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軍師の心情 ~曹操の軍師たち~  作者: 西本夏
4.潁川平定
51/64

51:<郭嘉編>潁川平定5

潁川平定続き。夜襲の首謀者を捕らえたところ、それは賊徒の頭の弟だった。

 夜襲が終わってみれば、襲ってきた者たちの多くを捕らえていた。ただ、屋根の上にいたらしい隠密たちには逃げられたという。

 今までの捕虜と違って口の堅い者が数人いた。数日その者たちを絞り上げるうち、その中に賊徒の中でもかなり高位の者がいることがわかった。

「他の連中が、お前は何儀の弟だって言ってるけど、どうだ?」

 眼前の地べたに座り込んでいる男は、今までどれほど苛んでも口を開かなかった男だった。それだけにかなりの上役だろうとは思っていたが、まさか賊徒の頭の弟とは。

 後ろ手に縛られ座り込む男は、郭嘉が声をかけても顔を上げもしない。

「お前だけだぞ、こんだけ殴る蹴るして黙ってんの。よく耐えられるな。大したもんだ。自分が口開いたら兄貴が殺されるとか、そういう悲壮な決意か? 悪いけど、あんたらの根拠はもう大体位置がつかめてるけど」

 待ってみるが、やはり反応はない。

 椅子に背中を預け、腕を組む。どうしようかと思っていると、捕虜の傍に立っていた静が懐から短刀を取り出した。

「もう少し手荒にいきますか?」

 抜き身の短刀を放り投げ、まるでそれをお手玉のようにくるくると回している。と思ったら、それが静の手から滑り落ち、まっすぐそのまま捕虜の男の頬をかすめて地面に突き刺さった。

 さすがにびくりと男が背を震わせる。しかし、声を出すことはしない。

 静が郭嘉の意向を確かめるようにもう一度見つめてくる。郭嘉が首を横に振ると、彼は黙って地面に刺さった短刀を引き抜いた。

「お前さ、何のために黙ってんの? お前がここでだんまり決めてても、じきお前らの本拠地は壊滅だ。聞けば、お前らの本拠地には女子供が結構いるって話じゃないか。しかも、世直し叫んで女子供かくまってるんだろ? それなら、別に俺たちを拒む必要ないだろ。おとなしく降伏するんなら、斬首だって免れる。曹操軍(おれたち)は信教には割と寛容だぞ。徒党を組んで乱を起こすことさえしなければ、どの神を奉じようが、どんな教えに従って行動しようが自由だ。実際俺たちの中には青州兵って元黄巾賊もいる。連中は特殊だから独立した軍の扱いで、家族も大体固まって生活してる。十年兵役を勤めあげれば報奨金が出て、土地ももらえる。ここでだんまり決め込んで殺されるより、そっちのがよっぽどいいと思うけど?」

 返事を待ってみたが、やはり答えはない。

 郭嘉は嘆息し、大仰に肩をすくめて見せた。

「ま、いいか。そんな死にたきゃ好きにしろよ。とりあえず、生きたままお前を山奥の本拠地まで連れてって、お前の兄貴の面前で解剖ごっこでもやるか。解剖、わかるか? 生き物の体、バラすってことだ。人の体って中どうなってると思う? 見たいと思うだろ? 軍医の連中はさ、勉強のために死体を解剖して、臓腑の位置とか形とか知ってるみたいなんだ。俺も一回やってみたいっつったけど、貴人は死体に触れてはならないって言われて、断られてさぁ」

 周囲の兵士たちの顔色が変わっていたが、郭嘉は気にもしなかった。地べたに座る男は相変わらず返事をしないが、わずかにぴくりと肩が動く。

「まあ、せっかく賊徒の頭の弟手に入れたんだ。本拠地囲んで、弟殺されたくなかったら降伏しろってやってみることにするか。お前の兄貴が拒んだら、軍医呼んで、お前の腹の中どうなってるか皆に見せびらかしてやるよ。軍医たちもさすがに生きた臓腑はそんなに見たことないだろうから、さぞかしいい勉強になるだろうな。聞いた話だと、人の(はらわた)ってすごく長いらしいんだ。まずはそれを引っ張り出して――」

