真鈴、色紙って…らりらりはなちゃん、そして進まぬ車選び…
どうやら真鈴は本気で色紙を持って行くつもりのようだ。
俺が今まで見た中で、と言っても四郎を含めて3体きりだが、その中で文句無しに最強の悪鬼である明石に、しかしまだどういう人格か良く判らないし、味方してくれるかもわからない悪鬼なのだ。
その悪鬼が色紙とマジックを渡されて、『闘魂』とか『押忍』とか『家康死ね』とかでかく書いてから自分の名を書き入れて、そして真鈴の名前を聞いて色紙の右下に『真鈴さん江』なんて書いて日付け迄書いて、握手して、顔を赤くした真鈴が頑張ってくださいとかあほな事抜かして、極め付きはスマホで一緒に笑顔で並んで自撮りとか…そんなことある訳無いだろうがぁ!この…ミーハー歴女がぁああああ!と俺は怒鳴りたかったが、血走った目で俺を見ている真鈴を見て言葉を飲み込んだ。
「真鈴…ま、まぁとりあえず明石の事は置いておいて今日起きた事や今後の事を話し合おうよ。
真鈴、大学の帰りに車を見に行ったんでしょ?
何か良い車見つかった?」
「ああ!そうそう!彩斗や四郎に言うの忘れてた!
今日も今日とて盛りだくさんな事が起きてて記憶が追いつかなくなりそうよ。
今日、講義が終わった後、友達の彼氏が車に詳しいと言う事で大学のそばを通る街道沿いに中古車センターや車のディーラーが並んでいる所に彼氏の車に友達と私を乗せて行ってきてくれたのよ。」
「うん、納車に国産車でも何か月か下手をすると半年一年かかるから中古車って言うのは言っておいたよね。」
「彩斗、それは私も判ってるわ。
新車で初期不良とか慣らし運転とか面倒だもんね。
それに中古の方が大体装備が良いしね。
ただコンディションを見極めないととんでもない物を掴まされるからね。」
はなちゃんを補修するパテが固まったので紙やすりで表面を滑らかにしながら俺は真鈴に尋ねた。
「それで、1台に決めたかそれとも何台か候補を絞り込めた?」
真鈴が複雑な表情を浮かべた。
「それがねぇ〜これは良いかな!という候補をいくつか見つけて写メを取って来たよ。
コンディションも私が見れるところまではチェックしてあるけどこればかりは納車整備でどのくらいのレベルの人がどのくらいの整備をしてくれるかによるんだけどね…」
「確かに1日で候補を決めるのは難しいかもね。」
「そうなのよね~!
あとで候補に挙げた車の写メを見せて説明するけど…」
テレビでYouTubeを見ていた四郎が真鈴の方を向いた。
「けど…なんか問題あるのか?
われも今車の事は勉強しているから多少は助言が出来るぞ。」
そう言えば四郎が今見ている動画も海外の車のジャーナリストが様々な車を試乗して感想を述べる動画だった。
「われなりにも車に関する条件が出来たぞ。
「え〜?四郎はどんな条件が大事なの?」
真鈴が興味津々に四郎に尋ね、俺も紙やすりを置いて四郎を見た。
「まず大事な条件の一つだがな…」
「うんうん。」
「なんだろね。」
「ミッションがオートマティックと言う事だ。」
真面目な表情で四郎が言って真鈴がずっこけた。
「ま、まあ急いでいる時にエンストとかしたらねぇ…。」
「初心者あるあるだよね~。」
俺と真鈴が苦笑いを浮かべた。
確かにクラッチ操作が苦手で坂道発進に苦労したなどと言う経験は誰でもあるだろうが、いささか自動車初心者のような四郎の意見は、やっぱりね、と思ってしまう。
俺もやはり頭の中では運転に熟練した者はマニュアルミッションで性能を追求したエンジンや強化サスペンションなどを搭載してサーキットをかっ飛ばすレーシングカーのような、荒れた道路をぶっ飛んでゆくラリーカーようなイメージがある。
四郎がオートマティツクが良いと言う理由はやはり車初心者、どころか一度も車を運転した事が無い人の意見に思えたのだ。
「違うぞ真鈴、マニュアルミッションのクラッチ操作などはただ単に慣れの問題だから関係ない。
われが言いたいのはオートマティックならば最低1本、脚が残っていれば運転を出来ると言う事なのだ。
われらと悪鬼との戦いを見ればわかるだろう。
足がもぎ取れたりしないまでも全然片足が効かない時にアクセルブレーキ以外にクラッチ操作をしないといけないとしたら…最悪、片足の状態で車を捨てて逃げる羽目に陥ると言う事なのだ。
右足が残っておれば、もっと最悪でも左足一本残っていれば何とか身体をずらしてアクセルとブレーキは何とか踏めて出血多量か耐え切れない激痛で失神するまでは何とか車を走らせることが出来る。
つまり生き残れる可能性が高くなると言う訳だ。」
「…実戦的ね…」
「確かに…いろいろ修羅場をくぐった四郎じゃないとそんな発想は出来ないよ。」
俺は四郎のオートマの車を推す理由が凄まじくて、口ごもってしまった。
確かに戦いに使う車は遊び半分では選べない。
つまらない車の故障や実戦にそぐわない性能で俺達の命を簡単に奪う可能性があるのだ。
「という訳で、片足一本で運転できるかできないかという問題に比べたら、燃費や発進時の多少の速さ、最高速度がどうのと言った事はほんの些細な問題だな。
あとは…ドアが4枚は欲しいと言う事だな、緊急の場合われらが全員スムーズに短時間で乗り降りできるように出来ないとな。
それとボディに最低限の剛性が欲しいぞ。
地下の市蔵程度の悪鬼なら、いや、明石でさえも車のドアを簡単に拳で突き破るかも知れんな。
少なくともドアを掴んで引っぺがす程度は簡単にやれるだろう…柔らかい車ならばな。」
「なるほど…」
「そうなると車も絞られてくるわね。」
四郎が頷いてコーヒーを一口飲んだ。
「まぁ、車の細かい名前やメーカーなどはまだわれは全然知らんから、その条件で真鈴や彩斗でベストな物を選んでくれれば良いな。
あと、剛性と言ったがやはり車体やトランスミッションの頑丈さは必要かな?
