10.揚州の混乱、終結す
建安元年(196年)9月 徐州 広陵郡 広陵
寿春で袁術が降伏すると、九江郡の諸勢力はバタバタと俺になびいてきた。
さらに廬江郡へも軍を進めると、こちらも次々と恭順の意を示す。
それでも晥城の劉勲など、一部の袁術派勢力が抵抗していたが、それも徐々に制圧が進んでいた。
そんな中、俺はある人物を廬江郡から招いて、広陵で対談していた。
「周瑜 公瑾と申します」
「劉備 玄徳だ。よく来てくれたな」
「いえ、劉備将軍のお呼びとあらば、何ほどのこともありません」
そう言ってかしこまってみせるのは、周瑜 公瑾。
廬江周家の俊才として名高く、孫策の親友としても知られる男だ。
まだ22歳と若いが、その容貌は実に見目麗しく、体も引き締まっている。
それだけでなく、弁が立ちそうな才気も感じられる美青年だ。
彼は孫策と一緒に江東を攻略していたものの、袁術に呼び出されて江北へ帰っていた。
そして俺と袁術の戦いのドサクサにまぎれて、故郷の舒県へ避難していたところを、呼び出したという寸法だ。
「ところで将軍は、孫策との仲立ちを私にお望みと聞きました。それは一体、どのようなものになりましょうか?」
「うむ、それなのだがな。孫策どのと俺で、同盟を結びたいと思うのだ」
「同盟、ですか? しかし孫策は劉繇どのと戦っていました。劉繇どのと同盟を組む劉備将軍と、協力ができましょうか?」
周瑜はこちらを探るように、疑問を投げかける。
そんな彼に、俺は朗らかに笑ってみせた。
「フハハ、孫策どのが戦っていたのは、盟主だった袁術の指示であろう? 袁術が去った今、協力できないこともないと思うがな。そして劉繇どのは、俺が説得する」
「それはそうでしょうが、精神的なしこりもありますし……」
「だからこそ、この俺が間に入るのだ。当事者同士だけでは、いつまでも争いが止まらぬからな」
「たしかに、それはありますね」
周瑜はしばし考えた後、条件を問う。
「仮に、もしも仮に同盟に応じるとしたら、どのような見返りがありましょうか?」
「そうだな。すでに孫策どのは、呉郡を制圧しつつあると聞く。ならば孫策どのを将軍に推薦し、誰か信頼のおける者を呉郡太守として、上奏しようではないか」
「それは、ずいぶんと孫策を高く買ってくれるのですね?」
「当然だ。孫策どのは前の破虜将軍 孫堅どのの息子であり、実際にその武略も大したものだと聞く。ぜひ味方につけたいと思っているのだ」
すると周瑜が苦笑しつつ、訊ねてきた。
「ずいぶんとはっきり言うのですね?」
「ああ、こういうことは取り繕っても、仕方ない。貴殿のように優秀な者に詭弁を並べても、ウソ臭いだけだろう」
「私などに対しても高い評価をいただき、光栄です。ところで将軍は、孫策と同盟した後は、どのように動くおつもりでしょうか?」
「そうだな……まずは揚州を安定させたら、荊州に兵を進めるかもしれんな」
「荊州、つまり劉表を討つとおっしゃるのですか?」
「そうだ。劉表は私の盟友である曹操どのと、敵対しておるからな。いずれ対立する可能性は、高いと思っている」
「なるほど……」
周瑜がうなずきながら、またしばし考えこむ。
やがて思い切ったように顔を上げ、提案を持ち出してきた。
「もし、もし孫策が望んだ場合、荊州攻略に参加することは可能でしょうか?」
「ふむ……それは状況次第だな。たしかに援軍がもらえるのはありがたいが、孫策どのとそこまで信頼関係が築けるかは、また別の問題だしな」
「それは当然です。しかし我々も、このまま呉郡だけで終わるつもりもありません。将軍が動かれる時には、ぜひ我々の存在も思い出していただきたいと存じます」
「確約はできないが、考えておこう」
「よろしくお願いします」
その後、細かい話をすると、周瑜は去っていった。
彼はすぐにでも呉郡へ行って、孫策を説得するそうだ。
上手いこと説得してもらいたいものだ。
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建安元年(196年)10月 揚州 丹陽郡 秣陵
