四郎の腕は勝手にくっつくようだが、はなちゃんは修理中…そして明石の正体は…
マンションの地下駐車場に戻ると俺達ははなちゃんを重病人のように大事に抱えて部屋に戻った。
ダイニングのテーブルにはなちゃんをそっと横たえた。
「彩斗!
明かりが足りないわ!
もっと明かりを!」
真鈴が重傷の兵士が運ばれてきた軍医のように俺に命じた。
俺は慌ててスタンドを3つほど持ってきてテーブルに固定したり椅子の背もたれに固定したりしてテーブルのはなちゃんを照らした。
「はなちゃん!
服を脱がすわよ!」
「わらわは少し恥ずかしいの。」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
「むむむ。」
真鈴が急ぎながらも慎重な手付きではなちゃんの可愛い服を脱がそうと小さいボタンに悪戦苦闘していた。
俺も四郎も黙って見ているしか出来なかった。
「きぃいいいい!
このくそ小癪な服が脱げないわ!」
真鈴はそう言い放ちキッチンに行って引き出しをかき回し鋏を取り出すとテーブルに戻った。
はなちゃんの瞳が真鈴の持っている鋏を見て、白目を剥いて顔がかくかく震えた。
「真鈴!ななななな何をするのじゃ!」
「服を切るのよ!
でないと体の傷の様子が判らないじゃない!」
「何と言う!
この…この、鬼女真鈴!」
はなちゃんがハサミから逃れようとぎこちない動きでテーブルから降りようとしていた。
「彩斗!四郎!
はなちゃんを押さえていて!」
俺と四郎は真鈴の剣幕に押されて逃げようとするはなちゃんの手足を押さえた。
「彩斗や四郎までナニヲスルノジャジャジャ~!」
「はなちゃん、もっと良い服買ってあげるから!」
「嫌ぁあああああ!
破廉恥女真鈴!」
真鈴がはなちゃんのスカートに鋏を入れて一気に襟まで切り裂いた。
はなちゃんは観念したのかぐったりと力が抜けた。
真鈴は服の切れ目に指を入れると慎重に左右に開き、はなちゃんをすっぽんぽんにした。
「…スケベ女真鈴…」
俺達ははなちゃんの所々ひび割れ裂け目が出来た体を見て息を呑んだ。
左足などが殆ど胴体と離れそうになっていた。
「これは…ひどい…」
「真鈴…わらわは…死ぬ?」
「ううん、傷は浅いわ!
しっかりして!
…でも…どうすれば良いだろう…」
考え込む真鈴。
俺ははなちゃんの体を覗き込んだ。
ビクスドールと言えども現代技術で作られた模造品だ。
はなちゃんの胴体はプラスティックで出来ているようだ。
「彩斗、あまりじろじろ見るな、チェリー彩斗め。」
「俺はチェリーじゃなくて3回…いや2回と…いや、今はそんな事どうでも良いよ。
でも、これならなんとか直せるかも…。」
「彩斗、大丈夫なの?」
「俺に任せろ。」
そう言うと俺は自室に戻りクローゼットの中をかき回した。
そして見つけた木箱を持ってダイニングに戻った。
「彩斗、何それ?」
俺は木箱を開けた。
中には様々な塗料、筆、パテ、硬化剤、へら、紙やすり、カッター、ニッパー、細い針金、真鍮の薄い板プラスティックの板や棒等が、そしてスプレー用のミニコンプレッサー等買った時のままの状態で入っている。
