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軍師の心情 ~曹操の軍師たち~  作者: 西本夏
4.潁川平定
60/64

60:<郭嘉編>燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや

捕らえた劉辟の甥から曹操を馬鹿にされ激昂する郭嘉。しかしそれを荀彧に告げると意外な言葉が返ってきて

 倒れてから三日目、まだ体は重いが、起き上がれるようになったので、郭嘉は預かった書簡を返すため荀彧の室に向かった。また余計な仕事を押し付けられないよう、病み上がりを強調するように単衣に袍だけを羽織って荀彧の室を訪れた。

「こないだの書簡、ありがとうございました。色々書いてあって参考になりましたよ。すごいですね、こんな詳細に」

 書簡にはかなり詳細に皇帝の動静が記されていた。長安で起こったこと、誰と誰が権力を争っていて、誰が勝ち、負けたのか。今現在皇帝は安邑というところにいて、洛陽に戻ろうとする勢力とそれを妨害しようとする勢力で内輪もめしているということも。

「ええ、本当に元常殿からの報せは助かります。何かあればすぐに知らせてくれるので」

「それに、文字がすごくかっこいいですよね。殿ほどじゃないけど、文字の感じからすると、結構立派な感じの人みたいに思えますけど」

「ええ、そうですね。とてもすばらしい方ですよ。知識、胆力、行動力、すべて申し分ない」

 そう言いながら、どこか荀彧の声音にはいつもより沈んでいた。

 思わずじっと見つめると、荀彧が怪訝そうに小首をかしげる。

「どうしました?」

「いや、文若殿疲れてない? なんか元気ないですけど」

「そ、そんなことは」

「文若殿も休んだ方がいいよ。俺みたいにぶっ倒れたらしゃれにならないでしょ。そういえば、俺文若殿が休んでるとこ見たことないような」

「大げさですね。ちゃんと休んでいますよ。家に帰って家族の顔を見られれば、疲労なんて」

 そこまで言って、荀彧はふっとため息交じりに笑った。どこをどうみても、それが作り笑いだとわかる。何かあったのだろうか。かといって、これ以上踏み込むのもはばかられる。そこまで荀彧と胸襟を割って話せる仲でもない。

「まあ、それならいいんですけど。あと、なんか劉辟の甥って奴捕まえたらしいですね。尋問とかはしたんですか? 賊徒の根拠地とか吐かせればかなり有利に戦できると思うんですけど」

「尋問は、まだ。というより、あなたも知っている人物なのですよ。劉仲永殿、覚えていますか?」

「ああ、あの、ちょっといけ好かない感じの」

 いけ好かない、の言葉に荀彧は苦笑した。

「あなたがそう思っていたことは知りませんでしたが、なかなか優秀な人物ですよ。願わくは、このまま我らに仕官してくればと思っているので、あまり手荒なことも」

「そいつは、殿に仕えるとは言ってないってことなんですね」

「ええ。劉辟を説得してくれればそれなりの官位を用意する、とも言ったのですけどね。ただ、どういうつもりで口をつぐんでいるのかはわかりません。間者だと指摘したら、割とあっさり認めましたし、あなたたちが陳留から来る際に伏兵がいる、というのも彼が言ったことなのですよ。もっとも、こちらからの援軍は間に合わなかったようですが」

 許からの援軍は、結局戦が終わって郭嘉が気を失っている間にやってきていたという。思ったより早かった、と曹昂が言っていたので、おそらくは郭嘉が走らせた救援要請より早く荀彧が手配していた、というところか。

「脈ありそうってこと?」

「わたしはそう思っているのですが。今後劉辟を降せば、彼の気持ちも変わるのではないか、と」

「ふーん」

 あのいけすかない男が間者だとは全く思いもよらなかった。ただ、内通者がいたという目算は間違ってはいなかったようだ。

「そいつ、俺が尋問してもいいですか?」

 郭嘉の言葉に、荀彧はわずかに眉をひそめた。

「手荒なこと、しないようにしますから」

「しないようにではなく、しないと約束してくれるなら」

「わかりました。なんだ、随分入れ込んでるんですね」

「そんなことはありません。ただ、今は優秀な人物は一人でも多い方がいい。そう思うだけですよ。それに、反感は買わない方がなにかといいでしょう? こちらに与する可能性があるのですから」

