幕間: 諸葛亮は気を引き締める
とうとう劉備さまと曹操の戦いが、始まってしまった。
宿敵だった袁家をほぼ壊滅させた曹操にとって、華南の大半を領する劉備さまは、目障りな存在でしかなかったのだろう。
劉備さまが支配地の富を収奪し、私腹を肥やしているとして、徐州牧の解任と出頭を通告してきたのだ。
劉備さまは即座に漢朝からの離脱を宣言し、襄陽王を名乗った。
そして君側の奸である曹操を討てと、全土に訴えたのだ。
当然、激怒した曹操は襄陽のみならず、徐州や揚州2郡へも兵を向けてきた。
しかも江東の孫策が協力しており、我が軍は南北から挟撃を受けてしまう。
これに対し、我が軍は徐州と九江郡から撤退し、廬江郡に防衛線を張った。
それを率いるのは張飛どのを筆頭に、太史慈、趙雲、甘寧、徐盛という猛将たちである。
さらに軍師として魯粛どの、法正どのと共に、私も側を固めていた。
我らに期待されているのは、主に情報を集めて分析し、戦いを有利に導くことだ。
それは決して目立つ仕事ではないが、劉備さまはちゃんと評価してくださる。
全身全霊で取り組もうではないか。
廬江へ押し寄せた敵勢は、総計で5万にものぼるという。
それに対して我が軍は、4万程度といくらか劣勢である。
しかしあらかじめ張り巡らしてあった、諜報網と通信網を駆使し、敵に先んじて動けるのが我が軍の強みだ。
敵の情報を掴んだら、大量に確保してある船を使い、軍勢を送りこむのだ。
敵からすれば、勇んで乗り込んでみたら、大軍に先回りされているのだから、さぞかし驚いているだろう。
そのうえで我が軍の猛将たちが先頭に立ち、野戦で敵を翻弄する。
もちろん、こちらの狙いが全て上手くいくはずもないが、廬江郡の主要な都市は守れていた。
おかげで敵はほとんど廬江郡にくい込めず、士気も上がらないようだ。
この調子なら、なんとか守り通せそうだな。
「おお、これは諸葛亮どの。お疲れ様です」
「法正どのこそ、お疲れ様です。また新たな情報が入りましたか?」
「ええ、敵がまたぞろ、陽泉への侵攻を企図しているようなのです」
「そうですか。それではただちに偵察兵の派遣と、軍勢の移動を手配せねばなりませんね」
「ええ、まったく忙しいことです」
法正どのが新たな情報を持ちこんできた。
我々はその情報に基づき、必要な手配をこなしていく。
偵察兵の派遣や、移動用の船の手配、糧秣の準備など、やることはいくらでもある。
もちろん数多くの文官が従事しているのだが、その大本は我らで制御せねばならない。
我らの能力を見込まれてのことなので、やりがいはあるが、目の回るような忙しさだ。
そんな生活が、ここしばらく続いていた。
やがて仕事に区切りをつけてひと休みしていると、今度は魯粛どのが入ってきた。
「皆さん、朗報ですよ。襄陽で関羽将軍の軍が、敵を後退させたそうです。おそらく敵軍の配置が見直されるでしょうから、こちらも攻勢が弱まる可能性が高いですね」
「おおっ、それは喜ばしい。皆で踏ん張ってきた甲斐がありましたな」
「まったくです。さすがは関羽将軍ですなぁ。しかしこちらも負けてはいられません。早速、この情報を盛りこんで、作戦を練り直しましょう」
「ええ、そうですね」
なにやら法正どのが、対抗意識を燃やしはじめた。
しかしたしかに、あちらに任せきりでは情けない。
私ももうひと踏ん張り、するとしよう。
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その後、予想したとおり、敵の軍配置が見直され、廬江郡への圧力が大きく減じた。
徐州と九江郡方面から曹操の兵力が引き抜かれた代わりに、孫策が周辺を統治するそうだ。
孫策の軍勢は5万人にものぼると言われるが、徐州を統治しながら我々と戦うのは、はっきり言って無理だろう。
しかも我々には、心強い援軍も加わっていた。
「劉備さまの命により、援軍に参りましたぞ、張飛どの」
「おお、厳顔の爺さんに魏延、それに陸遜も来てくれたのか。これなら存分に攻勢に出れるな。期待してるぜ」
