6.呂布の最期
興平2年(195年)7月 徐州 下邳
「ぐっ、何をする?!」
「ヘヘヘ、ケガしたくなかったら、おとなしくしな!」
泣きついてきた呂布一味との宴席の最中、ヤツがいきなり俺の首に腕を回し、刃物を突きつけてきた。
それを見た配下が一斉に立ち上がり、俺の周りに集まってくる。
その中から関羽が進み出て、呂布を詰問した。
「一体、なんのつもりだ? 呂布!」
「はっ、見て分かるだろう。俺は劉備ちゃんを人質に取ったんだよ。こいつの命が惜しければ、武器を捨てな」
「ぐぬっ……何が目的だ?!」
「さあな。さすがに俺もこのまま、徐州牧に成り代われるとは思っちゃいねえ。最終的には金や食料で、手を打つかもな。だけどすげなく俺の願いを断った劉備ちゃんには、お灸をすえなきゃなぁ」
「おのれ、なんたる恩知らずな!」
「へっ、なんとでも言え」
そう言って呂布は、ヘラヘラ笑っていた。
おそらくこいつは本当に、深く考えてはいないのだろう。
どちらにしろ今の俺はヤツの虜であり、非常にまずい状況だ。
「さて、グダグダ言う前に、お前らは武器を捨てて、この部屋を出ていきな。そして明日の朝までに、馬車を2台準備するんだ。ひとつの馬車には財貨をいっぱいに積んで、もうひとつは食料だな。それと引き換えに、俺たちはここを出ていってやろうじゃねえか」
「ぐぬう……」
その厚かましい要求に、関羽が怒りをこめて呂布をにらみつける。
それを見た呂布が、俺の首筋に刃物を当てると、軽い痛みと共に、血の流れる感触が走った。
「くうっ」
「兄者!」
「おっと、それ以上ちかづくんじゃねえ。まだ四の五の言うなら、今度は指の1本でも切り落とすぞ」
「……分かった。それ以上、むごいことはするな。武器は捨てる」
とうとう関羽が観念して武器を捨てると、他の配下たちもそれにならう。
それを見た呂布の配下どもが、喜んで武器を回収しようと動きはじめた。
すると呂布も安堵の息を漏らし、わずかに油断したと思われたその瞬間。
「ぐあっ!」
「この野郎! みんな、武器を取れ!」
突如、呂布の背後から矢が飛んできて、ヤツの右肩に突き刺さったのだ。
さすがの呂布もそれにはたまらず、俺を拘束していた腕がゆるむ。
俺はその隙を逃さず、肘当てを食らわせて逃げ出しつつ、配下に呼びかけた。
すると関羽たちがすかさず武器を取り、呂布一味と戦闘になる。
さらに外に控えさせていた兵士も入ってきて、宴席の場は大混乱に陥った。
そんな中で俺は、関羽の横に並ぶと、振り返って呂布に声を掛ける。
「残念だったな、呂布。俺はお前が裏切るだろうと思って、備えをしてあったんだ」
「ぐ、くそ。誰だ? この矢を射やがったのは?」
そう言って呂布が振り向いた先には、弓を持った張飛がいた。
「はっ、それはこの張飛さまよ。お前が裏切るかもしれねえってんで、こうして潜んでいたんだ」
「てめえは、よそへ行ってるはずじゃなかったのか。俺をだましたな!」
「先に裏切ったのは、お前だろうが。何もなければ、張飛はそのまま隠れていただけだ」
「くっ、人の好さそうな顔をして、端から疑ってやがったな?!」
傷の痛みに顔をしかめながら、呂布が俺をにらみつける。
しかし俺を恨むのは、お門違いというものだろう。
俺だってこんなことがなければいいと思いつつ、あえて備えをしていたのだ。
なぜなら素直に出ていくと言う呂布の態度が、どうにも怪しく思えたからだ。
この辺、前生の経験は伊達じゃないのか、勘が鋭くなってる気がする。
その勘に従って備えをしておいたら、見事に役立ったという寸法だ。
しかし呂布は傷つきながらも、なおも諦めていなかった。
ぎらついた目を周囲に走らせると、脱出を図ったのだ。
「そいつを逃がすな!」
「おう!」
「この野郎!」
数人の兵士が呂布の退路を断とうとするが、ヤツも暴れる。
狂ったように手足を振り回し、兵士を蹴散らしていた。
しかしさしもの呂布も、今回だけはどうにもならない。
「おとなしくせい!」
「そうだ、お前だけは逃がさねえからな」
「ぐうっ!」
