大和はすらりと背が高く、春の薄手のティシャツ越しに、その胸に縋りつくような形になってしまった。
「……ありがとね、大和」
「……こちらこそ」
「……日本に帰ってきたら連絡ちょうだい。宮内も入れて一緒に飲もう」
「……そうだね」
そのとき、お互いにいい人がいればいい。別れてしまった私が言えるのは、その程度だ。
放しがたく、離れがたい大和の背中に回した腕の力を、ゆっくり抜いた。私の背中を抱き留める力強い腕も、それに合わせて離れた。見上げた大和は少し寂しそうに笑っていたし、なんなら涙も浮かべていた。
「……じゃあね、瑞希」
1年付き合えば、そりゃあ、情も湧くよね。そう自分に言い聞かせたけれど、愛し合った恋人の別れのように思えて、つられて泣いてしまった。
それでも、私は大和に「好き」を言える関係じゃなかったし、「ついていく」と言えるほどの感情も持たれていなかったから、仕方がない。そう言い聞かせて、手を振った。
初めて見た大和の泣き顔は、まるで子供みたいだった。