その後、周瑜の努力により、俺を介した劉繇と孫策の和解が成った。
そして丹陽郡の秣陵において、俺たちは顔を合わせることとなる。
「揚州牧を務める劉繇 正礼である」
「徐州牧の劉備 玄徳です」
「今は呉郡をあずかっております、孫策 伯符と申します」
れっきとした皇族の末裔であり、最年長でもある劉繇を立てる形で、皆があいさつをする。
劉繇は40歳過ぎの男性で、それなりの貫禄を漂わせていた。
一方の孫策は周瑜と同じ22歳で、屈強そうな体躯に涼やかな容貌を併せ持つ好青年だ。
劉繇はそんな孫策を睨めつけながらも、現実的な言葉を吐いた。
「一度は敵対したが、今までのことは水に流そう。貴殿のような戦上手が味方であれば、盗賊の討伐も進むであろうからな」
「ははっ、お任せください。見事、呉郡に平和をもたらしてみせましょう。他の郡についても、必要とあらば駆けつけます」
「うむ、期待しておるぞ」
そんな話をしているところに、俺は隙を見て割りこんだ。
「そういえば豫章郡は、前の太守 周術どのが亡くなってから、混乱していると聞きます。劉繇さまはどうされるのですか?」
「うむ、豫章では朝廷から太守に任じられた朱皓と、劉表が送りこんだ諸葛玄が争っている。当然のことながら、朱皓に正当性があるので、諸葛玄には降伏するよう呼びかけているのだ。しかし現地はかなり混乱しているようで、思うように話が進んでおらん」
ちょうどこの頃、豫章郡では太守が亡くなり、劉表と朝廷がそれぞれ後任を送りこんでいた。
前生だとここで劉繇が朱皓の側に立ち、劉表側の諸葛玄を殺害してしまう。
この諸葛玄こそが前生の軍師 諸葛亮の叔父なのだ。
若くして父も叔父も失った諸葛亮はその後、荊州の僻地でひっそりと暮らすようになる。
しかし今なら叔父の諸葛玄を助けることも可能だと思い、俺は劉繇に提案を持ちかけた。
「その件ですが、私にお任せいただけないでしょうか。実は諸葛玄どのは、我が徐州の出身なのです。なんとか説得して、私の下で働いてもらおうと思います」
「おお、そういえばそうだったな。しかしどうやって説得するのだ?」
「私の手の者を送り、徐州に招きたいと伝えます。こうして劉繇さまの下、揚州がまとまったことを説明すれば、応じてくれる可能性は高いかと。ついては劉繇さまにも、諸葛玄どのの命を保証する旨、一筆したためていただけると助かるのですが」
「ふむ、それぐらいで豫章の混乱が収まるのであれば、造作もない。後ほど、書状を用意しようではないか」
「ありがとうございます」
よし、これで諸葛玄たちを助けられそうだ。
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劉繇の協力を取り付けると、俺はただちに孫乾に書状を預け、豫章郡へ送り出した。
そして孫乾は無事、諸葛玄に渡りをつけると、直に会って俺の意を伝える。
すると諸葛玄もこの状況にはほとほと困っていたらしく、諸手を上げて歓迎された。
結局、彼は俺の提案に飛びつき、徐州の官吏として働くこととなる。
前生では殺されてしまった彼を救えて、本当に良かった。
そして諸葛亮とその弟 諸葛均も徐州へ戻ることとなり、将来の仕官が期待できる。
今は諸葛亮でさえ、まだ16歳だからな。
もう少し経験を積ませてから、誘おうと思っている。
その時が楽しみだ。
こうして豫章郡の騒動が収まると、揚州はずいぶんと静かになった。
これは揚州牧の劉繇を、俺と孫策が支持したため、豫章郡の朱皓と会稽郡の王朗も、その体制に相乗りすることで、州内が落ち着いたからだ。
当面は各郡とも、治安の回復に努めることになるだろう。
その後のことはまだ分からないが、揚州の混乱はここに終結したのだった。
こうして劉備は新たに2郡を手に入れ、揚州の平和も実現しました。
さらに諸葛一家も回収するなんて、あまりにも出来過ぎ?
まあ、ご都合主義ですから。w




