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軍師の心情 ~曹操の軍師たち~  作者: 西本夏
4.潁川平定
54/64

54:<郭嘉/荀彧編>潁川平定8

体調を崩したことで一旦軍務から外れることになった郭嘉は、それならと政務の手伝いをすることに。

 それから数日は何事もなく過ぎた。

 郭嘉の体調の悪さも、数日後にはほとんど感じられなくなった。ただ、曹昂は郭嘉の体を心配し、しばらく郭嘉を軍務から外すようにと言った。大したことはないと言い募ったのだが、曹昂も夏侯惇もこういうところは無駄に優しい。結局、郭嘉は数日休みを取ることになってしまった。

 暇に飽かして城市の中をめぐり、府の中を歩くうち、圧倒的に文官が足りていないことに気づいた。かといって、郭嘉には何の権限もない。せいぜいで荀彧に書簡を出して、文官を派遣してくれるように頼むくらいだ。

 すると数日後、返書を持って懐かしい顔が陽翟にやってきた。

「久しいな、覚えておるか?」

 やってきてすぐ、わざわざ郭嘉を訪ねてきたのは毛玠だった。

「ああ、覚えてます。濮陽の牢獄で一緒だった」

 最後に会ったのは、曹操と共に濮陽を通過した時だ。あの時はまだ痩せこけてげっそりしていたが、今は肌艶もよく、健康そうだ。

「それはなにより。いや、感慨深いな。あの牢獄でぼろぼろだった若者が、今や殿の寵臣。私は己の見る目に感心しておったのよ。そなたなら絶対に殿のお気に召すと思っていたからなぁ」

「寵臣てのは大げさですけど。俺も感慨深いですよ。牢獄で顔突き合わせてた人と、今度は一緒に仕事するってんですからね」

「確かにな。で、今は何をしておるのだ? 元譲殿からは、郭軍師は手が空いているから、好きに使っていいと言われたのだが」

「えっ。いや、俺せっかく暇出来たから、殿への報告書でものんびり書こうと思ってたんですけど」

「そんなものすぐに終わろう。文官が足りぬと言ったのはそなたではないか。いいから手伝え」

「えっ、ちょ、俺、県とか郡で働いたこともないのに!?」

 毛玠が強引に郭嘉の腕を引く。引っ張られながら文句を言っても、毛玠はけらけらと笑うだけだった。

「ああ、そうだな。そなたのような男は孝廉などとは縁はなかっただろうからなぁ。なに、心配するな。お前の賢さがあれば政務などすぐ覚えられる。文若殿も、ぜひお前に政務を教え込んでくれとの仰せだったからな」

「えっ、そんなの聞いてなっ、ちょっと!」

 結局、郭嘉は半ば強引に毛玠の手伝いをさせられることになった。




 郭嘉が陽翟へ向かってひと月。

 荀彧はその間、許でひたすら(まつりごと)と城市を整える作業に当たっていた。

 夏侯惇たちが陽翟周辺にいた何儀の集団を叩いた、と報告があったのが半月ほど前で、彼らはしばらく陽翟にとどまって、周辺の鎮撫を続けるという。

 一方、許でも賊徒の新しい動きがあった。

 許の近辺から汝南との郡境あたりまで鎮撫したと思っていたのだが、にわかに郡境の汝南側が賊徒で騒がしくなってきたという。

 許の守兵はわずか五千だ。大丈夫なのか、と思っていたが、許を守る満寵は案外落ち着いていた。

「郡境付近にはいくつか砦が築いてあります。それぞれ賊徒から攻められたら狼煙を上げる手はずになっていて、近辺にいる遊軍が駆けつける手はずです。いずれも数は多くありませんが、有利な地形を選んで砦を築きましたので、そうそう落ちることはないかと」

 地図を広げ、満寵は守備について淡々と説明した。

「砦の位置はこの三か所です。いずれも郭軍師が決めました。『ひと月くらいしたら賊徒が攻めてくるだろうから気をつけて』とも」

「奉孝殿が、そんなことを」

「はい。守兵は五千だが、地形の利を考えれば十分対処できるので心配はないと。遊軍を率いているのは李都尉で、李都尉は最初責任重大という顔をしておられましたが、郭軍師に大丈夫だと言われて、意気込んで出て行かれました」

