幕間: 張飛は汚名をすすぐ
俺の名は張飛 益徳。
劉備の兄貴に従う武人だ。
兄貴とは同郷で、けっこう長い付き合いになる。
ちょうどその頃、関兄とも知り合って、3人で大きくなってやろうと、語り合ったもんだ。
あれから黄巾討伐に参加したり、兄貴の護衛としてあちこちを渡り歩いたりもした。
やがて徐州へ陶謙の応援に行ったら、なんと兄貴が徐州牧になっちまった。
やっぱり兄貴はすげえと、思ったもんだ。
しかし得意になっていられたのも、そう長くはなかった。
兄貴が袁術と戦っている最中に、呂布が反旗をひるがえしやがったんだ。
この呂布ってやつは、義父の董卓を殺すような裏切り者の、最低な野良犬野郎だ。
俺は最初から気に入らなかったんだが、兄貴は受け入れてしまう。
そしたら案の定、下邳で留守を守ってた俺に、襲いかかってきやがったんだ。
もちろん、普通ならやすやすと負ける俺じゃないが、さらに曹豹にまで裏切られた。
あの野郎、前に俺とケンカになったのを、根に持ってやがったんだな。
この予想外の事態に慌てた俺は、とうとう下邳を呂布に奪われてしまう。
あの時の情けなさときたら、言葉じゃ表せねえよ。
本当にすまなかった、兄貴。
その後、いろいろあって、呂布は退治できたんだが、兄貴は徐州牧に戻れない。
それでしばらくは曹操に囲われてたんだが、やがてその関係も破綻する。
しょうがないんで俺たちは袁紹に味方したり、さらに南へ逃げて、劉表の世話になったりしたんだ。
そのまま、何もできずに終わるのかと思ったが、さすがは兄貴だ。
曹操が荊州へ攻めてきたのを利用して、荊州の南部を支配した。
なんか、諸葛亮っていう軍師が、上手くやってくれたみたいだな。
その後もまんまと益州を攻め取り、兄貴は漢中王にまで成り上がった。
俺も右将軍となり、一軍を任されてたんだぜ。
だけどその後が良くなかった。
関兄が襄陽を取ろうと侵攻したんだが、なんと孫権の裏切りで殺されちまったんだ。
俺と兄貴は激怒したぜ。
すぐにも荊州へ攻め入ろうとしたんだが、そう簡単には動けない。
さらには曹操が死んで、その息子の曹丕が、帝位を簒奪したときた。
そこで兄貴は、漢の社稷を絶やしてはならずと、とうとう季漢王朝を創立したんだ。
か~っ、兄貴がとうとう皇帝にまでなるとはな。
おかげで俺も車騎将軍になり、いよいよ荊州へ攻め入ろうってんで、準備を整えていたんだ。
だけど、その後の記憶がねえんだよな。
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それから気がついたら、兄貴が徐州牧に戻っていた。
何を言ってるか分からねえって?