あちこちぶつけて多少ボディが歪んでも問題無く走れるものが良いな。
あの市蔵が急に道に飛び出してわれらの車の進行を邪魔したとする。
その時に市蔵に車をぶつけて時間を稼げても肝心の車が動かなくなりましたでは全く意味が無い。
市蔵を跳ね飛ばすか轢き潰してそのまま全速力で走り続けられるのが理想だな。
それらの条件を満たした上で、これも大事な事なんだが目立たない車、と言う事だな。
誰もが一度見たら長く記憶に残るような車だとあとあと厄介だな。
まぁ、性能を考えたら多少は仕方ないかも知れないが…」
「そうか、剛性も大事だし…四郎が言う通りだと今はやりのクラッシャブルゾーンを大々的に取り入れ積極的に車体がつぶれて中にいる乗員を守ると言う設計思想の車は向いていないわね。
ぶつけても簡単に歪まない事か2ドアなら簡単に剛性を稼げるけどね〜。
それであまり目立たない車って言うのも必須条件かな〜。
それを考えたら4ドアセダンがベストかな?」
「真鈴、ボディが頑丈で多少ぶつけても走り続けられる物なら2ドアでも構わんぞ、最悪直ぐに乗り込んで逃げなきゃいけない場合、彩斗と真鈴が乗り込んでわれが後ろの窓ガラスをぶち破ってこうぶせきに飛び込めば良いだけだからな。」
「やっぱり市販の車じゃ限度が有るから、ある程度私達の要求にあったチューニングをしてくれるような所があればね…」
俺達が使うにはどれが一番良い車なのか3人で話したがなかなか結論が出ず車選びは先に持ち越す事となった。
真鈴が候補の車をもう少し絞り込むので少し時間が欲しいと言ったのだ。
その間にはなちゃんの紙やすり掛けが終わり、サーフェイサーを吹いてから塗装と言う所まで来た。
さすがにこれは室内では無理だろうと言う事で俺はいまだに小声でらりらり〜と呟くはなちゃんを抱えてベランダに出て塗装を始めた。
やっとシンナーの匂いから解放されたダイニングとキッチンで四郎が夕食を作り始めた。
真鈴は切り裂いたはなちゃんの服をあれこれ見ていたが急に立ち上がりゲストルームに行き、アパートから持って来たらしいクマのぬいぐるみを抱えてダイニングに戻って来た。
はなちゃんの塗装が終わり夜風で自然乾燥させながら俺はベランダでタバコを吸いながら真鈴のやっている事を見ていた。
真鈴はクマのぬいぐるみにはなちゃんの服を当てて大きさのチェックをしていた。
そして…何という事でしょう!
真鈴はクマのぬいぐるみをひっくり返して背中のジッパーを開けて中の綿をかき出し始めた。
そしてハサミを取り出し、空っぽペシャンコになったクマに自分の親指と小指をクマの顔に当てて何やらサイズを確認したらハサミでジョキジョキと切り始めた。
「真鈴、いったい何をしてるの?」
俺はベランダの窓を開けて真鈴に尋ねた。
「えへへ、まあ見てて。
はなちゃんの服バッサリ切っちゃったからさ、はなちゃんを裸のままにはしておけないからね〜。
新しく服を揃えるまでの代用品作るの。」
真鈴は笑顔で答えた。
「ところで彩斗、もうはなちゃんの塗装、乾いた?」
「うん、まだ少しらりって…いやいや、完全に乾かさないとね。
もう少し新鮮な空気を吸わせて…風に当てて乾かすよ。」
俺はまだ小声でらりらり言っているはなちゃんを部屋に戻すわけには行かない。
少しははなちゃんからシンナーが抜けるかと思い、俺ははなちゃんの両足を掴んでベランダで振り回してみた。
幸い真鈴はクマのぬいぐるみに視線を落としているので見られることは無かった。
ビュンビュン振り回して新鮮な空気を吸わせたのが効いたのか、その後暫くして、はなちゃんはほぼ正常に受け答えが出来るようになってほっとした。
更に俺が両足を掴んでビュンビュン振り回した事も覚えていなくて更にほっとした。
その後真鈴がはなちゃんにしたことはちょっと衝撃的で、俺は四郎に身分証明を作るのにもう一度探偵事務所に行かなければならない事や写真が必要な事、あの屋敷の売買に岩井テレサが絡んでいる事、岩井テレサを調べるのに時田を使ってみるか等を言う事を夕食が終わるまで忘れていた。
…と言うか今日は盛沢山過ぎた、が、しかし、時計はまだ午後7時を回ったくらいなのだ。
四郎の事だから絶対に夜のトレーニングは、ランニングやストレッチ、ナイフ戦闘術という名の過酷なダンスタイムは免れないに違いない。
続く