「そうですか」

 郭嘉が武将たちから信頼されているのがわかる。彼に任されたということは、自分にその力があると思えている、ということだろう。そしてまた、自分のいないところでもきちんと守備を怠らないように配慮している郭嘉もさすがだ。

「郭軍師からは、殿が来られるまでは無理はせず、郡境を守ることに徹せよと言われています」

「そうですね。私もそう思います」

 この満寵という男も、なかなかできる男だった。

 最初、武官にしては頼りない印象を受けたのだが、話してみると学識もしっかりあり、文人としての素養もありそうだった。本人は自分は文人というほどではない、と言っていたが、武一辺倒という感じでもない。試しにと政務の手伝いを頼んでも、嫌な顔もしない。

 守兵をきちんとまとめられているし、政務の事務仕事にも嫌悪がない。

 荀彧は、このまま満寵に許の県令を任せるのもいいかもしれない、と考え始めていた。

 仮に帝を呼び寄せることができれば、許は帝の住まう都となる。面倒な輩も増えるだろうから、それなりに優秀な者でなければ県令を任せられない。

 その点満寵は問題なさそうに思えるが、まだ若い。そこだけが懸念材料ではあるかもしれなかった。

「伯寧(満寵の字)殿。奉孝殿からの手紙によると陽翟周辺がそこそこ落ち着いたようなので、わたしは一度潁陰と陽翟を見て、政務を整えてこようと思います。毛功曹もいらっしゃるので一段落したら戻ってくるつもりですが、その間、許のことをお任せしてもいいですか?」

「はい、かしこまりました」

「皆には、あなたを県令と思い行動するようにと言い含めておきますね」

 にこりと笑って言うと、満寵は戸惑ったように目を丸くし、うなずいた。

 その後、荀彧は潁陰に数日留まった後、陽翟へと向かった。

 陽翟は潁川の中でも大きな城市だ。董卓以前なら、許よりも栄えていたかもしれない。古くは陽翟を都に置いていた国もあり、防衛にも適している。

 ただ、その分古い建物が多く、道も狭い。董卓に荒らされたとはいえ、歴史のある建物や町並みは、そう簡単に区画整理して建て直す、というわけにもいかないだろう。やはり、帝を迎えるなら許が向いている。

 ただ、それなりの大都市だけに、陽翟が立て直されたら人は多く戻ってくるだろう。経済がきちんと回るように、陽翟もまた、力を入れて立て直さなければならない都市だ。

 毛玠は濮陽の立てなおしにも尽力してくれて、城市の立て直しの経験がある。それに、郭嘉とも相性は悪くない。おそらく、二人でうまくやってくれているはずだ。

 問題は、この先。せめて曹操が来るまでだけでも、郭嘉を地元の名士として陽翟に残すべきか、あるいは許に呼び寄せてきちんと軍備を整えるべきか。

 郭嘉自身は、自分は軍務にしか向いていないと思っていそうだが、荀彧は郭嘉には政務にも適性があるように感じていた。ただ、彼はこまごまとした仕事は嫌う。曹操が来てしまったら、また竹簡の整理以上のことはやらなくなるだろう。その前に、一度郡県の雑務を経験しておけば、後々もっと大きな政務を見ることにきっと役に立つだろう。

 ただ、問題は郭嘉がそれに耐えられるか、だ。

 陽翟に着くと、荀彧はすぐに府へと向かった。城外の陣営にも顔を出したのだが、夏侯惇も曹昂も周辺の鎮撫に当たっていていなかった。

 府に到着すると、陽翟を仕切っている毛玠に挨拶し、状況を確認した。まだまだこれからだが、とりあえずは順調に動き出しているようだ。

「奉孝殿はどうしていますか?」

「ああ、郭軍師ですか」

 荀彧が問うと、毛玠は少し眉をひそめ、苦笑を浮かべた。

「まあ、できる男ではありますな。三人分くらいは軽く仕事をこなす。ただ……まあ、厄介なというか」

「何かあったのですか?」

「いや、別に何があったというわけでは。この人手不足のところに、ああいうできる男がいるのはありがたいのは間違いありません。ただ、よく言えば要領がいい。悪く言えば、うまく手を抜く、というか」