「フハハッ、お任せを」
なんと劉備さまが、襄陽から2万の兵を送ってくれたのだ。
厳顔、魏延、陸遜の3武将が率いているので、戦力としても十分に期待できる。
我々はすでに九江郡で孫策とにらみ合っていたが、そこへ援軍が駆けつけたため、孫策たちは江東へ後退していった。
今は秣陵で守りを固め、こちらを待ち受けているという。
今後は九江郡を制圧してから、江東を攻めることになるだろう。
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中原や江東で、反乱が相次いでいるという。
これは劉備さまが準備していた謀略の成果で、私の兄も工作に従事している。
おかげで曹操や孫策は、その対応に追われているようだ。
実際に秣陵に陣取る孫策の軍勢は、大きく減じているという。
今こそ攻め時だということで、張飛どのが長江を渡った。
そのまま秣陵に迫ると、孫策は籠城してしまう。
我らは城を囲みながら、いつもの手段を講じた。
城外から敵の士気を落とす情報を流し、降伏を促したのだ。
実際に襄陽と廬江で勝利した劉備さまの勢力は、大きく拡大している。
それに引き換え、曹操や孫策の支配地では反乱が頻発し、思うように兵力が集中できていない。
そのためここで籠城しても、援軍が来ないのは明白だ。
そんなことを入れ替わり立ち代わりで、城内に呼びかけたのだが、反応は鈍かった。
さすがは安南将軍 孫策と言うべきか。
ヤツは存外、巧みに城内をまとめているらしい。
おかげで秣陵はいまだに落ちぬままだ。
「だ~っ、もう待てん。明日から強攻するぞ」
「張飛将軍、いま少しお待ちいただけませんか? 幸いにも周囲に脅威となる勢力はおりません。このまま工作を続ければ、いずれ孫策も降伏しましょう」
「いや、あまりここに手間取っていると、また曹操が息を吹き返すかもしれん。ここは拙速を選びたい。これは決定だ」
「……承知いたしました」
とうとう張飛どのがしびれを切らし、強攻を決断してしまった。
これも敵の心を攻めきれなかった我らの責任かと思うと、忸怩たるものがある。
こうなれば、せめて味方の被害が少なくなるよう努力しよう。
翌日から我が軍は、火のように秣陵城を攻め立てた。
味方の損害は少なくないが、たしかに敵に打撃を与えている。
この調子ならば、遠からず孫策も降伏するか。
その後、我らの情報操作も功を奏し、敵の士気がガタ落ちになった。
事ここに至り、孫策も目の前の状況を認めたのであろう。
とうとう降伏を申し出てきた。
「安南将軍 孫策だ。名誉ある扱いを要求する」
「張飛 翼徳だ。ひと度くだったからには、おろそかにはしないぜ。お前には劉備さまが会いたいと言ってるから、いずれ襄陽まで同行してもらおう」
「クッ……承知した」
こうして江東の最大勢力である孫策は、とうとう我らが軍門に降った。
すると他の郡も争うムダを悟ったのか、次々と恭順の意を示してきた。
終わってみれば、あっけないものだ。
「ふう、意外とあっけなかったですね」
魯粛どのと2人になった時に、ふとそうつぶやいた。
すると彼は首を横にふりながら、私を諭す。
「いやいや、まだ中原には曹操という強敵がいるのです。まだまだ気は抜けませんぞ」
「ああ、まあ、そうなのですが……なんというか、劉備さまが後れを取る状況が、想定できないのです。これまでも着実に準備を整えてこられましたから」
「フハハッ、そう見えるのも仕方ないかもしれませんな。しかし劉備さまも、必死で生き抜こうとあがいてこられたのです。決して今後も安泰なはずはありません。我らにできるのは、一丸となって劉備さまを支えることです」
「そう、ですね。まだまだ安心するには早すぎる。今後もよろしくご指導をお願いします」
「こちらこそ」
そうだ、まだ江東を制しただけで、中原が残っているのだ。
とても気を抜けるような状況ではない。
今後も業務に精励して、劉備さまをお支えせねば。
そしてこの中華を、またひとつにするのだ。




