臆病者
差し込んでくる日の光で目を覚ます。
その眩しさに目を細めながら、目を覚ますため顔を水に濡らす。
着替えを済ませ、10分ほどテレビを見ながらだらだら過ごす。
時間が迫ってきた。簡単な朝飯を食べて、準備をして外に出る。
─平穏で平坦な一日が今日もはじまる。─
バスと電車に揺られること一時間半僕が通う大学につく。
当初はその通学時間の長さに嫌気がしていたが、住めば都というか人は慣れる生き物だ。
今では、電子書籍を読む時間として存外気に入っいる。
大学に到着して講義の教室に向かう。
校門前でまとまって騒いでる集団を邪魔に思いながらも向かう。
...あの手の集団は周りを考えてないのか...それとも考えてあれなのか...知り合いと盛り上がって周りが見えなくなる気持ちは理解できるが、もう大学生だ...価値観は合わなそうだ。
教室へ到着し、この大学で唯一友人と断言できる者の元へ向かう。
「おはようさん、清水。」
「なんだそのあいさつ...おはよう榊。」
目の前の友人榊にあいさつをして席につく。
「なんだ清水、景気の悪そうな顔して。」
清水が僕にそう問いかける。
長い付き合いだ。表に出してなくても多少の違和感に気づくのだろう。
なんで男とそんな関係にならなくちゃいけないんだと軽く思いつつも、そんな友人が一人でもいることに感謝もする。
「昇降口でキャッキャッウフフしてるThe.大学生を見て嫌悪感を抱いたけどこれは果たして嫉妬なのだろうかと思い悩んでたところだよ。」
常識のない人達だなとは思ったけど、知り合いとそこまで騒げることを羨ましいと思わないこともない。
だからこそ、この嫌悪感は嫉妬からくる醜いものだろうかそんなことを考えてしまう。
「考えすぎだろ。駅とかで騒いでるやついたらみんな白い目で見るだろ?」
「きっとそうなんだろうけどね...でもどうしてもそう考えてしまうんだよ。」
「ま、俺らの悲しい性だよな。俺は他人がいる空間がもうだめだ。他人の話し声が聞こえるだけで不愉快な気分になる。」
「僕はそこまで病的じゃないさ...。」
他人と自分を比べて変に落ち込んだりしてしまう僕だけど、榊と一緒にいても変に気を遣うことはない。長い付き合いの賜物かもしれないけど、それ以上にこいつも卑屈だからなのかもしれない。
この安心感は榊のことを自分より下だと思ってるからなのだろうか...それだったら僕はより一層僕のことを嫌いになりそうだ。
「はぁ...」
「清水...いきなりため息はよせよな。」
苦痛のない世界で生きていたい。
誰だって苦しいのは嫌だ。
期待すれば裏切られたときに傷つく。予想以上に。
こんなこともある。そんなものだ。といくら取り繕ても無駄だ。じわじわと浸食されて、最後には夢みた時間が苦痛の時間へと変わる。
だから現状維持に勤める。
平坦だけど平穏なそんな日々で妥協する。
講義が終わり、昼休みだ。
榊はこんな所にいられんといってすぐの帰った。
僕もこの後講義がなければ榊に続いて帰ってしまいたかった。
資格のためだけにとった教職科目...これからの実習も考えると、やめたいと思うが、この大学では教職科目の単位は卒業単位に含まれない。だからここでやめてしまったら、2年間の教職単位が無駄になる。
今更考えてもしょうがないと思考を止める。
昼食を手早く食べ、手持ち無沙汰となったので公務員試験の参考書を広げる。
僕は公務員志望だ。もっと言うなら市役所勤務志望。
だけどこれは夢とかそういうわけではない。
消去法で残ったのが公務員だったというだけ。
特別な思いがあるわけではない。できることなら働きたくないというのが本音だ。
でもきっとそれだけではないんだろう。公務員が普通で一般的で悪くない仕事だということも影響してるのだろう。
僕は普通じゃないことが怖い。
特別になりたいという欲もあるが、できないのが怖い。
みんなができる普通じゃないことが怖い。
だからそこそこに誇れるであろう公務員になりたいのだろう。
「ういーす!清水!」
参考書を眺めてると、声がとんでくる。
「あ、ああ。やあ佐々岡。」
声をかけてきたのは佐々岡という男だ。彼は中学からの知り合い。
中学のとき同じ部活で、1年に1回くらいある中学お集まりではたまに遊ぶくらいの仲だ。
雑談したり、遊ぶくらいなのである程度仲がいいはずなのだが、それでも彼を友達とは思えない。あくまで知り合いなのだ。
佐々岡が嫌いということではない。むしろ尊敬してるくらいだ。
ただ引け目を感じてしまうのだ。
彼は所謂陽キャと言われるような人だ。
僕や榊は陰。そんな僕にも気さくに話しかけてきてくれるからいい奴だとは思う。
ただ所属するグループは違うし、僕と話す時は他に話し相手が誰もいないときだけ。
別にそこに不満は一切ない。僕も佐々岡が他の人と話していたらなにもアクションを起こさないだろう。
