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逆行の劉備 ~徐州からやりなおす季漢帝国~  作者: 青雲あゆむ
第5章 中原争奪編

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幕間: 周瑜は劉備を主と定める

 私の名は周瑜しゅうゆ 公瑾こうきん

 廬江周家の一員である。


 こう言うのもなんだが、私は才に恵まれていると思う。

 昔から物覚えは良かったし、人並み外れた音感も持っている。

 それに容姿も他人に好まれやすく、昔から多くの人に可愛がられてきた。


 そんな私の前に現れたのが、孫策だ。

 彼も優れた容姿を持ち、武才が並外れている。

 長沙の太守にまで成り上がった孫堅どのの長男と聞けば、それも納得なほどだ。


 我が周家は適当な武門を探していたのもあって、孫家に近づいた。

 やがて故郷に招いて家を世話をするなど、親しく付き合うようになったものだ。

 ところが残念なことに、家長である孫堅どのが戦死してしまう。


 上手くすれは我が周家と組んで、江東に覇を唱えることもできたろうに、残念なことである。

 しかし残された孫策も、その将来性には高いものがあった。

 そこでなにくれとなく世話を焼きながら、彼を見守っていたのだ。


 そのうち彼は袁術に仕官し、メキメキと頭角を現しはじめる。

 やがて江東の攻略に乗り出すと、私も力を貸すようになった。

 敵は揚州牧の劉繇であったが、孫策は持ち前の武力と嗅覚によって、丹陽を制圧してのける。


 そしてとうとう劉繇を曲阿から追い出し、呉郡の攻略に取りかかったのだ。

 そのまま江東制覇も夢でないと思えたのだが、ここで思わぬ伏兵が現れる。

 徐州牧の劉備どのが、劉繇と組んで袁術に戦いを仕掛けたのだ。


 まず劉備どのは劉繇に丹陽を取らせて、孫策と袁術を分断した。

 そのうえで九江郡に噂をばら撒き、豪族が袁術に協力しないよう仕向けたのだ。

 これによって兵の集まらない袁術は、籠城を余儀なくされ、その後降伏する。

 実に鮮やかな手際だった。


 さらに驚いたことに、劉備どのは私を使者に立て、孫策と劉繇の和解まで取り持った。

 これによって揚州内で争う理由がなくなり、江東は平和になる。

 そして劉備どのは、ちゃっかりと九江郡と廬江郡を手に入れていた。


 一方で孫策も呉郡を任されるようになったが、劉備どのには脅威も感じる。

 この先、力を求めれば、彼とぶつかることになるのではないか、と。

 それが杞憂に終わればいいのだが……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 しかしその後も劉備どのの快進撃は止まらず、彼は荊州の大半をも支配するようになる。

 これに危機感を覚えた孫策が、私に問うてきた。


「おい、周瑜。俺はどうすればいい?」

「基本的には今までと変わらないさ。だけど兵力の増強に注力して、曹操に接触を持とうか」

「そんなんで、どうにかなるのかよ?」

「たぶん中原では、いずれ大きな戦いが起きる。そこに加勢して、見返りを得るのさ。たとえば江東の支配権とかね」

「なるほど。そいつは可能性がありそうだな。よし、さっそく取り掛かろうぜ」

「フフフ、やる気になってくれて、よかったよ」


 幸いにも孫策は、私の提案に乗ってきた。

 決して簡単な話ではないが、孫策ならなんとかしてくれるだろう。

 私は計画どおり、曹操さまに接触を持つと、ちょうど袁紹との戦いが激化していた関係で、話はトントン拍子に進む。


 そして我々は江東から2万の兵を集め、孫策と共に送り出したのだ。

 その後は呉郡の統治に忙殺されていると、孫策が意気揚々と戻ってきた。


「やったぜ、周瑜。俺が安南将軍で、江東の指揮権まで与えられた。大出世だ」

「おめでとう、孫策。思った以上に活躍できたようだね」

「へへへ、まあな。敵の武将を討ち取ったりして、戦に貢献したんだ」

「さすがだね。今後はその地位にふさわしく、軍備を整えよう」

「おう、頼むぜ」


 なんと孫策は安南将軍の地位を授かり、江東の軍勢の指揮権まで得たのだ。

 それは間違いなく、勢力を広げ続ける劉備どのへの牽制であろう。

 つまり劉備どのと衝突する可能性が高まったのだが、それは仕方ない。

 朝廷を牛耳り、中原を制しつつある曹操さまには、逆らえないのだから。


 しかしやはり、劉備どのとは戦わずに済ませたいものだな。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 しかし劉備どのの勢いは、留まるところを知らない。

