幕間: 軍師たちの想い
【陳宮】
劉備さまからお呼び出しがあった。
それも私に魯粛、徐庶に龐統、そして諸葛亮という顔ぶれだ。
どうやら劉備さまは、益州への侵攻に先立って、今後の生き残りについての意見をお求めのようだ。
特に今の支配地を、いかにして守るかということが、ご懸念なのだろう。
為政者としてそれを考えるのは当然であろう。
それらを議論しているうちに、諸葛亮が徐州の放棄を言いだした。
彼はそれだけでなく、さらに悪辣な策を提案する。
「あらかじめ曹操に反乱するための、地下組織を仕込んでおきます」
「地下組織だぁ? そんなもんで曹操がどうにかなるのかよ?」
「もちろん、それだけでどうこうなるものではないでしょう。しかし敵の足を引っ張るぐらいはできます。その一方で我々は荊州に戦力を集中し、敵の弱点を突くのです。その際に益州が取れていれば、主力を支える後方地となってくれるので、なおいいですね」
「ああ、あくまで徐州はエサってことか」
その案はけっこう、有効であるように思えた。
しかしそれに対する劉備さまの反応は、予想外のものであった。
「それはつまり、侵略者に抵抗する組織を、事前に仕込んでおくって話だよな。やりようによってはそれが有効なのは分かる。だけどな、諸葛亮。それをやると困るのは、善良な領民じゃねえのか?」
そう言われて私も、ハッと考えさせられた。
たしかに地下組織などが暗躍すれば、それを叩き潰すために、虐殺が行われかねない。
しかも敵は徐州で大虐殺を行った、あの曹操なのだ。
どうやら私たちは効率性を求めるあまり、民の視点をおろそかにしていたようだ。
ただ民を思いやるだけでは生き残りも難しいが、民あっての国であることも忘れてはならない。
さらに驚いたことに、劉備さまは民を大事にすることを、曹操との相違点として打ち出したいと言うのだ。
う~む、一見すると甘い話のようだが、民を味方につけることには、それなりの利点もある。
民に優しいとの評判が立てば、多くの人間が集まってくるし、兵士も命懸けで戦うだろう。
その効果は馬鹿にできない。
劉備さまは目先だけでなく、将来のことも考えておられるのだな。
昔、曹操が徐州で大虐殺をやらかしたと聞いた時、私は落胆したものだ。
その結果、彼を裏切り、たどり着いた先でこのような主君を得るとは、皮肉な話である。
いずれにしろ、劉備さまにはもっと大きくなって、生き残ってもらわねばならん。
そのために足りない部分は、我々が全力でお支えしようではないか。
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【魯粛】
劉備さまから急に呼び出されたら、今後の生き残りについて助言が欲しいとのことだった。
しかしそれはなんでもいいわけではなく、民を思いやる姿勢を示すと言うのだ。
なんと甘いことを、と呆れていたら、その裏には曹操との違いを打ち出す狙いがあるという。
フフフ、良い、良いな。
一見、甘いだけのように見せながら、しっかりと実利を取ることを忘れない。
この乱世を生き残るには、そうした計算ができねばならないのだ。
それでいて劉備さまには、関羽どのや張飛どのをはじめとする豪傑を、引きつけてやまない魅力がある。
私も仕えていて楽しいわい。
それに劉備さまは常々、天子さまを支えて聖漢を盛りたてると言っておるが、あれも方便であろう。
そうでも言わないと、不敬であると思ってしまう輩は多いからな。
もちろん私にそんな考えは、欠片もない。
いずれ腹を割って、じっくりと話し合いたいものだな。
そのためにも、しばらくは全力でお支えして、信頼を得ることにしよう。
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【徐庶】
今日、劉備さまから相談を受けた。
私だけでなく、陳宮さまや魯粛どの、龐統や諸葛亮も一緒だったが、今後の生き残りについて意見を求められたのだ。
そこで諸葛亮が出した案は、決して悪くないと思ったのだが、劉備さまからはお叱りを受けてしまう。
地下組織なんか作ったら、それを潰そうとする敵に、無実の民が襲われると言うのだ。
悲しいことに、この乱世ではそれを否定できない。
そんなことにすら気がつけないとは、私も鈍っているな。
