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軍師の心情 ~曹操の軍師たち~  作者: 西本夏
4.潁川平定
52/64

52:<郭嘉編>潁川平定6

賊徒の里へと乗り込むと、そこには大勢の女子供がいた。

郭嘉は里を裏で操っているという自称西王母を探して里の奥へ

 夏侯惇を守兵と共に陽翟において、郭嘉は曹昂、于禁と共に賊徒の討伐に向かった。

 先日捕らえた首領の弟、何曼は、見張りをつけて行軍に同行していた。もうたてつく気はないだろうが、念のためだ。

 何曼は本拠地の場所から、部隊の人数、里の様子までかなり事細かに語った。おかげで道に迷うこともなく、行軍はあっけないほど問題なく進んだ。

 平原から森に入り、山道を登るところでも伏兵すらない。賊徒の方が数が多いうえに、山道は罠をしかけやすい場所だ。それなのに何もないというのも、妙だ。

 そもそも何曼たちが捕らえられたことを、賊徒側はわかっているはずだ。根拠地を突き止められたことくらい認識しているだろうに。

 里全体が降伏する気になっているか、あるいは、曹操軍が攻め込んでは来ないとタカをくくっているか。それとも――

 郭嘉は伝令を呼び、指示を出した。




 山に入って一時ほど行くと、突然開けた場所に出た。周囲を山に囲まれた台地のようで、眼前には畑らしきものがあり、その奥には集落が見える。

 さすがにその畑の前には賊徒が並んで待ち構えていたが、大したことはなかった。

 数こそそれなりだが、賊徒たちは統率もとれていない。決着が着くのにさほど時間はかからなかった。

「郭軍師、あらかた決着ついたみたいです」

 半時も経ったころには、最前線で指揮を執っていた曹昂が郭嘉のところに戻ってきていた。畑の周辺には捕らえた賊徒たちが後ろ手に縛られ、まとめて座らされている。

「逃げ出した奴、結構いましたよね? 合わせて全部で四・五千てとこかな」

「はい。捕らえたのは千人ほどですが、思ったより少ないですよね?」

「ですね。で、首領の何儀って奴は?」

「いませんでした。元々いなかったのか、逃げ出したのかはわかりませんが」

「ふーん。何曼、それであってるか?」

「ああ。兄者は見当たらない。指揮を執ってたかどうか聞いてみたが、知ってる奴もいなかった」

「どういう意味だ?」

「ここは軍じゃない。上が誰かなんて認識してない奴も多い。ただ、俺はおそらく、最初からいなかったのではないか、と思う。多分、西王母のところではないかと思うが……」

 言葉からは、何曼が嘘を言っているようには聞こえなかった。

「ふーん。で、その西王母ってのは、どこに?」

「里の一番奥の社殿にいるはずだ。逃げていなければ、だが」

「誰か、こいつと一緒に自称西王母連れてきて」

 兵士に言うと、返事をした兵士たちが何曼と共に里の中へと走っていった。

「問題は、この先どうするかだよな。住人、いるみたいですよね? 戦ってない女子供とか」

 捕虜の中に女はいない。何曼も集落には逃げてきた女が多数いると言っていたから、集落には女がそれなりにいると考えていいだろう。

 ざっと見まわした限り、畑はなかなかの広さだ。ただ、賊徒の集団が二万だったとすると、とてもその全員の口を満たすことができるような広さではない。やはり、略奪して生計を立てていたと考える方が自然だ。

「そこそこの畑だけど、このままこの畑だけで食って行けってのは、多分無理だな」

 かといって、数千人、下手をすれば一万人近くをどこかの城市へ移動させるのもそれはそれで大変だ。

 荀彧からは、賊徒はなるべく降伏させ、農民に戻すように言われている。ただ、彼らにどうやって土地を与え、どう農民に戻すのか。具体策までは聞いていない。

「まずは、何人いるかだな」

 郭嘉は兵に捕虜と住人の数を数えさせることにし、自身は別の兵を連れて集落の柵の中へと入っていった。遠巻きに様子をうかがっていた女たちの姿が見える。ざっと集落を歩いてみた感じでは、全体の戸数は数百戸というところだろう。ただ、それにしては女の数が多い。

 兵に指示して全員を集めてみると、軽く千人はいそうだった。

 若い女が多く、子を抱いたものも少なくない。皆、怯えながらもこの先どうなるのか見極めようとしているようだった。

「あんたら、どういう扱いだったのかな? 無理やりここに連れてこられたのか? それとも望んでここまで来たのか? もし、どこかから無理やり連れてこられたってんなら、故郷まで送ってやるから、そこに戻って生活してもらいたいんだけど」

