3.窄融を吊るせ
興平元年(194年)7月 徐州 下邳
俺たちが過去に戻ってから1週間ほどで、関羽たちが窄融を捕まえてきた。
「おのれっ、無礼だろうが! すぐにこの縄をほどけ!」
「やかましい、この罪人が」
「ぐはっ」
案の定、ヤツは抵抗したそうだが、関羽のおかげでやすやすと捕縛できたらしい。
そして証拠集めに行っていた孫乾と簡雍が、たくさんの書類を抱えて説明にきた。
「劉備さま。ご指示の件、無事に終わりました」
「おお、ご苦労さん。ちゃんと証拠は見つかったようだな」
「ああ、なにしろヤツは、堂々と不正を行っていたからな」
「やっぱりか。ふてえ野郎だな」
俺が言ったとおり、窄融は下邳、広陵、彭城の3郡で、租税をちょろまかしていたそうだ。
なにしろヤツは陶謙と同郷なのを利用して、3郡の食料輸送などを任されていた。
しかし窄融はその裏で、州に納めるはずの物資をごまかし、自分の懐に収めていたって寸法なのだ。
そして自らが信仰する仏教のため、大々的な行事を行い、人を集めていた。
道理で陶謙も、州の運営に苦労するはずである。
俺は窄融を見下ろしながら、念のために訊いてみた。
「おい、素直に損害を賠償するなら、罪を減じてやってもいいぞ」
「ふざけるなっ! 私は民衆のために仏事を催したのだ。おかげで多くの民が救われ、感謝しておるわ!」
「ふ~ん。ならその命で、罪を償うんだな」
「なっ、ふざけるな。仏さまが許しはしないぞ!」
「そんなもん知るか! 連れていけ」
「はっ、おい、来るんだ」
「まっ、待て! 話を、話を聞いてくれ~!」
窄融は見苦しくあがいていたものの、兵士に引っ張っていかれた。
念のため証拠を精査して、問題なければさっさと処刑することになるだろう。
俺はここで、関羽に話しかけた。
「ところで関羽。領地の状況はどうだった?」
「うむ、ごく一部しか見れていないが、疲弊しておるな。どこも食料が足りず、難儀しているようだ」
「そうか。やっぱそうだよな」
実はこの年、中原では飢饉が発生しており、食料の値段が高騰していた。
さらに群雄たちがあちこちで争っているのもあって、混乱に拍車を掛けている。
加えてこの徐州は、少し前まで曹操の侵攻を受けていたのもあり、その状況はひどいものなのだ。
未来から若返って州牧の仕事をする中で、俺はそれを改めて思い知らされていた。
「ちょっとそのことについて、話したいことがあるんだ。また主な者を、集めてくれないか」
「かしこまりました」
俺は後を孫乾に任せ、また仕事に戻った。
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翌日になって主な者が集まると、俺は相談を切り出した。
「皆も知ってのとおり、この徐州では食料が不足している」
「はい、戦乱の影響もあって、流民も多く出ておりますな」
「ああ、そうだ。そこでこれをなんとかしたいんだが、何か提案はないだろうか?」
そう問いかけてもしばらく答えがなかったが、やがて糜竺が口を開いた。
「それでしたら、我が糜家から、食料や資金を提供いたしましょう」
「……ああ、それはありがたいんだが、もうちょっと工夫が必要だと思うんだ。そのための知恵を貸してほしい」
「はぁ、それはどのようなもので?」
この糜竺という男の家は、代々利殖に励んできたおかげで、莫大な財産を持っていた。
それこそ万を超える小作人を抱えるとも言われており、その財力で俺を支援してくれている。
しかし前生の俺は、呂布なんて裏切り者に徐州を奪われ、糜竺の期待を見事に裏切ったのだ。
今生ではもっと上手くやれるよう、俺は慎重に話を進める。
「糜家のような豪族に支援を頼むのは、必要なことだと思う。しかしあまりに借りを作りすぎるのも、後々の行動を縛ることになると思うんだ」
「ふむ、たしかに後々、見返りを求められそうですな。そこで借りるには借りるが、こちらも利益を示すことで、主導権を握りたい。そんなところですかな?」
「さすがは、関羽。俺の言いたいことはそれだ」
すかさず関羽が俺の意を汲んでくれるのが、ひどく嬉しかった。
さすがは生死を共にすると誓った義兄弟である。
すると孫乾が、俺の提案について検討を始める。