 苦笑交じりの言葉に、怒りはない、ただ、どこかあきらめのにじんだ声で毛玠は短く息を吐いた。

「どういう意味でしょう」

「まあ、頼んだ仕事はきちんとこなしているのです。手を抜いていると言ってしまうのも、違うような気はするのですがな」

 毛玠が苦笑交じりに言っても、荀彧は最初、それを信じられなかった。

 だが、郭嘉の顔を見に執務しているはずの部屋へ行ってみても彼はいない。どこへ、と思って回廊を歩いていると、少し歩いたところで郭嘉を見つけた。彼は回廊の欄干に腰かけ、女官たちとおしゃべりに興じていた。

 回廊には楽しげな女の笑い声が響いていた。郭嘉もにこにこ笑いながら、女官にしなだれかかられるまま、それを拒みもしていない。聞こえてくる話と言えば、どう考えても仕事とは関わりのないことだ。

 今までも、郭嘉が暇を見て女官とおしゃべりしているということはあった。曹操もその辺は鷹揚な男で、仕事さえきちんとしていれば、郭嘉が女官に手を出そうが遊ぼうが、怒ることはしない。むしろ、曹操は自分が女官に手を出す分、そうやって郭嘉が女官と戯れるのを喜んでいる節さえあった。

 ただ、曹操がいるときは、さすがに昼日中から仕事を放棄して、などということはなかった。

「奉孝殿」

 微笑みを浮かべて近寄ると、郭嘉はあ、と言ってその笑顔をこわばらせた。

「お久しぶりです、文若殿。こっちに来たんですね」

「ええ。許はひとまず形になったので、潁陰と陽翟をと思ってこちらに。奉孝殿は、なんでも、軍務はしなくていいからと言われて、政務を手伝っているそうですね」

「えっと、まあ、そんな感じです。俺としては、不本意だけど」

「不本意?」

 笑顔で切り返したのだが、郭嘉の頬は引きつったままだ。傍にいた女官たちも、最初は荀彧の顔を見て頬を染めていたのが、何かを察したのか拝礼して去っていく。

「いや、ほら俺、政務向いてないと思うんですよね。そりゃ、文官が足りてないのはわかるんですけど、俺、郡とか県とかで働いたこともないし、何やったらいいかもわかんないし。とりあえず毛功曹がくれる仕事はやってるんですけど」

「では、わたしが政務の何たるかを一から十まですべて教えて差し上げましょう」

「えっ、いや、そういう話じゃ」

「大丈夫。わたしの仕事を手伝ってくれればそれでいいですから。賢いあなたのことですから、すぐに政務の何たるかも理解できるでしょう」

 さ、と言って腕を引くと、郭嘉はまだぐだぐだと言い訳をする。しかしそれも無視して、荀彧は彼を執務室へと連れて行った。




「今日はこの辺にしましょうか」

「……はい」

 日暮れになってようやく解放され、郭嘉は執務室の机の上に突っ伏した。

 手伝ってくれればいい、と言いつつ、荀彧は郭嘉に渡す仕事の一つ一つについて事細かに説明してくれた。郡や県がどういう仕組みで動いているのかというところまで見えるように、という配慮だろう。

 しかし、話を聞くだけでは終わらない。一つ終われば次、また次と言う感じで、どんどんと竹簡が渡される。

 その、量。

 自分で完結するものはまだいい。県の文官に頼んで調べたり集めたりしてもらわなければならないものは、その人間を見つけてくることもしなければならない。

 郭嘉は机の上に山になった竹簡を見て嘆息した。中にはすぐに終わらないものもあるので、このままでは軍務に戻るに戻れない。しかも、明日はまた別の仕事があるという。ここから更に増える可能性があるということだ。