「ま、そうですけどね」

 郭嘉は荀彧の室を辞した後、そのまま地下の牢獄へと向かった。

 軽装の郭嘉を見て獄吏は驚いた顔はしていたが、あっさりと劉仲永の元へ通してくれた。

 ――そっか、劉姓。言われてみりゃ劉辟と同族の可能性もあったんだな。まあ、劉姓なんて珍しくもないけど。

 むしろ偽名でなかった方が驚きだ。普通間諜なら本名で潜り込もうなどと思わないような気がするのだが。

 牢獄の奥へ歩いていくと、奥の独房に劉仲永が座っているのが見えた。まだ獄に落とされて間もないからか、身なりも顔色も文官だったころと変わらない。

 郭嘉が格子越しに覗き込むと、彼は顔を上げ、微笑んだ。相も変わらず、どこか癇に障る笑顔。

「これは、郭軍師。わざわざおいでになるとは、何か御用でも?」

「劉辟の甥っつーのがいるっていうから、色々教えてもらおうと思ってな」

 格子に寄りかかって覗き込むと、劉仲永がすっと目を細めた。今更笑顔を浮かべる必要などないだろうに、どこまでもその口許に浮かんだ薄笑いが癇に障る。

「拷問でもなさいますか。どうぞ。なんでも郭軍師は随分と過酷な拷問をなさるとか。城中の女官たちが騒いでいましたよ。郭軍師はあのかわいらしいお顔に似合わず、捕虜の皮を剝ぎ臓物を引きずり出して情報を聞き出しすのだとか」

「誰だよそんなこと言ったやつ」

 臓物を引きずり出すぞ、と脅した記憶はあるが、さすがに実行したことはない。一体誰が言いふらしたのか。

 それにしても不思議なのは劉仲永の態度だった。臓物を引きずり出すなどという噂は嘘にすぎないとでも思っているのだろうが、それにしたってとても拷問を受けることを覚悟しているようには見えない。彼のいけすかない微笑みは相変わらずそのままだ。

「まあ、お前がそれをお望みだって言うなら実行してもいいけど?」

「おそろしいことをおっしゃる。果たして皮を剥がれ、臓物を引きずり出された人間がまともな受け答えなどできますか? あなたの望みは情報を引き出すことでしょう」

「そこまで試したことないからわかんないな。俺としては興味あるけどな、人間どこまで苦痛を与えたら正直になって、どこまでやったら死ぬのか」

「恐ろしいことだ」

 そう言いながらも、彼はまだ笑っている。

 荀彧が自分を仕官させたがっているので、手荒なことはされないとでも思っているのかもしれない。郭嘉としては少しくらいいたぶってあの取りすました顔を歪めさせてやりたい気もしないではないが。

 どうするか。いっそ脅し半分で少しいたぶってみるか。

「どうして、わかったのです?」

 拷問の用意をさせようかと振り返ったところで、不意に劉仲永が言った。見下ろすと、彼はいらだちを煽る微笑みを浮かべたまま、じっと郭嘉を見上げていた。

「なにが?」

「私が間諜だということが、です。あなたは最初から疑っておられたでしょう」

「俺が?」

「まだとぼけられるのですか。許に来られてからずっと、さも下官吏のような顔をして、私を欺こうとしておられたのに」

 俺は別に、と言いかけて郭嘉は口を閉じた。なるほど、あの下手な演技が彼にはそう見えていたということなのだろう。

「俺が偉くなさそうなふりしてたのは間諜をあぶりだすためだったけど、お前が気に入らなかったのは別にお前を間諜だと見抜いてたからじゃないさ。ただ個人的に、気に入らないって思っただけ」

「気に入らない? これでも、万人に受けるようにいつも人当たりよくしていたつもりなのですがね」

「お前、確か家族を失ったとか言ってたろ? のわりに、平然と笑って嘘くさい悲しそ~な顔してて、気に入らないって思っただけだ。どうせ家族を失ったっていうのも嘘なんだろ?」

