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「あらマリアン、これからお昼かしら!」
「ええ。クレアティオ様もこれから……なんですね」
マリアンという名の女神様が御降臨である。
さすが前世からの大親友であり今世の最推しヒロイン。登場のタイミングをよく分かっていらっしゃる。
……今更になって私と殿下が並んでいる事に気づいたようだが手遅れだ。逃げようとするなら目礼もせず立ち去るべきだったな。
推しカプを見ながら食事ができるのであれば、殿下の誘いもなんのその。今は四人で昼食中である。
増えた一人は、殿下の側近であるコルテリアス様だ。マリアンを誘った直後、さも最初から控えていたかのように付いてきた。恐らく傍から伺っていたのだろう。
彼の厚い忠信にマリアンがやや興奮していたが、それには気づかない振りをして話しかける事にする。
「マリアンも普段からこちらの食堂でお昼を?」
「たまにお弁当を作って、中庭で食事する事もありますよ」
お弁当とは! 思い返せば、前世で頂いたマキちゃんの料理は絶品だった。
今世の食材ではどんな味付けになるのだろう。可能であれば和食系にありつきたい。
「まあ、素敵ね! その時もぜひご一緒したいわ」
「手持ちの食材で気まぐれに作るので、あまり期待はしないで下さいね」
私の思惑が伝わったのだろう、マリアンは苦笑しながら頷いた。
和やかな雰囲気で会話する私達に、コルテリアス様が小首を傾げ質問を投げかけてきた。
「クレアティオ様がピオニエーレと知己の仲とは存じませんでした。二人はいつからお知り合いに?」
「数ヶ月前ですわ。マリアンが私の絵に興味を持ってくださって。とっても趣味が合いますの」
詳細をぼかして説明したが、コルテリアス様は紳士なのでこれ以上掘り下げられることはあるまい。余り喋ってボロが出てはこちらが困る。
しかしこれに反応したのは、誘ってきた割に今の今まで黙していたグラーツ殿下だった。
「アーシャの絵か」
会話をちゃんと聞いてらしたようでなによりだが、私の絵については殿下に突かれたくない。ここらで勘弁していただけないだろうか。
「はい。下手の横好きなので、落書き程度ですが」
「そうか。私も……見てみたい」
「殿下にお見せできる程の腕前では……」
「ピオニエーレには見せたのだろう?」
今日の殿下は何時にないしつこさを発揮されておられる。
普段であれば、私の言葉に短く相槌を打つだけのはず。ここに居るのは新米の影武者なのだと説明された方がまだ納得できそうだが、本当に本人なのだろうか。
どうにか話を逸らせないかとマリアンに視線を向ければ、コルテリアス様と談笑していた。
同じグループ内で話題を分けるのは止そう。つまり助けて欲しい。こっちを見てくれ。
「アーシャ。なぜ目を逸らすんだ」
すいすい泳ぐ目に比例して増す殿下の圧。
私のか弱い精神力では耐えられそうにない。これ以上誤魔化すのは却って悪手になると観念し、早々に白旗を上げた。
「その、グラーツ殿下ばかり……描いてますので。お見せするのは恥ずかしいのです……」
「そう、だったか……」
先程まで尋問官もかくやとばかりに迫っていた殿下が、すっかり閉口して目を背けられてしまった。直視できない程に引いてしまわれまようだ。
結局、殿下はそのまま黙り込んでしまったため、私も料理を口に運ぶ作業に徹することにしたのだった。