幕間: 張遼は真の主君を見出す
俺の名は張遼 文遠。
并州生まれの武骨者よ。
元々は并州刺史の丁原さまに見出され、洛陽へ出てきていた。
しかし丁原さまは董卓に殺され、さらに董卓は呂布に殺されと、次々に主君を失ってしまう。
その度に主君を討った者に臣従を強いられ、不承不承ながらも従ってきた。
董卓も気に入らなかったが、上司を2回も暗殺した呂布は、なお気に入らなかった。
しかし呂布は剛力無双の勇士であり、その武力だけは認めざるを得ない。
強者に従うのが当たり前の并州士人としては、臣従するしかなかったのだ。
ところが穴だらけの謀略で権力を握ったはいいが、呂布は早々に長安を追い出されてしまう。
その後は平原の名士を頼って放浪する毎日よ。
その間に何度、呂布の下から逃げ出そうと考えたことか。
しかし彼の強引な統率力と、不思議な魅力に繋ぎ止められていた俺たちは、その後も漫然と行動を共にしていた。
そしてとうとう兗州を曹操から奪い、多少は落ち着けるかと思ったのだが甘かった。
徐州から取って返した曹操によって、徐々に状況をひっくり返されたからだ。
結局、兗州を追い出された俺たちは、今度は徐州に劉備を頼った。
しかしあちこちで裏切りを繰り返してきた俺たちが、温かく迎えられるはずもない。
「劉備 玄徳です。兗州からご苦労さまですが、あいにくと私は曹操どのと味方の関係にある。貴殿を迎え入れるわけには、まいりませんな」
ついこの間まで曹操と戦っていたはずの劉備が、いつの間にか曹操と味方関係にあると言う。
しかし面の皮の厚い呂布は、なんとかひと晩の宿と食事を勝ち取った。
さすが、転んでもただでは起きぬ男だ。
その後、兗州の情報を提供してから、俺たちは酒と温かい飯にありついた。
「いや~、久しぶりに温かい飯を食えるのは嬉しいな。酒も美味い」
「ああ、さらに屋根の下で眠れるんだから、劉備さまさまだぜ」
「これがもうちょっと、長居できると最高なんだがな」
「ぜいたく言うなって」
「ハハハハハ」
仲間たちとそんなことを言い合っていると、呂布が劉備に近づいていくのが目に入った。
本来なら真っ先にそれを止めるべき関羽も、高順にまとわりつかれてまだ気づいていない。
まさか……
「ぐっ、何をする?!」
「ヘヘヘ、ケガしたくなかったら、おとなしくしな!」
呂布の野郎、やりやがった。
せっかく俺たちをもてなしてくれた劉備を、人質に取ったんだ。
「何が目的だ?!」
「さあな。さすがに俺もこのまま、徐州牧に成り代われるとは思っちゃいねえ。最終的には金や食料で、手を打つかもな。だけどすげなく俺の願いを断った劉備ちゃんには、お灸をすえなきゃなぁ」
馬鹿な!
そんなことをして、ただで済むと思うのか?
仮に逃げられたとしても、武人としての名誉は地に落ちる。
やがては誰も、俺たちのことを受け入れてくれなくなるぞ。
俺は呂布を止めようと思ったのだが、その前に劉備の配下が呂布の脅しに屈し、武器を捨ててしまう。
すると俺の仲間の何人かが、その武器を取って呂布に協力しようと動いた。
くっ、俺はどうすればいい?
こんな恥知らずなことはしたくないが、仲間に敵視されるのも避けたい。
そんな迷いで動けずにいると、あっという間に状況がひっくり返った。
「ぐあっ!」
「この野郎! みんな、武器を取れ!」
どこからか飛んできた矢が呂布に命中し、劉備が拘束を逃れたのだ。
その後はあれよあれよという間に、呂布が捕縛され、仲間たちも降参する。
結局その間、俺はほとんど動けないままだった。
情けない。
恩人に義理を立てきることも、仲間を守りきることもできなかった。
なんと中途半端なのだろうか、俺は。
その翌日、呂布と主だった配下は処刑されたのに、なぜか俺と陣宮どのだけが残される。
そして劉備みずから、俺たちを誘ってきたのだ。
もし俺たちが心を入れ替えて仕えるなら、それを受け入れる用意がある、と。
なんだ?
なぜこの人は、俺をこんなにも買ってくれる?
たしかに腕に覚えがないでもないが、この短期間でそれを知るはずもないのに。
しかも彼は陣宮どのの厭世的な言葉に対し、堂々と反論したのだ。
「そのようなこと、やりもしないうちから諦めていては、何もできぬだろう。それに昔に戻せぬならば、新しい体制を作るのも、またひとつの道だと思うぞ」
「ほう、新たな王朝を築きますか?」
「さあな、それは状況しだいだ」
うらやましい。
こんなにも前向きに、自らの道を切り開こうとしているだなんて。
流されてきただけの俺とは、大違いだ。
よし、決めた。
俺は劉備さまの下で、新たな人生を切り開くぞ。
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その後、徐州で任務に精励していると、やがて袁術が攻めてきた。
しかしそれは一方的に攻められたのではなく、寿春に噂を流して、引き寄せたというのだ。
なんとまあ、見かけによらず悪辣な策を使うのだな。
だがこの乱世で生き残るには、それぐらいでないといけないのかもしれん。
そして俺は関羽どのと一緒に、袁術の撃退に向かった。
劉備さまも同道はしているのだが、兵の指揮は俺と関羽どのに任せると言う。
たしかに関羽どのは歴戦の風格ただよう武人だから、そうするのも分からんではないが、そこまで信頼できるものか?