 一段高いところに上って言うと、女たちはざわめき、顔を見合わせた。

「ここでの生活が、もしかしたら居心地よかったのかもしれないが、この里でこのまま生きてくのは無理だ。あんたら、もし里の連中に食わしてもらってたんなら、それはよそから略奪してきたものが大半だ。略奪をやめたら、この里は持たない。人数に対してあの畑は狭すぎる。畑の収入で食っていこうと思ったら、今の十倍は畑が必要だな。だから、それぞれ元いた場所に戻ってもらった方が」

「戻るところなんてありません!」

「そ、そうよ! 村が襲われて、逃げるところがなくてここに来たのに!」

 一人が声を挙げると、次々声が挙がった。

 どうやら無理やり連れてこられた者は少数のようで、多くが自分から望んでやってきたらしい。

 ――これだけの数の女が、こんな山奥までどうやって来たってんだ?

 賊徒が親切心でそうしていたとも思えない。男が下心満載で連れてきたにしては、女たちは不満らしい不満も口にはしていなかった。

「疑問だな。戦乱から逃げてきたのはわかるけど、一体こんな山奥までどうやって来たんだ? 誰か連れてきてくれる奴でもいなきゃ無理だろ。そもそも、仮に路頭に迷ってたって、下心のありそうな男に『助けてやる』って言われて、のこのこついていくもんか? あんたたち、どうやってここに来たんだ?」

 女たちはまた顔を見合わせ、ぽつり、ぽつりとつぶやいた。

「皆、大体許のお店から紹介されて、ここに」

「許の、店?」

「城門近くにある、機織り場と言うか……。あそこ、行き場を失った女でも雇ってくれるって言うから」

「最初はそこで機織りしていたんですけど、子がいるならこちらに来てはどうかって」

「私も。あの子、すごく親切だったし、実際こっち来てもそりゃ働かなきゃいけないけど、食べるのには困らないし」

「食べるのには困らないしって、男連中が何やってたのかは知ってたんだろ?」

「そ、そりゃ、まあ」

「でも、ぜいたく言ってられないですよ。食べていけるなら、少しくらい、ねえ」

「そうよ。西王母様は、肥え太った悪しき連中から財を奪うのは罪じゃないって」

「おいおい」

 都合のいい話だ。呆れて腕を組むと、横から曹昂が口を挟んだ。

「郭軍師。賊徒に追われて、すべてを失った者たちです。生きるのに必死だったのでしょう。為政者を恨むことも、そこから奪っても許されるというような思考になるのも、ある意味ではしようがないかと」

「……子修殿は優しいね」

 一瞬、曹操だったら何と言うだろう、と思った。荀彧ならば、おそらく曹昂と同じようなことを言うだろうが。

「そういや、その西王母、どうしたんだよ。戻ってこないけど」

 郭嘉が言うと、兵士が慌てて走っていく。しばらくすると、その兵士が戻ってきた。

「おいおい、どうした?」

「お、奥でもめてます!」

「はぁ?」

「何曼殿と、兵たちと、あと元々いた男もいたみたいで」

「なんだそりゃ、おい、行くぞ。あ、子修殿はここで待っててください」

「わかりました。お気をつけて」

 郭嘉が駆けだすと、静と、戦場で同行している護衛の兵も自然と一緒についてきた。人気のない里の奥へと進むと、そこだけ妙に立派な建物が見えてきた。それと同時に、争う男の声と、ぶつかり合う剣の音も。

 門をくぐると、目の前に石畳の通路が見えた。それを中心に美しく庭が整えられている。その通路の先には朱塗りの欄干も美しい平屋の建物があり、その入り口につるされた紗幕がひらひらと風に揺れていた。

 声と剣の響きはその紗幕の奥から聞こえている。

 肩で息をしながらなんとか郭嘉が早足で進むと、護衛の兵がさっと前に駆けて行った。彼らは素早く階を登り、紗幕がまくり上げられる。すぐに、男たちが剣を構えて戦っているのが目に入った。