「わ、わかった! 全部話す! 話すからそんなことはやめてくれ!」

 捕虜の男ががばと顔を上げ、ようやく口を開いた。

「最初からそう言えばいいんだよ。つーか、何? そんだけ慌てるってことは兄弟仲悪いのか? 普通の兄弟だったら、弟が殺されそうになったらやめろって降伏するだろ」

「……昔は、そうだった。黄巾賊の一党として反乱を起こした時、我らは世直しに燃えていた。俺は兄者を尊敬していたし、兄者は俺を大事な弟として扱った。それなのに、あの女が来てから……!」

「あの女?」

「董卓が死んでしばらくしてから、長安から女たちが流れてきたんだ。その中の一人が、自分は神託を授かったとか言って、巫術で兄者をたらし込んだんだ! それ以来、兄者はその女の言うこと以外聞かない。もし、さっきあんたが言ったように俺を人質にして降伏を迫ったって、兄者は聞きもしないだろう。ま、あんたがあの西王母を人質にでもできれば別だろうけどな」

「西王母? って誰のことだ? また御大層な」

 西王母とは神話の女神のことだ。まさか本物の神や仙女などということはないだろう。

「長安から流れてきた女だ。巫術を使うが、多分、あれはどこかで間諜でもやっていたんだろう。妙な香と巧みな閨房術で男を次々手玉に取って、今や我らの頭は兄者なのかあの女なのかわからんくらいだ。今回だって、あの女が、曹操軍を跳ね返すならさっさと夜襲でもかけて襲った方がまだ勝ち目があるとか抜かすから……!」

「ふーん。夜襲はその女の作戦だったって?」

「そうだ。曹操の陣営に火をつければ、おそらく城市の中にいる曹操の息子が飛び出てくるから、そいつを人質にとって、曹操軍を追い返せばいいって。それがどうだ。曹操の息子どころか、こっちがつかまってこのざまだ。兄者が絶対に成功するというから皆従ったが、結局……!」

「ということは、今頃その女、作戦失敗した責任でも取らされてんじゃないの?」

「兄者を始め、里の男連中は皆西王母の虜だ。まともな判断などできるわけがない。どうせこのまま俺が戻れば、俺のやり方が悪かったのなんだのと俺のせいにされるに決まってる! あの女だってすぐそこにいたくせに!」

「すぐそこ? ってその女、夜襲に加わってたのか?」

「そうだ。城市の中で、曹操の息子を捕らえる指揮をしてたはずだ」

「本当かよ。俺の記憶にある限り、女なんて……」

「大方屋根の上からでも見てたんだろ。あの女、身のこなしだけは軽いからな。最初から旗色悪くなったらさっさと逃げる手はずでいたんだ。ふん、むしろ、負けを見越して、俺を殺させるつもりで夜襲をさせたくらいに思えてきたぜ。里であの女の言いなりじゃないのは俺だけだからな」

「ふーん」

 男は他にもいろいろなことをしゃべった。里には長安から逃げてきた女のほかに、潁川の各地から逃げてきた女もいるという。太平道の教えに従うという名目で、女は特定の夫を持たず、男もまた特定の妻を持たず、望む者同士目合って、子をなし、子は皆の子として共同で育てる。よって、里には女も幼子もたくさんいて、それを聞いた女目当ての若い男もいれば、助けを求めてやってきた子連れの女もいるという。

 そして、それを取りまとめているのが巫女として崇められている西王母と呼ばれている女らしい。女は巫術を使い、主だった幹部たちは洗脳して骨抜きに、末端の者たちは、綺羅越しに儀式を行う様子を見せ、崇め奉らせているという。

 話を聞けば、その西王母とやらがなかなか賢いのはわかった。里では耕作や機織りはもちろん、男を使って略奪したり、時には脅して城市の商人や農民と交渉し、穀を集めていたそうだ。それを許にいる協力者に売らせて金を確保し、大勢の女と子供を養っているのだ。このご時世、若い男は女を抱けるとなればそれだけで寄ってくるし、女は子を養えると思えば多少後ろ暗いことがあっても協力するだろう。

 結果だけ見れば、なかなかうまくやっていると言えるかもしれない。略奪さえしていなければ、賊徒だなんて言わずに、そのまま集落を存続させることだって不可能ではないかもしれない。乱世に追われて、子を抱いて逃げ惑う女たちがよりどころを求めてなんとか居場所を作った、というところだ。

