29.襄陽防衛戦
建安10年(205年)10月 荊州 南郡 襄陽
総勢10万にものぼろうという曹操軍が、この襄陽を攻めていた。
対する味方は6万ほどと、兵力は圧倒的に不利なものの、城を上手く使って抵抗してみせる。
すると敵の本隊も動いて、西の支城を襲う構えを見せた。
「敵は西の城を襲うみたいだぞ」
「ですな。張遼には悪いが、しばし耐えてもらいましょう。おい、李厳の騎兵隊を出せ」
「はっ」
関羽の指示ですかさず伝令が走り、樊城から騎兵隊が飛び出した。
隊を率いるのは李厳だ。
千騎ほどの隊は東へ進路を取り、東支城を攻めている敵部隊の後背を脅かす。
そして弓の射程距離に入ると、一斉に矢を放ったのだ。
その効果自体は大したことがないが、敵を動揺させるには十分だった。
その隙に城側の味方部隊が討って出て、敵に出血を強いる。
「どうやら作戦は有効に進んでるようだな」
「うむ、じっくりと作戦を練り上げ、訓練も積んできましたからな」
「そうだな。みんなもよくやってくれている。それじゃあ、俺は自分の仕事をしてるから、何かあったら呼んでくれ」
「はい、こちらは任せてくだされ」
そのまま俺は城内の執務室に下がり、書類仕事に取りかかった。
それは関羽たちの邪魔をしてはいけないというのもあるが、仕事自体がいくらでもあるのだ。
これでも俺は、4州にまたがる大領主だからな。
戦闘は関羽たちに任せて、俺は執務に専念しよう。
その後、日暮れにともなって敵は兵を引いた。
その結果、味方は千人近くが、死亡か戦闘不能になったそうだ。
これでも城を基点にしていた分、少ないってんだから困りものである。
逆に敵には倍以上の損害を与えているが、あちらもまだまだ様子見だろう。
本格的な戦闘は、明日以降になるだろうとのことだ。
そんなこんなで俺は、報告にきた関羽をねぎらっていた。
「そうか。なんにしろ、今日はご苦労だったな。ところで戦ってみた感触は、どんな感じだ?」
「うむ、さすが、中原で戦ってきただけのことはある、というところですかな。兵自体が戦い慣れておるし、将の指揮もなかなかです」
「ふ~ん……敵の武将は、誰が出てきてるんだ?」
「総指揮は夏侯惇が執っていると聞きます。その下に夏侯淵や徐晃、楽進などが従軍しているようですな。まだ直接、矛を交えるような機会はありませんが」
「そうか。まあ、作戦が上手くいくといいな」
「うむ、いざという時は儂も出ましょう」
そう言って関羽がニヤリと笑う。
というのも、敵将を誘い出して討ち取るのが、今回の作戦のひとつになっているからだ。
たしかに関羽が出れば、ほとんどの敵将に勝てるだろう。
だけど総大将が前線に出るのって、あまり好ましくないよね。
そうほのめかしたものの、関羽は考えを変えなかった。
まあ、中身はジジイなのだから、むやみに突撃などはしないと思うが。
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翌日も曹操軍との戦いは続いた。
敵は今回、兵を分散させるのではなく、西の支城に攻撃を集中させてきた。
こちらも兵の大半を西に差し向けたが、やはり劣勢は否めない。
また支城からの支援でしのぎつつ、樊城や東支城からも騎兵隊を繰り出した。
騎兵は数年前から育成しているもので、総数でも2千騎程度しかいない。
これでもこつこつと馬を買い集め、地道に育成してきたのだ。
ちなみに敵には数倍の騎兵がいるらしく、さらに強力な突騎兵の部隊もいると聞く。
その突撃による破壊力は強烈で、相当な脅威になるだろう。
もっとも下手に使うとすぐに損耗してしまうため、まだ温存されてるんだとか。
そんなわけで、基本的には歩兵が殴り合いながら、騎兵が敵陣形を崩そうとする攻防が続いていた。
我が軍は城からの支援も含め、ガッチリと守りを固めることで、その被害を抑えている状況だ。
そんな戦いを5日ほど続けていると、いくらか敵にも疲れが見えてきたようだ。
「ちょっと消極的になってきたか?」