「殺すなよ」

 剣を抜いた護衛兵たちに言う。聞こえているのかいないのか、彼らはあっという間に乱戦に飛び込んで行って、何曼を含め、剣を振り回していた男たちを抑え込んだ。

「どーゆーこった、これは? 俺は西王母連れてこいつったんだぞ、何曼」

「あ、兄者が抵抗したからっ」

「てことは……」

 床に押さえつけられているのは、何曼の他に男が数人いた。ほとんどがおとなしくしているが、一人だけ、訳の分からないことを言って暴れている男がいる。

「あの、脳みそやられてそうなのが何儀か」

 結構な力なのか、二人がかりで抑え込まれている。郭嘉は何儀らしき男をそのまま兵に連れて行かせた。

「あれは、元に戻すのはちょっと厳しそうだな。で」

 何儀が引っ立てられていくのを横目で見て、郭嘉は広間の奥に視線を移した。

 女が一人、床に尻をついている。

 女は、はっとするような美女だった。ただし、今は髪は乱れ、着物も乱れて、襟元からは胸の谷間が、裾からは真っ白なふくらはぎが覗いている。その顔が白いのは、怯えて蒼白になっているせいか。しかしその割に、はっとするほど唇は赤く、惹きつけられるようだった。

「お前が、西王母?」

 問われ、女はガタガタと震えながら口許を覆った。

「白々しい! 女狐が、そんなことで騙せると思うな! お前が腹黒い汚らわしい女だってことは皆知ってる!」

 何曼が吐き捨てるように言う。女はその言葉にも、びくりと怯えるように肩を震わせた。

「ひ、ひどい……。弟君はわたくしが思うままにならぬからといつもそのようなことをおっしゃるのですわ。わたくしは巫女。どなたかに手折られてしまったら神力が失われてしまうと申し上げておりますのに」

「黙れ女狐! 貴様が夜ごと男をとっかえひっかえしているのは皆が知っている! よくもそんな白々しい真似を!」

 何曼が怒鳴ると、女はまたびくりと体をすくませた。

 男たちを取り押さえている兵たちは、どちらが正しいのか戸惑っているようだ。むしろ、大きな目に涙をためた女の方に同情しているように見えなくもない。

 郭嘉は進み出て、女の前で軽く腰を折り、その顔を覗き込んだ。

 じっと見つめると、女は怯えた様子ながら、それでもまっすぐに見つめ返してきた。涙に濡れた、怯えを含んだ眼差し。妙な色気がある。

 しかし。

「なんだ、大したことないな」

 鼻先で笑って突き放すと、その艶なまなざしが瞬時に消え去った。

「長安から逃げてきた美人で、里中の男を手玉に取った女っつーから、どんな絶世の美女かって期待してたんだけど、がっかりだな」

 驚きの後、女がむっと顔をしかめる。しかしすぐに、女はさっと郭嘉から目をそらした。怯えているようにも、ごまかしたようにも見える。

「まあいいや。とりあえずそこの女は捕らえ――っ!?」

 立ち上がり、踵を返した瞬間だった。急に腕が引っ張られ、ひっくり返りそうになる。訳も分からず押しやられ、郭嘉が床に尻もちをついた頃には、目の前で女と静が戦っていた。

 静の剣を女が軽やかにかわしている。どこから出したのか女が短刀で応戦しようとしたが、それはあっさりと静の剣に弾かれていた。

 静にいなされ、悔しそうに女は歯噛みしている。しかしあきらめる気はないらしく、またどこからともなく苦無を出すと、それを静に投げつけた。しかし静がやすやすとそれを弾く。

 しばらくそんなやりとりが続いたが、終始静が女を圧倒していた。

 いざとなれば静が守ってくれるだろうと思ってはいたが、鮮やかな手並みを目にすると感心するしかない。しかし郭嘉はそれを表には出さず、服をはたいて立ち上がった。

「お前、もう少し俺を丁寧に扱えよ」

 郭嘉が立ち上がったころには、静は躍りかかってきた女の腕をつかんで床へと押し伏せ、その上に馬乗りになっていた。

 悪態をついても静も慣れたもので、顔色一つ変えずに言葉を返してくる。

「すみません。本気で篭絡されたのかと思いましたので、少しくらい痛い目に遭った方が目も覚めるかと」

「おい、んなわけないだろ。見え見えじゃないか、演技なの。しかも、大した美人でもないし。さっさと武器取り上げて、縄かけろ」

「かしこまりました」

「ちょっ、何をっ! いやっ!」

 静は馬乗りになった女の着物を容赦なくはだけさせると、彼女がその下に身に着けていた暗器の類をすべて取り除いていった。腕、腰、太腿に、胸の谷間まで。よくもまあこれほど隠していたなと感心するほどだ。最後に彼は女の口の中と下着の中まで確認し、「これで全部みたいですね」と平然と言った。

