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逆行の劉備 ~徐州からやりなおす季漢帝国~  作者: 青雲あゆむ
第5章 中原争奪編

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32.南陽への侵攻

建安11年(206年)5月 徐州 下邳かひ


 孫策が降伏してすでに2ヶ月。

 その間に江東4郡の太守はすげ替え、さらに徐州へも侵攻していた。

 徐州には曹操が任命した官吏たちが赴任していたが、大した軍勢は駐屯していなかった。


 それは南陽の守りや、中原各地に起こる反乱の鎮圧に回されているからだ。

 せいぜい各地の治安を守れる程度の兵力が、残っているに過ぎない。

 しかも徐州は俺が、10年以上も統治してきた土地である。


 俺の旗を掲げて乗りこめば、諸手を上げて歓迎された。

 もちろん、俺に利権を奪われた豪族とか、曹操に味方したい官吏など、抵抗勢力もいるけどな。

 しかし領民の大部分と、兵士の多くは俺に恭順していった。


 そして船を使って移動した俺は、久しぶりに下邳の地を踏んでいた。


「「「劉備さま~!」」」

「俺たちは信じてたぜ。戻ってきてくれるって!」

「曹操なんか、倒してくれよ~!」


 そんな歓呼の声に迎えられ、俺は馬の上から、上機嫌で民衆に手を振っていた。

 やがて俺が使っていた州牧の屋敷にたどり着くと、ある男に出迎えられる。


「お帰りなさいませ、劉備さま」

「ああ、ただいま、陳登。お前には苦労を掛けたようだな」

「いえ、徐州の民を思えば、何ほどのこともありません。それにこうして劉備さまが帰ってきてくれただけで、報われる思いです」

「そう言ってもらえると、俺も嬉しいさ」


 俺たちが徐州から手を引いた時、陳登を始めとする数人の配下が、名前と人相を偽って徐州に残ったのだ。

 彼らは情報を集めると同時に、徐州の民が暴発しないよう、陰ながら立ち回った。

 おかげで曹操の支配下にあっても、さほどの混乱は起きなかったという。


 もちろん不幸な目にあった者もいるだろうが、その数はずっと少ないはずだ。

 そんな陰働きをしてくれた陳登には、とても感謝している。


 その後、州牧邸に落ち着いてから、彼の報告を聞く。


「募兵の状況はどうなってる?」

「は、ある程度、訓練を受けている兵が4万。新たに志願してきた義勇兵が2万ほどいますので、改めて訓練に入っています」

「そうか。それなら4万は襄陽へ送ってもよさそうだな」

「そうですね。こちらから積極的に討って出ない限りは、なんとかなると思います」

「ああ、まずは南陽で討って出る。その後は敵の動きを見て、こちらから豫州を攻めてもらうことになるだろう」

「はい、ではそのように進めます」


 徐州には元々、訓練を受けた兵が多くいたのだが、さすがに故郷を捨ててついてこいとは言えなかった。

 しかし孫策を潰し、こうして徐州を回復したからには遠慮はいらない。

 4万を引き抜いても、残り4万と徐州の6万で、10万人近い兵力となる。


 これらでしばらくは揚州と徐州を守ってもらう形だ。

 ちなみに江東はまだまだ混乱してるので、増援は期待できない。

 孫策を潰すために山越族を煽ったりしたので、当面はその後始末に勤しむことになるだろう。


 いずれにしろ、俺は江東を手に入れつつ、元の支配地の奪還にも成功したのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


