幕間: 孫策と周瑜
俺の名は孫策 伯符。
前の長沙大守であり、破慮将軍にもなった孫堅の長男だ。
親父は腕一本で成り上がった、凄い男だったんだぜ。
あいにくと劉表との戦で、おっ死んじまったけどな。
だけど男として生を受けたからには、あんなふうに成り上がりたいもんだ。
幸か不幸か、董卓のおかげで漢王朝は混乱している。
これなら俺にも好機が巡ってくるんじゃないかと思い、戦いに身を投じることにした。
とはいえ、親父亡き今の俺には、大したコネも軍勢もありはしない。
そこで親父が世話になってた、袁術を頼ることにした。
幸いにも袁術は俺を気に入ってくれて、その配下として働きはじめたんだ。
俺は九江や廬江なんかでバリバリと戦って、戦功を積み上げた。
あいにくと袁術は、それらしいことを言いながらも、重職を任せてはくれないんだけどな。
それならってんで、今度は呉景おじさんや孫賁兄さんと一緒に、江東を攻めることにした。
ついでに親友の周瑜まで駆けつけてくれたんで、俺は勇気百倍だ。
いろいろと策をめぐらして、揚州牧の劉繇を追いこんでいった。
やがて丹陽の北部から敵を追い出して、呉郡を攻めようとした。
そしたら劉繇のヤツ、あっさりと逃げ出しやがったんだぜ。
まったく、拍子抜けするな。
「ハハハ、皇族の末裔とか言いながら、さっさと逃げ出すなんて、笑っちゃうな」
「たしかにそうだけど、気をつけた方がいい。噂によると、徐州に逃げたらしいからね」
「揚州のどこかならまだしも、隣の州に逃げたんだぜ。余計に恐れる必要はねえと思うけどな」
「いや、徐州に逃げたってことは、劉備が後ろ盾になった可能性が高いんだ。むしろ厄介になってると思うよ」
「劉備? そんなヤツ、棚ボタで徐州牧になっただけで、大したことないって噂だぜ」
「いいや、彼が州牧になってから、徐州は安定しつつあるんだ。大したことないはずがない」
「ほ~ん、そんなもんかねえ」
俺が劉繇を嘲笑っていたら、周瑜に注意された。
それも劉繇の味方に、劉備が付いたからだってんだ。
たしかに隣の州牧が後ろ盾となれば、油断はできないかな。
しかしこっちは破竹の勢いで勝ち進んでるんだ。
このまま一気に、呉郡も制圧してやろうじゃないか。
その後、順調に呉郡を制圧していたら、丹陽との連絡が途絶えた。
「大変ですぞ、孫策さま。丹陽郡の北部が劉繇に奪われました」
「なんだと?! どこからそんな兵力が出てきたんだよ」
「おそらく、徐州かと」
「マジか? 劉備はそこまでするのかよ……」
「そればかりではありませんぞ。劉備が寿春に向けて、進軍を開始したとの噂も入っております」
それを聞いて俺は、愕然とした。
劉備の企みが見えたのだ。
「くそ、そういうことか。劉繇に丹陽を取らせておいて、自分は九江郡を制圧するつもりなんだ」
「はい、どうされますか? ただちに全軍を、九江郡へ向けましょうか」
「……いや、それは悪手だ。下手をすると周辺の豪族が、一気に敵に回りかねない。俺たちは呉郡の制圧を優先しつつ、丹陽の様子を探ろう。偵察を出してくれ」
「かしこまりました」
こうして俺たちは、呉郡の攻略を進めながら、丹陽郡の様子を探った。
すると案の定、劉繇は守りを固め、俺たちを待ち構えているという。
しかも軍の指揮を執っているのは、偵察中にやり合ったことのある太史慈だってんだ。
「なんで太史慈が指揮を執ってるんだ?」
「分かりません。しかしこの者、かなりの強者らしく、丹陽の攻略にも大きく貢献している模様です」
「チッ、これじゃあ、袁術さまの援軍は期待できねえし、呉郡の制圧にも集中できないな」
「はい、当面は守りを固めつつ、丹陽の隙をうかがうしかないかと」
「くそっ、こんな形で邪魔をされるとはな……」
その後、袁術から援軍要請がきたが、とてもそんな余裕はなかった。
そのまま丹陽を攻めあぐねていると、とうとう寿春が落ちたという話が伝わってくる。
馬鹿な、袁術が負けたってのか?