 だが、略奪を働いている以上、見逃すわけにもいかない。

「お前、兄貴が巫術で洗脳されてるって言ったな?」

「ああ」

「それって本当にか? そもそも、巫術なんて方術の一種だろ? 眉唾だよな? 単にその西王母に惚れてるってだけなんじゃ」

「違う。西王母の使っているのは間違いなく巫術だ。でなければ、あんな一晩で人が変わったようになるとは思えない!」

「恐れながら、巫術は一般的に香や薬を用い、相手を惑わします」

 口を挟んだのは静だった。

「麻の一種を乾燥させたり、蓮の実のような変わった実から出る汁から作るものなど、色々種類はあるそうですが。それを用いると、人は幻覚を見たり、判断力が鈍って恍惚状態になるとか。常用すれば、気が狂うとも言われています」

「お前、詳しいな」

「方術と違って、巫術はそういった薬を用いるので実効性があるんです。隠密でも使う者がいるので、気を付けるようにと、昔においをかがされたことが」

「え、大丈夫なのかよ」

「少量なら大したことはありません。ただ、大量に摂取すれば、腑抜けにして操ることも不可能ではないでしょう。見目のいい女が閨房術と共に使えば、容易く骨抜きにされてもおかしくありません」

「じゃあ、薬使うのをやめれば元に戻るってことか?」

 郭嘉が問うと、静は小首をかしげた。

「聞いた話によれば、常用した期間が短ければ比較的早く毒が抜けるとか。ただ、あまりに長期間多量に摂取すれば、気が狂ったり、最悪死んだりすることもあると」

「ふーん。お前の兄貴はどうなんだ? 頭おかしくなってそうか?」

 捕虜の男は顔をしかめたまま、首をかしげた。

「わからぬ。西王母に骨抜きにされている以外は、普通のような気もしないではないが」

「じゃ、可能性はありそうだな。どうする? お前の里襲って、西王母つるし上げてみるか。そしたらお前の大事な兄者、元に戻るかも」

 がばと捕虜の男が顔を上げる。

「兄貴が元に戻ったら、俺たちに従うこと。どうだ?」

 郭嘉の言葉に、男は大きくうなずいた。




「曹操軍が動いたぞ。総勢八千ほどだそうだ。城市にはほとんど守兵は残ってない。どうする?」

 女は、報告を聞いて腕を組んだ。

 長い目で見て、曹操軍は潁川を平定するだろう。賊徒が仮に何万といたところで、統率の取れた正規軍を跳ね返すのは難しい。ましてや、相手は今中原で一番戦に慣れていて、一番強いと目される軍だ。

 だから、勝てるはずがない。

 そう思うのに、男たちはそうは考えないようだった。

「こっちは一万はいる。地の利もこっちだろ? 勝てるんじゃないか?」

「勝ってどうするの? 一時的に跳ね返してここを守ったとして、その先は? あっちこっちの城市を抑えられちゃったら、もう略奪はできなくなる。全員養うなんて無理になるわ」

「そ、そこはほら、また城市を襲えば」

「その度に犠牲が出ることになるわ。相手は今までの腑抜けた連中じゃなくなるのよ。そう簡単にはいかなくなる。金を渡して抱き込むのも難しくなるかも。許では、賊徒と取引したものは処罰するって布令が出たって言うし」

「じゃ、じゃあどうするってんだよ」

「まあ、逃げるのが上策ね。あんたたちはすぐに許の青藍のとこ、行きなさい。あそこならあんたたちくらいなら紛れててもわかんないでしょ」

「女子供はどうする。他の連中は」

「元々この辺の住民だった連中は、多分そのまま保護されると思うわ。率先して戦ってた連中は、賊徒の首謀者として曹操軍に始末させればいい。全部何儀のせいってことにすれば、上の連中は処刑されて、後は多分、普通の生活に戻れって言われて終わりよ」

「曹操は冷酷だと聞くぞ」

「今ここに来てるのは曹操の息子と、腹心の夏侯惇。温厚で知られてる。皆殺しはまずないわ。それに、これから潁川を本拠にしようってんでしょ。ここで皆殺しやって悪評は背負いたくはないはずよ。だから、何も知らない連中はそのまま放っておけばいいわ。まあ、あんたたちが善良な百姓に戻って穏やかに暮らしたいってんなら、ここに残るのをお勧めするけど」

