7.袁術との戦い
興平2年(195年)9月 徐州 下邳
呂布の裏切りを看破し、逆に返り討ちにしてやってからすでに2ヶ月。
その間に呂布の首を曹操に送ってやったら、彼は大喜びしていたそうだ。
お返しに俺のことを、鎮東将軍に任命し、宜城亭侯に封じるよう上表してくれた。
これって前生で、俺が袁術と戦ってた時にもらった称号だ。
どうやら今生ではその流れが早まっているらしい。
まあ、どの道、名目だけなんだけどな。
この頃の曹操はまだ天子さまを迎えてないから、上表するだけで、正式に認められてないのだ。
それでもちょっとは箔がつくってもんだし、曹操との関係が良好なのはいいことだ。
ちなみに陳宮と張遼を召し抱えたことは、正直に言ってある。
後でばれたら、関係が悪くなるからな。
曹操は陳宮の首を望んでいたようだが、本人も甚く反省しているので、勘弁してくれとお願いした。
安易に処刑すると、また名士層の反発を招きかねないとも言ったら、なんとか納得してくれたそうだ。
曹操は兗州の立て直しに忙しくて、それどころじゃないってのもあるだろうな。
いずれにしろ、前生の大問題だった呂布を片付け、俺たちはまた徐州の統治に励んでいた。
それと並行して、寿春への誘導工作も、継続している。
”劉備という男は、棚ボタで徐州を手に入れた軟弱者だ”
”それでも優秀な家臣のおかげで、わりと治安は向上し、兵糧や財貨が下邳に集まっている”
なんて噂を、それらしく流している状況だ。
実際に治安は向上し、兵糧も集まってるわけだが、同時にそれを守る兵士の質も向上している。
関羽や張飛を始めとする武官たちも、がんばってるからな。
しかしそれはなるべく隠して待ち受けていると、とうとう袁術が攻めてきたんだ。
「劉備さま、袁術の軍勢が、盱台へ迫っているとの報告です」
「とうとう来たか。大至急、援軍を出そう。留守は陳羣に任せるぞ。張飛と陳到にも、こっちの守りを頼む」
「はい、下邳のことはお任せください」
「ヘヘヘ、俺も兄貴の背後を守ってやるぜ」
「ああ、頼んだ」
前生では盱台どころか、淮陰にまで攻めこまれたが、今回は揚州との州境を監視させていた。
おかげで袁術の侵攻を早々に察知して、守りを固められる。
さらに盱台には陳登を配置し、いざという時に備えさせていた。
俺たちが駆けつけるまでの間ぐらいは、保たせられるだろう。
「それじゃあ、関羽、張遼、そして陳宮。袁術を蹴散らしにいくぞ」
「「「御意」」」
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俺たちは1万人ちかい兵を率い、盱台へ駆けつけた。
この軍勢は今まで、地道に募兵と鍛錬を繰り返した成果である。
どうやら敵はさらに多いようだが、それなりに訓練を施された兵を、関羽と張遼が率いるのだ。
決してひけを取りはしないだろう。
ちなみに名目上の大将は俺だが、前線の指揮は関羽たちに任せるつもりだった。
その方が上手くいくと思うからな。
こうして盱台へたどり着くと、そこは袁術軍が城を攻めている真っ最中だった。
その兵数は2万を下らないだろう。
しかし城にはあらかじめ3千人の兵を入れ、さらに住民の協力も得て、陳登が守っていた。
おかげで城はなかなか落ちず、さらに予想以上に早く援軍が駆けつけたのだ。
袁術はさぞかし驚いたことだろう。
実際、俺たちを見つけた後も、袁術軍の動きは鈍い。
「見ろよ、関羽。袁術の野郎、だいぶ驚いているようだぞ」
「フハハ、そうですな。この勢いで、奴らを蹴散らしてやりましょう」
「ああ、頼むぞ。陳宮は何か、助言はあるか?」
「……それでしたら、陳登どのに伝令を出して、討って出させましょう」
「ああ、そうだな。伝令を頼む。関羽と張遼は、機会を見て攻撃に掛かってくれ」
「お任せあれ」
「了解しました」
その指示に従って、自軍が徐々に動きだす。
俺の周りに百人ほどの護衛を残し、残りは関羽と張遼の指揮で、前進を始める。
そして城の方にも、伝令が走っていった。
ちなみに俺たちの軍勢は、ほとんどが歩兵だ。
騎馬もわずかにいるが、指揮官の移動用や伝令が主目的であって、戦闘に使うようなものではない。
なにしろ騎兵は金が掛かるから、貧乏な我が州では数が揃えられないのだ。
それは袁術の軍も似たようなもので、あっちも歩兵が主体である。
うちより数が多い分、騎兵も少しはいるかなって感じだな。
それも戦況を大きく変えるような数には、到底およばないだろう。
そうなると戦況を左右するのは、兵士の質に、指揮官の能力となる。
こっちはただでさえ強いのに、前生経験を持つ関羽がいるのだ。
それに張遼が加われば、かなりいけるんじゃないかな?
結果的に、戦闘はほぼ思うように推移した。
まず関羽ひきいる5千の兵が、袁術軍に攻めかかった。
敵も応戦してくるが、図体がでかいせいか、動きが鈍い。
そこへ関羽が矛を振り回して、突撃する。
「うお~~~っ!」
「ぐああっ」
「がはっ」
「ば、ばけもんだ!」
敵兵がまるで人形のように蹴散らされ、宙を飛ぶ。
そのさまを見た敵が、早くも浮足立っているのが遠目に見えた。
さらに敵の側背を突こうと、張遼も仕掛ける。
こちらは弓矢を射掛け、ひるんだところに歩兵が突っこんだ。
張遼は突出することなく、冷静に指揮を執っているようだ。
こうして袁術軍が関羽たちに攻められ、城への圧力が弱まると、陳登たちも討って出てきた。
こちらはおそらく千人ほどだが、それでも敵を動揺させるのに十分だった。
ただでさえ混乱していた敵軍が、さらに混乱を加速させている。
これはこのまま押し切れるか、と思った矢先、関羽の前に偉丈夫が立ちふさがったのだ。
「儂の名は紀霊。腕に覚えがあるのなら、掛かってこい!」
「おう、その勝負。この関羽が買った!」
「その意気やよし!」
戟を構えた紀霊に、関羽が数歩の間をおいて睨み合う。
やがて紀霊が戟を振りかぶり、関羽に向かって打ちかかった。
「それっ!」
「ふんっ」
「やるな、しかしまだまだ!」
「なんの、これしき」
紀霊の打ち込みは激しかったが、関羽にはまだ余裕があるように見えた。
実際に20合ほど打ち合った後、とうとう関羽の矛が紀霊の体をとらえた。
「そりゃあっ!」
「ぐはっ」
致命的な傷を受けた紀霊が、糸の切れた人形のように倒れる。
するとそれを見ていた敵兵が、次々と騒ぎだした。
「紀霊将軍がやられたぞ~っ!」
「ダメだ、このままじゃ勝てねえ!」
「死ぬのは嫌だ~っ!」
元々、押され気味だった袁術軍が、これによって一気に弱腰になる。
その雰囲気はあっという間に広がって、とうとう敵兵の敗走が始まった。
「逃げろ~!」
「こら、待て。逃げるでない!」
こうして初めての袁術との戦いは、思いのほかあっさりとケリがついたのだった。
あっさり勝てたのは、関羽と張遼がすごいってことで。