「なっ、なんなのよあんたっ!! 遠慮ってものを知らないの!?」

「見苦しい女だ」

「なんですって!?」

「縄を」

 静が目を白黒させている兵士たちに向かって言うと、その中の一人が持っていた縄を静に渡し、彼がそれで女の手を縛った。

「さあどうしようか。西王母は単なる手癖の悪い女だつって、みんなの前に曝すか? それともそのまんま兵士たちの中に放り込むか。陣中にいると女と接触する機会なんてないから、さぞかしかわいがってもらえるだろうな」

 まだ静に組み敷かれたままの女に話しかけると、女は観念したらしく、嘆息した。

「どうぞご自由に。やれるもんならやってみなさいよ。あんたたち潁川を平定しに来たんでしょ? 賊徒の女とはいえ、手荒に扱って兵士の慰み者にしたなんて噂になったら困るのはそっちだと思うけど。賢い指揮官なら、むしろ私を丁重に扱うべきじゃない? 私が言えば、皆あんたたちの意に従うかもしれないのに」

「お前、俺たちに従う気ないだろ?」

「条件次第ね。何儀は馬鹿すぎて使い物にならないから、新しいご主人様を探してたのよ。賢くて、言いなりになってくれるかわいいご主人様を」

「貴様!」

 何曼ががなっても、女はもう顔色一つ変えなかった。

 静に目配せして女からどかせると、女は着物がはだけたまますっくと立ちあがり、恥じることも怖じることもせず、後ろ手に縛られた状態で郭嘉を見つめてきた。

 この期に及んで挑むようなまなざしを向けてくる。さっきまでのなよなよとした顔つきよりも、そうやって毅然と見つめてくる顔の方が、郭嘉には余程美しく感じられた。しかもはだけた着物から覗くのは真っ白な肌と見事な曲線美で、それこそ男なら誰しもが虜になってもおかしくないだろう。

 真っ赤になってうろたえる兵士たちとは裏腹に、郭嘉が平然と値踏みするように見ていることが気に入らなかったのだろう。女は不満げに肩をすくめた。

「少しは驚くとか赤くなるとかないの? 何? 女に興味ないわけ?」

「まさか。そういうお前こそ、そんな格好で恥ずかしいとかないのかよ」

「この美しい体を見せつけるのに、どうして恥ずかしいとか思わなきゃいけないの? 完璧でしょ、私の体。なんなら全部脱いで見せてあげてもいいわよ」

 むしろ堂々と胸を張って見せる。

「すごいな、お前。感心するわ。ま、でも他の連中には目の毒だから、着物直してやれ」

 静に言うと、彼は顔色一つ変えずに黙々と女の着物を直した。はだけた襟を引っ張り、むしろきつすぎるくらいに襟元を締めている。

「苦しいんだけど」

 女が文句を言っても、静は答えもしない。女は大仰にため息をついて見せた。

「どうかしてるわ、あんたたち。私の裸を見ても顔色一つ変えないなんて」

「お前が西王母なんだな? この集団を裏で操ってたっていう」

 問うと、女は少し考える様子を見せ、まあそうね、と肩をすくめた。

「それに近いかしらね」

「結構な人数いるみたいだけど、お前が言えば皆言うこと聞くってか?」

「可能性は高いと思うわ。ま、言うこと聞かない連中もいるかもしれないけど、少なくとも里の女たちは言うこと聞くと思うわよ」

「言うこと聞かない連中、ってのは?」

「外にいなかった? 勝ち目がないのに勝てると思って戦った馬鹿な連中が。私はやめろって言ったのよ。どの道勝てないからさっさと逃げたほうがいいって。でも、馬鹿には理解できなかったみたい。頭数さえあれば勝てるに決まってるって出て行ったわよ」

「なら、なんでお前は逃げなかったんだ?」

 女は目を細め、にやりと笑った。真っ白な肌に映える赤い唇が、挑むようなその眼差しが、なんとも艶だ。

「言ったでしょ。馬鹿な男に愛想尽きて、新しい宿主見つけようと思ったのよ。もうあの能無し篭絡してあっちこっちから略奪して生きてくなんて無理だと思ったし、陽翟で見たあんたは結構いい感じだったし。まあ、泣いてすがれば簡単に落ちるだろうと思った予想は外れたけど、それもむしろ好印象だわ」

 女が小首をかしげ、見上げてくる。さらりと肩から落ちた黒髪が、誘うようなまなざしが、いちいちなまめかしい。思わず郭嘉が目を細めると、横から静が低く言った。

「巫術使いですよ、奉孝様」

「わかってるって。てことはお前、あの夜、陽翟にいたんだな」

「ええ。屋根の上から、曹操の息子ってどんなもんだろうと思って見てたわ。賊に囲まれても平然として、しかもこっちの伏兵を見やぶってあらかじめ兵を回す。ついでに屋根の上にはあんたの間諜がいて逃げる羽目になって、大したもんだと思ったわ。まだ若いのに、将来有望じゃない。しかも、結構いい男だし」

