4.治安を改善しよう
興平元年(194年)8月 徐州 下邳
徐州の治安を向上させようと、俺たちが動きはじめた矢先、待望の人物が来てくれた。
「お久しぶりです、劉備さま」
「ああ、久しぶりだな、陳羣。また一緒に働けて、嬉しいよ。これからよろしく頼むぞ」
「プハハハハハ。まさか劉備さまから、そのようなことを言われるとは、思いもよりませんでした。とても嬉しく思いますぞ」
そう、陳羣が俺の招請に応じて、来てくれたのだ。
彼は俺が州牧になる際、その前途を心配して、やめるよう忠告してくれた。
冷静に見ればそれは当然のことで、彼の頭脳の優秀さと誠実さを、俺は後になって思い知ったのだ。
そこで俺は糜竺に頼み、陳羣が再び仕えてくれるよう、説得してもらった。
応じてくれなければ、じかに会いにいくつもりだったが、あっさりと応じてくれたのは幸いだ。
ちなみに陳羣の容貌であるが、めっちゃデブである。
かなり大きな馬でも、彼を乗せるのは嫌がると言われるほどで、見た目は冴えない男だ。
おまけに鼻が詰まっているのか、たまに”プヒ~”とか聞こえてきて、ちょっと笑える。
しかしその頭脳は折り紙付きで、前生では曹操に仕えて重用されていた。
まだ28歳と若いので、今生では俺の部下としておおいに働いてもらう予定だ。
ここで俺は先日、仲間たちと話し合ったことを、彼に打ち明ける。
「というわけで、俺は徐州の治安を回復し、領民を安らかにしてやりたいんだ」
「しばらく見ないうちに、ご立派になりましたな、劉備さま。この陳羣、全力でお支えいたしますぞ。プヒ~」
「ああ、頼りにしてるぞ」
こうして俺は陳羣という、頼りがいのある参謀を手に入れた。
前生では諸葛亮を得るまで不安定だった部分が、これで少しは補えるんじゃないかな。
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陳羣が来てくれたのもあって、俺たちの徐州統治は順調に進んでいた。
まず糜竺を介して、周辺の有力豪族に支援を要請した。
もちろん、大した実績もない俺に、ホイホイと支援などしてくれるはずがない。
そこで俺たちはまず、少ない兵力や兵糧をやりくりして、周辺の盗賊を駆除した。
これには関羽と張飛の武力が、大いに役立っていた。
なにしろ2人とも、万の軍勢に匹敵すると言われるほどの豪傑である。
しかも関羽は頭も回るから、わりと効率的に盗賊たちを片づけてくれた。
それと並行して、役人の綱紀引き締めにも取り掛かる。
この後漢末期には、役人の汚職や横領などが、あまりにも横行していた。
その全てを明らかにすることなど、とても現実的ではないので、まずは大きな不正から手を付けていく。
しかしそれだけでも摘発に困ることはなく、いくらでも不正が見つかった。
素直に罪を認め、損害を賠償すれば、悪いようにはしないと言ったものの、多くの者は従わない。
むしろ逆上して歯向かってくる始末だ。
仕方がないので陳到や陳登に部隊を預けて、鎮圧させた。
敵が手強い場合には、俺も出張ったんだぜ。
関羽や張飛ほどではないが、俺もけっこう強いからな。
こうしてまずは下邳周辺の治安を回復させると、ようやく豪族も耳を貸してくれるようになったわけだ。
なにしろ俺は確かな武力を持ち、しかも州牧という地位にある。
その俺たちが治安の回復に努力していることは、好意的に見られた。
そして徐々に食料や資金の提供が増えて、ようやく俺たちの懐に余裕ができてくる。
しかし俺たちはそれで贅沢なんかしない。
むしろ貧民に施しをしたり、流民に農地を与えるなどして、さらなる治安回復に努めたのだ。
おかげで領民の反応は上々だ。
しかし当然ながら、それには代償もあった。
「劉備さま、これにも目を通しておいてください」
「ぐえっ、こんなにかよ? 俺だけ多すぎなんじゃねえか?」
孫乾が俺の執務台に、書類を積み上げる。
今までさんざん書類仕事をこなしてきて、ようやく終わりが見えてきたと思ったのに。
そこで思わず抗議したら、逆にしかられた。
「とんでもない。我々ができるだけ減らしたうえで、これなのです。劉備さまは州牧なのですから、諦めてください」
「だからってよう~……」
徐州の治安が回復しつつあるのはいいのだが、それに伴って膨大な作業が発生していた。
普段はやらないような大規模な盗賊討伐や、不正の取り締まり、そして貧民への施しなどをやっているのだ。