 毛玠も呼んで一緒に食事を、という話になったころには、郭嘉はどうやってこの仕事の山から抜け出すかを考え始めていた。

「いや、さすが文若殿は人を使うのがうまい。私の時の三倍は郭軍師が働いておる」

「そのような。奉孝殿が優秀なだけですよ」

 にこりと微笑んで荀彧が目を向けてくるが、郭嘉はそれにぎこちなく笑みを返しただけだった。慣れないことの連続で疲れてしまって、正直もう食事などなしにして寝てしまいたいくらいだ。だがそれは、荀彧に却下された。食べなければまた倒れるだろう、と。言い返そうとしたら、曹操から郭嘉の体調には重々気をつけろと言い含められているから、と切り返された。

 ――この人案外強引だし、結構頑固なんだよなー。

 何とか食事を口へ運びながら、ため息をつく。

 荀彧と毛玠は政務の話で盛り上がっていて、郭嘉が黙って食べていても問題はなさそうだ。

 二人の話は細々とした実務の話から、徐々に今後のことに切り替わっていった。

「後は、農民をどう移住させ、耕作させるか、だと思っているのですよ」

「それもそうだが、この時世を考えれば、私は屯田がいいと思うがな」

「もちろんそうです。理想で言えば、遊んでいる農民に土地を与え、そこを耕して納税させ、ついでに戦時には兵士として徴発するというのが理想ではありますが」

 屯田とは、耕作地に兵士を駐在させ、平時は耕作を、戦時には兵士としてその土地を守って戦わせることを目的とした制度だ。辺境では前漢の時代から行われていた制度だというのは郭嘉も知っていたが、屯田が中原で行われたという歴史はなかったはずだ。

 ――まあ、今はどこもかしこも戦争だしな。

 荀彧と毛玠の話を聞いていると、潁川各地の休耕地を整理して、そこに農民なり、兵士なりを派遣して耕作させることを考えているようだ。確かに許に帝を迎えるなら、潁川各地で屯田をさせることは都を守ることにもつながる。許はとりあえず曹操の勢力圏になったものの、汝南はまだ賊徒が幅を利かせているし、その向こうには袁術がいる。西南の荊州には劉表がいて、更にはもし今後袁紹とも事を構える可能性を考えれば、あちこちに敵がいるには変わりない。許の近郊で屯田をしつつ兵と穀を蓄えることは上策だ。

「問題はどこから農民を連れてくるかです。土地を失った農民は流民と化しているはず。おそらく、潁川近辺にはあまりいません。いても賊徒になっている可能性も」

「そうですなぁ。潁川は特に戦乱の影響が大きく、逃げた者も多いでしょう。まあ、それだけに耕作放棄地も多いわけですが。おそらく他の州に逃げておるのではありませんかな? 広く布令を出して、いい条件で土地を与えるとでも言えば、農民はやってくるでしょうが」

「ええ。その条件が難しいですよね。税を免除すると言えば飛びつくでしょうが、戦費のかさむ我らとしては、可能な限り徴税したい。それを、どのくらいの率にするのが適当か……」

 二割、いや三割、五割は多いだろう、と荀彧と毛玠が言葉を交わしている。それを聞きながら、郭嘉はまだ黙々と夕食を食べていた。食欲がないので、食事は遅々として進まない。するとそこに、荀彧が話を振ってくる。

「奉孝殿はどう思いますか? どのくらいが適当だと思います?」

「んー……」

 ようやく半分になった粥を食べながら、郭嘉は言った。

「半分くらいですかね」

「五割は高かろう。普通、土地を持つ者の税率は一割もないのだぞ」

「でも、普通は皆土地を買ったり下賜されたりして手に入れますよね? 買うにも大金、ましてや朝廷から下賜なんて相当だ。だから土地を持ってる奴はどんどん富んでいく。ウチみたいに何代か前にちょっと偉い官職ついてたってだけで年間何千石みたいな土地があるのに、一方で、官位に就けない庶民は細々と荒れ地を開拓するか、じゃなきゃどっかの小作になるしかない。小作の給料って、うちは確か収穫の半分くらいだったと思うんですけど。文若殿どのとこってどう?」

