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軍師の心情 ~曹操の軍師たち~  作者: 西本夏
4.潁川平定
47/64

47:<夏侯惇/郭嘉編>潁川平定1

郭嘉は曹操と離れ、夏侯惇と曹昂と共に潁川平定に乗り出すことに。

しばらく潁川平定戦です。

 冬らしい寒さが始まったころ、夏侯惇たちは潁川に向かって出立した。

 名目上の総大将である夏侯惇は、きびきびと曹昂に助言する郭嘉と、郭嘉の助言に従って指示を出す曹昂をただ見守っていた。

 最初は至らなくて口を出したくなるのではと思ったが、そんな心配は全くと言っていいほどなかった。

 曹昂の指揮には若干の不安があるものの、郭嘉の補佐は完璧だ。行軍中の注意事項、斥候をどうやってだして情報をどう取りまとめるか。気を付けるべき地形はどこで、そういう場合どう行軍すべきか。

 その指示がいちいち的確で、夏侯惇が口を挟む余地などなかった。

 今も曹昂と郭嘉は目の前で言葉を交わしながら軍を進めている。時折地図を広げて示したりしながら、郭嘉は懇切丁寧に曹昂に助言しているようだ。

「郭軍師、すごいですね。噂には聞いてましたけど、完璧だ」

 傍にやってきた部下が夏侯惇に言う。それに夏侯惇はうなずいた。

「ああ、本当に非の打ちどころのない。奉孝がいなかったら俺でもひっかかっていたかもしれん」

「伏兵の読みが完璧ですよね。まるで自分で仕掛けたんじゃないかって思うくらい」

「馬鹿を言うな。そんなことあるわけがないだろうが。まあ、お前がそう言いたくなる気持ちはわかるが」

 まだ陳留を出て一日しか経っていない。明日には許に着くだろうという位置だが、この間にもうすでに二度、賊徒から襲撃を受けていた。

 どちらも地形をうまく利用した伏兵だった。しかも、数も数千規模と決して少なくない。もし油断してやられていたらかなりの損害になっていたはずだが、郭嘉はその伏兵のいちいちを見破り、うまくやり過ごしていた。

 斥候の出し方がうまいのだ。ここは伏兵を置きやすい地形だから気を付けて、と曹昂に伝え、曹昂が生真面目にその言に従って斥候を放ち、それで伏兵が見つかる、という流れだ。

 部下の言う通り、まるで曹昂を試すために伏兵を配置していたのではないかと勘違いしたくなるほど、その見破り方は鮮やかだった。

 結局二日目の夜までに三度、賊徒の襲撃を受けることになった。いずれも地形をうまく利用した伏兵で、数もそれぞれ二千から三千。きちんとした軍を相手に攻め込むならわからない数でもなかったが、賊徒相手に起こったこととしては、考えられない頻度と規模だった。

「なんか妙ですよね」

 二日目の夜、野営の幕舎の中でともに食事をとりながら、郭嘉が首をかしげていた。

「黄巾賊の残党が潁川に巣食ってるとは聞いてたけど、ちょっとこれは」

「数が多いということですか?」

 曹昂が聞く。それに、郭嘉は低くうなった。

「うーん、それもあるんですけど、場所が、狙いすましたみたいにいい場所に伏兵置いてるし、そもそも、賊徒がどうして伏兵置けたか、って話ですよ。俺たちが攻めてくることわかってなきゃ、あんな準備万端伏兵置けるわけない。けど、普通なら賊徒は自分の縄張り近くしか気にしてないはずで、何日もかけてやってくる軍の動向とか、まず気づかないと思うんですけど」

 郭嘉が口許に手を当てて考え込み始める。

「確かにな。俺もそれは感じていた。まるで、我らの行軍をあらかじめ知っていて、我らを潁川に入れまいとしているかのようだ」

 夏侯惇が言うと、郭嘉が「ですよね」とうなずく。

「これはちょっと、気を引き締めて行った方がいいですね。まるで賊徒が自分の国を守るために国境に兵士を置いてるみたいですよ。それだけの情報網があって、防衛に兵を割くこともできるってことだ。あと、情報が早いってことは、もしかしたら許の官吏の中に内通者がいる可能性も」