 とうとう益州にまで出兵し、あっさりと劉璋を降してしまったのだ。

 一応、朝廷に許可は取ったらしいが、ほとんどケンカを売っているようなものだ。


 やはり曹操さまと劉備どのの激突は、避けられないのだろうな。

 実に残念なことだ。



 そして河北で袁家がほぼ壊滅すると、とうとう曹操さまは矛先を変える。

 劉備どのが税収をごまかし、私腹を肥やしているとして、徐州牧を解任したのだ。

 さらに許都への出頭を命じたらしいが、劉備どのが応じることはない。


 それどころか彼は、漢王朝からの離反を宣言し、襄陽王を名乗ったのだ。

 さらに曹操さまの討伐を謳うとは、なんと強気なことか。


 これを受けて我々にも、江北への出兵命令が下った。


「決して油断はしないでくれよ、孫策」

「大丈夫だって。敵はとっとと徐州や九江郡からは、撤退したらしいからな。官軍と協力して攻めれば、廬江だってすぐに落ちるさ」

「いや、劉備勢の撤退の手際がよすぎる。おそらくずいぶん前から準備していたんだ。廬江でもかなりの抵抗があると思うよ」

「お、おう……周瑜が言うんなら、そうかもしれないな。分かった、慎重に行くよ」


 なんとか孫策の楽観に釘を刺すことはできたが、そう上手くはいかないだろうな。

 私は一歩下がって、いざという時に補佐できるようにしておこう。



 くそっ、敵はやはり、準備万端で待ち構えていた。

 しかもそれは想像以上で、我が軍や曹操さまの軍は、各地で翻弄されてしまう。

 我らが侵攻すると、なぜか大軍が待ち受けていて、野戦で撃破されるのだ。


 敵の将兵も精強だが、情報の集め方が尋常でない。

 よほどの切れ者が情報を集めて分析し、それに基づいて軍を動かしているな。

 劉備どのは人材の獲得に熱心だとは聞いていたが、まさかこれほどの厚みがあるとは。


 そうして廬江を攻めあぐねているうちに、襄陽方面で曹操軍が押し返されたとの情報が入ってきた。

 10万以上の曹操軍を押し返すとは、なんたる強さであろうか。

 結果、曹操さまの兵が大量に引き抜かれ、廬江方面は我々だけで対処せねばならなくなる。


 やむを得ず九江に退いて軍を再編しているうちに、今度は劉備軍の増援が届いたという。

 さらには丹陽を攻める構えを見せたため、我々はさらに秣陵まで後退した。

 やはり一筋縄ではいかないな。


 しかし本当の悪夢はそれからだった。

 にわかに江東で反乱が相次ぎ、その対応に兵が取られる。

 おかげで孫策の手元には、ほんの2万しか残らなくなった。


 さらに九江郡を制圧した劉備軍が、とうとう長江を渡ってくる。

 我々は為す術もなく、秣陵に籠城するしかなかった。

 敵は城を囲みながら、しきりに我らの士気を落とす情報を流してくる。


 この人の心を攻めるいやらしさこそ、劉備軍の真骨頂と言っていいだろう。

 幸いにも孫策は士気を高める天才なので、今はまだなんとかなっている。

 しかし援軍が望めない状況で、はたしていつまで保つか。


 やがてしびれを切らした敵の猛攻を受け、我らはあえなく降伏した。

 劉備どのは約束を破るような方ではないので、我らも生き延びることは可能だろう。

 その後、襄陽に呼ばれて会談もしたが、彼は気さくに接してくれた。


 おそらく私や孫策のことを、気に入ってくれているのだろう。

 孫策が張飛どのに叩きのめされるという事件もあったが、やはり我々に好意的に見える。

 しかし彼には、曹操との戦いを見ながら、私たちの身の振り方を考えろと言われた。


 劉備さまに仕えるのもいいが、大きすぎる野心は害悪だとも。

 はたして私は、どうすればよいのだろうか?



 その後、劉備さまは着々と兵を進め、とうとう豫州まで取ってしまう。

 事ここに至ると、私も孫策もじっとしていられない。

 このまま何もしないでいては、時流に取り残されるだけだ。

 それは絶対に嫌だったので、劉備さまと話す時間をもらった。


「お時間をいただき、ありがとうございます」

「ああ、実際に忙しいんで、手短にいこう。用件はなんだ?」


 我々を軍勢の端にでも加えてくれと、率直に願った。

 しかしなぜか劉備さまは、色好いろよい返事をくれない。

 納得できずにさらに食い下がると、どうも劉備さまは、我らの裏切りを心配しているようだ。


 そこで私は、切り札を切ることにした。


「それでしたら、我々と義兄弟の契りを交わしていただけないでしょうか?」

「はぁ? なんでまたそんなことを」


 不審そうに問う劉備さまに、私は意図を説明する。

 我らの裏切りが心配なら、関羽将軍や張飛将軍のように、義兄弟の契りを結びたいこと。

 そのうえで我らの誇りに懸けて、劉備さまに赤心を預けたいと、私は語った。


 彼はしばし迷っていたが、結局は受け入れてくれたようだ。

 その結果、孫策と共に義兄弟の契りを交わし、味方として受け入れられた。

 今後は劉備さまを義兄と仰ぎ、誠心誠意お仕えするつもりだ。


 劉備さまこそは、将の将たる器。

 いずれはこの中華を再統一し、漢朝を再興させることも夢ではないであろう。

 ならば私はその手足となり、夢の実現に貢献したい。

 そうなれば、私の名前も歴史に残るだろうから。

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