明石姿を現す…明石怖い怖い怖い!…そしてはなちゃんが!
真鈴は四郎の言葉に頷いてスマホを取り出しはなちゃんを抱いてキッチンに向かった。
俺はピアノ線を避けて足を上げ、四郎が見守るパソコンの前に行った。
「彩斗、パソコンが立ち上がったら教えろ時間がもったいない。」
四郎はそう言うと部屋の中、チェストやクローゼットの中を探り始めた。
俺はパソコンの起動プロセスが進むのをじれったく見ていた。
四郎がクローゼットの壁を触り違和感を感じたようで壁を押したり横にずらしたりし始めた。
「おお!やはり明石は事に備えているぞ!」
四郎の声に振り向くとクローゼットの壁がずれて、奥の空間に数振りの日本刀や手槍、長弓、狩猟用の散弾銃、スコープ付きのライフルが収まっていた。
正式に許可を受けた散弾銃やライフルならばこんな保管をしている筈はない。
いざと言う時にすぐに使えるように置いてある。
狩猟やクレー射撃の為ではなく何かが入り込んだ時に備えての物だ。
俺は念の為に映像を残しておこうとスマホを取り出した時、パソコンの起動が完了した。
「四郎!立ち上がったよ!
パスワードを打ち込んで!
俺は念の為そこを写真に撮るよ!」
「わかった!」
俺と四郎は場所を入れ替わった。
俺が武器をスマホで撮影していると『彩斗!はいれたぞ!』とパスワードを打ち込んだ四郎の声が聞こえた。
俺はスマホをポケットに入れてUSBメモリを引っ張り出してパソコンの前に座った。
四郎のパスワードが通り、パソコンを動作できる画面になっていた。
俺はパソコンのファイルを呼び出して目当ての映像データを探し始めた。
「彩斗、急がんとまずいぞ、あとどれくらいかかる?」
「今、最近取り入れたファイルを探してる。
見つけたらすぐに吸い上げるよ。
何分かで終わるはず。」
俺はパソコンの中のファイルを探しながら答えた。
それを聞いた四郎はピアノ線に注意しながら廊下に出た。
「はなちゃん!
明石はどのあたりまで来ている?」
「奴は速い!もう半里以内に来ておるぞ!
おお!凄い殺気じゃ!
奴の殺気で近くの悪鬼や死霊の姿を覆い隠されているぞ!」
はなちゃんの声は俺にも聞こえた。
まるで近代兵器のレーダーをジャミングするような事を明石はしているのか…周囲を殺意で押しつぶしながら、半里、もう明石は2キロ以内に近づいている。
「彩斗!急げ!」
四郎の声に返事をしようとした時に映像ファイルを見つけた。
おれはUSBメモリをパソコンに差し込んで吸い上げる操作を始めた。
「四郎!データを見つけた!
今吸い上げてるよ!
1分位で完了だ!」
「そうか!急げ!
クローゼットの中を元通りに戻すぞ!
もう写したか?」
「クローゼットは写した!閉じて良いよ!」
四郎が再び部屋に戻りクローゼットの隠し扉を閉めた。
「しかし、何で明石は速いんだろ?
やっぱり鷲とか鷹とかに…」
俺はデータを吸い上げる進捗を知らせるバーから目を離さずに言った。
「いや、明石が鷲や鷹に変化出来るなら、あの時われは捕まって引き裂かれていたぞ。
われが姿をくらませた時に明石の無念の念が辺りに満ちていたから奴は空は飛べんはずだ。」
「そうか、ならなんで早いのか…もしやバイクでも盗んで…終わった!
四郎!データの吸い上げ完了だよ!」
俺はUSBメモリをパソコンから抜いてポケットにしまい、パソコンをシャットダウンした。
「よし!引き上げるぞ!
彩斗、ピアノ線に注意しろよ!」
四郎が廊下に出た。
「真鈴!はなちゃん!引き上げるぞ!玄関まで来い!急げ!」
「四郎!
明石は近いぞ!
もう、この建物が見えるところまでは来てるの!」
「急げ!皆、急げ!」
俺が玄関に行くと、四郎、真鈴、はなちゃんが待っていた。
「彩斗、情報になりそうなものは全部スマホで撮って置いたわ!」
「よし、忘れ物は無いな?
ずらかるぞ!」
四郎はドアの覗き窓に目を当てて廊下の様子を窺い、慎重にドアを開けて部屋を出た。
「はなちゃん、全員出たら部屋のカギを元通りに閉めてくれ。
そして、われらが通った後の監視カメラの方向も直して欲しい、出来るか?」
「お安い御用だ!…おお!…おおお!」
はなちゃんが白目を剥いて顔をかくかくと動かした。
驚く時もそんな顔をするんだな。
「どうしたのはなちゃん?」
「明石の殺気でこの辺りが包み込まれておる。
こんなのは初めてじゃぞ!
もう、殺気の中心も判らん!
奴がどこにいるか判らんぞ!」
「急げ!急げ!」
四郎を先頭に俺達は小走りに廊下を走った。
その時、廊下の端のエレベーターのドアが開き、配送員が段ボールの箱を両手で持って出て来た。
「ヤバい!」
「キャッ見られる!」
俺と真鈴が思わず叫んだ時、四郎が目にも止まらぬ速さで配送員に向かって走った。
四郎は走りながら変化して腰の打ち刀を抜いた。
俺と真鈴は目を見開き、四郎の背中を追った。
配送員がエレベーターから廊下に出て箱に貼ってある伝票に目を落とした瞬間、四郎が袈裟懸けに配送員に斬り付けて配送員はその場に崩れ落ちた。
四郎は配送員が床に落としそうになった段ボール箱を片手で受け止めた。
「え!斬った?」
「四郎殺っちゃった?」
「見事じゃ!」
俺達は口々に叫んで四郎に駆け寄った。
「安心しろ。峯打ちで気絶させただけだ。
われの姿を見られてはいないはずだ。
おお、これは壊れものか、落とさなくて良かった。
こいつも怒られる事は無いだろう。」
人の顔に戻った四郎は倒れている配送員の横にそっと段ボール箱を置いた。
「ぐずぐずするな!行くぞ!