建安11年(206年)6月 荊州 南郡 襄陽


 江東で孫策を潰した俺は、いよいよ襄陽でも攻勢に出ることにした。

 襄陽の北に位置する鄧城とうじょうに、攻撃を掛けたのだ。

 11万人にものぼる大軍が、続々と北上する。


 もちろん敵も待ち構えており、鄧城の周辺には10万近い軍勢がひしめいていた。

 今回は攻守が入れ替わった形で、曹操軍が城を頼りに防衛戦を挑んできた。


 対するこちらは城の近くに進出すると、即製の陣地をこしらえた。

 柵を立て、空濠を掘り、そして見張り用の櫓を組み立てたのだ。

 これにより本陣は攻められにくくなり、高い視点を得ることで、指揮能力も向上した。


 幸いにも敵は及び腰だったため、さほど邪魔されずに陣地の構築が終わる。

 そのうえで我が軍は攻勢に出た。

 指揮を執るのは関羽をはじめ、黄忠、張遼、魏延、李厳、厳顔、張任、陸遜たちだ。


 それぞれに高い武力や指揮能力を誇る、勇将たちである。

 そんな男たちが、関羽の指揮によって動きだす。

 まずは盾を構えた歩兵が、敵の前衛へにじり寄る。


 やがて弓の射程に入ると、双方から大量の矢が放たれた。

 たまに矢に当たる者が出るが、双方ともに大した被害ではない。

 そして前衛同士が間近まで迫ると、肉体による激突が始まった。


 歩兵の持つほこげきが振り回され、敵の身体を打ち、肉をえぐる。

 誰かが倒れれば後ろに引き戻され、代わりの者が穴を埋める。

 後方ではしきりに弓兵が矢を放ち、騎兵も隙を見ては敵を突き崩そうと走り回る。

 そんな混沌とした戦いが、しばし繰り広げられた。


 通常であれば城を頼りに戦う曹操軍の方が、有利だったろう。

 しかし今回の敵は、あまり有効に城をかせていない。

 これほどの大軍で城を盾にするような戦い方が、あまり理解できていないのだろう。


 逆に我が軍は城を利用する戦い方をよく研究しており、主導権を取りやすかった。

 櫓からの監視で戦況を把握し、関羽や軍師がそれを分析し、指示を下す。

 その指示は軍鼓や旗、伝令によって前線の指揮官に伝わり、それぞれの部隊が行動に移る。


 それ自体は敵も似たような体制になっているものの、練度において我が軍が上回った。

 さらに前線指揮官の質においても大きく凌駕しており、その差は兵の損耗の多寡として表れる。

 こちらが千から2千の兵が戦闘不能になるのに対し、敵はその倍以上の被害を出しているという。


 そんな報告を、俺は襄陽で聞いていた。


「そうか。さすがは関羽たちだな。まずは優勢勝ちってとこか」

「はい、各指揮官どのだけでなく、兵士も意気軒昂にございます」

「うん、引き続き、みんなにはがんばってくれるよう、伝えてくれ」

「はっ」


 伝令が辞去すると、俺は陳宮に訊ねた。


「敵の援軍はどうだ?」

「は、河北の制圧に手間取っているようですが、どうやら豫州や南陽で徴兵を掛けているようです」

「ということは近いうちに、増援はありそうだな」

「はい。しかしどうせ新兵ばかりでしょうし、徐州にも備えねばならないので、さほどの脅威ではないかと」

「たぶんそうだろうな。だけどそれはそれで、犠牲になる敵兵が哀れだ。結局、俺も民に迷惑を掛けてるだけじゃないかって、思っちまう」


 籠城戦ならまだしも、野戦なら新兵はさほど脅威でない。

 しかしそれは敵兵を無為に殺すことにつながり、どうしても良心が痛む。

 そんな弱音をもらすと、陳宮に慰められた。


「劉備さまがどんなに有能でも、全てを救うことはできません。今は一歩一歩、できることをやればよいのです」

「……そうか。そうだな。しょせん俺なんて、幽州生まれの山猿だ。なんでもできるなんて、自惚れてちゃいけねえか」

「フフフ、そうですな。しかし劉備さまはより多くの民を、幸せにできると信じておりますぞ」

「ああ、そいつはいいな。最終的に、より多くの民を幸せにすればいいんだ。これからも頼むぞ」

「もちろんです」


 まだまだ先は長いが、俺には頼りがいのある仲間たちが多くいるんだ。

 あまり焦らないようにしないとな。

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