 女は腕を組み、低くうなる仲間たちを見回した。

 男も女もいるが、皆、長安から一緒に逃げてきた隠密たちだった。最初は連れ立って逃げていただけだったのが、いつの間にか自分がこの集団をまとめるようになってしまった。何儀と結んだのは、落ち着いて住める場所が欲しかったからだ。自分たちはともかく、途中で合流した戦えない者たちには住む場所が必要だった。長安には、董卓が死んで行き場を失った女が山ほどいた。多くはその後董卓の部下たちに戦利品のように略奪されていったが、なんとか逃げ出した者たちもいたのだ。放っておけなくて、長安から一緒に逃げてきた。何儀の根城に住み着いてからは、そこそこうまくやっていた。仲間たちの中にはそういう女と子をなす者もいたし、何儀の部下たちを使って略奪なり脅迫なりで穀や金を稼いでくる者もいた。

 こんな賊徒みたいな生活、と最初は思っていたが、それもしばらくすると慣れてしまった。生きるために必要だと言い訳する者もいれば、このまま組織を広げて世直しすればいい、という者さえいる。

 長安にいたころは、董卓を殺して朝廷を立て直す、と言っていた主に心酔して仕事をしていたものだった。それが、今では傍から見れば討伐対象の賊徒にしか見えないだろう。いくら皆を生かすためとはいえ、ため息が出る。

「許に行ってどうする。曹操にでも仕えようってのか?」

 いずれ、まともな主が現れれば再び誰かに仕えるのも悪くはないかもしれない、とは皆と話していた。隠密をしている者たちの中にも乱世を憂えるものは多いし、危険な仕事をして高い報酬を得たいという者も多い。ただしそれが成り立つのは、この乱世を勝ち抜くだけの力を持った主を選んだら、の話だ。長安から逃げてきてこの方、それだけの諸侯は周囲にいなかった。だから皆、ここで無聊を囲っていたのだ。中には劉表や袁術に仕えると言って出て行った者もいなくはなかったが、女にはそのどちらにも、乱世を勝ち抜くだけの力はないように思えた。

「そこは各自好きにすればいいんじゃない? でも、こないだやってみてわかったでしょ? 曹操にはすでに優秀な隠密がいるみたいだし、果たして雇ってもらえるかは疑問よね。曹操自体は、将来有望そうだけど。なんせ亡き伯求様が乱世を治めうるのはこの男、なんて言ってたくらいだし」

 陽翟に攻め込んだ夜、本当なら潜んだ隠密たちが街に火をつける予定だった。曹操の息子をさらって、街に火が付いたとなれば曹操軍のメンツは丸つぶれだ。うまくすれば曹操軍が退くか、交渉してなにがしかの利益を引き出すこともできたはずだった。

 しかしあの日、ひそかに屋根の上を進んだはずが、曹操軍の間諜が待ち構えていて、とても火をつけるどころではなかった。しかも伏兵さえ見抜かれ、曹操の息子も捕らえ損ねた。

 曹操の息子ができるということなのか。あるいは、隠密たちがしっかりしていたのか。その辺ははっきりしないが、曹操軍が侮れない相手だということだけは、よくわかる。

 皆が顔を合わせて言葉を交わし始める。どうしようか、と迷っている者が多そうだ。

「俺は、やるだけやってみてもいいと思ってる。連中はじきここを攻めてくるだろう。その時に、山道に伏兵置いて蹴散らせば、うまくすれば連中をここから遠ざけられるかもしれないだろ?」

 言ったのは、略奪の指揮を執っていた男だった。元々は隠密だが、生活のために賊徒を率いて戦ううち、戦に慣れ、板についてきた男だ。

「そうだよな、数ではこっちのが多いし」

 それに呼応する者も数名。まだ勝てると思っている者も少なくないようだ。

「桃華、お前はどうするんだ?」

 問われ、女は腕を組んで微笑んだ。

「そうね、夜目で顔はよく見えなかったけど、曹操の息子、結構いい感じの男だったし。私は一発逆転、狙ってみようかしら」

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