表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/67

27.新たな決意

建安10年(205年)4月 荊州 南郡 襄陽


 曹操が冀州を制圧した翌年の春、とうとう青州も落ちた。

 青州には長男の袁譚が逃亡し、抵抗を続けていたものの、すでにその勢力は見る影もない。

 冀州から転戦してきた曹操の軍の前に、じりじりと追い詰められていた。

 そしてとうとう都昌としょうの城に籠もっていたところを総攻めされ、袁譚は自害したそうだ。


 これを受けて、并州へいしゅうで抵抗を続けていた高幹こうかんも、曹操に降伏したという。

 残るは幽州へ逃げた袁尚えんしょう袁煕えんき兄弟だが、その兵力はほとんどなく、異民族である烏丸うがんを頼って落ち延びたとか。

 ちなみに袁術もこの一団に混ざっているというから、つくづくしぶとい男である。


 これらを見届けた曹操は、幽州への守りを残して、許都へ帰還したという。


「そうか。袁家勢力も、ほぼ壊滅したか」

「ええ、袁尚と袁煕が残っていますが、大したことはできないでしょう。いよいよこちらへの干渉が始まるとみて、間違いないでしょうな」

「だよな~」


 陳宮から中原の情報を聞いた俺は、そんな会話を交わしていた。

 前生ではこの後2年ほど、袁家にかかずらっていた曹操だが、今生ではそれも怪しい。

 袁家の威勢は見る影もなく衰えているし、曹操の兵力は強大だ。


 それより何より、華南で4州にわたって勢力を張る俺がいるのだ。

 それを脅威に思わないはずがない。

 おそらくすぐには動き出さないだろうが、年内にはなんらか動きがあるだろう。


「そういえば、益州の方は落ち着いたのか?」

「そうですな。以前に比べれば、だいぶ静かになっているようです。おかげで銅やにしき(絹織物)などの特産品が、領内に出回るようになりました」

「ああ、そうらしいな。嫁さんたちが喜んでたよ」


 益州の特産である錦が、最近は領内で手に入りやすくなっているそうだ。

 おかげで嫁さんたちに、ねだられて困るんだけどな。


「フハハ、相変わらずお仲がよろしいようで」

「まあな。ところで募兵の方はどうだ?」

「それはあまり、芳しくはありませんな。益州自体の治安が不安定なため、あまり大きな兵力は引き抜けませぬ」

「やっぱりか。現状で戦いになったとして、どれぐらい動員できる?」

「そうですな……」


 俺の問いに対し、陳宮が手元の資料から情報を探る。

 やがて顔を上げた陳宮が、その数字を告げた。


「荊州で5万、揚州から1万、益州から3万、そして徐州から1万といったところでしょうか」

「合計で10万か。厳しいな。曹操は20万は固いだろう」

「ええ、それに孫策もおりますからな」


 いかに俺が4州にわたる領域を支配するとはいえ、その動員能力には限りがある。

 まず徐州と揚州は、放棄が前提になるので、兵戸制の専従兵士ぐらいしか、戦力として期待できない。

 さらに益州は総人口720万人とも言われるが、曹操の妨害などもあって、その統治はいまだ不安定だ。

 おかげで大きな兵力を引き抜くことは難しいのが実情だ。


「孫策はどれぐらい出せそうなんだ?」

「そうですな。おそらく4万から5万は固いかと」

「へ~、けっこう頑張ってるな。そうすると、最悪こっちは、敵の4割しか兵力が揃わないのか」

「残念ながら、そうなってしまいますな」


 俺はダメだろうと思いながらも、あることを訊ねる。


「孫策を味方に付ける見込みは、立たないか?」

「はい、申し訳ありません。何度も誘いを掛けてはいるのですが……」

「説得する材料に欠ける、か……」

「はい、最近は接触すら難しく」


 今までに、孫策と友好関係を築く努力を、してこなかったわけではない。

 むしろ劉繇りゅうようとの和解を取り持ったこともあって、表向きは友好的だと言っていいだろう。

 しかし益州まで取った俺に対して、孫策は江東4郡で頭打ちだ。


 その対抗意識が強いのは、想像に難くない。

 さらに中原の形勢が明確になるにつれ、接触すら断たれつつあるという。


 はっきり言って八方塞がりだが、陳宮の顔に悲壮感はなかった。


「そのわりには、悲壮感がないな。なにか方策があるのか?」


 すると陳宮がニヤリと笑いながら、答える。


