18.また集う人材
建安4年(199年)7月 荊州 南郡 襄陽
襄陽で劉表を降伏させた俺は、さっそく重臣たちを集めて今後の方策を練っていた。
「まずやることは、この南郡と武陵郡の治安回復と、民心の慰撫だ。これによって荊州の大半を、俺の支配地として安定させたい」
「ふむ、当然のことですな。しかし司空閣下(曹操)が、それを認めましょうや?」
「ああ、その懸念はあるな。だが曹操は今、袁紹との緊張が高まってる。そんな状況で背後の荊州に、火種は抱えたくないだろう。配下を荊州牧として送りこむぐらいはやっても、俺の支配地を奪うまではしないはずだ。そうだろう? 魯粛」
そう魯粛に問えば、彼は大きくうなずく。
「はい、おそらく袁紹との対立が片付くまでは、そうなるでしょう。その後はまた、分かりませんが」
「そうだ。そして曹操にしろ袁紹にしろ、勝った方は中原の大半を手に入れることになる。そうなると次に目が向くのは、この華南だろうな。そして勝つ可能性が高いのは、曹操だと思う」
俺がそう言ってのけると、太史慈と甘寧が疑問の声を上げる。
「待ってください。曹操は味方なのだから、そんな心配は無用ではないのですか?」
「そうです。劉備さまのおかげで、曹操は助かってる面もある。話し合いで、なんとかなるでしょう」
そこで陳宮に視線を向けると、彼が代わりに説明をしてくれた。
「残念ながら、劉備さまは味方にしておくには、強くなりすぎました。袁紹と対峙している今はまだしも、その後は力を削ごうとしてくるでしょう」
「いや、だからって戦争になるとは、限らないんじゃないですか? 味方同士で争っていたら、いつまでたっても平和にならない」
納得しない太史慈に、今度は魯粛が口を開く。
「実際、すぐに戦いにはならないでしょう。しかし曹操が袁紹を完全に打ち負かせば、その勢力は飛び抜けたものになります。そんな時に、華南で3州に渡って勢力を張る劉備さまがいれば、どう思いますかな?」
「むう……言われてみればそうか。いつ寝首をかかれるかと、心配だろうな」
「たしかに。先々のことを考えれば、信用はできない、か」
魯粛や陳宮に言われ、甘寧や太史慈も認識を新たにしたようだ。
そこで俺は、先を続ける。
「ま、そういうことだ。そこで俺は、早急にこの荊州の統治を固めて、戦力を高めなきゃならん。そのためにはまず、人材の確保だな」
「人材ですか。たしかに荊州には中原の混乱を避けて、多くの人々が流れてきています。それに劉表に仕えていた者の中にも、優秀な者は多いでしょうな」
「ああ、そうだ。まずは劉表の配下に声を掛けつつ、広く人材を募りたいと思う。その辺を陳宮に取り仕切ってほしいんだが、頼めるか?」
「たしかに政務の立て直しは急務ですからな。私にお任せください」
陳宮が快く引き受ける横で、魯粛が俺に問う。
「私は何をすればよいのですか?」
「ああ、魯粛には徐州でやってもらったことと同じだ。商業を活性化させつつ、貨幣経済を回してほしい」
「ホホホ、やはりですか。まあ、多少は慣れてきましたから、問題はないと思いますが」
「ああ、頼む。それとお前たちだが……」
そう言って関羽たちを見やると、彼らが期待の目を向けてくる。
「関羽には南郡、張飛には武陵郡の軍を再編してほしい。そのうえでまずは盗賊退治だな。そして太史慈は江夏と長沙を、甘寧は零陵と桂陽を巡回して、治安を保ってくれ。ついでに豪族への睨みも頼むぞ」
「フハハ、お任せあれ」
「ああ、武陵は任せてくんな」
「江夏と長沙とは、また範囲が広いですな」
「うえ~、俺が一番遠いじゃねえかよ」
4者4様だが、それなりにやる気はあるようだ。
今はまず、足元を固めねばならないので、彼らにはがんばってほしい。
当然、これだけでは人手が足りないので、早急に人材を確保しないとならない。
まずは劉表の元配下に、声を掛けてみるか。
