第1回訓練を終えた俺達…はなちゃんもついて来ることになった…
山の中の道をランドクルーザーを走らせていると後席でははなちゃんが立ち上がり、珍し気に外を眺めている。
真鈴がはなちゃんの頭を撫でながら話しかけた。
「はなちゃん、お外珍しい?」
はなちゃんは真鈴の方に顔を向けた、少し紅潮しているように見えた。
「このアタリくらいはナンドカ来たことがある。
ダガ、道がズイブン平らにナっておるな。
このクルマと言うモノモワラワノ頃のギュウシャにクラベタラ早いのう。」
「はなちゃん、ギュウシャって…牛の…牛車の事?」
「ソウダ…あの頃はゲボクガ牛のクチトリをしてススンダモノだが、イマはゲボクが一緒にノルノダナ…」
…ゲボクってやっぱり俺の事を言っているのかな…
「ソウじゃ、彩斗はゲボクナンじゃろう?」
はなちゃんが俺の心の中の声を聞き取ったのか、ギクッとしてハンドル操作を誤り少しランドクルーザーが揺れてしまった。
「彩斗、気を付けてよ。」
「彩斗、慎重に運転しろと言っただろうに。」
「いや、ごめんごめん。」
真鈴がはなちゃんをたしなめるように言った。
「はなちゃん、彩斗は私達の仲間で下僕じゃないのよ~。」
真鈴の言葉を聞いたはなちゃんの顔が左右に小刻みに揺れた。
もしも真鈴が腹話術人形を買ってきてはなちゃんが依り代にしたらきっと口を思い切り開いて白目になっていただろう。
「ゲッ!彩斗はゲボクじゃないとな!
ビビビビビビ~!
それは失礼したな。
ゆるせ。」
「はい…大丈夫です…」
「キニせずに運転をツヅケルガ良いぞ。」
「かしこまりました。」
助手席の四郎が笑いを堪えているのだろう、顔が赤い。
「でも、牛車に乗ってたって、はなちゃんは高貴な生まれだったのね~!」
真鈴が感心した声を出した。
「ソウじゃ、ホンライハシモジモノ者とはあまりマジワラナイものだが、このグローバルなヨノナカデハしかたあるまいな。」
はなちゃんは時々現代の言葉を口走る事がある。
真鈴の寝相の騒ぎの時はエルボーと言っていたしかかと落としなんて技の名前も言っていた。
そして今は多少言葉の使い方が違うがグローバルとか言っているし…謎だ。
「あのさ、はなちゃんていつ生まれたの?」
「わらわはチョウトクの世にウマレタ、一条サマの御代であったな。」
「チョウトク?一条様?ちょっと調べてみるね~」
「うむ、ナガイミジカイノナガイ、とくを積むのとくじゃな。」
真鈴がスマホを取り出してはなちゃんが生まれた時代を調べて、ひっ!と声を上げた。
「ちょちょちょ!はなちゃんが生まれたのって長徳…この字で良いんだよね?
一条様って一条天皇のこと?」
スマホを覗き込んだはなちゃんが真鈴を見上げた。
「ウム、この字で良いぞ。
ソノ通り、一条サマの御代ダッタゾ。
わらわはチョウトクニネンノ生まれだ。
モットモ、チョウホウサン年にやしきになだれ込んできたゾクニ親族もろともぶち殺されてシマッタガな。」
「ぶち殺され…そう…大変だったわね…はなちゃんが生まれたのは西暦…996年ね…」
「モットモわらわが人でイタのはナナネンくらいだったが。」
「はなちゃん…1026歳なんだ…凄いね…」
真鈴の言葉を聞いて俺も四郎も感心した声を上げてしまった。
数百年どころかこの人形を依り代にしているはなちゃんと言う死霊は1026歳…気が遠くなりそうな年齢だ。
「ワラワハこの中では一番ネンチョウダトオモウゾ。
もすこしウヤマッテセッスルガ良いぞ。」
「かしこまりました!」
俺も真鈴も四郎も声を合わせて答えた。
「ママママま、タワムレジャ、普通でヨイゾ。」
「ははっ!」
またしても俺達は声を合わせて答えてしまった。
「ウム。」
はなちゃんは満足げに頷いて外の風景に目を戻した。
ランドクルーザーは山道を出て市街地を走り出すとはなちゃんは興奮して真鈴の膝の上をピョンピョン跳ねていた。
「オオ!ミヤコは随分ニギヤカニなっておる!
アノ建物などテンに届くようじゃ!
