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婚約者の存在が発覚して日常に変化が訪れるかと思いきや、そんなことも無く。普段通りの学生生活に勤む日々である。
元より、時候の挨拶を兼ねた茶会以外に殿下とお会いしてないため「私がグラーツ殿下の婚約者だってつい最近知ったんですよ、あはは」などと口を滑らす機会は、幸か不幸か得られなかった。
そして今世の最推しマリアンを殿下の婚約者候補へ推薦することも叶わず鬱屈と過ごしている。
そんなある日のことだった。
「クレアティオ様、お聞きになりまして?」
「例の女学生ですけれど、首席であるのをいいことに第二王子殿下へ纏わりついて」
「私達クレアティオ様が心配なのです……」
親切なご令嬢らが「あんたの婚約者、他の女にうつつを抜かしてまっせ」と教えに来てくれたのである。
実は以前よりこの手の陳述をされていたのだが、グラーツ殿下がスーパーヒロインのマリアンちゃんにちょっかい掛けたからって、何故に私へ訴えてくるのか全く分かっていなかった。
しかし、安心してほしい。今の私は須らく状況を理解している。
「皆さんのお気持ちは嬉しいですわ。けれど今は……そっとしていてほしいのです」
そう、ただただ静観の構えである。
マリアンに対しては、その場の激情から散々煽ってしまったが、本来の私は二人が結ばれる流れを影から見守っていたい質なのだ。
一時は私が悪役ムーブを巻き起こし、恋の起爆剤になろうかと愚策したが、悪役令嬢に待ち受ける未来は往々にして破滅だ。
前世で読んだラノベで学習したのである。これぞ転生者の強み。
となれば善良な令嬢の皮を被るのみだ。そして、善良故に恋路は阻まない。
「婚約といえど、幼い時分に成ったことですもの」
「ですがそれでは、クレアティオ様があまりに……」
「ありがとう。けれど、慕いあう者同士が結ばれる……それはとても幸せなことだと思いませんか」
周囲に祝福されながら最推しカプが結ばれる未来。なんと良き哉、美しき哉。私も思わずニッコリである。
「どうか見守っていて頂きたいのです。私の我儘ですが……」
「なんて慈愛に満ちた微笑み……」
「本当に殿下のお幸せを願ってらっしゃるのですね……」
その後はいかにマリアンが素晴らしいか布教して解散となった。あの反応からして、二人を応援する会の発足も遠からぬことだろう。
ご令嬢らに布教活動をしてから数日後。
最推しカプに対する周囲の当たりも和らいできたように感じる。マリアンは庶子ではあるが、首席を保ち続けてる上、領地の管理も半ば携わっているような状態だ。この上なく優秀な事は明白である。
お相手のグラーツ殿下だって、将来は臣下となる身。殿下に婚約者が居ることを除けば、反対される要素はさほど無いだろう。
このまま外堀を埋め続け、いっそ塀でもおったてるかと画策していると、思わぬ方から声が掛かった。
グラーツ殿下から昼食のお誘いである。
「お気遣いは大変嬉しいのですが……」
「俺達は婚約者なのだから、気にするな」
「ですがグラーツ殿下……」
「昼食を共にするくらい当たり前だ。婚約者だからな」
この殿下、やたら婚約者を強調して話しかけてくださる。
以前お会いした時は、話題を振っても「ああ」だの「そうか」だのしか喋らなかったというのに。
婚約者至上主義者に洗脳でもされたのだろうか。それとも婚約者教に弱みでも握られたのか。どちらの組織も存在は定かでないが。
いずれにせよ、この状況はまずい。これでは殿下が噂を気にして婚約者のご機嫌とりをしてるみたいではないか。
こちとらせっかく熱くした鉄を冷ますわけにはいかないのである。
どうにかしてやり過ごせないか打開策を練ろうとしたその時、通りすがりに女神が微笑んで会釈をしてきた。