ただそういった距離感だからこそ知り合い止まりなのだ。
「この前イベントに参画して、九州のほうまで行ったんだけどさ---」
「それはすごいな。」
佐々岡と僕の会話は基本的には佐々岡の話を聞く流れになる。
佐々岡が自分の話を押しつけてきて--とかではない。
むしろ僕は自分の話をするのが苦手だ。榊ぐらいの仲じゃないと、どうしても一歩引いてしまう。
だからこそ佐々岡が話題を提供してくれるのはありがたかった。
こういうことができるから彼は陽なのだろうと一人納得する。
彼の行動力とかそういう力に僕は尊敬してる。
でも彼に抱く気持ちは、そんな綺麗な気持ちだけではない-。
「あれ、うっーす!健太!」
突然佐々岡がある男子に話かけた。
彼の名前はわからないが、恐らく佐々岡の友達だろう。
2人が会話をはじめたので、僕は参考書に目を落とす。
ここで彼らの会話に混ざれるような性格を僕はしていない。
こうやってわいわい周りを巻き込んで騒ぐ。僕にはできないことだ。
別に自分がそうなりたいとは思わない。
でもどこか羨ましく思ってしまう。
「佐々岡、授業あるから失礼するよ。じゃあ」
「おう!またな!」
僕がそう言うと、一瞬だけ僕に振り返りそう言って、また会話に戻る。
佐々岡は大学生幸せのモデルケースのような男だ。
もう大学生だからスクールカーストとかはない。
大学生特有のクラスのないことや僕が大学に入るときに流行りはじめた感染症の手助けもあり、学生間の繋がりは一層に低い。
それを言い訳にするのは少しずるい気もするが、そういったものも手助けして、学生間の交流があまりない。
最初のほうは仲良くなろうともしたが、何カ月も家に篭もる生活をしていれば、薄い繋がりはゼロになる。
それが普通だと僕は考えていた。
でも佐々岡はそんなの関係なく友好関係を広げていった。
感染症化で自粛を無視するような行動力で周りとの友好を深めていった。
そうなりたいとは思わないけど、自分にはできないすごいことだと思った。
だけど最初はただ尊敬してただけだったものも不純物が混ざるようになった。
The大学生とも言えるような楽しみ方で生きる彼に少し嫉妬のような感情を抱いてしまった。
大学を我が物顔で闊歩する彼を見て、なんだか自分は不幸せだと思ってしまう。
そんな自分を肯定したくて彼の失敗をどこかで祈ってしまう。
そんな醜い自分の存在に気づいしまう…。
「今日の夜みんなで飯食いに行かないか?」
講義が終わり、そんな声がする。
僕に言ってるわけではない。ただ集まりがこの講義に関係する人が多そうだからここで自分もと言えたのなら自分も混ざれるかもしれない。
だが僕にそんな勇気はない。だから聞かないフリをして教室を後にする。
帰宅するべく、バス停にてバスを待つ。
誰かと話をしてる人がチラホラ。後は僕のように下を向いてスマホをみる。
そして帰宅する。
帰宅して、夜ご飯を食べる。一人暮らしで湯を張るのはもったいないのでシャワーだけ浴びる。
シャワーを浴びたら、軽く渇かして布団に入る。
そうして僕の一日は終わる。
平穏で平坦な一日が終わる。
…本当に平穏で平坦だったのだろうか…。
傍からみれば、退屈は一日だったであろう。しかしそんな中でも嫉妬やら勇気がでない自分への自己嫌悪を節々に感じていた。
果たしてこれは平穏なのだろうか?
これでは退屈で憐れな一日ではないか。
なぜなのだろう。
最初はこんな日でも満足していた。楽しかった。
でもいつからかそれが変わった。
満足していた日常だったのに、欲が出てしまったのだ。期待してしまったのだ。
だからその欲が、期待が満たされない日々に満足できない。だから嫉妬もする。
…こんな気持ちになるのなら、こんな欲いらなかった。
最初からこの欲を満たす勇気を持ち合わせてないことはわかっていた。
だから高校で失敗した。だから大学では期待しないようにした。
なのに欲を持ってしまった。
他人と直接関わらなくとも、間接的には関わっているだから影響される。無自覚に。
他人がいるから楽しさや愛やいろいろなものが得られる。だがそこには苦しみも入っている。
「今日みんなで飯食いに行かないか?」
不意に思い出す。そして自己嫌悪に陥る。
勇気をだせないのかと…。
他人がいるから心を乱す。他人がいるから苦しみは生まれてしまう。
臆病者で勇気がないくせに身の丈に合わない欲を持って苦しむ。
世界が自分一人だったらきっと平穏で平坦な毎日を過ごせたのだろうな……。
世界がこの真っ暗な四角の箱で完結していればいいのに…。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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