「えっ、そんなことが!?」

「賊徒が俺たちの動向を探るより、許の中に内通者を仕込んで、何かありそうなら連絡を出す方が簡単だと思うんですよね。あ、もちろん、可能性の話ですけど」

 驚く曹昂に郭嘉が苦笑を返す。

「ま、気をつけましょう。何があるかわかりませんし」

「そうですね。許の官吏たちに対しても気を抜かないようにしないと」

「それはいいですけど、子修殿。構えすぎて、疑ってるのばれないようにしてくださいね」

「え、それはどうしてですか?」

「相手を油断させるんですよ。もし本当に官吏の中に内通者がいれば、そいつはきっと俺たちが入城すれば顔を合わせるでしょう。当然俺たちのこと、気になるでしょうからね。そこで、思ったより馬鹿な奴が来たと思わせとけば、相手も油断するし、疑われてないと思えばぼろも出すかもしれない。後々やりやすくなります」

「なるほど。わかりました」

「あと、子修殿、いい加減俺に敬語やめてくださいよ。奉孝って呼び捨てでいいですから」

「えっ、でも」

「俺はあなたの父君の部下なんだから。もっと偉そうにしてていいんですよ。それに、あなたが妙に俺を敬ってると、許の連中に俺は何者だって思われちゃうし。俺、許では名もない若手武官のふりしようと思うから、そこのところ、お願いします」

「えっ、でもそれは、かなり無理が……」

 曹昂が助けを求めるように夏侯惇を見上げてくる。夏侯惇も肩をすくめ、それに応じた。

「この部隊はお前を中心に動いているというのにか?」

「やだな、大将は元譲殿であって俺じゃないでしょ。それに俺、目立たない男だから後ろでおとなしくしてれば若い武官の一人くらいにしか見えませんって」

 まあ、武将にしちゃ弱そうかもしれないけど、と自分で付け加えて半笑いしている。

 小柄な郭嘉は、確かに黙っていれば兵に埋もれることも不可能ではないだろうが。

「俺が出しゃばらない方が何かとやりやすいと思うんですよ。素直な子修殿と温厚で有名な元譲殿が仕切ってると思えば、敵もやりやすいと思うでしょ? その他大勢のふりしてた方が、俺もなにかと動きやすいし。だから、俺のことは潁川出身だからついでに連れてこられた若手の一人くらいにしておいてほしいんです」

 曹昂が郭嘉を見、また助けを求めるように夏侯惇を見上げてきた。それを一瞥して、考える。

 策略云々は得意ではないが、確かに郭嘉の言うことも一理あるかもしれなかった。相手に警戒されない方が何かとやりやすいのは確かだ。

「いいだろう。では、お前は若手の将校の一人ということにして、皆にもそれを徹底させよう。軍師として参加はしているが、まだ駆け出しで大した権限はないということにでもしておくか。それなら、兵がお前のところに報告に行ってもさほど怪しまれまい」

「あ、いいですね、それ。じゃあそんな感じで。子修殿も、なるべく偉そうにして、俺に頼ったりしないようにしてくださいね」

「えっ、でも」

 今日三度目の「えっ」だ。青くなる曹昂に郭嘉は大丈夫、と言って笑った。

「そんな不安がる必要ないですって。俺もわからないように助言しますから。城市に着いたらまず守兵を置かせてもらうように頼んでほしいんですよね。五千くらいかな。あとは――」

 郭嘉が次々と城市に着いたらどうするか、の話を始める。曹昂が生真面目な顔をしてそれを必死に覚えようとしている。

 やり取りする二人を見ながら、夏侯惇もまたこの先のことを考えていた。

 郭嘉は確かに抜群に頭が切れる。こういった込み入ったことは素直すぎる曹昂にはなにかと難しいだろうが、それも郭嘉がうまく補ってくれるだろう。

 曹昂の心配なところは、素直すぎるところだ。もう成人したというのに、まるで子供みたいに素直で、簡単に人を信じたりする。潁川でひと悶着あっても、郭嘉の助けでそれがいい経験になればいい。