「そうですね。確かに我が家の荘園もそうだったと思います」

 荀彧の言葉に、毛玠が顔をしかめてうなった。

「そんなものか。よく小作は逃げぬな」

「半分でも、土地を買うのが不可能な以上、食べてくにはそうするしかないんですよ。地主側は地主側で、広い荘園を保つには牛や農耕器具、それに賊徒を追い払う部曲が必要になる。千人くらいの部曲でも、きちんと仕事させるには結構な金がかかるし、地主側もぼろもうけってわけには行かないですよね。俺、一時期実家で部曲養って農業してたけど、こんなに払うのかって思ったし」

「そうですね。だから、ある程度の土地を持つ名士や豪族は、家門に従属する者を使って穀を売買して金を増やしたりするのでしょうけど」

「代々高官に就いてる文若殿には縁のない話でしょ」

「そんなことはありませんよ。我が家にも代々荘園を管理する者たちはいます。まあ、そちらに比べれば、荘園は広くはないでしょうけどね」

「どうだろ。ま、とにかく五割ならそこまで高いって感じじゃないと思いますよ。あと、周辺鎮撫してた時に、賊徒に支配されてる邑では賊徒に九割取られてるとか、七割八割取られてるってとこがほとんどだったから、そういう意味でも五割はそこそこ割安感あるんじゃないかな。土地はいくらで売るんですか?」

「無償で提供の予定です。ただし耕作放棄地ですけどね。兗州の時と同じく、新しく開墾した土地については二年税を免除ということにしようかと思っています」

「それなら、結構食いついてきそうな気がしますけど」

「では、さっそく布令を」

「いえ、その前に土地の把握から始めなくては。誰にどこを割り振りするかも、適当には行きませんし」

 今度は、荀彧と毛玠でどう土地を調べるかの話が始まる。

 ――文官の仕事ってほんっと地道なんだよなぁ。

 郭嘉の嘆息をよそに、二人の会話は白熱している。

 いっそ、この器に残った粥半分、残してもばれないのではないか。ふとそう思い立ち上がろうとすると、すかさず荀彧が声をかけてきた。

「奉孝殿、全部食べないとだめですよ」

「……よく見てますね」

「食は体を作る原資。きちんと食べないと。またあなたに倒れられては困ります」

「こき使えないから?」

「そんな人聞きの悪い。わたしはあなたのその有り余る才をいかんなく発揮できるよう、手助けをしているだけですよ」

「疲れてんですよ、慣れないことして」

「まだ若いのですから、食べて寝ればそんなものは回復します。さ、わたしに三歳児にするようなことを言わせないでください。せめて膳はすべて平らげないと。奉孝殿は食が細すぎる」

「はい……」

 しぶしぶ器に手を伸ばし、再び粥を口に含む。それを見た毛玠が笑った。

「いやはや、こうしていると郭軍師も形無しですな。まるで父親に叱られた子供のようだ」

「なんですかそれ」

 勘弁してくださいよ、とぼやくと、今度は荀彧が笑った。

「なんだったら本当に親子になりますか、奉孝殿?」

「はい?」

「うちの娘、いかがです? 娘も奉孝殿によくなついていましたし、わたしが言うのもなんですが、娘は長ずれば結構な美人になると思いますよ」

「何言ってんの。荀玲殿はまだ十歳でしょ? 俺とじゃ歳が離れすぎてるし」

「子供の頃に婚約するなんてよくある話ですよ。歳の差も、十五歳くらいならめずらしい話でもありません」

「いやいや、無理無理! 無理ですって! あんな子供」

「妻がいないから、やたらと女官に声をかけたりして仕事にならないんですよ」

「いや、関係ないですから、それ」

 郭嘉が慌てて言うと、荀彧はため息交じりに言った。

「そういう言葉は殿くらい精力有り余るお方になって初めて許される台詞ですよ。粥の半分も食べられないような体力のないあなたは、本来あっちこっちの女性に手を出している場合ではないと――」

「じゃ、もう全部食べたんで、おやすみなさいっ!」

 慌てて残りの粥をかきこむと、郭嘉は逃げるようにしてその場を立ち去った。背中からは荀彧のため息と毛玠の笑い声が聞こえていた。

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