 郭嘉の言葉に劉仲永がすっと目を細める。次にその顔に浮かんだのは、悲しげな微笑みだった。

「本当のことですよ。許の近くの里でつつましく暮らしていましたが、十年ほど前でしたか、この辺は黄巾賊がすごくて、一族の多くが死にました。その後、私は伯父の下に身を寄せていたのですが、今度は董卓軍が略奪に来て、ほとんどすべてを失いました。生き残った者の多くは他所の土地に逃げていきましたが、伯父は違いました。そもそもこんなことになるのは天子がそれにふさわしくないからだ、朝廷が悪い、と言いだして。そこから人が集まるのにそう時間はかかりませんでしたね。一年経った頃には一万を超え、ある程度軍と呼べる規模になり、いつしか伯父は蒼天已死の旗を掲げて戦うようになった。太平道がどのようなものかさえ知らずに。最初に一族を殺したのは黄巾賊だったというのに」

 そこから劉仲永はこれまでのことを語った。汝南・潁川の街々を襲って規模を大きくしていったこと。途中袁術とぶつかったが、案外問題なくやり過ごすことができ、逆に袁術と協定を交わして汝南の統治を半ば認められたこと。

「袁術は相当困っていたのでしょうね。月々いくらか穀を献上すると言ったらあっさり伯父の汝南での略奪を黙認すると言いましたよ。それから数年。あっという間に規模は大きくなり、女子供合わせれば十万以上。戦える者も五万はくだらない。下手な官軍には負けないだけの装備もある。するといつしか、伯父は変わっていきました。いや、伯父だけではない。伯父の周りにいる者たちも」

 劉仲永が嘆息する。

「世直しを、と言って兵を集めたはずでした。ところが今や従父をはじめ上層部は皆、いかに金を儲け、いかに楽をして生きるかにしか興味がない。商人と結託し、街々から物資や女を略奪して、もはや賊徒としかいいようのない状態になってしまった。私が許に潜入したのも、そもそもは官軍の動向を探るためでした。ところがどうです。この一年、伯父はいかに自分が儲けるか、ぜいたくするかだけを考えているだけで、やったことといえば略奪か、せいぜいで曹操軍が来るのを妨害しようとしただけ。世直ししようなどという気はすっかりなくしてしまって、己が奢侈にふけるために略奪をし、人を殺す。そんな体たらくだというのに、近頃は自分は劉姓だから皇帝になる資格がある、自分こそが次の皇帝だとまで吹聴して回っているとか。救いようがない」

 言葉を重ねる度、彼の言葉は熱を帯びて行った。あのいけ好かない微笑みは頬から抜け落ち、本気で劉辟に嫌悪を感じているのだろうと思わせるほどに。

「じゃあなんで、お前はまだ劉辟についてんだよ。文若殿が、お前が仕官を断ったって言ってたけど」

 郭嘉が問うと、劉仲永は笑った。今までのいけ好かない微笑みではなく、明らかにこちらをあざける色を帯びた嘲笑だった。

「私は別に嘆いているのではありませんよ。人などそういうものだ、と言っているのです。荀彧といい、あなたといい、曹操軍には優秀な方が多いですね。あなたたちのような方なら、どこへ行っても下にも置かぬ待遇をされるでしょう。にもかかわらず、さして大きくもない勢力の曹操という男に仕えている。なぜです?」

「それだけ曹孟徳ってお方が偉大ってことさ。この乱世に、あれほど天下を想い、それを糺すために行動できる人なんていない」

「なるほど。ですがそれも、いつまでそうあることができるか」

「どういう意味だ?」

 郭嘉の言葉に、劉仲永はにやりと笑った。

「先程言ったでしょう。伯父も最初は世直しに燃えていたと。ところが、人が集まり、大金がやってきた途端人が変わった。いかに楽をし、いかに贅沢に溺れるか。それだけを考え、世のため人のためなどという言葉はすっかり忘れてしまった。翻って、その偉大な曹操様とやらは、どうです? 今は世直しに燃えているかもしれない。天下を制し、この国に平和を。それはとても素晴らしいことですね。しかし、それもいつまでもつか」