彩斗、真鈴、催涙スプレーをすぐ抜けるようにしておけ!
君らが子猫ナイフや小雀ナイフで太刀打ちできる相手じゃない!
明石が目の前に現れたら躊躇わずにスプレーを噴射しろ!」
四郎はそう言うと階段を下りて行く。
はなちゃんは俺達が階段に入ると廊下の監視カメラの方向を直した。
「廊下のカメラは直しておいたぞ。
…ん?…んん?…んんん?
ちょっと待て!」
はなちゃんの声に俺たち全員がその場に止まった。
四郎が周囲に目を配りながらはなちゃんに押し殺した声で尋ねた。
「どうしたはなちゃん?」
「…明石が、奴が消えた。」
「え?」
「うそ。」
俺と真鈴が目を合わせた。
「明石はいきなり気配を消したぞ。
さっきの凄い殺気の余韻でやはり奴が今どこにいるか判らん。
恐ろしい奴じゃの。」
「…なるほど、戦術に長けた男だな。
急ぎたいが周りに注意をしながら階段を降りるしかないぞ。
彩斗、真鈴、周りに注意しろ。
気を抜くなよ。
催涙スプレーを手に持っておけよ。
奴が現れたら、3メートルまで引き付けてスプレーで混乱させて時間を稼いでくれ。
落ち着けば出来るはずだ。
後はわれが仕留める。」
俺と真鈴は四郎に言われて催涙スプレーを構えながら周囲を警戒しながら階段を下りた。
サメが背びれを見せて近づきながら近くまで来ると海に潜って背びれが海面下に隠れて襲撃の瞬間まで姿を消す光景を思いだしてぞっとした。
「明石は強烈な殺意を持ちながらもそれを冷静に制御して有効な戦術を用いるな。
ポール様と互角かそれ以上か知れん。」
四郎が周囲に目を配りながら小声で呟いた。
緊張しながら俺達は階段を下りてエントランスに辿り着いた。
四郎が階段室から自動ドアの先の道路を窺う。
「やれやれ、人気が無いのは幸いだが、奴にも有利だと言う事だな。
思い切って悪鬼の姿で襲撃してくるかも知れない。
われも人気が無いと言っても刀を大っぴらに持ち歩く訳にも行かんし…」
四郎は刀を腰から鞘ごと抜いて布に包んで両手に持った。
「もう少し人気があれば良いのだがな…はなちゃん、明石が今どこか判るか?」
「奴はどこか判らんの。
わらわが舌を巻く位に気配を消しておるぞ。」
「ちっ、仕方が無いな。
彩斗、真鈴、周りに注意しながらここを出るぞ。
用心の為に直接車までは行かないで遠回りしよう。」
「そうだね。
明石なら車のナンバーを覚えて俺のマンションの住所くらいは簡単に突き止められると思うよ。
車に乗り込むところを見られたくない。」
「うむ、そうだな。
場合によっては人気のある所を歩いて店に入って時間をおいても良いな。
よし、何気無い風を装ってここを出るぞ。
催涙スプレーは目立たぬように、しかしすぐ噴射できるように持っていてくれ。」
俺達は何気無い風を装いながらエントランスを歩いて行き、自動ドアを通り抜けた。
マンション前に人通りは無い。
「もう少しでも人がいれば奴も大っぴらに攻撃できないのだがな…」
四郎が呟いた。
無表情だが四郎は怖がっている。
俺は四郎が恐怖を押し殺して周りに気を配りながら歩くのを見て恐怖を覚えた。
エントランスを出て道路まで続く石畳の通路を歩いた。
俺達の前の道路を可愛らしい小さな豆芝の子犬がとことこと歩いてきた。
その愛くるしい姿に俺達は少しだけ緊張が解けた。
「あら、可愛い。
お家から逃げちゃったのかな?」
真鈴が豆芝に軽く手を振った。
豆芝は目をきらきらとさせて舌を出し、とことこと俺達に近づいてきた。
「あ、こっち来た。」
突然、はなちゃんが真鈴の腕の中で豆芝に手を向けて叫んだ。
「こいつだ!
こいつが明石だ!」
豆芝ははなちゃんが張った見えない壁にぶつかって、キャン!と鳴いて歩みを止めた。
「何をしておる!
真鈴!彩斗!四郎!」
一瞬間、状況が判らずに俺達が固まった。
その瞬間にはなちゃんの念動力に足止めされた豆芝は見る見るうちに紀州犬位に秋田犬位にそして巨大な灰色狼位に変化して恐ろしい形相に変わり、牙を剥き出して見えない壁を突破しようと暴れ始めた。
奴が、明石が車より速くほぼ直線で近付いてきた理由が判った。
明石は犬の姿で車並み以上のスピードで道路や家の敷地を無視してほぼ真っ直ぐに最短距離を走ってきたのだ。
「ぐぅううう!
なんて力じゃ!
わらわの依り代が持たん!
急げ!」
巨大化した明石を食い止めているはなちゃんの体からメキメキと不気味な音が漏れ出た。
続く