呂布に匹敵するほどの豪傑である関羽と張飛が、追いついて攻撃を掛ける。
その猛攻に、右肩をケガした呂布はまともに抗えなかった。
みるみるうちに傷つき、関羽たちに取り押さえられる。
「わ、分かった、降参する。だから命だけは助けてくれ」
「ふん、今さらそんな話が通じるか」
「ああ、てめえは後で、縛り首だ」
「そんな! 後生だから助けてくれよう。それに俺は役に立つぜ、劉備どの」
組み伏せられたままの呂布が、なおも命乞いをする。
しかし俺は冷徹に言い放った。
「張飛の言うとおりだ。お前は明日、広場で縛り首にしてやる。牢にぶちこんでおけ」
「おう。ほら、立て」
「待ってくれ、話を聞いてくれ~!」
呂布は最後までわめいていたが、俺はもう耳を貸さなかった。
それを見た呂布の配下たちも、勝てないと悟ったのか、おとなしく降参している。
しかしこちらの兵士にもケガ人は出ていたので、俺たちはしばし、その手当てと片付けに忙殺された。
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そして翌日、俺は宣言どおりに呂布を処刑した。
ヤツは最後まで見苦しくあがいていたが、吊るされて死体となる。
こうなってしまっては、剛勇で知られた猛将も形無しだ。
その首を塩漬けにして曹操へ送るよう指示すると、俺はある人物たちと向かい合っていた。
「さて、お前たちはどうしたい?」
「はて、私たちに選択肢があるのですか?」
「俺もすでに覚悟はできています」
そう答えたのは陳宮と張遼だった。
この2人は呂布の配下ではあるが、昨日の騒ぎの中でも、積極的に動いていなかった。
それに陳宮も張遼も、優秀な人材として名高い男たちだ。
優秀という点では高順という男もいたのだが、彼は昨夜の騒動で積極的に動きすぎた。
さらに呂布への忠誠心が高かったため、高順は呂布と一緒に処刑されている。
そして今回、あえて危険を冒してまで呂布をもてなしたのは、情報収集や体面といったことの他に、その配下を取りこめないかという思惑もあった。
こうして2人を確保できたのだから、十分にその価値はあったと言えるだろう。
ちなみに陣宮は42歳で、痩せぎすの怜悧な文官といった面立ち。
一方の張遼は27歳の、屈強な青年武官である。
「もしもお前たちが、心を入れかえて仕えてくれると言うのなら、俺には受け入れる用意がある」
「なっ、本当ですか?」
「……フッ、何を今さら。それにあなたは我々を、信じられるのですか?」
張遼が驚いているのに対し、陳宮は冷めた答えを返してきた。
ヤツはすっかり生を諦めているようだ。
俺はそんな陳宮の近くに寄ると、その瞳をのぞき込んだ。
「完全に信じられなくとも、使いようはあるさ。お前たちは優秀らしいからな」
「……ならばひとつ、教えていただけますかな? 劉備さまはこの乱世において、何をなそうとされるのか?」
「ふむ……俺が望むのは、再び聖漢の力を取り戻し、民に安寧をもたらすことだ」
「ほほう、しかし漢王朝の権威は地に落ち、各地の群雄が争うのを止める力もありません。とても昔のような状況に戻るとは、思えませんな」
あざ笑うように言う陳宮に、俺はさらに言葉を重ねる。
「そのようなこと、やりもしないうちから諦めていては、何もできぬだろう。それに昔に戻せぬならば、新しい体制を作るのも、またひとつの道だと思うぞ」
「ほう、新たな王朝を築きますか?」
「さあな、それは状況しだいだ」
すると陳宮は俺の真意を探ろうと、じっと見返してくる。
その視線を受け止め、しばしにらみ合っていると、やがて陳宮が頭を下げてきた。
「了解しました。この陳宮、劉備さまにお仕えしましょう。非才ながらこの身、いかようにもお使いください」
「ああ、よろしく頼む。張遼はどうする?」
「はっ、私も劉備さまの下で、力を振るいたく思います」
「それはよかった。頼りにしているぞ」
「「はっ」」
こうして俺は呂布に復讐を果たすと同時に、2人の逸材を手に入れたのだった。
2022/6/10:高順について追記