「殿をその辺の小物と一緒にすんなよ。殿はそんなことにはならない」

「そうでしょうか? 勝てば勝つほど人はその大きな力におぼれ、当初の理想を忘れてしまう。ましてや曹操は徐州で大変な殺戮を行った男だ。あんなことは、天下を狙う梟雄にはさして気に病むようなことでもないでしょう。だが一方で、それは他者への想像力の欠如著しく、民草を虫けらのように踏みにじる残虐さを持っているということ。今は弱小勢力故、周囲を気にしてそれもなりを潜めているでしょう。しかし、彼がこのまま勝ち続ければ? この先天下を制しようと思えば、それこそ何万、下手をすれば何十万、何百万という屍を積み重ね、それを越えて行かねばならない。いずれ人の命の重さを忘れ、生来の残虐な性を隠しもしないようになっていくのではありませんか? そんな大量の屍を築いた男を天下が認めるでしょうか? 行きつく先は、結局奢侈にふける単なる独裁者では? そしてそれを認めない民がまた蜂起する。結局はすべて無駄だというわけです」

 言うだけ言うと、彼はふっと息を吐き、笑った。

「どこの誰に仕えようとも無駄というものです。乱世はきっと終わりはしない。世直ししたいなどという願望は単なる夢でしかない!」

 劉仲永の乾いた笑いが牢獄に響く。

 それにいらついて、郭嘉は牢獄の格子を蹴った。びくりと反応して、劉仲永の笑いが止まる。驚いて見つめてくるその顔を見降ろして、郭嘉は言った。

「ぐだぐだと……! やる前から勝手に負けを決めつけるような奴に用はない! 山ほど屍築いたら王になれないってんなら、その業、俺が代わりに背負って殿を天下へ導いてやるさ。いいか、劉仲永。文若殿の顔に免じてお前に一日だけやる。その間に劉辟の本拠地、編成、わかってること全部吐け。明日の朝までに自分から言わないなら、俺はお前の皮剝いで臓物引きずり出してでも、全部吐かせるからな!」

 腹立ちまぎれに怒鳴りつけると、郭嘉はそのまま牢獄を後にした。




「というわけで、もしあいつがだんまり決め込んだら、尋問、やりますから」

 いらだちを抱えたまま荀彧の元へ戻り、牢獄であったことをかいつまんで説明した。話を黙って聞いていた荀彧は、郭嘉が最後にそう言うと、しようがない、とばかりうなずいた。

「わかりました。あなたがそこまで言うのなら。でも、多分彼は口を開くと思いますよ」

「またそんな買いかぶり」

「彼の胸には救世の想いがある。先程あなたが言ったこともそうでしょう? わたしも、日常的に彼と接していてそれを感じました。彼はこの乱世を終わらせたいと思っているのです。そういう想いを持った者は、きっと最後にはわかってくれると思います」

「そんなもんかな。じゃあなんですぐに口開かないんです」

「伯父である劉辟をはばかっているのでしょう。恩義のある相手を売ることをためらう者は多い」

「そんなもんですかね。あんだけ悪し様に言っといて」

「愚かでも罪人でも、一時は自分を支えてくれた恩人と思えばためらうのも解りますよ。捕らえられれば、劉辟に待っているのは斬首と決まっているようなものですからね。だから、逆に言えば劉辟の命は助けると譲歩すれば、あるいは」

「そうかな」

 郭嘉が面白くないと嘆息するのを見て、荀彧は苦笑していた。

「余程彼が気に入らないようですね」

「そうですね」

「例のいけすかない、という話ですか? 何かあったのですか」

「ていうより、言ったでしょ。えっらそーに、殿は大虐殺したから天下を獲っても誰も認めないだの、その内奢侈にふけるようになるだの、殿を知りもしないくせに」

「知らないから言える、とも考えられると思いますよ。会えばそんな考えは抱かなくなるでしょう。殿は贅沢にはさして興味をお持ちではありませんし。もっとも、乱世を平らげるに戦をしないわけには行きませんから、多くの屍を、という点だけはどうにもできませんが」