俺にも分からねえよ。
それで兄貴や関兄と話してみたら、どうやら俺たちは30年近く昔に戻っているらしい。
なんでそうなったかは別として、そうとしか思えなかった。
ちなみに俺の最期は、部下に寝首をかかれたと聞かされて、ちょっとへこんだ。
重ね重ね、迷惑を掛けるな、兄貴。
しかしまあ、兄貴も激情に駆られて、孫権に無謀な戦を仕掛けたってんだから、お互いさまか。
関兄だって、足元をおろそかにしていたからこその、敗死だったしな。
俺たちはそれぞれの欠点を指摘しあい、それを繰り返さないよう戒めた。
特に俺は、上にへつらうだけじゃなくて、ちゃんと部下を思いやれと言われた。
まあ、前生ではビシバシやってたからな。
軍隊なんてそんなもんだと思ってたが、それだけじゃあ、人は動かねえんだって。
う~ん、言われてみればそうかもなぁ。
その辺、関兄は部下には寛大だったけど、名士や武将に対しては傲慢に振る舞うことが多かった。
関兄は気位が高いからな~。
それで孫権を敵に回して、味方の糜芳や士仁にも裏切られたんだ。
劉備の兄貴は人当たりがよくてどっちもいけるけど、あれでけっこう短気だからな。
最後も無謀な戦争を起こしたってんだから、感情を抑えないといけねえよな。
そんな感じで、お互いに指摘しあって、直していこうって話だ。
それでこそ義兄弟ってもんだぜ。
今生では、上手くやれるといいな。
そう思って人生をやり直しはじめたんだが、今回はわりと上手くいっている。
俺や関兄は前生の経験のおかげか、人当たりが良くなってるし、部隊の指揮も慣れたもんだ。
もちろんムカつくことなんかいくらでもあるけど、一度は死んだ身と思えば、我慢できることは多い。
おかげで盗賊の討伐は順調だし、豪族へのにらみもバッチリだ。
さらに劉備の兄貴も、政務能力が上ってるみたいだな。
やっぱり前生の経験は、伊達じゃないってことかねえ。
おかげでこの徐州は、前と比べてずいぶんと安定しつつある。
その代わり、みんなメチャクチャ忙しいんだけどな。
でも領民の喜ぶ顔を見ると、やりがいを感じるってもんだ。
俺もずいぶんと、丸くなったなぁ。
ところが上手く回ってるところに、例の疫病神がやってきた。
そう、呂布 奉先だ。
あの裏切り者の、野良犬野郎め。
すぐにでも出ていって、くびり殺してやろうかと思ったんだが、それを兄貴に止められた。
「待て、張飛。お前は出てくるな。今は別の郡に、出かけてることにするんだ」
「なんでだよ、兄貴。俺がいなきゃ、危ねえかもしれねえぞ」
「いや、とりあえずは関羽がいれば、なんとかなるだろう。だから張飛には、隠れて見張っていて欲しいんだ。決して覚られるんじゃないぞ」
「ほ~ん、なあるほど。俺が留守なことにして、あいつを油断させるんだな。それなら引き受けるぜ」
「ああ、いざという時は頼むぞ」
こうして密命を受けた俺は、こっそり隠れて呂布を見張っていた。
ヤツは最初から馴れ馴れしかったが、兄貴に滞在を断られて、残念がってる。
へっ、ざまあみろ。
しかしヤツはそこから食い下がって、ひと晩の宿と食事にありついたようだ。
ただしその程度で引き下がったのは、ちょっと臭いな。
ここはしっかり、俺が見張ってねえと。
いや、それにしても、他人が飲み食いしてるとこを、黙って見てるのはしんどいもんだな。
ああ、俺も酒が飲みてえぜ。
だけど兄貴の命が懸かってるんだ。
ここは我慢、我慢。
そう思ってじっとこらえていたら、本当に呂布が動きやがった。
あの野郎、一宿一飯の恩義を忘れて、兄貴を人質に取りやがったんだぜ。
なんて恥知らずな野郎だ。
このうえは、俺が引導を渡してやろうじゃねえか。
俺は手に持った強弓を引き絞り、呂布に狙いを定めた。
そしてわずかにヤツが油断した隙を突いて、その右肩に矢を射ちこんでやったんだ。
「ぐあっ!」
「この野郎! みんな、武器を取れ!」
見事に矢が当たると、兄貴は呂布の手から逃れることができた。
さすがは兄貴、抜け目がねえ。
「残念だったな、呂布。俺はお前が裏切るだろうと思って、備えをしてあったんだ」
「ぐ、くそ。誰だ? この矢を射やがったのは?」
「はっ、それはこの張飛さまよ。お前が裏切るかもしれねえってんで、こうして潜んでいたんだ」
ここでさっそうと登場してやったら、呂布のヤツ、馬鹿みたいに驚いてた。
ケケケ、いい気味だ。
結局、ヤツの配下どもも捕まり、俺たちは大した被害もなく、騒動を収めることができた。
そして次の日には、めぼしい奴らは呂布と一緒に処刑、もしくは取り込んで、残りは追放してやった。
これで俺たちも、枕を高くして眠れるってもんだぜ。
それにしても今回の兄貴の采配は、実に冴えていたな。
こりゃあ、このやり直し人生、先は明るいかもしれねえな。