さらにさほど間をおかず、思わぬ来訪者があった。
「周瑜、袁術さまは本当に負けちまったのか?」
「ああ、寿春は劉備さまの軍に落とされ、袁術さまは冀州へ落ち延びたそうだ」
「そうか……ということは、俺にも降伏しろって話か?」
すると周瑜はニコリと笑いながら、予想外のことを告げる。
「フフフ、そうじゃないんだ。劉備さまは、君と劉繇の和解を取り持ちたいと言うんだ。私はそのための使者さ」
「お、俺と劉繇の和解だと? そんなこと、できるのかよ?」
「ああ、それだけじゃない。劉備さまは君が条件を飲めば、将軍に上奏してくれると言うんだ。しかも呉郡の統治まで、任せてくれるそうだ」
「俺が将軍!……なあ、俺はからかわれてるのか?」
あまりに都合の良い話に、俺は周瑜を問いただす。
しかし周瑜は真面目な顔で、それを否定した。
「たしかに信じられないかもしれないけど、これは本当のことなんだ。どうやら君の武勇を、けっこう買ってくれてるみたいだね」
「そ、そうなのか? そう言われると、悪い気はしねえな」
結局、俺は劉備の提案に乗る形で、話を進めた。
そしたら本当に劉繇との和解が成立し、俺は明漢将軍に任命される。
さらに配下の朱治が呉郡太守になることで、呉の支配権も手に入れた。
ちょっと信じられないような厚遇である。
「これで俺も、親父と似たような地位になったわけだ。そして俺はまだまだ若いから、これ以上もあるよな」
「ああ、だけどそのためには、いろいろと勉強したり、力も蓄えなければね」
「そうだな。今後もよろしく頼むぜ、相棒」
「フフフ、もちろんさ」
その後は呉郡の支配者として、全力で仕事に取り組んだ。
しかしそれは思った以上に、大変なことでもあった。
戸籍の管理に税の徴収。
兵力の増強に治安の維持と、やることはてんこ盛りだ。
それなのに人手がまるで足りなくて、俺たちは休む暇もない。
「だ~~っ! なんでこんなに人手が足りねえんだよ?!」
「それは君にも、分かってるだろ。今は地道に実績を挙げて、名士の信頼を得るしかないのさ」
「それは分かってるけどよう……」
くそう、失敗したなぁ。
今の俺は、廬江で陸康を死なせたせいで、名家にそっぽを向かれちまってるんだ。
まさか過去の行いが、こんな形で降り掛かってくるとは。
まったく、悪いことはできねえもんだ。
しかしここは堪えて、地道にやるしかないな。
そしていずれは……
そう考えてまじめに仕事をしていたら、思わぬ話が耳に入ってきた。
「劉備が江夏郡を制圧しただと?!」
「それだけじゃないよ。事実上、長沙や零陵、桂陽も傘下に入ってるらしいんだ」
「マジかよ! 大躍進じゃねえか」
徐州牧の劉備が、荊州に攻め入ったとは聞いていた。
その際、援軍を申し出てはみたんだが、丁重に断られた。
しかし江夏郡には黄祖って武将がいて、そう簡単には落とせないはずだったんだ。
だからいずれ援軍要請がくると思ってたのに、わりと短期間で制圧しちまったという。
しかも長沙や零陵、桂陽まで手に入れただと?
くそっ、うらやましいじゃねえか。
「おい、周瑜。俺はどうすればいい?」
「基本的には今までと変わらないさ。だけど兵力の増強に注力して、曹操に接触を持とうか」
「そんなんで、どうにかなるのかよ?」
「たぶん中原では、いずれ大きな戦いが起きる。そこに加勢して、見返りを得るのさ。たとえば江東での利権とか、軍事的な指揮権とかね」
「なるほど。そいつは可能性がありそうだな。よし、さっそく取り掛かろうぜ」
「フフフ、やる気になってくれて、よかったよ」
ああ、そうだ。
俺にだってやれるってことを、見せてやろうじゃねえか。
腕が鳴るぜ。