以前は任侠を気取って、裏の世界に身をおいたこともある。
しかしそんな時でも筋の通らないことはしなかったし、堅気に戻ったのも、民のために働こうと思ってのことだ。
そんな私が、自分たちの争いに民を巻きこむようなことを考えていたとは。
しかも劉備さまの凄いところは、ただ甘い考えからそれを言いだしたのではないことだ。
自身が民を守る支配者であることを喧伝し、曹操との違いを打ち出したいとおっしゃられるのだ。
ただ理想を語るのではなく、それを為すための手段も考えておられる。
なんとも頼もしいお方ではないか。
もちろん、そのおかげでいろいろな制約も受けるだろうが、誰に恥じることもなく、胸を張って生きられる。
昔から”お天道様に顔向けできないようなことはするな”、と言い続けてきた母上の教えにも、背くことはない。
よし、決めた。
俺は劉備さまに一生を捧げるぞ。
そして一緒に理想を成し遂げるんだ。
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【龐統】
まったく、劉備さまには困ったもんだなぁ。
生き残るための方策を出せっていうから、諸葛亮が徐州の放棄と、曹操に抵抗する地下組織を作るよう進言したのに、それじゃダメだって言うんだ。
そんなことしたら、反乱軍の討伐にかこつけて、無辜の民が犠牲になるってな。
最初は何を甘いことを、と思ったもんだ。
だけどあのお方は、ただ甘いだけじゃなかった。
自身が民を守る領主だという評判を押し出して、曹操との差別化を図るってんだ。
ああ、その手があったか。
たしかに曹操は徐州で大虐殺をやらかしたって話だから、その逆で民に優しい支配者ってのは悪くない。
劉備さまの下でなら、より多くの人が幸せに暮らせるっていう噂が、広めやすいからな。
まさに仁義の君主ってわけだ。
もちろん、そんなことを前面に打ち出したら、様々な制約を受けるだろう。
まずは生き残ろうってのに、贅沢な話だねえ。
だけど劉備さまなら、なんとかしちまいそうなんだよな。
ご自身が戦略眼に優れ、政務能力も高い。
それ以上に優秀な人材を見抜き、次々と配下にしている。
特に武官を惹きつける力ときたら、異常だよな。
関羽や張飛、張遼に太史慈、甘寧、趙雲なんていう無双の勇士たちが、軒並み忠誠を誓っているんだから。
そんなお方が民をも味方につければ、新たな王朝すら打ち立てられるかもしれねえな。
やべえ、すげえ無謀そうなのに、どんどんやりたくなってくる。
これも劉備さまの、魔力かねえ。
いっちょ、この命、懸けてみようじゃねえか。
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【諸葛亮】
今日の会合で、劉備さまに叱られてしまった。
良かれと思って進言した策が、逆鱗に触れてしまったらしい。
まさか劉備さまが、あれほど民を大事にするとは。
いや、そんなことは分かっていた話だ。
劉表に送りこまれた豫章郡で、明日の命も危ぶまれていた叔父を、救ってくれたお方なのだから。
あの日から私は勉学に励み、劉備さまにお仕えしようと、努力してきた。
ただ書物を読むだけでなく、中原の各地を歩き回り、見識を高めてきたつもりだ。
そして見事に仕官が叶い、直接に意見を求められるようになって、少し浮かれていたのだろう。
それでここぞとばかりに、徐州の放棄と地下組織の構築を進言したのだ。
その結果が、民を犠牲にすることへのお叱りだった。
しかし話はそこで終わらなかった。
劉備さま自身、甘いことだけで生き残れないのは百も承知。
そのうえで民を思いやる君主として、曹操との違いを打ち出したいとの仰せだ。
そのための方策を1人で思いつかないなら、みんなで考えようとおっしゃった。
実際に龐統どのが修正案を出すことで、より現実的な策に仕上がっている。
そして私は諜報網の構築を任され、徐庶どのが義勇軍の旗頭を探し、龐統どのは撤退案の計画をすることになった。
なるほど、それぞれに得意なことをすれば、より良い成果が出そうだな。
さらにそれが民のためにもなるなら、やりがいがあるというものだ。
まさか私が、こんなに甘い夢物語を追うようになろうとは。
しかし気分は悪くない。
願わくば、この心持ちをずっと、保ち続けたいものだ。