 自分は、二人一緒に足元をすくわれないように見ていればいい。

 そう考え、年若い二人にそんなことを思った自分が妙に年を取ったような気になってしまって、夏侯惇は苦笑した。




 三日目の朝出立して、その夜に許に着くまではほとんど賊の襲撃はなかった。

 それこそ本当にその辺にいたのであろう小規模な賊徒が、曹操軍の進軍に気づかず遭遇してしまった、という感じだ。賊徒たちは曹操軍を見ると皆逃げて行った。

 ――そうそう、賊徒ってのは本来こうじゃないと。

 郭嘉はしみじみと独り言ちた。

 どう考えても昨日までの伏兵は異常だった。となると、昨日までの襲撃はいったい何だったのか、と言う話になるが。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 許の城門で出迎えたのは穏やかに微笑む文官だった。

「私は劉仲永と申します。皆さまを府までご案内いたします」

 年の頃は三十過ぎというところだろうか。穏やかに微笑みながら拱手して、彼は一行を城内へと案内した。

 兵は城から少し離れたところに陣営を築くことになり、城内に入ったのは曹昂、夏侯惇、郭嘉と、護衛の兵が百人ほどだけだ。

 夏侯惇と曹昂は先導に来た文官と並んで歩いているが、郭嘉はあえて他の兵たちと一緒に少し離れてその後ろを歩いた。荀彧が何か言っているかもしれないが、目立たないに越したことはない。もしかしたら敵が潜んでいるかもしれないのだ。

 いくら荀彧が手を回していると言っても、許の中にもいろんな人間がいるだろう。単純に曹操や荀彧が気に入らないと考える者もいるだろうし、うまく賊徒と渡りをつけて甘い汁を吸っている者もいたとしておかしくない。まずはそういう連中を探す必要があるだろう。これからしばらく賊徒討伐するにしても、拠点は許に置くことになるのだ。敵が潜んでいるかもしれない拠点というのは望ましいものではない。

 前を歩く曹昂たちは文官と穏やかに言葉を交わしている。今のところ、特に問題はなさそうだ。

「なんというか、結構、閑散としていますね」

「はい。この辺りは数年前に董卓軍の略奪を受けて後、大半の民は殺されたり売り飛ばされたりで、かろうじて生き残った者も各地に逃げてしまっている状態です。私が仕官したのはここ一年ほどのことなのですが、聞けば許の人口は往時の十分の一とか」

「十分の一!? それは……」

 痛ましげな曹昂の声に、劉仲永が悲しげに微笑む。

「私も家族を失い、路頭に迷っていたところを拾っていただいたのです。今は、少しでも故郷を立て直す力になれればと思っております」

 文官の声は耳障りのいい、穏やかなものだった。曹昂はすっかりそれに感動してうなずいているが、郭嘉はなんとなくそれが気に入らなかった。

 家族を失って路頭に迷ったことがある人間も、時が来ればあんなふうに何事もなく微笑むことができるのだろうか。思えば、数年前賊に襲われて潁川を出た時、すべてを失って死にたいと言っていた人々はいったい今どうしているのか。

 いまだに死んだ母のことを思うと己に嫌気がさすのは自分だけなのか。

 ――俺の器がちっさいっつーことなのかね。

 府に着くと、十人足らずの文官が深々と拝礼して一行を迎え入れた。その中で一人だけ、軽く拱手しただけで頭を下げない男がいた。

 男はきょろきょろと一行を見回すと、軽くため息をついた。

「なんだ、文若はいないのか。来たら全部押し付けてやろうと思っていたのに」

「え? えっと、荀軍師は陳留の治政を整えてから来られる予定ですが」

 曹昂が男を見上げ、戸惑いがちに言葉を紡ぐ。

 男はちょうど曹操くらいの年代の、背の高い男だった。ぼろぼろの着物を着て、髪の結い方も雑だ。お世辞にも身なりがいいとは言えなかったが、その立ち姿は堂々としていた。

「あの、私は兗州牧曹操の子、曹昂、字を子修と申します。父の一軍を率いて潁川の賊徒討伐に参りました。失礼ですが、あなたは?」

 曹昂が拱手すると、男もまた拱手した。身なりの割に、その仕草はとても美しいものだった。

「私は荀悦、字を仲豫。文若の従兄にあたる」

「え、荀軍師の身内の方なのですか? では、荀軍師から許の統治を頼まれたとか」

「まさか、そんなわけがない。誰が好き好んで仕官などするものか」

「では、なぜ?」

 戸惑う曹昂に見つめられ、荀悦は嘆息して見せた。

「私は数か月前までは山間の庵で書に埋もれて暮らしていたのだ。ところが、そこが賊徒どもに襲われて住む場所がなくなってしまった。庵は書物共々焼けてしまうし、仕方なく許の邸に戻ろうと思ったらどうだ、一族は皆冀州に逃げたという。しかも許の府はろくな役人もおらず、街の中もめちゃくちゃ、このままでは街で暮らしていくのもままならん。頭に来て、知り合いのできそうなのを何人か呼んで府をまとめるように頼んだのだ。そうしたら、お前も手伝えと言われて」

