幕間: 袁術はくじけない
儂の名は袁術 公路。
四世三公で名高い、汝南袁家の嫡男であった。
しかし今は落ちぶれ、冀州に同族を頼る身よ。
それも徐州の劉備にやられたのが、ケチの付きはじめであった。
それまでは寿春に陣取り、揚州や徐州に勢力を広げつつあったのだ。
しかし劉備は卑劣なことに、自身は弱いふりをして、儂をおびき寄せおった。
純朴な儂はヤツの策略に引っかかり、まんまと敗北を喫してしまう。
それどころか劉備は、揚州牧の劉繇と組んで、揚州へ攻めてきたのだ。
しかもヤツは九江郡において、儂にとって不利な噂をばら撒きおった。
おかげで周辺の豪族どもが怖気づき、兵が集まらなくなってしまう。
虚偽の情報で儂を貶めるとは、なんと卑怯で恥知らずな男であろうか。
儂にもっと力があれば、ヤツに正義というものを教えてやれるのに。
儂は寿春の城に籠もって抵抗したが、事態を打開する見込みなどなかった。
そこで城を明け渡すのと引き換えに、冀州への退去を申し入れたら、それはあっさりと受け入れられたのだ。
フハハ、やはり我が袁家の威光というものに、恐れをなしたのであろうな。
その後、なんとか冀州まで移動し、袁紹に協力してやろうと思っていたのだが、その扱いはひどいものだった。
「なんだ、おぬし。曹操に負けたと思ったら、劉備にまで負けたのか? どちらも俺の手下みたいな奴らだぞ。汝南袁家の嫡流とか言うわりには、だらしないのう」
「ぐっ、卑劣な敵の策略にはめられただけだ。儂の実力はこんなものではない!」
「ふんっ、敵を卑怯だなんだと言ってるうちは、2流以下よ。おぬしはもっと、軍略を学ぶべきではないか?」
「くうっ……よかろう。ならば手柄を立ててやるから、儂に兵を貸してくれ」
「いやいや、それには及ばぬから、しばらくは後方で休んでおれ。この俺が中原を制するのを、指をくわえて見ているがいいわ」
「なっ、待て、儂にも機会を!」
袁紹はさんざん儂を馬鹿にしたうえに、後方に留め置いた。
おかげで儂は戦功を挙げることも叶わず、後方で暇を持て余すしかない。
くそっ、あいつ早く、死んでくれんかのう。
そんな不遇の中にも、希望はあった。
「おう、袁譚どのではないか。今日はどうしたのだ?」
「はい、青州の状況について、父上に報告に来たのですが……」
そう言いながら、袁譚は憂い顔をする。
ははあ、相変わらず袁紹とは、上手くいってないようだな。
ここはちょっと、取り入っておくか。
「袁紹どのにも困ったものだなぁ。長男である貴殿をないがしろにしていては、家内の統制が取れまい」
「いえ、私が父上の期待に応えられないという部分もありますから」
「いやいや、貴殿はよくやっておると思うぞ。儂は常々、貴殿こそが袁家を率いるにふさわしい男と見ているのだ」
「それは……ありがとうございます。あまり褒められ慣れていないので、ちょっと照れますね」
「フハハッ、袁紹の下には、そんなことも見抜けない者しかおらんか。このままでは、袁家の前途は暗いのう」
心配げにそう言うと、袁譚が応じる。
「たしかに今のままでは、袁家に未来はないかもしれません。ならば叔父上に、力を貸してはもらえないでしょうか?」
「ほう、この儂の力でよければ、いくらでも貸すぞ。共に袁家の未来を切り開こうではないか」
「それはよかった。叔父上の処遇については、父上に相談しておきます。今後はこの若輩を導いていただければ幸いです」
「うむ、心得た」
クククッ、まんまと袁譚が食いついてきたわ。
こいつを利用して、一族内での人脈を広げてやろう。
さすれば、いずれ……
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その後、適度に袁譚を利用しつつ、じわじわと人脈を広げていった。
相変わらず儂は重用されんが、情報だけはそれなりに集まるようになる。
そうこうするうちに、重要な転機が訪れた。
「なに、袁紹が危篤状態だと?」
「は、数日前から臥せっていますが、どうやら明日をも知れぬ状態のようで」
「そうか……しかしここでヤツに倒れられると、家内が割れるな」
「はい、袁紹は3男の尚どのを可愛がっておりますからな。長男の譚どのを押す派閥と、争いになる可能性は高いかと」
「うむ、そうだな……おい、大至急、青州の袁譚に使者を送れ。父親が危篤だと聞けば、彼も駆けつけるだろう」
「かしこまりました」
ククク、これは運が向いてきたかもしれんな。
儂と親しい袁譚が主導権を握れば、儂にも活躍の機会が回ってくるだろう。
そうなれば発言力が増して、事実上の当主みたいな立場になれるかもしれん。
さっそく根回しに動くとしよう。
その後、袁紹はあっさりと死んでしまったが、その前に駆けつけた袁譚が、葬儀を取り仕切った。
おかげで袁譚は正統な後継者として認められ、当主の座についたのだ。
もちろんその過程では、袁尚を押す派閥との暗闘があった。
しかし洛陽で政敵に揉まれてきた儂の敵ではないわ。
入念な根回しと派閥工作で、見事に袁尚派を押さえ込んでやったわい。
しかしそんなことをしているうちに、曹操が攻めてきた。
曹操めは天子を傀儡とし、この中華を牛耳ろうとする奸雄よ。
前々から我らと敵対していたが、袁紹の死に乗じようと、本格的な侵攻を仕掛けてきたのだ。
幸いにも我らは、袁譚を中心にまとまることができたため、撃退に成功する。
これも儂が、袁譚を支持したおかげだな。
フハハッ、これでますます儂の発言力が高まるわい。
曹操との抗争も下火になってきたので、この間に袁家の力を高めるのだ。
そして中原を制圧し、いずれはこの中華をも従えたいものだな。
うむ、夢が広がるな。
しかしその後の展開は、甘いものではなかった。
曹操は表向き、激しい攻撃はしてこない替わりに、我らの仲間割れを誘ってきたのだ。
おかげで袁譚と袁尚を支持する者たちが集まり、互いの派閥を攻撃するようになってしまう。
それは異様なほど過熱しており、明らかに外部からの干渉がうかがえた。
おかげで我が陣営は戦力を高めるどころか、分散して弱体化する一方だ。
やがて曹操が再び、大規模に河北へ侵攻してきた。
我が軍は主導権を敵に握られたまま翻弄され、鄴城まで後退を余儀なくされる。
その後もしばらく抵抗していたが、水濠によって外部と遮断されると、城内の士気が一気に低下してしまう。
結局、多大な犠牲を払って脱出は果たしたが、袁家はすでにバラバラだ。
儂は最も安全と思われる幽州へ逃れ、袁尚や袁煕と合流した。
「ぐうう、おのれ、曹操め。このままでは終わらんぞ」
「そんなことを言っても、どうしようもありませんよ、叔父上。まずは烏丸族と接触して、加勢を頼みましょう」
「うむ、今はそれしかないであろうな。奴らと力を合わせれば、まだまだ曹操とも戦える」
「いや、それはかなり、難しいんじゃないでしょうか」
「馬鹿者! そんな弱気でどうする!」
「いや、弱気とかそういう問題では……」
今回は引き下がるが、いずれ見ておれよ、曹操。
中原を制するのは、この儂じゃ!
諦めないから成功するとは限らない。w