「宝くじが当たった時にいつか子供のころ作ったプラモデルをもっと本格的に作ろうと思って必要そうな物を集めておいたんだよ。」
「…はなちゃんはプラモデルじゃないよ~!」
「大丈夫、見たところはなちゃんのボディはプラスティックで出来ているから元通り、いや、前よりも丈夫に直せるよ。」
「本当に?絶対大丈夫だよね?」
「ああ、任せてくれ!」
俺は自信満々で答えた。
「じゃ、お願いするわ彩斗。
本当にお願いね。」
「…わらわは…本当にそんなんで治るんかの?」
はなちゃんが不安そうな声で言った。
真鈴がはなちゃんに顔を寄せた。
「はなちゃん、ブラックジャック先生が治してくれるみたいだから大丈夫だよ。」
「ブラックジャック…何者かよく判らんが頼むぞ彩斗。」
俺ははなちゃんの体にライトを近づけて様々な傷を確認した。
大きく割れた所は内側を針金で補強してから接着して、その他小さなひびなどはパテ埋めをしてやすりで整えた後に下地にサーフェイサーを吹いてから肌色の塗装をすることに決めた。
「よし、始めるか。」
「彩斗、われは出番が無いが何かするか?」
「四郎はまずシャワ-を浴びてその血だらけの服を着替えた方が良いね。
その後出来たら晩御飯を作ってくれたら助かるよ。
真鈴は俺の助手、欲しい物を言ったら取ってくれたりはなちゃんにつけた接着剤が固まるまで抑えてくれたりして欲しいな。」
「よし、われはシャワー着替え夕飯だな、任せとけ。」
「私は手術室のナースみたいな物ね、やってあげる。」
「さあ、始めるよ。」
「ブラックジャック先生、麻酔は…」
俺は真鈴の質問に沈黙で答えてはなちゃんの体の修理を始めた。
幸い、はなちゃんは手術中、痛みやかゆみ、くすぐったさなど訴える事無くじっとしていた。
しかし、俺がパテや接着剤を使いだすと真鈴が顔をしかめた。
「ブラックジャック先生、シンナー臭いですぅ~!」
「換気扇最大に回してエアコンも送風にして窓も全開に開けて。
どうしても匂いは仕方が無いんだよ。」
真鈴がぶつぶつ言いながら換気扇を回したりエアコンをつけたり窓を開けたりして歩きまわっていた。
「真鈴、コーヒーを淹れてくれる?」
「はい、ブラックジャック先生。」
「もういいよそれ。」
「え~少し面白かったんだけどな~」
真鈴はキッチンに入り、お湯を沸かしコーヒー豆をミルで挽いた。
「うん順調だ。
はなちゃんは前より頑丈な体になると思うよ。
ね、はなちゃん。」
「…らりらり~」
「え?」
俺は異変を感じてはなちゃんの顔を覗き込んだ。
はなちゃんがやや白目を剥いて心持口元が緩んでいる感じがした。
何と言うか…らりってる?
そう言えばはなちゃんの顔の周りはラッカー塗料や接着剤、パテなどで取り囲まれている。
らりって当然な状態だ。
しかし1000年も生きている死霊がシンナーでらりるとは思っても見なかった。
俺は真鈴をちらりと見た。
はなちゃんがシンナーでらりっている事を知られたらヤバい。
俺はそっとはなちゃんの顔の周りに置いてある塗料などをはなちゃんの足もとに移動させて作業を続けた。
やがてシャワーを浴びてさっぱりした四郎がダイニングにやって来た。
「彩斗、どうだ順調か?