「ふうむ、豪族に示せる利というと、土地所有の追認や、税の減免などがありますな。しかしそれはそれで、将来はこちらが先細ります」
「ああ、そうなんだ。ただ豪族を肥え太らせるようなことも、なるべく避けたい」
この漢王朝は本来、農地を持つ小農民(自作農)に支えられていた。
彼らの払う税が国庫を潤し、そして彼らに課される兵役や労役によって、国が回っていたわけだ。
しかし度重なる天災や飢饉、戦乱などによって、税を払えなくなった小農民は流民となって、よそへ逃げてしまう。
その捨てられた土地や流民を吸収して、さらに豊かになったのが豪族(大土地所有者)どもだ。
これが”兼併”と呼ばれる現象で、国にとっては好ましくない。
別に豪族たちが素直に税を払っていれば、国としてはさほど問題ないのだ。
しかし多くの豪族は私有する民の数を偽り、脱税をしてしまう。
これをやられると国は税収が減るだけでなく、兵役や労役を課すべき民も把握できず、その国力は細るばかりだ。
俺も季漢王朝を興してみて、この問題には悩まされたものだ。
結局、豪族を完全に統制することは叶わず、強い国にはできなかった。
しかしこの新たな人生では、なるべくそれは避けたい。
「しかし何の見返りもなく、支援をしてくれる豪族などおりませぬぞ。無論、私は違いますが」
「そうだな。糜竺のことは信頼しているが、他人にそれを求めるのは無理だろう。そこで俺たちは、治安の良さってのを売りにしたいと思うんだ」
「治安の良さ、ですか? それは例えばどんな?」
「例えば野盗を討伐して、街道の安全を確保する。それに流民に食べ物を施して、空いてる農地をあてがうんだ。そして役人の不正にも目を光らせて、汚職を減らせばいい。さらに兵士を鍛えて、州外からの侵略に対抗できるようにする。もちろん全てがすぐにできるわけじゃないが、そうなったらいいなって社会を、提案するんだ。そのために豪族の蓄えてる食料や資金を、一時的に貸してもらって、おいおい返していけばいい。改革が上手くいけば、中には糜竺みたいに無償で援助してくれる人も、出てくるんじゃないかな」
そんな取りとめもないことを、つらつら語っていると、みんなの表情が変わっていることに気づく。
誰もが感心したような、それでいて興奮したような顔をしていた。
「この乱れた世の中に、仁政を敷こうというその志は、すばらしいと思います。私は断固、支持いたしますぞ」
「そうです。乱世だからこそ、弱い者を切り捨ててはいけないのです。ひとりひとりの力は弱くとも、それが団結すれば強い力になるでしょう」
孫乾と糜竺たちが賛同する横で、関羽が俺に問うてきた。
「うむ、儂もそれは立派なことだと思うが、それが簡単でないことも、容易に想像がつく。兄者は何をもって、それを実行するつもりかな?」
それに対し、俺は自信満々に答えた。
「ああ、それなんだが、俺には関羽と張飛っていう、無双の豪傑がついてるだろ。その武勇をもってすれば、その辺の野盗なんか、相手にもならないと思うんだ。それを取っ掛かりにすれば、案外うまくいくんじゃないかと思ってる」
「フハハ、そこまで持ち上げられると、ちとこそばゆいですな」
「俺もだぜ。だけど兄貴がそこまで頼ってくれるのは、悪い気はしねえな」
関羽と張飛は照れくさそうにしているが、その目は自信に満ちていた。
俺は手応えを感じながら、先を続ける。
「そう謙遜することもないさ。もちろんお前ら2人だけで、上手くいくはずがない。他のみんなにも、手伝ってもらうぜ」
「フフフ、なかなか人を乗せるのが、上手くなったじゃねえか」
「でもたしかに、関羽どのや張飛どのの武勇は並外れている。それは大きな強みでしょうな」
「ええ、そして我々がそれを支えれば、周囲の豪族の信頼も、得られるかもしれません」
すると他の者たちも、どんどんやる気になってきたようだ。
実際はそんなに簡単でないのだが、前生で苦労した経験が、俺に自信をもたらしていた。
その自信に任せて、俺はまとめの声を掛ける。
「そうだ。まあ、いろいろと問題は出てくるだろうが、みんなで協力すればやれないことじゃない。ここは一致団結して、州内をまとめようじゃないか」
「かしこまりました」
「うむ、腕が鳴るな」
「ヘヘヘ、やってやろうじゃねえか」
ここから俺たちの新たな挑戦が、始まったのだ。