「策というほどのことはありませんが、味方が少ないのであれば、敵も減らしてやってはどうかと」

「それは前から頼んでいた、敵地での妨害工作だな。目処がついたのか?」

「はい、河北には火種がいくらでもありますし、江東も陸遜どのの伝手で、目処が立ちました」

「そうか、それはよかった」


 以前から陳宮には、敵性勢力の支配地での妨害工作を計画させていた。

 曹操が制圧したばかりの河北なら、ちょっと煽れば蜂起するような連中はいくらでもいる。


 さらに江東の名家出身である陸遜の伝手で、江東の情報を手に入れやすくなっていた。

 おかげで反乱分子への接触が容易になり、妨害工作にも目処がつきつつあるそうだ。

 そのうえで陳宮から提案があった。


「そこで相談なのですが、ここで思い切った人材の投入を、お願いしたいのです」

「それは、徐州や揚州で政務を取り仕切ってる連中を、諜報関係に移すってことだな?」

「はい、そうでございます。両州での政務のほとんどを現場に委譲し、主な者は諜報関係に割り振ります。そして曹操との対立が決定的になった暁には」

「一気に敵地での撹乱工作を進めるか」

「はい」


 現状、徐州や揚州では、陳羣ちんぐんを始めとして魯粛ろしゅく孫乾そんかん糜竺びじく陳珪ちんけい諸葛瑾しょかつきん厳畯げんしゅん歩騭ほしつなどの才人たちが働いている。

 それらの人材を妨害工作に動員すれば、かなりの効果が見込める。

 そして大きく不利な現状では、それは必須の手段だろう。

 しかしそれだけでは、まだまだ足りない。


「よし、主な文官は妨害工作と諜報活動に回ってもらおう。しかしそれだけでは、まだまだ足りないよな?」


 すると陳宮は余裕ありげに答える。


「フフフ、それについては、関羽どのを始めとする武官にお任せしたく思います」

「関羽たちに? しかし敵の4割しかいないのに、なんとかしろってのは、無茶ぶりが過ぎないか?」

「いえいえ、それこそ過小評価でございましょう」


 陳宮はそう言って首を横に振った。


「この件については徐庶じょしょどのや龐統ほうとうどのとも、意見が一致しております。我が軍には無双の豪傑たちが多くおりますれば、その戦力は見た目以上のものがございます。さらに兵士には劉備さまの善政に感謝する者が多く、今の生活を守るため必死で戦うでしょう。その効果はおそらく20万の戦力にも匹敵するかと」

「おいおい、いくらなんでも戦力を倍に見積もるのは、楽観に過ぎるだろう」

「そうですな。ただ何の手も打たずにいれば、楽観のそしりは免れないでしょう。しかし我らが知恵を絞り、最適な戦い方を希求するのであれば、決して不可能とは言えますまい」


 そう言う陳宮の目は真剣だった。

 おそらく徐庶や龐統だけでなく、諸葛亮や魯粛、法正や陳羣などとも、議論を重ねているのだろう。

 そのうえで、我が軍の戦力にはまだまだ伸びしろがあるのだと、結論づけたのではないだろうか。

 そう考えると、意外に無謀でもないのかと思えてきた。


「フッ……そうだな。なんてったって俺の配下には多くの勇将・智将が揃ってるんだ。あいつらが全力を発揮できるようにお膳立てすれば、案外いけるかもしれないな。難しくはあるが、無謀じゃない。そういうことだな?」

「はい、そして我らには大義があります。この中華を再び統一し、多くの民に安寧をもたらすという大義が」


 そう言われた途端、目の前のもやが晴れた気がした。

 そうだ、俺には大義があるじゃないか。


「ああ、そうだ。そうだったな。中華を統一するだけなら、曹操にだってできるかもしれない。だけどより多くの民を幸せにするなら、俺じゃなきゃ無理だ」

「ええ、そうです。それはもはや、天命と言っても差し支えないでしょう」

「天命ねえ。まあ、そこまで言う気はないが、ここで怯えていても仕方ない。できることをやって、勝利をもぎ取ってやろうか」

「それでこそ、劉備さまです」


 この日、俺は改めて曹操との決戦を覚悟したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孫呉が好きな方は、こちらもどうぞ。

それゆけ、孫策クン! ~転生者がぬりかえる三国志世界~

孫策に現代人が転生して、新たな歴史を作るお話です。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