それも当然であろう。
おかげで俺たちは朝から晩まで、仕事漬けになってしまっている。
ぶっちゃけ、眠る暇も惜しんでいるほどだ。
しかし後から後から仕事が湧いてきて、俺たちを解放してはくれない。
おかげでその後もしばらく、慌ただしい日々が続いたのだ。
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興平元年(194年)12月 徐州 下邳
それでも4ヶ月も経つと、ようやく仕事が落ち着いてきた。
相変わらず忙しいといえば忙しいのだが、さすがに大きな盗賊や不正もなくなり、急いで手をつけることはなくなったのだ。
そして俺たちは下邳だけでなく、他の郡の治安も安定させ、豪族とも協力できていた。
実は徐州にはチンケな盗賊だけでなく、琅邪国の臧覇、東海郡の昌豨といった独立勢力がのさばっていた。
これがまたけっこうな勢力で、徐州の統治を難しくしていたのだが、いつまでもそのままにはしておかない。
俺は切り札の関羽と張飛を送り出して、臧覇たちを討伐させた。
さすがに完全に駆逐するには至っていないが、大きな打撃を与えたおかげで、だいぶおとなしくなってきている。
さすがは関羽と張飛である。
そこで俺はまた配下を集め、今後の方策を相談することにした。
「みんなのおかげでこの徐州も、ずいぶんと安定してきた。改めて礼を言うぜ」
「フハハ、礼を言いたいのは、こちらの方ですぞ。劉備さまが采配を振るってくれなければ、これほど早く統治は固まらなかったでしょう」
「そのとおりです。よもや劉備さまが、これほど統治に精通しておるとは、予想できませなんだ。以前は詮ないことを申しました」
「いやいや、これもみんなの協力あってのものさ」
実はこの2回めの徐州統治には、前生の経験がおおいに役立っていた。
さすがに季漢王朝を興した経験は伊達ではなく、それなりに政務能力が身についているのだ。
まあ、ある意味インチキなので、配下たちの賞賛は軽く流しながら、本題に入る。
「それで、だ。ここで周辺の情勢を確認して、今後の方針を決めておきたい。陳羣の方から、情勢について説明してもらえるか?」
「かしこまりました。それではまず兗州ですが――」
そこからしばし、陳羣の説明が続く。
まずちょっと前まで戦争をしていた曹操は、兗州の多くを呂布に乗っ取られ、絶賛なぐり合いの最中だ。
いずれ曹操が勝つのだが、俺が袁紹陣営に参加したのもあって、当面は脅威とならないだろう。
そして徐州の北に位置する青州だが、その北海国は孔融が治めており、ほぼ味方と言っていいだろう。
その他の地域は、公孫瓚の配下の田楷が治めてる形だが、その支配基盤は弱い。
それに公孫瓚とは知らぬ仲でもないので、その脅威度は高くないと思う。
それから袁紹の治める冀州は、徐州と接してもいないし、そもそも今の俺は袁紹の味方だ。
よほどおかしなことをしない限り、敵対することはないだろう。
そして徐州の西にある豫州には、今は強大な統治者はおらず、バラバラだ。
一部に黄巾賊の残党がのさばってるようだが、徐州を攻める気配はないと言う。
当面は放置だな。
そして我が徐州にとって、最大の脅威となるのは袁術だ。
袁術は元々、荊州の南陽郡にいたのだが、曹操に負けて揚州九江郡の寿春に逃げてきた。
ヤツはこの寿春を拠点にして、侮れない勢力を保っているらしい。
俺が袁紹や曹操から期待されてるのも、この袁術への抑えなので、こいつが当面の敵ということになる。
ちなみに袁術が居座っている揚州には、劉繇という刺史がいる。
彼は漢王朝から正式に指名された揚州刺史なので、袁術のような群雄とは争っていた。
なので俺が揚州に手出しさえしなければ、袁術に対して共闘できるはずだ。
そんな説明が、陳羣からなされると、他の出席者が感嘆の声をもらす。
「ほほう、さすがは陳羣どのですな。周辺の情勢を、よく調べておられる」
「いやいや、これも劉備さまの助言あってのものです。劉備さまの方こそ、周辺情勢をよく理解されているのですぞ」
「そうなのですか?」
「いやいや、陳羣もよくやってくれてるよ」
実は陳羣には、数ヶ月前から周辺に密偵を放つよう指示しており、それが実を結んだ結果だ。
さらに俺は前生の経験から、多少の流れは知っているので、より的確に助言できているだけだ。
いずれにしろ、この情報力は大きな強みになる。
そのうえで俺は、当面の方針についてさらに話を進めるのだ