「そんなの、必要悪ですよ。その辺はどうとでもできる」

「ええ、そのための陛下ですからね」

 驚いて、郭嘉は一瞬言葉を見つけられなかった。

 郭嘉としては、天下を平定して平和な世を作ってしまえば皆そんなことはいちいち気にしないだろう、と思っていた。過去の大虐殺を見ても、史書に記述は残ってもそれをいちいち恨みに思うものなどいない。

 ところが、荀彧は何の迷いもなく、そのために皇帝がいる、と言い切った。

 取りようによってはどうとでも取れる言い方だった。罪はすべて皇帝に押し付けてしまえ、というふうにも、曹操がどれだけ悪名を得ようと、最終的には天下を治めるのは皇帝なのだから関係ない、というふうにも。

 曹操の臣としては前者だと郭嘉は思うが、帝室を重んじる儒家ならば、普通は後者だ。しかし、それは考えようによっては荀彧が曹操を利用して皇帝に天下を献上しようとしている、とも取れる。

「えと、それ、どういう、意味で?」

 郭嘉が問うても、荀彧は問われたことそのものが不思議だったようだ。まったく悪気のない顔をして、当然でしょうとばかり微笑んだ。

「覇道を為すのが我らの務めです。犠牲は少ないに越したことはありませんが、どうにもならないことでしょう。天下を統一した後、陛下に天下をお返しする。そういう形を取れば、天下の民も納得するでしょう。当然、殿への風当たりも弱くなります」

 それって、天下を獲るために殿を利用するってことですか?

 言いかけて、さすがに口をつぐんだ。まさか荀彧に限ってそんなことがあるはずがない。そう、思うのだが。

「奉孝殿?」

 怪訝そうに見つめられ、郭嘉は慌てて笑顔を取り繕った。

「あ、いえ。ちょっと驚いて」

「驚く? そんな意外なことを言いましたか?」

「ええ、だってまだ皇帝を迎えてもいないのに」

「まあ、それはそうですけどね。けれどやはり、皇帝陛下程わかりやすい大義はないのですよ。それこそ、どれほど多くの血を流したとしても、陛下が殿を『天下に安寧を導いた者だ』と言えばそれで収まってしまうと思いますよ、わたしは」

 とりあえず、帝のために曹操を利用しようなどという考えではないようだ。

 ほっとはしたものの、荀彧が言うほどことは簡単だろうか、とも思う。

 天下を制しうるだけの権力を得た人間が、果たしてそんな簡単に権力を手放せるものか。そしてまた、国の権威の頂点と権力の頂点が違っていて、もめないのか。さすがにそんな先のことは曹操と話したこともない。

 ――ってもそんなの、俺の考えることじゃないか。

 こういうことは曹操が決めることだ。

「まだ、何か言いたそうですね」

 問われ、郭嘉は首を振った。

「いえ、文若殿は難しいこと考えてるんだなって思っただけですよ」

「難しいことなどと。あなたもこの国がどうあるべきかは考えるでしょう?」

「そりゃ天下泰平になればいいとは思ってますけど、俺は殿に従ってればそうなると思ってますからね。俺にとって大事なのは殿が望みを果たすことだし、俺が考えるのはどうやったらそれが実現するか、だけですから」

 郭嘉が言うと、荀彧は困ったように眉を下げ、苦笑した。

「今はそれでいいかもしれませんが、いずれそうも言っていられなくなるかもしれませんよ。あなたの立場だと」

「え、それどういう意味ですか?」

「殿の寵臣である以上、あなたも国の在り方について意見を求められる可能性があるということですよ」

「んー、まあ、別に考えてないわけじゃないですけど」

 郭嘉には郭嘉の考えがないわけではない。ただ、それは荀彧の理想とは違う。あえてここで言い出して議論するようなものでもない。

「俺はとりあえず、殿がどうやって天下を獲るのかを考えますよ」

 これ以上議論するつもりはない。暗にそう示すために微笑むと、荀彧もまた微笑んだ。

「そうですね、差し当たって、大切なのはそこではあります」

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