ああ!これ!見えんじゃナイカ!
じゃまだ!この童どもがぁ!」
はなちゃんが窓の外に盛んに手を振っている。
どうしたのか見てみると信号で止まったランドクルーザーの隣に幼稚園の送迎バスが停車していてはなちゃんの視界を遮っているようだった。
送迎バスから園児の何人かはなちゃんに気が付いて、はなちゃんのどけと言う手振りを勘違いしてこちらに手を振って大声を上げている。
騒ぎにつられて送迎バスの窓は興奮した園児の顔で花盛りになった。
「きぃいいいい!このシモジモノ童ども!
ナニヲ手を振っておるのじゃ!
見えんとイウノニ!
どけとイウノニ!
きぃいいい!」
「真鈴!はなちゃんを何とかしろ!
目立つぞ!目立ち過ぎだ!」
四郎が叫んで、真鈴が必死にはなちゃんに声を掛けて鎮まるように懇願したが、はなちゃんは園児達が邪魔で怒り心頭になっていた。
そのうち送迎バスに添乗する保育士の若い女性が騒ぎに気が付いて園児たちの後ろからこちらを見た。
保育士の女性は、髪を振り乱し窓を叩きどけと身振りをするはなちゃんを見て口をまん丸に開けて目を見開いた。
「やばいやばいやばい!大人に見られてるぞ!」
「ひゃぁああ!はなちゃん!だめよ!」
真鈴がはなちゃんに覆いかぶさった。
「ナニヲスル真鈴!
じゃまじゃ~!」
はなちゃんは真鈴に覆いかぶさられて手足をじたばたさせた。
保育士はエプロンのポケットからスマホを取り出してこちらに向けた。
はなちゃんを撮影する気だ。
こんな動画を撮られたらヤバい、非常にヤバい、テレビの衝撃映像動画などの特集番組にでも流出したら、たちまちはなちゃんは全国区の存在になり、この車の映像から俺の住所などがばれて探偵ナイトスクープや報道特集、みやね屋、ZIPやニュース23やイットなどが取材に来たらどうすれば良いんだぁ!万が一アナウンサーが直接来られても水卜麻美程度なら取材拒否が出来ると思うが小川彩佳や加藤綾子が直接来たりしたら持ちこたえる自信が無い、サインをもらって一緒に自撮り、握手程度の条件で喜んで取材を受けてしまうかも知れない!
いやいや!水卜麻美でも危ないぞ!テレビでは実際よりも丸顔に写ると言うからな!
生で見て可愛かったらどうするんだ断り切れるのか俺!
なんたって俺は人生で3回しか、嫌々2回半…だけ…いやしかし…綾パン…
「彩斗!何をしている!青だぞ!
早く車を出さんか!」
四郎が耳元で叫び、俺の思考暴走が止まった。
急ぎながらもこんな時に事故でも起こせば一発でアウトなので慎重にランドクルーザーを発進させた。
「彩斗!バスから離れて!
どこかで曲がって!」
真鈴が叫び、俺は慎重かつ急いで次の信号で右折、更に少し走って左折をして路地に入った。
クルマを端に寄せて停車をして俺はため息をついた。
「ふぅ、危なかった。
真鈴、スマホで撮られたと思う?」
「私が覆いかぶさったから大丈夫だと思うよ…たぶん。」
「そうか、良かった、万が一女子アナウンサーが家に来たら真鈴が対応してくれ…綾パン…。」
「…彩斗、ちょっと何言ってるのかよく判らないよ。」
その後、俺達ははなちゃんに人形が動いたり話したりする事は、昔はともかく今はたちまち情報が拡散されて大変な事になる事、そして、今後俺達の活動の為に目立つと非常に危険な事をこんこんと説明した。
やっとはなちゃんは納得したらしく俺たち以外の人目がある時はじっと動かず歩いたり手を動かしたりもせず喋らない事を約束してもらった。
「やれヤレ、依り代もメンドウクサイモノだな。
あのジャマナわらべどもを、オオキナ車ごとペシャンコにつぶしてやろうかと思ったが、がまんしてよかったのう。」
はなちゃんがそう呟いて、俺は本当にはなちゃんはそれくらいの力があるかも知れないと思ってぞっとした。
ランドクルーザーを走らせ始めるとまた、はなちゃんは真鈴の膝の上に立ち窓に手を掛けて外の風景に見入っていた。
マンションが見えてきて俺はほっとした。
「これはシモジモノ民がスムニしても立派な城じゃな~」
はなちゃんは吞気に声を上げた。
続く