とにかく俺は、足を引っ張らんようにしないとな。
幸いにも袁術軍はさほど精強でもなく、数に劣る我が軍でも十分に戦えた。
さらに関羽どのが敵の主将格を討ち取ったことで、あっけなく敗走する。
関羽どのほどではないが、俺もいい仕事ができたと思う。
そう思っていたら、劉備さまに褒められた。
「よう、張遼。お前、本当にすげえな。部隊が手足のように動いてたし、関羽との連携もよかった。察するに、戦場の流れがよく見えてるんだろうな」
「いえ、それほどでも。それに関羽どのに比べれば、まだまだですよ」
「そう謙遜するなって。これからも期待してるから、がんばってくれよ」
「はっ、ありがとうございます」
劉備さまはそう言って、上機嫌で去っていった。
あんな風に正面から褒められるなんて、初めてだな。
それにすごく気分がいい。
やはり彼こそ、真の主君たりうる存在、なのかな。
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その後、しばらくは東城の守りを任されていたが、とうとう袁術を攻める日がやってきた。
しかも揚州牧の劉繇どのを巻きこんで、江東の敵を押さえようとしていると聞く。
見事な戦術眼だ。
そして俺は関羽どの、張飛どのと一緒に、寿春へ侵攻だ。
劉備さまの作戦が効いていて、途中の邪魔もほとんどない。
逆に袁術は兵が集まらず、早々に城に籠もっていた。
「やはり城に籠もったか。しかしこれでは、時間が掛かりそうですね」
「いや、それほどでもないだろう。江東の手勢とは分断できるだろうし、この辺の豪族も様子見をしているからな」
「ああ、揚州牧を味方につけたうえで、この辺では噂をばらまいてるそうですね」
「うむ、おかげでずいぶんと有利になった。援軍が来ないことを知れば、城内の士気はさらに落ちるだろう」
「見事な計略ですね。戦う前から、敵の戦力を減らしている。さすがは劉備さまだ」
そんなことを関羽どのと話していると、張飛どのが異を唱えた。
「そんな大したもんじゃないって。兄貴は思いつきを口にしてるだけで、それを実行してるのは陣宮とか魯粛だからな」
「いや、それでも凄いですよ。それを為せる人材を登用して、上手く使いこなしているということですからね」
「え~? そうかぁ?」
なぜか否定気味な張飛どのに、思わず笑いがこぼれる。
「フフフ、張飛どのも口ではそう言いながら、仕事には全力で取り組んでいるではないですか」
「う……それはまあ、仕事だからな。あんなんでも、俺たちの主君だ」
「こら、張飛。口が過ぎるぞ。兵士に聞かれでもしたら、どうする」
すると関羽どのが張飛どのをたしなめる。
劉備さまをあんなの呼ばわりするのだから、不敬をとがめられるのも当然であろう。
しかしそれは兵士などに聞かれ、秩序が崩れるのを恐れているだけのようだ。
「お2人とも、劉備さまのことをずいぶんと信頼されているのですね?」
「うむ、兄者とは生死をともにすると誓い会った仲だ。この忠誠が揺らぐことも無ければ、兄者からの信頼が尽きることもない」
「それはまた……すごいお覚悟ですね。しかし漢王朝の創立に貢献した功臣は、その多くが粛清されてしまいましたよ」
関羽どのの覚悟がうらやましくて、思わず意地悪なことを口にしてしまう。
すると関羽どのはそれを鼻で笑いながら、さらなる覚悟を語った。
「フンッ。狡兎死して走狗烹らる、か。くだらん。本当に必要があるなら、儂はこの命をいつでも差し出そう」
「しかし、佞臣にたぶらかされる、ということも考えられますよ」
「その時は命を懸けて、お諌めするだけよ」
「そうそう。兄貴は1人だけじゃ、頼りないからな」
「こらっ、張飛!」
「おっと、失言、失言」
そんなたわいないやり取りをする2人だったが、本当に劉備さまを慕っているのがよく分かった。
彼らほどの豪傑が、命を懸けて仕える主君。
いや、真の主君を持っているからこそ、無双の豪傑たりうるのか。
ならば俺も、命懸けで仕えてみようではないか。
そう思った途端、かつてないほどの可能性が目の前に広がった。
そうか、これが真の主君に仕えるということか。
りゅうびは、ちょうりょうのちゅうせいを、てにいれた!(テレッテッテー♪)
三国志きっての人たらしの面目躍如ですな。w