「ですな。被害が大きいので、慎重になっているのでしょう」
「なるほどな。しかしそうなると……」
「ええ、増援を待っているのでしょう。それが到着すれば……」
「いよいよ本格的に攻めてくる、か。こっちも備えないとな」
「はい、そちらはお願いします」
敵の攻撃は続いているが、明らかに消耗を抑える戦い方になっていた。
そして中原の密偵からも、曹操が大規模な徴兵をしているとの情報があった。
いずれ大きな援軍が派遣されてくる可能性は、非常に高いといえる。
一方、こちら側も増援の準備には、余念がなかった。
なにしろこれまでだけで、5千人近くが戦闘不能になっている。
その穴埋めだけでなく、さらなる増員をしないと、敵に対抗できない。
そこで襄陽を始め、南郡の各地で義勇兵を募り、各地で訓練をしていた。
今回の戦闘に先立って、曹操との戦いの必要性を広めていたため、義勇兵のなり手には困らない。
なにしろ俺は支配地で善政を心がけ、民の暮らし向きを向上させてきた自信がある。
実際にそれを感じている人間は多いから、俺の人気は上々だ。
さらに徐州の大虐殺を引き合いに出し、曹操の治世は苛烈なものになるだろうと喧伝した。
おかげで兵士の士気は高く、訓練の方も順調だ。
もっとも、素人がすぐに使えるようになるはずもなく、それなりに時間が掛かっているのも事実だ。
そのため弩を多く生産したり、投石部隊を優先して鍛えるなど、いろいろ工夫をしている。
幸いなことに、すぐ後方に根拠地を抱えているこっちの方が、損害の回復は早い。
それだけでなく、俺たちは別の方法でも勝負を掛けていった。
「関羽将軍の部隊が敵に圧力を掛けています」
「張遼将軍と黄忠将軍も、前線に進出しているようです」
「うむ、本隊はそのまま守りを固め、将軍たちが目立つようにせよ」
そんな指示を出しているのは陸遜だ。
彼は仕官して3年近くになるが、その間に盗賊や異民族を討伐し、軍功を積んでいた。
そしてこの数ヶ月は関羽の副将として、指揮官のあり方を叩き込まれていたのだ。
元々、俺も関羽も前生で陸遜にやられた経験があり、彼の資質は高く買っていた。
それが実際に付き合ってみると想像以上だったため、がっつりと英才教育を施したのだ。
その結果、まだまだ経験は少ないが、副将ぐらいはやれる武将になってきた。
そして当の関羽は、兵を率いて前線へ出ている状況だ。
これは支城の張遼と黄忠も同様で、あちらの指揮は張任と李厳が執っていた。
そんなことをする狙いは、敵将の釣り出しだった。
「関羽はなかなか派手にやってるようだな」
「ええ、さすがは鎮西将軍どのです」
そう言う俺たちの眼下で、関羽が暴れまわっていた。
彼は特別製の矛を振り回し、当たるを幸いと敵をなぎ倒す。
そうやってじりじりと敵中に食い込み、敵将を引きずり出さんと機会をうかがっているのだ。
やがて敵もそれを好機と見たのか、関羽の前に偉丈夫が立ちふさがった。
遠目にも彼らが名乗りを上げ、一騎打ちを行おうとしているのが分かる。
そしてすぐに彼らの戦いが始まった。
さすが、敵の武将も一騎打ちに名乗りを挙げるだけあり、かなり強そうだった。
実際に敵は関羽に打ち負けることなく、次々と攻撃を繰り出してくる。
ガツンガツンと矛を打ち合わせる音が、ここまで聞こえるほどだ。
しかし関羽もそれに劣る感じはまったく無く、むしろ安心して見ていられるほどだ。
やがて敵のわずかな隙を見逃すことなく、関羽が渾身の一撃をお見舞いする。
それは敵将に決定的な傷を与え、戦況が一気に優勢となった。
その後、わずかに抵抗したものの、敵将は討ち取られて、関羽が勝ち名乗りを挙げる。
味方の兵が歓喜に沸くのとは対照的に、敵は急激に崩れはじめた。
「さすがは関羽。見事に役目を果たしたな」
「ええ、実に見事なものです。私も精進せねば」
「なに、関羽と陸遜は違うんだ。それぞれに、得意なことをやればいいさ」
「はっ、ありがたきお言葉」
こうして俺たちは、曹操の軍に大打撃を与えたのだった。