おや、何かえらい匂いがするな。」
「ああ四郎、順調だよ。
直した場所は前より頑丈になっていると思う。
この匂いはシンナーだよ余り嗅がない方が良いね。
リビングでコーヒーでも飲んでて。」
「そうするかな?」
「ところで四郎、腕は完全についたの?」
「大丈夫だ。見るか?」
四郎がスウェットの袖をめくると見事に腕が付いていた。
ただ、細い赤い線が一筋、斬られた部分に走っていた。」
「へぇ、凄いね。
一直線だ。」
真鈴もコーヒーカップを持ってダイニングにやって来た。
「ほら、彩斗と四郎にコーヒーだよ。
あら、四郎の腕の赤い線、凄いね。
奇麗に一直線についてる。」
「うむ、これだけ見ても明石は非常な使い手だな。
普通人間の腕、ましてや常人より数段強いわれの腕を、大太刀でなく少し小さめの打ち刀で斬るとしたら骨や腱に当たってどうしても刀身がぶれるのだが、明石は難なく一直線に切り落としている。」
「なるほど、明石は強いんだな~。」
「うむ、何とか明石とは友好的に居たいものだな。
今のところ理不尽に人を貪るような事は無いだろうと思うしな。」
「らりらり~」
「お、はなちゃんが何か言ってるぞ。」
「あ、いやいや、寝言だと思うよ。
俺が直してる間に寝たみたいだよ。」
「そうかそうか、治りそうで何よりだ。」
四郎と真鈴はコーヒーを持ってリビングでソファに腰を下ろした。
「彩斗、手がいるようなら言ってよね。
そのシンナーの匂いが消えたら四郎が夕食作るってさ。」
「ああ、判った。」
俺は胸を撫で下ろしてはなちゃんの修理を進めた。
俺は傷口の補強とパテ埋めがほぼ終わり、パテの硬化時間の間、コーヒーを飲みながら椅子の背もたれに体を預けた。
もしも、はなちゃんがシンナー中毒者になって深夜の部屋の隅や廊下でしゃがんでビニール袋に入れているシンナーを吸っていたらなんて考えると恐ろしくなった。
「らりらり~らりらり~」
はなちゃんはだらしなく緩んだ感じの顔をゆっくりと左右に振って小声で歌っていた。
そんなはなちゃんを見ながらコーヒーを飲んでいる俺は心の中でやばいやばいやばいやばい真鈴にばれたらどうしよう~と思っていた。
「きゃああああああ~!」
四郎とコーヒーを飲みながらユーチューブを見ていた真鈴が急に立ち上がった。
やばい!はなちゃんをシンナー漬けにしたことがばれたと思った俺はとにかく逃げようとした。
「思い出した~!
明石景行!あれ!明石掃部助全登の息子よ!」
「え?そうなの?そんなに凄いの?」
「あったり前でしょ!
明石景行は明石全登の息子で関が原にも大坂冬の陣にも夏の陣にも参戦してるのよ!
関ヶ原の時は宇喜多家配下の明石全登の鉄砲隊が東軍を散々打ち負かしたけどその時鉄砲隊の指揮官の1人が明石景行なのよ!
関が原では既に2千石拝領しているから何十人かの鉄砲足軽を指揮していた筈よ!
大坂の陣では明石全登、景行、景行の子供の宣行と親子3代で出陣してるのよ!
しかも景行は大坂の陣を生き延びているし、いつどこかは判らないけど悪鬼と体液交換をして悪鬼となって素性を隠しながら今まで生き延びていても全くおかしくないわ!
明石景行は、もしも本当にあの明石が明石景行だったら歴史の生き証人よ!
大坂の陣で真田幸村や後藤又兵衛、毛利勝永なんかを見て話してるかも知れないわよ!
淀の方の悪口をみんなで言いあったり、秀頼が実際どんなだったか知ってるかも知れないし他にも塙 団右衛門とか…あんな目立ちたがり屋どうでも良いけど、とにかくすごい人なのかも!
きゃあ~!きゃあ~!
本当にそうだったらあの巧みな戦術も腑に落ちるわよ!
幾多の大合戦を戦った武将なんだからね!
きゃあああああああ!」
真鈴はそこまで一気にしゃべりまくり両手を膝について荒く息を切らせていた。
「ねえ、彩斗。」
急に真鈴が血走った目でこちらを見た。
「え?え?何かな真鈴…」
一瞬はなちゃんの異変を見破られたかと思い俺はギクッとして真鈴を見つめた。
「…なに?…真鈴…」
「…明石景行さぁ…色紙持って行ったら…サインしてくれるかな?」
続く