 女は郭嘉に近寄ろうとして一歩踏み出したが、睨み殺さんばかりに静にすごまれ、それ以上近づくのはやめたようだ。ちらと静を一瞥し、また誘うようなまなざしを郭嘉に向けてくる。

「ねえ、取引しない? 私、結構役に立つわよ。ここの女たち全員説得してあんたの望む通りにしてもいいし、外の馬鹿な男どもも言いくるめるなんて簡単だから、戦わずして兵も手に入れられる。どう? お父君にあんたは大したもんだって思わせるには十分じゃない?」

「なるほど、そりゃありがたいな。でも取引ってことは、何か差し出せってんだろ?」

「別に何もいらないわ。ただ、私を傍に置いてくれれば」

 愛人志望か、妻にしろといっているのか。

 ――こういう女もいるんだな。まあ、身分が低くて見目のいい女なら、どっかの金持ちに嫁ぐのが一番楽な生き方ってことか。

 どうしたものか。捕虜と住人の女たちの扱いを考えると、女に利用価値はある。考えていると、相変わらず射殺さんばかりに女を睨んでいる静に気づいた。さっき静とやりあっていたのを見る限り、女は武術の心得もありそうだった。何曼がどこかの隠密だったのでは、と言っていたのは正しいのかもしれない。

「あんたも巫術の餌食になりたいのか」

 傍からあきれ顔で見ていた何曼が言った。それに、即座に女が反応する。

「手始めにそこの能無しの弟殺してつるし上げてあげましょうか? ぜ~んぶ何儀・何曼の兄弟がしたことで、女は略奪の結果ここに連れて来られてひどいめにあってた。曹操軍はそれを解放した、ってなれば民の評判も上がるんじゃない?」

「貴様!」

「お前、頭いいな」

「でしょ?」

 得意げに女が微笑む。そこに、足早に伝令が飛んできた。

「郭軍師、ご報告です!」

「どうした? あ、報告はこっちで」

「は? はい」

 伝令を呼び寄せ、耳元で小声で報告させた。

「帰路の索敵、終わりました。先程の戦闘から逃げたらしきものたちが帰路に沿うように伏兵として配置されておりました。そちらは今、于都尉が掃討しております」

「斥候はどこまで行った?」

「于都尉が、掃討ついでに森を出たところまで広げるとおっしゃっておいででした。終わったら狼煙を上げると」

「じゃあ、――」

 いくつか伝令に指示を出し、再び行かせると、郭嘉は再び女に向きなおった。

「ここから帰る道に沿って伏兵がいたそうだ。陽翟の夜襲から暗殺未遂もそうだけど、筋書き書いてるのはお前か?」

「陽翟の方は私。でも、今のは知らない」

「そっか、ならいい。そいつ、連れて行け。手癖悪そうだから逃げられないように檻に入れるか、網でぐるぐる巻きにでもするかして、絶対逃がすな」

「は!」

 兵士たちが二人がかりで女を抑えにかかる。女は信じられない、とばかりに愕然と目をみはっていた。

「ちょ、ちょっと! どういうつもり!?」

「どういうもこういうも、賊徒とっ捕まえたら牢に入れるのが普通だろ」

「だから、私はあんたのものになるって」

「俺、お前みたいな毒々しい女、嫌いなんだよね」

 笑って言ってやると、女は今度こそあからさまに顔をゆがめ、兵士に引っ立てられながら郭嘉を罵ってきた。

「ふん、可哀そうな男! 私が誘ってやったってのに乗っても来ないなんて、不能なんじゃないの!?」

「おーおー、言う言う。おあいにく様、これでも俺、結構モテるんだ。いちいちお前みたいなえぐい女相手にする必要なんかないね。そもそもお前、詰め甘いんだよ。あの晩の罠といい、今日の見え透いた演技といい、中途半端だな。演技するならもうちょっと真面目にやれよ。怯えた女は絶対に襟元広げて谷間見せたり、脚曝して男の前に出たりしないもんだ。本気で怯えてたら、普通は襟抑えるくらいのことはするさ」

「つまんない男! 今に見てなさいよ!」

 女はまだ何かを叫びながら兵に連れて行かれた。

「じゃ、さっさと帰る準備――の前に、子修殿があの女にやられないようにしないと」

 曹昂は何となく女には免疫がなさそうだ。郭嘉は兵に指示して先行させ、曹昂に忠告させた。

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