 ぶつぶつと荀悦のぼやきは続く。隣にいた文官らしき男が慌てて横から口を挟んだ。

「すみません、仲豫殿は学問以外にはまったく頓着されない方で。今は我々が手分けして城市の治政をなんとか担っているという状況です。ただ、我らもほとんどが学者でして。きちんと仕官した経験のある者がいなくて困っていたんですよ」

「そうだったんですか。それでしたら、我らの軍にも数人文官が同行していますから、お手伝いできると思います。おそらくひと月以内には荀軍師も来られると思うので、それまでなんとかがんばりましょう」

 素直な曹昂の声は、なんとなく周囲を和ませる。

 彼が文官や守備兵の責任者たちと話している間、郭嘉は兵に紛れてずっとその様子を見ていたが、これといっておかしな者は見当たらなかったし、特別曹操軍に反発する者もなさそうだった。どちらかといえば皆曹操軍が来たことに好意的で、早く城市をしっかり治めてほしい、自分たちはもともとは官吏になど向いていないという者が多かった。荀悦が集めた者がほとんど学者だったというのも本当の話なのだろう。

 ――まあ、必ずしも内通者がいるとは限らないしな。

 わかったことは、許の守兵はわずか千程度であることと、役人たちの組織がうまく機能できていないので徴税もうまくいっていないらしいということだ。守兵はまともな報酬も得られないまま、まるで義勇軍のように街を守るために働いているのだという。だがそれだけに人数が増えるわけもなく、賊徒が城壁の外に押し寄せた時はいつも防戦一方なのだそうだ。それでもなんとか守りおおせているのは、ひとえに許の城壁の高さによる。

 ただし、城外の畑などはしばしば荒らされているというから、やはり賊徒の討伐は急務だった。

 ひとまず許の守備及び城市の治安維持は満寵が担うことになった。守兵は曹操軍に組み込み、合わせて五千の兵が守兵として城市を守る。

「この周辺には賊徒の集団が複数存在しています。目立っているのが三つで、それぞれ数万の規模です」

 説明を買って出たのは、城市に到着した時迎えに来た劉仲永だった。人当たりのいい男で、今まであちこちとの折衝役を受け持っていたらしい。

「一番大きいのが劉辟の集団で、これが十万近い数という噂です。次いで何儀の集団が二万、また黄邵の集団は約五万ほどとか」

「それは賊徒全体――つまり、女子供を含む数か?」

 夏侯惇が問うと、劉仲永は少し首をかしげた。

「誰かがきちんと数えたわけではないので、実際のところは……。おそらくは多少数を水増しして言いふらしているでしょうから、含まれる可能性もあるとは思います」

「皆、黄巾の流れをくむのだな?」

「そのようです。劉辟の集団は『蒼天已死』の旗を掲げて世直しを訴えているそうですし、何儀は巫女を祀り上げ、神に守られた国を作るといっているのだとか。黄邵はすみません、よくわかりません。一番よく攻めてくるのは劉辟の集団ですね。でも城壁を越えることはせず、いつも城外の畑から略奪して去っていきます。収穫の時期はなんとか略奪されないようにと守兵を配置したりしたのですが、なにせ守兵が千人程度では圧倒的に数で負けてしまって……。噂では、賊徒は余った穀を商人に売りつけ、商人が我らにまた高く売りつけ、ということもあるとか」