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「韓嵩 徳高にございます。以後、よろしくお願いいたします」
「劉先 始宗と申します。精一杯、務めさせていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
とりあえず韓嵩と劉先が、俺に仕えてくれることになった。
韓嵩とは降伏交渉ですでに顔見知りだったせいか、素直に仕官してくれた。
劉先も韓嵩の助言で、俺に仕える気になったらしい。
ただし、劉表の重臣だった蒯良、蒯越、蔡瑁の3人には断られた。
彼らはいずれ曹操から派遣されてくるだろう、荊州牧に仕えたいそうだ。
どうせ俺の出自が気に入らないとか、そんなこと言ってるんだろうな。
彼らの能力は惜しいが、まあ仕方ない。
韓嵩と劉先が仕えてくれただけで、良しとしよう。
ちなみに韓嵩が46歳で、劉先は40歳の、それぞれ優秀な文官だ。
まずは彼らを中心に、荊州の統治機構を建て直すことになるだろう。
それから前生で縁のあった者たちも、探し出して声を掛けてみた。
なにしろこの襄陽周辺には、有能な人材が集中しているからな。
そしたら期待どおり、続々と仕官してきてくれた。
「黄忠 漢升です。わざわざ私のような者にお声がけいただき、光栄の至り」
「魏延 文長です。がんばります」
「尚郎 巨達と申します。荊州の安寧のため、業務に精励いたしたいと存じます」
「伊籍 機伯にございます。劉備さまの善政については聞き及んでおります。私にもそのお手伝いをさせていただきたく」
「ああ、よろしく頼むぞ」
まずは黄忠、魏延、尚郎、伊籍が来てくれた。
4人とも前生で、俺に仕えてくれた男たちだ。
ちなみにそれぞれの年齢は、52歳、25歳、33歳、38歳になる。
黄忠と魏延は屈強な武官であり、尚郎と伊籍は有能な文官だ。
前生では季漢王朝を共に立ち上げた、大事な臣下である。
そんな彼らを久しぶりに見たら、思わずウルッと来ちまった。
やはり彼らとは、縁があるというか、相性がいいんだろうな。
ほとんど二つ返事で承知してくれたのは、幸いだった。
これで荊州の統治も、ずいぶんと楽になるだろう。
それからちょっと変わったところで、こんな人にも声を掛けてみた。
「張機 仲景にございます。医道を世に広めたいとの、劉備さまのお申し出、誠にありがたく」
彼は南陽郡出身の官吏であると同時に、この時代で一、二を争うほどのお医者さんである。
俺は常々、この華南は、なんて過酷な土地なんだろうと思っていた。
気候は温かいのに、さまざまな疫病や風土病が、うじゃうじゃ発生している。
おかげで長江流域では、若くして亡くなる人も多く、何か対策が必要じゃないかと考えていた。
そんな時に思い出したのが、張機である。
彼は後に長沙の大守になるほどの人物で、医術にも優れてるって噂を聞いたことがあったのだ。
そこで南陽へ人をやって探したら、見事に仕官に応じてくれたってわけだ。
俺が金を出すから、ジャンジャン弟子を育てて、領地に医道を広めてくれと言ったら、喜んで来てくれた。
順調に医道が広まれば、臣下や領民がより長生きできるかもしれねえな。
それから前生で世話になった龐統や徐庶にも、声を掛けてみた。
しかしあいつらはまだ官吏じゃないせいか、仕官は辞退される。
ただしまったく脈が無いわけでもないらしく、俺が善政をしけば、改めて仕官してくるかもしれない。
そのためにも、荊州の統治をがんばらなきゃな。
他にもまだガキだけど、馬良や馬謖、蔣琬や劉巴にも、すでに目をつけている。
優秀なのは分かってるから、いずれ声を掛けるつもりだ。
ああ、そういえば諸葛亮が、もう18歳になってるな。
そろそろあいつにも声を掛けて、確保しとこうかね。
黄忠たち4人はまとめて書いてますが、実際にはバラバラに仕官してます。
そんな都合よく集まらないですから。w




