幕間: 程昱の謀略
私の名は程昱 仲徳。
今は曹操さまに仕える臣だ。
曹操さまとは、兗州牧時代からのお付き合いになる。
一時は呂布たちに兗州を奪われそうになったこともあるが、それも皆で乗り越えた。
今では良い思い出だ。
その後、敵であった徐州が味方についたこともあり、兗州の立て直しも上手くいった。
それどころか、新たに徐州牧となった劉備は、仇敵の呂布を返り討ちにし、その首を送ってきたのだ。
あれは久しぶりに、胸のすくような思いであったな。
それは劉備との信頼関係構築にも寄与し、周辺状況が安定したのは幸いだった。
おかげで我らは兗州だけでなく、豫州の制圧にも取り組めたのだ。
それは我が陣営の足元を固めることにつながり、十分に力を蓄えることができた。
そして運命の建安元年、曹操さまは天子さまを許都に迎え、天下に号令する立場となったのだ。
それまで仕えてきて、本当に良かった。
このうえは中華をまとめなおし、平和をもたらそうではないかと、皆で誓い合ったものよ。
幸いにもその頃、劉備が揚州牧の劉繇と協力して、揚州を平定したとの知らせも入ってくる。
奴らは曹操さまへの恭順を示しており、我らの前途は明るいと思えた。
しかしその一方で、河北の袁紹は不穏な動きを見せる。
あやつは大将軍となった曹操さまに嫉妬し、協力を拒んできたのだ。
曹操さまが大将軍の座を譲ったことにより、決裂は避けられたが、今後も協力的な姿勢は期待できないであろう。
その後、袁紹は河北で勢力を拡大していった。
さすがは何進大将軍の下で、辣腕を振るっていただけはある。
しかしその陰で勢力を広げる男が、他にもいたのだ。
そう、徐州の劉備だ。
劉備は揚州の2郡を手に入れただけでなく、荊州でも4郡を支配しつつあるという。
それは曹操さまの命令に従っている部分もあるのだが、これほど早く勢力を広げるとは思わなんだ。
今後も劉備の動向には、注意が必要だな。
その後、袁紹に備えるため、劉表を攻撃するよう、劉備に指示が下った。
とはいえ、さすがに襄陽は落とせんであろう。
そう思っていたのだが、なんと半月足らずで襄陽を落としたとの知らせが入る。
おかげで劉備は武陵郡も制圧し、南陽を除く荊州の大半を手に入れたことになる。
ううむ、恐るべき手腕だな。
これは本格的に、劉備への備えをする必要がありそうだ。
しかし我が陣営は袁紹との戦いに忙しく、あまり手をかけられないでいた。
すると劉備は、さらなる勢力拡大を目論んできたのだ。
「劉備が益州へ出兵したいだと? たしかに劉璋は朝廷に逆らう存在だが、そこまでするか?」
「おそらく荊州同様に、各郡を支配下に置きたいのでしょう」
「むう、これ以上、ヤツを肥え太らせたくはないのう」
「しかし劉璋が職貢(朝廷に納める税金)を納めていないのも事実です。その点、荊州や揚州でもちゃんと納めている劉備の方が、我らにとってはマシかと思いますが」
やはり曹操さまも、劉備が大きくなり過ぎることに懸念を抱いている。
そこで私は、今まで温めてきた策を進言することにした。
「よろしいではありませんか。劉備にはせいぜい朝廷の代理人として、劉璋を討伐してもらいましょう。そのうえで彼奴の力が大きくなり過ぎないよう、手を打てばよいのです」
「む、何をすると言うのだ? 程昱」
「もし劉備が益州を平定したのならば、策に長けた者を州牧として送りこみます。さらに私も南陽郡へ赴き、劉備の足元を弱めるよう、妨害工作を致しましょう」
「妨害工作というと、例えばどのような?」
「そうですな。悪い噂をばら撒いたり、反乱分子に援助をするなどは、いかがですかな」
「ふうむ……」
私の提案に、曹操さまが考えこむ。
おそらく袁紹と戦っているこの状況で、そこまでやるべきかを考えておられるのであろう。
すると郭嘉が、私の提案に賛同してくれた。
「私も程昱どのに賛成です。袁紹に対しては、私や荀彧どの、荀攸どの、そして賈詡どのがいれば対応できるでしょう。ならば劉備に対しても、早めに手を打っておくのが至当かと」
「うむ、そうかもしれんな。目先のことだけでなく、早めに手を打っておくのは、後々のために良いだろう。よかろう、劉備には討伐指示を出せ。そして程昱は、妨害工作の準備をしておくのだ」