「商人が賊徒と結んでいるということですか?」

「皆が皆ではないと思うのですが、おそらく。噂では、陽翟の方では賊徒に金なり穀なりを渡してうまく共存しているという話です」

「え」

 思わず声を挙げてしまって、郭嘉は慌てて口をつぐんだ。しかし時すでに遅く、劉仲永が郭嘉を見つめ、微笑む。

「どうかされましたか?」

「あー、いえ、すみません、横で聞いてただけなのに。俺、陽翟出身なんで、ちょっと気になって」

「それなら、そんな離れた位置におられず、こちらで一緒にお話されては? あなたも将校の方ですよね?」

「あ、いや、俺は新参なんで」

「そうでしょうか? あなた方がこちらにいらしてからしばらく経ちますが、伝令の方が必ずあなたに報告を通してから他の方に情報を伝えているようにお見受けいたします。実は結構偉い方なのでは? 校尉、あるいは司馬だとか?」

 しっかり見られていたらしい。夏侯惇に目配せすると、彼が代わりに言った。

「つい先日仕官したばかりの男でな。一応軍師だが、まだ駆けだしだ。伝令には、しばらく込み入った話になることもあるだろうから、伝達はとりあえず彼に通すよう命じてある」

「そうでしたか。それでも将校の方でしょう? お名前をお伺いしても?」

 答えないというわけにもいかないだろう。郭嘉はしようがなく拱手した。

「郭嘉、字を奉孝と言います」

「ああ、陽翟の郭家の方。なかなかの名門ですね」

「いえ、自分は傍流なのでそんな大したことは」

「面白いですね。荀家の方も大半は冀州に行かれたとか。郭家の方にも袁紹に仕えている方がいるというから、郭家の方々も冀州に行かれているのでは? なのに荀彧様は曹操様の右腕で、またあなたもこうして曹操軍でそれなりの地位にあられる。よほど袁紹がお気に召さなかったのか、あるいは曹操様が相当な御仁なのか」

「それは、殿に会えばわかりますよ。曹孟徳がいかに偉大な人なのかは、会って一目見れば、すぐにわかります」

「へえ、それは。楽しみですね」

 言った劉仲永の顔がなんとなくまた気に入らなかった。人当たりはよさそうなのに、妙に構えてしまっているのだろうか、と郭嘉は胸の中でひとりごちた。




 一通りの挨拶を済ませると、一行は一度府を出た。城市から少し離れた陣営に向かいながら、郭嘉は考え込んでいた。すると、曹昂が声をかけてくる。

「奉孝殿、どうしましょうか? 賊徒討伐ですよね、まず」

「けど、その前にひとまず、情報しっかり把握したいですよね」

「え? でもさっき、ざっとですけど、教えてもらいましたよね?」

「あれだけじゃ足りないですよ。殿が集めてた情報ともそれほど違わないけど、どこにどいつがどのくらいの規模でいるとかはっきりわからないでしょ。まあ、連中もそこまで把握してないのかもしれないけど。あと、裏取らないと」

「裏?」

「偽の情報の可能性だってあります。悪意があるにしろ、ないにしろ」

「そうだな。鵜呑みはまずい」

 うなずいたのは夏侯惇だった。そうですね、と曹昂は恥じたように声を挙げている。

「ただ、手足が足りないんですよねー」

 曹操や荀彧のように大勢の隠密がいれば探らせるところだが、曹昂が曹操から預けられた間諜は十人だけ。郭嘉の手足といったら静だけで、彼一人でどうにかなるわけもない。陽翟に行けば少しは補充できる可能性もあるが、それでも不十分だろう。

 今郭嘉の手元にある情報で確実なものと言うと、曹操が調べてくれたものだけだ。大まかな位置関係はわかるが、詳細はわからない。

「地道に軍を動かして探っていくしかないな。許から少しずつ円を広げて探っていくか? それとも、どこかもう一つ拠点を作るか」

「それなら、陽翟ですかね。陽翟もそこそこでかい城市だし、陽翟から西はほとんど山で大きい城市はありません。許から潁陰、陽翟を結ぶ一帯をまず抑えて、徐々に広げていくのがいいかな。あと、うまくすれば陽翟の家の蔵に多少穀があるかも」

「ではまず、陽翟に向かうか。潁陰は確か道中にあるな」

「いえ、その前に許の周辺しっかり掃討したほうがいいですよ。陳留からの州境あたりも含めてね。補給線切れたら終わりですから。掃討が終わったら、西の陽翟を目指しましょう。その後は陽翟から許を結ぶ街道を拠点にして徐々に範囲を広げていく感じで」

 最後だけは曹昂に向けて言うと、彼は大きくうなずいた。

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