「「「かしこまりました」」」
ふう、思ったよりも簡単に納得してもらえたな。
これも郭嘉の口添えがあったればこそだ。
あまり人間的には感心できん男だが、謀略については一級品だ。
袁紹のことは彼らに任せて、私は劉備に備えるか。
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その後、劉備は、思った以上に早く益州を攻略してしまう。
あまりに早かったため、こちらの準備が追いつかぬほどだ。
奴らは軍事に優れるだけでなく、情報の操作にも長けているようだな。
これはますます侮れなくなってきた。
私は董昭という男を益州牧に抜擢すると、彼に策を授けた。
「董昭よ。お前は益州の成都に赴き、益州牧に就任するのだ。表向きは各郡の監査などを、適当にやっておればよい。しかしその裏で劉備の情報を集め、さらに反乱分子を支援せよ。まだ不完全だが、その伝手は準備してある」
「程昱さま。そのように言われるということは、劉備には反乱の恐れがあるのですか?」
「いや、今のところ、そのような兆候はない。しかしヤツは曹操さまの敵を討伐しているように見せつつ、着々と力を増している。袁紹が片付いた暁には、激突は必至であろう」
「……そうですな。たしかに劉備は、潜在的な敵と言えましょう」
「うむ、そのような存在の芽は、早めに摘んでおくに越したことはない。私も南陽郡へ赴き、荊州での妨害工作を指揮する。その方も協力せよ」
「はっ、了解いたしました」
そうして董昭と打ち合わせを済ますと、私は南陽郡へ向かった。
南陽へたどり着くと、劉備についての最新報告を聞く。
「荊州の統治状況はどうなっている?」
「はっ、劉備は南陽を除く6郡に太守を送りこみ、大過なく統治を行っております。最近は盗賊の被害も少なく、官吏の汚職も減っていると聞きます。それどころか、豪族とも話をつけることで、税収も上向いているようです」
「むう、それほどか……豪族まで手懐けるとは、なかなかの行政手腕よ。これだけのことをやってのけるのだから、有能な配下も多いのだろうな」
「はい、元は劉表に仕えていた者から在野の者まで、幅広く人材を募っているようです。有名なところでは、陳宮、韓嵩、劉先などがおります」
「陳宮、か。曹操さまに仕えていたこともある、裏切り者だな? ヤツを内応させることはできないか?」
「いえ、陳宮をはじめとする主な家臣たちは、献身的に勤めていることで評判です。つけ込む隙は、ほとんどないかと」
「むう、ますます厄介な……」
ある程度は聞いていたが、改めて聞くと凄まじい話だ。
治安を向上させ、汚職も厳しく取り締まる。
さらに税収も改善しているからには、豪族に対して硬軟織り交ぜての対策をしているのだろう。
さらに家臣団の忠誠心も高いとは、一体どのようにやっているのか。
やはり早めに手を打っておいて、正解だったな。
劉備はいずれ、曹操さまの最大の敵になるであろう。
その認識を新たにした私は、精力的に妨害工作に取り組みはじめた。
私は多くの人材と資金を使い、荊州の各地に反乱の芽を仕込んでいった。
最初はいくらでもつけ込む余地はあると思っていたが、劉備の統治は思った以上に巧妙だった。
盗賊はほとんどいないし、豪族も巧みに懐柔されている。
異民族でさえ劉備と協定を結び、交易すら行われているのだ。
おかげで荊州の民は平和を謳歌し、劉備の治世を褒め称えているという。
恐るべし、劉備。
しかし完璧な治世などあり得ぬ。
いかな劉備とて、荊州全ての民を満足させることなどできないだろう。
私は地道に調査を続け、盗賊や豪族、さらには異民族の不満分子を探り当てた。
そして彼らに資金や兵糧の支援を行い、反乱の機運を煽ったのだ。
それと並行して、益州の董昭とも連絡を取り、益州での反乱工作も進めさせた。
益州の方ではまだまだ統治が固まっていないため、面白いように反乱が起きているようだ。
これは劉備も、相当に堪えているであろう。
クククッ、身の程しらずにも、曹操さまに歯向かおうとするからだ。
この中華に覇を唱えるお方は、曹操さまだけで十分だ。
新たな時代のために、葬ってくれるわ。




